あの後、ジタン達タンタラス団がアレクサンドリアに行ってガーネット姫を誘拐してきたお話や、ここに来るまでの苦労話を聞いた。
ここでようやく、何故タンタラス団のみんなと一緒ではなかったのか、合点がいった。 ジタンの話を聞いていて、気になることが一つ。ガーネット姫改めダガーさんの存在だ。
今までジタンは女の子を見たらすぐにナンパしたりしてきたけど、ダガーさんに関しては何か特別な印象を受けた。
この嫌な予感が的中しなければいいのだけど。
「ジタンは、ダガーさんにもナンパしたのです? さっきわたしに言ったみたく『オレとデートしないか?』って」
あれはジタンの決め台詞だ。ジタンはナンパするときにいつもこのセリフを言う。
「いや……なんか忙しそうだし。ほら、オレじゃ釣り合わないだろ」
そう答えたジタンの表情が、酷く寂しそうで、わたしは胸が苦しくなった。
多分、さっきから感じていたジタンへの違和感はこれなのだと。
「そ、そうなのですかー。でも、ダガーさんも寂しくしてるんじゃないですかね?」
こんなこと本当は言いたくなかった。
ダガーさんがジタンのことをどう思っているかだって知らない。だけど、ジタンが元気になってくれた方がいい。わたしは、自分の気持ちを押し殺して、ジタンが喜んでくれそうな言葉を選んでしまった。
「そうかな」
「そうですー」
今は、ジタンが元気になってくれればそれでいい。
折角無事に戻ってきてくれたんだもん。それに、好きな人には笑っててほしい。
「シドと話せたかどうかも気になるし、やっぱり会いに行ってみるか」
ジタンが腰を上げる。その顔を見上げると、もう迷いはなさそうだった。
※ ※ ※ ※ ※
ジタンと一緒に城に戻る途中、わたしは以前シド様に言われたことを思い出した。
『師として一度ジタンに会っておきたいものだブリ』
もう、シド様はジタンとお会いしたはずだよね? シド様はジタンと対面して、何を思ってこの後わたしがシド様の所に戻ったら何とからかわれるのだろう。
そんなことを思ったら、ため息が出てきた。
「どうした?」
「いいえ、何でもないのですー」
今は、ジタンの隣を歩けているこの幸せを堪能しなくちゃ。次はいつ会えるのか、わからないのだし。
暫く歩いていると、遠くで誰かの歌声が聞こえてきた。とても綺麗な歌声だ。
「あれ、何でしょうか……歌声が聞こえますー」
「この歌……ダガーなのか?」
そう呟いて、ジタンが突然走り出した。
「あっ、ジタン……?」
しかし、リフトの前に来るとジタンは見張りの兵士によって止められてしまう。
「お待ちください、この先は大公殿下に呼ばれた者しか通れませんよ」
歌声はこの上から聞こえてくる。きっとダガーさんはリフトの先にいるのだ。
ふとジタンを見ると、もどかしそうな顔をしていた。
……わたしなら、ジタンの役に立てる。
「あの、彼はわたしの友人なのです。ヒルダガルデ2号のことで大公殿下に相談があるのですが、飛空艇技術の知識のある彼にも一緒に来てもらいたいのです。ダメでしょうか?」
咄嗟についた嘘。
本当は上級兵の方や位の高い方達、そして特別な技師であるわたししか入れない場所だけど、今はダガーさんに会う為なら、ジタンの為ならやむをえない。
ジタンは目を丸くして、わたしを見つめた。
「さんのご友人でしたか、失礼いたしました」
幸い、兵士はわたしとジタンをすんなりと通してくれた。
リフトに乗り込み、上へと上がっていく。
「……お前って、やっぱりすごいんだな」
ジタンがリフトの壁に凭れ掛かりながらぼつりと呟いた。
「あ、えと……シド大公のお傍で飛空艇を作っているものですから、自然と兵士の皆様にも顔を覚えて頂いたようですー」
「そっか。やっぱ、お前はオレとは住んでる場所が違うよな」
そう呟いて、ジタンは黙り込んでしまった。わたしも何と言えばいいかこれ以上はわからない。
なんとなく気まずい雰囲気の中、リフトは最上階へと辿り着いた。
「ありがとな、!」
ジタンはリフトから降りるとすぐに歌声が聞こえてくる方へと走って行ってしまった。
「あ! ジタン、待ってください!」
歩きやすいとはいえ、わたしが履いているサンダルは走るのには向いていない。
どんどんジタンとの差が広がってしまい、結果的にわたしはジタンに置いて行かれる形となってしまった。
「もう、なんなのですか。ジタンのばかー……」
ジタンってば、一人でいて見つかったら大変なことになるっていうのに。
はぁ……放っておくわけにもいかないし追いかけなきゃ。
走りにくいサンダルで、ジタンが向かったであろう方向を目指す。
この先は確か、見張りの塔?
※ ※ ※ ※ ※
「どうかしたのか、ダガー」
ようやくジタンに追いついきそうなところで、ジタンの声が聞こえた。
ダガーさんの名前を呼ぶジタンにドキッとし、わたしはその場に立ち止まってこっそりと様子を窺う。
そこにいたのはジタンと、そして髪の長い可愛い女の子がいた。
あれが、ガーネット姫……。噂では聞いていたけれど、本当に綺麗な子だ。ジタンが、あの人をここまで連れてきたんだなって、あの二人は絵になるなぁなんて思ったら、なんだか妬けた。
「ねぇ、ジタン……わたしをリンドブルムまで連れてきてくれたのはタンタラス団のボスにそう命令されたからなの?」
わたしは息をひそめながら二人の会話を盗み聞く。
本当はこんなことしたらいけない、戻った方がいいのはわかっている。
だけど――
「それは違うぜ、ダガー。君を助けたい、そう思ったからさ。誰かに頼まれたわけじゃない。ボスの考えとは違ったからタンタラス団は抜けてきたんだ」
「えっ……ごめん、知らなかった……」
「なーに、気にしなくたっていいさ。これが初めてってわけじゃないから」
ジタンがタンタラス団を抜けてダガーさんを助けたこと。それはさっきジタン本人から聞いていた。
だけど、それをダガーさんに話したジタンの表情はとても柔らかで……わたしは下唇を噛みしめる。
「ねぇ、ジタン。どうやってわたしを誘拐しようとしたの?」
「最初はこのスリプル草を使おうとしたんだ。利害が一致したから必要なくなったけどな」
「ねぇ、よかったらそのスリプル草わけてくれない? ここ数日よく眠れないの」
「薬なんかに頼らない方がいいぜ。なんなら、オレが添い寝してやろうか?」
「あら、わたしはそんなに子供じゃないわ」
「いや、だから言ってるんだけどさ……」
……、来なければよかった。
あのままジタンなんて追いかけないで、大人しく飛空艇の調整に戻っていればよかった。
ジタン、あれじゃまるでダガーさんに本気で惚れちゃってるみたいだよ。
来た道を戻って、階段を降りきって、立ち止まる。走り慣れていないサンダルで走った足は、所々擦り剥けていた。
わたしはこのままではいけない、と思う。わたしの夢は、ジタンのお嫁さんになること。その為に、いっぱいジタンの役に立ちたい。わたしを見てもらいたい。
それなら、わたしがやるべきことは――
執筆:16年4月16日