「リンドブルムで有名な合成屋の娘がいると聞いたけど、キミのことかい?」

「あ、はい!」

 わたしが参加し始めてから2度目の狩猟祭も終わり、お客さんの注文が少ない閑散期。兵器の調整に勤しんでいた時のことだった。
 綺麗なお兄さんがカウンターの向こう側で妖艶に微笑んでいる。わたしは思わず息を飲んだ。しかし、下半身に目を向けると……際どかった。
 残念なお兄さんだと思いながらも営業スマイルは崩さないように徹する。

「なるほど、キミが。特注で機械を作りたいんだけれど、できるかな?」

「はい、お任せください。図面などございますか?」

 ここの所、趣味で作っていた兵器の知識を活かして機械の製作も請け負うこともあった。あまりに大掛かりなものになると流石に無理だけど、対魔物用の機械などは特に得意である。

「これだよ」

「お預かり致します」

 お兄さんから預かった図面に一通り目を通してみる。
 うん、これはなかなか斬新な機械だけど、作れなくはなさそう。

「――はい、これでしたらわたしでもできます。お時間の方、数日頂きますがよろしいですか?」

「問題ないよ」

 お兄さんは満足げに微笑んだ。本当に綺麗な顔の人だなって思ったら、なんだか恥ずかしくなり、わたしの頬が赤くなってしまった。

「しかし、キミのような女の子が武器や機械に興味を持っているなんて驚きだね」

 初めてわたしに仕事を依頼する人は皆同じようなことを言ってくるからもう慣れたけれど、わたしが女な上にまだ子供だからという理由でトーレスおじさんにお願いすることも少なくはない。
 それでも任せてくれるお客様は大切にしたいと思う。だから、この人も、わたしにとって今から大切なお客様だ。

「はい、自分でもそう思いますー。きっと、小さい頃から合成の基礎を教え込まれていたからなのでしょうね……。最近は飛空艇にも興味があるのです」

「へぇ……なら、将来は合成屋を辞めて飛空艇技師かな?」

「いえ、合成屋は家業なので……お兄さんが合成屋を継ぐ気がないのでわたしが継がなくてはならないのです」

 合成以外で、街で使用している機械のメンテナンスや制作の請負も多くなってきたこの頃は、リンドブルムの誇る飛空艇にも興味が沸いてしまったわけで。いつかは自分も城の飛空艇ドックで働いてみたいなぁとぼんやり考えることもあった。
 だけど、この合成屋の主であるトーレスおじさんの息子、ウェイン兄さんは合成屋の跡を継ぐつもりはないらしく、自動的にわたしが継ぐことになってしまっている。
 孤児だったわたしを育ててくれ、合成の知識を叩き込んでくれた恩もある手前、飛空艇をいじってみたいだなんてとても言えない。

「ふぅん……」

「す、すみません! お客様にこんな話をしてしまって!」

 わたしってば、見ず知らずのお客様に自分のことをべらべらと……恥ずかしい。
 しかし、お兄さんはうっすらと笑みを浮かべながらわたしをじっと見つめた。

「キミの才能を伸ばせれば、とても素晴らしいことだよね」

「そうですか? ありがとございますー」

 つまらない話をしてしまったのに、優しい人だなぁ。
 注文書に必要事項を記入しながらにこりと笑った。

「あっ、すみません。お名前を伺っていませんでしたね」

「クジャだよ」

「はい、クジャ様ですね。出来上がりましたらモグネットでお知らせ致します」

 注文書にクジャさんの名前を記入し、ペンを置く。
 カウンター越しにクジャさんと目が合い、わたしの手の上にクジャさんの手がそっと重ねられた。

「ねぇ、キミの名前も教えてよ」

「わ、わたしですか? ・ポレンディーナと申します」

「ああ、……僕はキミのことが気に入ったよ。これからはキミを贔屓させてもらおう」

 クジャさんはまるで演者さんのような口調でわたしの手を取り、そして手の甲にそっと唇を落とす。

「あっ、はい……その、ありがとうございますっ!」

 こんなことをされたのは初めてで、わたしは慌てて手を引っ込めた。

「フフッ。それじゃ、また来るよ」

 クジャさんは何事もなかったかのように踵を返し、店から出て行った。
 ……ビックリしたぁ。
 気の抜けてしまったわたしはため息をつく。まだ心臓がドキドキしてる。

「なんだ、今の奴。ずいぶんキザだな」

「ジタン!?」

 店の窓からジタンが入ってくる。
 うそ、見られてたの!?
 あんなところを大好きなジタンに見られてしまうなんて、最悪すぎる!

、顔赤いぜ? あいつに惚れたかー?」

「ちっ、違います! こんなこと初めてだったので吃驚しただけですー……」

 赤い顔を両手で隠し、ジタンから目を背ける。するとジタンはカウンターに飛び乗り、わたしの手首をグッと掴んだ。

「キスぐらい、オレがいつでもしてやるって」

「きゃ……!」

 ジタンがわたしを引っ張り、ジタンの唇が私の頬に当てられる。ちゅっと音を立てて離されたジタンの唇はとても柔らかかった。

「唇の方が良かったか?」

「……っ」

 ジタンに、頬だけど、キスされた。
 まるで夢を見ているようなふわふわした気持ちで、気づいたら涙が溢れていた。

「な、何で泣くんだよ!そんなに嫌だったのかよ」

「違うんです……、すごく、すごく嬉しくて……」

 焦るジタンを横目に、手の甲で涙を拭う。

……」

 ジタンがわたしの両肩を掴んでわたしの名前を呟いた。と、その時お店の入り口からブランクの不機嫌そうな低い声が響く。

「おい、ジタン。テメーいきなりいなくなったと思ったら……何泣かしてんだよ。殺すぞ」

 慌ててわたしから手を離したジタンは顔を真っ赤にさせながらぶんぶんと首を横に振る。
 ブランクはわたしがジタンにからかわれたりすると怒ってくれるから頼もしい。だけど、ジタンを殺されてしまうのは流石に困る。それに、いつもジタンといい雰囲気の時に割って入ってくる事が多い気がした。

「は!? 泣かしてねーよ!」

「ジタンさん、どう見ても泣いてるッスよ」

「あーあ、ジタンが泣かしたずら!」

 ブランクの後ろからひょっこりと顔を覗かせたマーカスとシナも加わり、ジタンは更に焦りだした。

「いや、ほっぺにキスしたらの奴嬉し泣きしたんだって! なぁ、!」

 た、確かに嬉しかったけれど、そんなの恥ずかしくて「はい」なんて言えるわけない!
 わたしは黙ったまま両手で顔を覆った。

「あ? ほっぺにキスだと? ジタン、今日が貴様の命日だ」

「ふざけんなブランク! おい、本気で殴り掛かってくんなって!」

 どうやらブランクがジタンに本気で攻撃しているらしく、ガタガタと大きな音が鳴り続く。
 少し不安になって顔を覆っていた手を退ければ、ジタンに殴り掛かるブランクと、逃げ回るジタン、そしてブランクを諫めようとするシナの姿が見えた。

「よかったッスね、

 わたしの隣で、マーカスがニッと笑う。

「はい……」

 こんな日常がいつまでも続けばいいなと、心からそう思った。



※ ※ ※ ※ ※



 4月のある日。わたしは大事な話があると、トーレスおじさんに呼び出された。

。お前、飛空艇に興味があるそうだな」

 飛空艇、と言われてわたしは目を見開く。
 部屋でこっそり飛空艇の本を読んでいたのが見つかってしまったのだろうか……それともタンタラス団の誰か、もしくはお得意のお客様になってくれたクジャさんと話しているのを聞かれた?

「あ、はい……でも、なぜおじさんが知っているのです?」

 わたしの質問に、おじさんは目を背けた。

「先程城から遣いの者が来た。お前に飛空艇の技術を学んでほしいとな。お前の噂を聞き付けたという、シド大公様直々の命令だそうだ」

「え……っ」

 まさか、シド大公様が直々に!?
 嬉しさがこみ上げてきて、思わず口角が上がってしまう。だけど、今後の合成屋のことを考えると、申し訳なくてすぐに口角を下げるように努めた。

「合成屋はせがれに任せる事だってできる。もちろん、あいつはお前より腕は劣るが何とかやっていけるだろう。お前は今までよくワシらに尽くしてくれた。だから、無理にこの店を継がんでも、お前のやりたいことを選びなさい」

「……おじさん、ありがとうございます!」

 そんなことを考えてくれていただなんて。

「すまない。若いうちに、好きなことをしておくがいい」

 おじさんが申し訳なさそうにわたしを見つめる。
 えっ? 若いうち、ということは、将来はわからないということなの……?

「若いうち、それってどういう意味ですか?」

「いや、こちらの話じゃ。シド大公様の申し出を了承するなら、今から城に行くがええ」

 おじさんはそう言い残して、部屋を出て行った。
 おじさんの言葉の真意はわからないまま、わたしは城に向かう準備を始めた。



執筆:16年5月4日