リンドブルムで狩猟祭が始まった。
わたしは最初劇場街に向かうことになっていたが、その途中でフライヤの姉御を見つけた。
「姉御、お久しぶりです! やはり姉御も出場なさるのですね!」
「モーグリ……? 否、その喋り方……おぬし、か!」
わたしはこくりと頷いた。
モーグリの着ぐるみを着て、変装しながらの出場だ。多少動きづらいけれど、防御力は高いので割となんとかなるものだ。
「はい! ここ最近飛空艇ばかりいじっていましたし、腕が鈍ってしまっていますからね。血沸き肉躍るこの狩猟祭でストレス発散なのですー!」
「……バレたら、親御さんに叱られるのではないか?」
「去年はバレませんでしたし、今年もきっと大丈夫です」
「うむ……しかし無理はするでないぞ」
一昨年の狩猟祭に姉御と一緒に参加した時、トーレスおじさんとウェイン兄さんには内緒で参加したものだからこっ酷く叱られた。女の子なんだから危ない、と。
しかし懲りずに去年も参加をしたのだ。そう、モーグリの着ぐるみを着て。もちろんバレることはなかった。
たまにはわたしだって身体を動かしたいのだ。それに、参加者リストを見たら今回はジタンも参加しているみたいだし。
どうせ、ジタンの事だから勝ったらダガーさんとデートの約束でもしたのでしょう。それでなくともさっきの事でわたしは機嫌が悪いのだ。絶対に負けない。
「なぁ、フライヤ。を知らないか?」
突然、後ろからジタンの声が聞こえた。着ぐるみのせいで後ろがちゃんと見えないけど、この声は確かに……。
やばい、こんな格好して狩猟祭に参加するなんて、ジタンにバレたくない。
姉御は一瞬わたしを見ると、首を横に振った。
「知らぬ」
姉御はジタンに向かってそうキッパリと答えてくれた。流石、ナイスです、姉御!
そのうちにジタンがわたしの目の前に来た為、ジタンの表情が窺えた。何やら不満気な顔をしている。
「の奴、どこに行ったんだ? オレの勇姿を見せつけてやろうとしたのに、どこにもいないんだ。応援席の方にも姿が見えないし……」
ジタン、わたしに見て欲しかったんだ……。
残念ながらわたしはみんなに内緒で狩猟祭に参加するので、今回私たちはライバル同士なのですよーだ。
「飛空艇のメンテナンスとやらで忙しくしておるのじゃろう」
「うーん、まぁ……仕方ないか。ところで、さっきからいるこのモーグリは?」
ジタンに怪訝そうな顔で睨まれた。わたしは慌ててモーグリの鳴き真似をしてみせる。
「クポー!」
「名と顔は明かせぬ、リンドブルムの有名人じゃ」
「ああ、わかった! お前ロウェルだろ?」
ロウェル……って、今劇場街で人気の俳優さんじゃないか。
そっか、そういえばこのモーグリのぬいぐるみ、ロウェルさんからお借りしたのだった。ジタンはこれがロウェルさんのモーグリの着ぐるみだって知っていたのかな。
それにしても、わたしも一応リンドブルムでは有名人なんだけどな。ジタンはわたしだという可能性はこれっぽっちも考えていないってことかぁ。
「お互い頑張ろうな」
ジタンはウィンクをしながらサムズアップした。
※ ※ ※ ※ ※
わたしは木槌を振り回しどんどん倒して魔物たちを倒していく。
幸か不幸か、わたしとジタンは同じ場所になってしまった。
「へぇ、やるじゃん! でも負けてられっか! オレは優勝してダガーとデートするんだからな!」
わたしの奮闘ぶりを見て、ジタンが闘志を燃やしたらしい。
……そして、やっぱりダガーさんとデートの約束してたのですね! ジタンには悪いけれど、今回ばかりは絶対に負けないんだから!
「クポーーー!!」
魔物さんたちには悪いけれど、わたしの八つ当たりを受けて頂く。
この怒りの一撃、本当だったらジタンに食らわせたいところだけど!
『トップはMG-2型EX選手の50ポイントです!』
街に設置されたスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。うんうん、どうやらトップはわたしみたい。
「なんつー名前だよ」
「……」
ジタンがポツリと呟いたのを、わたしは聞き逃さなかった。
己のネーミングセンスを疑われたわたしは着ぐるみの中からジト目でジタンを睨みつけた。
※ ※ ※ ※ ※
ジタンの近くで戦うのはどうも集中できず、早々に商業区に移動して暫くしてのこと。
「わぁ~! 助けて!!」
とんがり帽子の男の子が慌ててこちらに向かって逃げてきた。
「どうしたの!?」
「あ、あ……あれ……!」
怯えながらわたしの背後を指さす、男の子。
わたしは振り向き、驚愕する。その先にいたのは……
「ザグナル、ちゃん……」
狩猟祭の大目玉であるザグナルちゃんは、かなり大型で凶暴な魔物だ。毎年参加者を苦しませているこいつはかなりの強敵である。
一昨年参加した時は兵器とフライヤの姉御の助けがあったから倒せたけれど、去年はこいつに遭遇していない。
今回、わたしが兵器を使えばトーレスおじさんとウェイン兄さんにバレてしまう。木槌と懐に忍ばせている工具一式だけで倒せるかどうか。ここは逃げる……? いや、遭遇してしまった時点で、こいつとは戦わなきゃいけない。なぜなら、簡単に逃がしては貰えないからだ。
「モーグリさん、危ない!」
色々考えているうちに、ザグナルちゃんが突進してきた。
わたしは咄嗟に攻撃をよけたが、ザグナルちゃんは武器屋に突っ込んでいき、壁を破壊した。
武器屋のおじさん、とても怒るだろうなぁ。
「あの、わたしが食い止めますのであなたは今のうちに逃げて下さいっ!」
「で、でも……」
「わたしなら、大丈夫ですから……ね?」
木槌を構え、とんがり帽子の男の子を背に庇う。
いざとなったら、わたしは兵器を使えばいい。おじさんやお兄さんに怒られるけど、仕方ない。
とんがり帽子の男の子は、こくりと頷いて走り出した。その瞬間、壁に突っ込んでいたザグナルちゃんがこちらに向き直り、その鋭い眼光でわたしを睨み付けた。
強がりを言ったけれど、やっぱり兵器無しで一人になってしまうと、すごく怖い。足は震えるし、逃げ出したい。
でも、わたしが逃げたらザグナルちゃんはあのとんがり帽子の男の子を追いかけてしまう。
……頑張れ、わたし!
「で、でけぇ……」
覚悟を決めた瞬間、感嘆の声が聞こえた。
隣を見ると、劇場街にいたはずのジタンがそこにいて、わたしは緊張の糸が切れて涙が出そうになった。
「ジタ……」
「ビビが逃げていくから、何だと思ったら……。なぁ、よかったら共闘しないかい?」
ダガーを構えて、ニカっとわらうジタン。わたしは嗚咽を漏らさないように無言で頷く。
ああ、やっぱりわたし、ジタンのことが大好きですー!
「ジタン! MG-2型EX! 助太刀いたす!」
屋根の上からフライヤの姉御が降りてきて、槍を構えた。
姉御も来て下されば、もう怖いものなんて何もない。
「とどめはオレにさせろよ! デートがかかってるんだからな!」
「……」
「好きにしろ……」
姉御がわたしを見て複雑そうな顔をした。
とどめ? わたしがさすに決まってるじゃないですかぁー。ジタンにだけはやらせませんよーーーー。
先程の恐怖なんてどっかに行ってしまい、わたしは怒りに任せてザグナルちゃんに殴りかかった。
執筆:16年5月5日