今日は待ちに待った、不破くんとの初デート!
いつもより早起きして真剣に化粧をし、持っている着物で一番可愛い物を着てと、人生の中で一番お洒落に気合いを入れた。
あんなに素敵な不破くんの隣を歩いても恥ずかしくないように。そして何よりも不破くんに「可愛い」って思ってもらいたくて。
はああ、不破くんとのデート、楽しみだなぁ!
スキップしながら集合場所である校門に行くと、そこには小松田さんしかいなかった。
うん、待ち合わせ時間にはまだ早いし……仕方ないか。もしかしたら不破くんもおめかししてきてくれるのかもしれない。着る服に迷ってるのかもしれない。そんな彼を妄想したら思わず顔がにやけてしまった。まずいまずい、これでは不審者だ。
とりあえず先に出門票にサインをしておこう。
「あれぇ? ちゃんおめかししてて可愛いね。どこかにお出かけ?」
小松田さんに出門票と筆を受け取り、自分の名前を記入すると、小松田さんが笑顔でたずねてきた。
「はい、彼氏とデートなんです!」
むふーっ! 一度言ってみたかったんだよこのセリフ! 言った、言ってやったぞ! 満足!!
「そっかぁ、羨ましいな。ぼくもこんなに可愛い彼女とデートしてみたいな」
「うふふ、小松田さんったら……」
正直なんだから! もっと褒めて下さってもいいのですよ!
小松田さんのお墨付きの可愛さなんだ、不破くんも私を見たらきっと――
ああーっ不破くん早く来ないかなー!?
※ ※ ※ ※ ※
「……ねぇねぇ、ちゃん。もうあれから数刻経つけど大丈夫?」
小松田さんが困惑した表情を浮かべながら箒を動かしている。
朝に待ち合わせだったはずなのにあら不思議、太陽が真上にあるじゃないですか。おかしいな、私待ち合わせの時間間違えたのかな? 私の、不破くんに早く会いたいという気持ちが待ち合わせ時間を勘違いさせちゃった? んなわけねーだろ。
しっかりこの耳で不破くんの口から「朝に校門前で待ち合わせよう」って聞いたわ。忘れるわけない。
「……はい。私は待ちます。不破くんのことです、着ていく服に迷ってるんです。そんな愛しい彼を待つのは苦ではありません」
「ちゃん、ファイト! ぼくはちゃんを応援してるからね!」
「小松田さん……」
あなたは天使か……! いや、もっと素敵な天使を私は知っているけどね!
不破くんのことを考えて悦に入っていると、事務室から吉野先生の怒声が聞こえてきた。
「小松田くん! いつまで掃除をしているんですか!! 書類の整理をお願いしたはずですよ!?」
「ああっ、吉野先生ごめんなさーい!」
小松田さんが慌てて事務室に走り出す。おいおい、箒忘れていってるよ。
しかし、小松田さんはきっと待ち惚けしてる私が退屈しないように気遣って一緒にいてくれたんだろうな。小松田さんにその気がなかったとしても、何かお土産買っていこう。
「ちゃん、お待たせ! 遅くなってごめんね……三郎が引き止めてくるから抜け出すのに時間がかかっちゃって」
小松田さんの後ろ姿が見えなくなった頃、背後から声を掛けられた。私は舌打ちをしてそいつを睨みつける。
「……何故お前がここにいる鉢屋」
「え? やだな、僕はちゃんの彼氏の不破雷蔵だよ……?」
「嘘つけ! バレバレなんだよ!! お前ぇ、このパターン何百回目だ、ふざけんな、馬鹿にしてんのか!?」
今までにだって鉢屋が不破くんのフリをして私に近付いてきたことはあった。しかし、私には完璧に二人を見分けられるので、それは意味をなさない。
「――ちっ、いつも以上に雷蔵になりきったつもりだったのに」
ようやく諦めた鉢屋が顔を歪ませた。相変わらず人を小バカにするような笑みを浮かべる。
「どんなに上手く変装したって私には無駄だっていい加減気付いてくれないかな?」
「まぁ、お前の目が節穴じゃないのは悔しいが認めよう」
「そんなことはどうでもいいの。不破くんは?」
「……雷蔵は今朝お前に変装した私が兵助とイチャイチャしているのを見て傷心中だ。デートどころじゃない。残念だったな」
鉢屋がニヤリと笑う。
「お前っ! 何してくれてんだよ! ていうか不破くんを悲しませてんじゃねーよ!」
不破くんが来なかった理由は鉢屋が邪魔したからか。なんとなく予想はしてたけど……不破くんを悲しませるようなことするなんて、最低だ。
「大丈夫だ、雷蔵はあとで私が慰めるからな。お前の出る幕などない! 大体、本物のお前と私の変装を見破れないくらいだ、雷蔵はお前のことなんか好きじゃないのではないか?」
――ずきり。
鉢屋の言葉が私の胸に突き刺さる。
「……それは」
気づかないフリしてたのに。触れないようにしてたのに。不破くんが私に変装した鉢屋だと見抜けなかったこと。確かに鉢屋の変装は凄いけど、そこは見抜いて欲しかったなって思ってしまう。
「雷蔵は優しいからな。仕方なくお前に付き合っているだけだ。そうでなければこんな可愛さの欠片もない女……。とにかくさっさと別れてしまえ」
そうなのかもしれない。そう思ったら何も言い返せなかった。
思い返してみれば、いつも私から不破くんに甘えるけれど、不破くんから甘えられたことは一度もない。今日のデートだって、私から誘ったのだ。鉢屋の言うとおり、不破くんは優しいから……私とはお情けで付き合ってくれてるのかもしれない。
「――――」
「なんだ、言い返して来ないのか?」
俯きながら、唇を噛み締める。そしたら何だか苦しくなって、涙が溢れ出してきた。
「だって……鉢屋の言うとおりかもしんないんだもん……!!」
「おまっ、何泣いてるんだよ!?」
まさか私が泣くと思わなかったのか、鉢屋が慌てだす。今まで鉢屋に色んな酷いことをされてきたけれど、一度も泣いたことなんかなかった。こんな奴の前で泣いてしまう自分が情けなくなる。
「私なんか可愛くないし、性格は男の子みたいだし、不破くんに好きって言われたことないし、私が唯一誇れるのは不破くんへの愛だけであとはカスッカスの人間だから不破くんに好きになってもらえるわけないんだようわああああああんっ!!」
「おい……!」
とうとう大声で泣き出してしまった私に、鉢屋はオロオロするばかり。ふと、鉢屋の手が私に伸びてきた時だった。
「三郎! 何してるんだよ!」
「雷蔵……」
愛しの不破くんが颯爽と現れた! その姿はまさに純白の羽を舞い散らせせながら天を駆けるペガサスに跨った伝説の王子様のよう。
「わああああああん」
あまりの神々しさに涙が止まらない。
「三郎、兵助から話は聞いたよ。ちゃんに変装して僕を騙したんだってね」
王子様は鋭く鉢屋を睨みつけた。ざまあみろ鉢屋。
「……すまない、雷蔵。やりすぎた」
鉢屋の謝罪に頷いて、王子様は私の頭を撫でてくださる。
「ちゃん、泣かないで?」
「うわあああん不破くん……!!」
触れられただけで心拍数があがる。
もういいんです、私は不破くんに好かれてなくても触れて貰えるだけで幸せなんです!
「遅くなってごめん。それに、不安にさせちゃってごめんね。でも、これだけは信じてほしいんだ」
そして信じられないことが起きた。人々はこれを奇跡と呼ぶのだろう。
なんと、不破くんは私を抱きしめたのだ。
「僕はちゃんのこと、好きだよ。だからちゃんが僕の彼女になってくれてすごく幸せなんだ。その……よかったら今からでも僕とデートしてください」
――おお、神よ……!
「も、ももも、もちろん……っ!!」
「えへへ、よかったぁ。自分から誘うのってこんなに勇気がいるんだね。ちゃん、いつもありがとう」
不破くんがにこりと笑ったら私もつられて笑ってしまった。
「そのぐっちゃぐちゃな顔で行くのか?」
鉢屋の言葉で、私は涙でぐちゃぐちゃになった化粧に気付いて悲鳴をあげた。
執筆:13年06月12日