飛空艇技師になって数カ月。
わたしは前以上に自由時間が無くなった。一日でも早く飛空艇の技術を吸収したくて躍起になっていたかもしれない。
そして、シド大公様が直々にわたしに知識を叩き込んで下さるのだから期待に応えなければならないというプレッシャーもあった。
実家である合成屋に帰ることは殆どなく、実質城で用意して頂いた個室で生活していた。実家に帰れた日があっても、合成屋の仕事に時間を取られて終わる。だから、飛空艇技師になってからは、ジタンに一度も会えていない。
「ふぅ……」
ジタンの事を思い、ため息をつく。
すると隣で作業をしていた、ブリ虫姿のシド大公様が心配そうにわたしを見上げた。
「どうしたブリ? 元気がないようだブリ」
「あっ、すみません! 少し疲れてしまったみたいで」
「には無理をさせてしまっているから仕方ないブリ。わしがこのような姿になってしまってからは特に……」
シド様はわたしが飛空艇技師になってから3カ月程経ったある日、王妃のヒルダ様を怒らせてブリ虫にされてしまった。以来、わたしが主にシド様の手足となって動いていた。これが主に忙しい理由だ。
ヒルダ様は新型飛空艇ヒルダガルデ1号で出て行ってしまい、行方知れずとなっている。
普段はお優しい方なのに、怒らせると怖いんだなぁと畏怖した。
「わたしは大丈夫です! 早くヒルダガルデ2号を完成させて、ヒルダ様を探しに行きましょうー!」
「うむ……すまぬブリ。お前も、ジタンに会えなくて寂しい思いをさせてしまっているだろうに」
「えっ! 何故シド様がそれを……?」
確か、シド様にはジタンの事を話していなかったはずだ。
「以前ヒルダから聞いたことがあるブリ! にはタンタラス団のジタンという恋人がいるとな!」
ニヤニヤしながらボルトを締めるシド様。
ああ、そういえばまだヒルダ様がいらした頃に恋バナをご所望され根掘り葉掘り聞かれたことがあった気がする。その時シド様とヒルダ様のお話も一晩かけて聞かされたなぁ。
「こ、恋人じゃないのです。わたしの片思いなのですー……」
「きっと、ジタンとやらものことを好きブリ。むむ……師として一度ジタンに会っておきたいものだブリ」
「や、やめてくださーい! 恥ずかしいのですー!!」
そりゃあ、ジタンが恋人だったらどんなに嬉しかったことか。
だけど、ずっと一緒にいて何も進展がないのだから、この先も恋人になれないのかもしれない。ううん、今は家族とか兄妹みたいな関係になっちゃっているから、だからなかなか進展がないんだわ。まずは今の関係を脱しなきゃね!
「そういえば、明日アレクサンドリアでタンタラス団が劇場艇プリマビスタで上演するブリ! もしかしたら、ジタンも出演するのかもしれないブリ!」
「えっ、ジタンが?」
ジタンが主役だったら、きっとカッコいいんだろうな。もしそうなら、すごく見たい。
でも、そんなジタンが今より人気者になってしまったら……わたしなんて見向きもしてくれなくなったら――
「明日は特別に休みを取って一緒に行ってはどうブリ?」
わたしの心情を察して下さったシド様が口角を上げた。
そうだ、わたしは飛空艇技師。一日も早くヒルダガルデ2号を完成させなくては。
「……お心遣い感謝いたします。しかし、わたしが行ってはきっと邪魔になってしまうかもしれませんので」
「はもう少し自分の欲に忠実になった方がいいブリ……」
シド様は大きなため息をついた。
※ ※ ※ ※ ※
その夜、部屋で休んでいたわたしはぼんやりとジタンの事を考えていた。
お芝居を見には行けないけど、今「頑張ってね」って声をかけに行こうかな……。でも、きっと準備とかで大変かもしれないし、迷惑だよね?
今回タンタラス団が公演するのは、アレクサンドリアで大人気であるエイヴォン卿作の「君の小鳥になりたい」。このお話は、悲恋のお話だからわたしはあまり得意ではないのだけど、ジタンが演じるのなら少し見てみたいなぁ。
「こんばんは、レディー」
そうそう、こんな風にジタンの声を聴きたい――
……ん? あれ?
「ジタン!」
窓からジタンが侵入してくる。
わたしはパッパと身なりを軽く整えた。
「この城の警備、本当に大丈夫か? 簡単に忍び込めちまったぞ?」
警備が薄かったのは恐らく、シド様のお計らいだ……あの方はきっとジタンが来ることを予測していらしたのだ。そして、わたしからジタンに会いに行かないこともわかっていたんだ。
「明日さ、アレクサンドリアに行くんだ。だから、その前に顔を見ておこうと思ってさ」
数か月ぶりに見たジタンは、前よりも少しカッコよくなった気がした。
毎回、久しぶりに会う度にジタンにはドキドキさせられてしまう。
「シド様から聞いたのです……お芝居、するのですよね? ジタンも出るのですか?」
「出るぜ。と言っても、脇役だけどな。ブランクとチャンバラするんだけどよ、にも見せてやりたいぜ。きっとオレに惚れ直すぞ?」
「はい、絶対惚れ直しますー!」
ジタンのカッコいい姿を見たら、惚れ直さないわけがない。
わたしの答えを聞いたジタンは満足げに微笑んだ。
「は、君の小鳥になりたいって話知ってるのか?」
そう訊ねられ、わたしは内容を思い出そうとした。
本をだいぶ昔に読んだことがあったけれど、大筋しか覚えていない。
「身分違いの恋で、引き裂かれる主人公とお姫様のお話。悲恋ですねー」
「まるでオレたちみたいだよな」
「えっ?」
突拍子もない言葉に、わたしは目を丸くする。
わたしとジタンみたい?どうして?わたしとジタンは同じ元孤児だし、身分は同じはずだ。
「は飛空艇技師になっちまって、全然城から出してもらえないだろ? まるでお姫様じゃないか。それに、にはもう将来を約束したヤツが――」
将来を約束した人? ジタンは何のことを言っているのだろう? わたしが将来を約束した人なんて、過去に唯一人だけ、ジタンだけなのに。
「そんな人、いません。それに、わたしはお姫様なんかじゃないです」
ジタンは忘れてしまったの? そうだよね、あんな……子供の頃の戯言なんて。
「……悪い。今のは忘れてくれ」
子供の頃のことは忘れていてもいい。だけど、わたしはジタンの傍にいたい。飛空艇技師の仕事も落ち着いたら、街に帰って、ジタンと一緒に……。
「わたしは、ずっとジタンと一緒にいます」
「オレだってずっとと一緒にいたかったさ! これから先もずっと――!」
ジタンが感情的に声を荒げた。
一緒にいたかったという言葉が引っかかる。それはまるで、もう一緒にいられないみたいな言葉だ。
ビックリしたわたしは暫く動けないでいた。
「ジタン、大丈夫ですか? 今日はなんだかおかしいです」
もう一緒にいられなくなる可能性の理由は怖くて知りたくないから、臆病なわたしは言葉を濁す。
すると、ジタンは苦笑しながらわたしの頭をそっと撫でた。
「そうだな、明日のことがちょっと不安なのかも。上手くやれなかったら慰めてくれよな?」
「はい、いっぱい慰めるのです! でも、ジタンなら、ちゃんと上手くやれます。わたしが保証するのです」
せめて、わたしはこれ以上ジタンを不安にさせないように、にっこりと笑顔を作った。
すると、ジタンは安心したようで先程よりずっと表情が柔らかくなった。
「……実はわざわざアレクサンドリアで上演するのは理由があってさ。オレたち、お姫様を誘拐してくるんだ」
「え? アレクサンドリアのお姫様を!?」
もしかして、それがジタンを不安にさせていた一番の理由で、会えなくなる可能性の理由だったのだろうか?
王族の誘拐なんて、もし失敗すれば吊るし首の刑は免れない。
「どうやらボスがシド大公にそう頼まれたらしくてな」
「そんな、危険なんじゃ――」
だから、シド様はジタンとわたしを最後に会わせておこうとしたのだろうか? 何かあったときのため、後悔しないようにと。
シド様がどういう理由でそんなことをタンタラス団に依頼したのかはわからない。わたしは、ジタンを止めるべきなのだろうか……?
「大丈夫だって! 成功して帰ってきたら、真っ先にのとこに戻ってくるからさ。失敗したら、いっぱい慰めてくれるんだろ?」
……ジタンなら、きっと大丈夫だ。
わたしは笑顔でジタンを送り出そう。
「わかりました……絶対に無事に戻ってきて下さいね?」
そして、無事に帰ってきたら、笑顔で「おかえり」って言うんだ。
ジタンは笑顔で頷くと、入ってきた窓に手をかけた。
「なぁ、。シュナイダー王子とコーネリア姫が結婚すれば、二つの国は平和になる。だったら、オレは邪魔しない方がいいのかな?」
突然、そんなことを問いかけられた。
「役のお話、ですよね?」
「……」
ジタンは答えない。どういう意図で質問をしたのかわからないけれど、わたしは――
「わたしは、国の平和よりも二人の幸せを願います」
「笑止千万! それですべてが丸く納まれば、世の中に不仕合せなど存在しない――そうだよな」
お芝居の台詞を呟いて、ジタンは部屋から出て行った。
執筆:16年5月4日