ジタンがリンドブルムに帰ってきたという噂がわたしの耳に舞い込んできたのは、昼過ぎのことだった。
昨日、城のドックに古いカーゴシップが入港してきて、そこからアレクサンドリアのお姫様にそっくりだという少女と兵士らしき人、小さい子供、そして尻尾のはえた少年が出てきたというのだ。
ジタンだ。ジタンが戻ってきたのだ。
少し遅めの昼食であるサンドウィッチを頬張っていたわたしは、食べかけのサンドウィッチをぱたりと、右手から机上に落下させた。
あの夜、アレクサンドリアのお姫様を誘拐してくると言って別れたジタンは本当にお姫様を誘拐してきてしまったのだ。しかし、一緒にいた人たちがタンタラス団の人たちじゃないのはどうして……?
詳細はわからない。ううん、そんなことはどうでもよくて。大好きなジタン会いたいという単純な気持ちが込み上げてくる。とにかく、無事でよかった。
「ちゃん、サンドウィッチ落としたよ? 体調悪いの? 大丈夫?」
「あ、大丈夫ですー」
心配して声をかけてくれた飛空艇技師のおじさんに笑顔を向ける。
時計を見れば、休憩時間はもうあと数分しかない。けど、今やっている作業はわたし以外でもできる作業だ。きっと大丈夫。
「あ、すみません。やっぱり大丈夫じゃないみたいです。いたたた……うう、お腹がー……」
「ええ!? 医務室に行ってきな! シド様や他の奴らには俺から伝えておくから!」
「はいぃー、ありがとうございますー……」
本当は仮病なので、罪悪感で申し訳なくなる。
後で必ず埋め合わせをしなければ。
※ ※ ※ ※ ※
ジタンを探しに城中を駆け回るも、ジタンを見つけることはできなかった。
ただただ時間だけが過ぎていくことがもどかしい。
もしかしたら、わたしでは入れないような場所にいるのだろうか、それとも城にはもういない?
うん、こういう時は人に尋ねるのが一番早い。見張りの番兵さんに聞いてみよう。
「すみません、尻尾をはやした金髪の男の子が通りませんでしたか?」
「ああ、そいつなら特徴的だったから覚えているさ。昨日大公殿下と謁見するとかでオルベルタ様と一緒に謁見の間に行ったけど、その後城から出て行ったきりだな」
「外ですね? ありがとうございますー!」
「ああ、見つかるといいな」
番兵さんにぺこりと頭を下げて、踵を返す。
これは困った。城の外ということは捜索範囲が限りなく広くなってしまうということだ。
下手にすれ違っても嫌だけど……早くジタンに会いたい。ジタンの行きそうなところと行ったらどこだろう?
「……アジトかな?」
タンタラス団のメンバーはまだ帰ってきていないと聞いている。
それでも、ジタンもそこに向かうのではと思った。
※ ※ ※ ※ ※
案の定、わたしの読みは当たった。
劇場街にあるタンタラス団のアジトの扉をこっそりと開けると、一人でポツンと壁にもたれている大好きなジタンの後ろ姿があった。
心なしか、寂しそうに見えて声をかけるのが躊躇われる。
今声かけたら迷惑になっちゃうかもしれない。ジタンがアジトから出てくるのを外で待っていよう。
そう考え、ジタンに気づかれないよう扉をゆっくり静かに閉めようとした。その直後、アジトに仕掛けられているからくり時計の仕掛けが動き始めた。
舞台の終わりを報せる鐘が鳴り響く。
「もうそんな時間か……。今、どうしてるかな、」
――えっ、わたし……?
驚きのあまり、思わず扉を閉める手に力が入ってしまった。
やばい、ジタンに会わないで帰るつもりだったのに。
「誰だ!?」
わたしが閉じた扉が勢いよく開かれ、お互いに驚いて目を見開く。
やっぱり、そうなるよね。
しかし、ジタンは目を丸くしたまま、目の前にいるのが誰なのかわかっていない様子。
確かに、作業着で会うのは初めてだけど、そこはすぐにわかってほしかったなぁ。
「ジタン、わたし、ですー」
「は……? !?」
「ご、ごめんなさい。飛空艇調整の途中で来ちゃったからこんな格好なのですー……」
わたしの今の格好といえば、可愛いフリルのついた清楚なトップスとフワフワスカートではなく作業着であるつなぎに、大好きなリボンのついたブーツではなく歩きやすいサンダル、シンプルだけど可愛いバッグではなく工具を入れるための汚れたポシェット。
早く会いたかったとはいえ、ジタンに会うのだからせめてもっと可愛らしい服に着替えればよかったなぁ。
「一瞬、どこのレディかと思ったぜ!」
「すみません、ジタンが帰ってきたと聞いていてもたってもいられなくて。ずっと心配して待っていたのですよ! えっと、おかえりなさい!」
わたしが笑顔で答えると、ジタンは嬉しそうに微笑んでくれた。
だけど、一瞬険しい表情になったのをわたしは見逃さなかった。
「昔からそう言ってくれるのはお前だけだったよなぁ。がおかえりって言ってくれると、帰ってきたなって気になるわ」
「……何かあったのです?」
こんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、ジタンの表情が強張る。
バツが悪そうに頭をかきながら、ジタンはぽつりぽつりと話し始めた。
「まぁ、色々とな。作戦は成功したんだ。ガーネット姫は城にいるよ。でも途中で、魔の森に墜落しちまってさ。ブランクの奴が犠牲になっちまった」
「ブランクが……」
いつもわたしを気にかけてくれてたブランク。本当のお兄さんみたくて大好きだったのに。そんなブランクが犠牲にって、もう会えないってこと?
「安心しろよ、石化されただけさ! 時期を見て、助けに行く。もしかしたら今頃ボスたちが石化を解く方法を探してるかもしれない。そう、だから……絶対帰ってくるさ!」
「な、ならいいのですが……。でも、ジタンが寂しそうなのはそれだけではないような気がして」
「……それは、には関係ない事さ」
「そうなのですか……」
ピシャリと言われ、ジタンとの間に壁を感じた。
ジタンは昔から人のことばかりで自分が困っていても何も言ってくれないんだから。
「悪い。これはオレが勝手にウジウジしてるだけなんだ。折角と会えたんだ。オレとデートしないか?」
再度こんな作業着のまま会いに来てしまったことを激しく後悔した。
「あ、あのあの! ジタンとデートできるのはこの上なく光栄なことといいますか、とても贅沢といいますか、本当はすごく、むしろこちらからお願いしたいくらいに行きたいのですが、こんな格好なので」
「まぁ、そうだよな。でもその格好も可愛いじゃん」
「か、かわ……っ」
「しかも勇ましい」
「はぁう……」
ジタンとデート、したかったなぁ。
「じゃあ、デートは今度にしてさ。今は……抱きしめてもいいか?」
「はぁ、いいですよー……って、えええ!?」
言葉の意味を理解しないまま空返事をしてしまったことをとても後悔した。
ジタンは心の準備が全くできていないわたしを正面から抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
心臓が破裂してしまうのではないかと思った。ジタンのばか!こんなの、反則…!
「んー、よしよし。は可愛いなぁ。欲を言えば、もう少し露出の多い服の方がよかったけどな」
前者は素直に嬉しかったけれど、後者は聞かなかったことにしよう。
ジタンはぽんぽんとわたしの頭を撫でて「はぁ……」と悦に浸りながら息を漏らした。
だけど、この扱いって。
「……ジタンはわたしのことを犬とか猫だと思っていますね?」
「どっちかというと犬だな。ご主人様が帰ってきたら尻尾振って喜ぶところとかまさに子犬だな」
戦地から帰ってきた恋人との抱擁とは程遠く。
「うう、わんわん、うわーん……」
わたしほどジタンに従順な忠犬はいないだろうなと思いつつ、唇を噛み締めた。
執筆:16年4月16日