私と不破くんが付き合ってそろそろひと月が経とうとしている。憎き鉢屋の妨害を受けながらも何度かデートすることには成功した。しかし、手を繋ぐのが精一杯でそれから先に進めずにいる。
つまるところ私は……私は不破くんと口吸いがしたいんだっ!! 決して、純愛を貫こうとしているわけではない。婚礼までお預けするなんてそんなつもりもない。鉢屋に邪魔……されることもあるけれど、それだけではない。そう、それよりももっと根本的な問題に衝突しているのである。
――不破くんが逃げる。
そして今まさにその事態に陥っていた。
図書室で二人きり、委員会中の不破くんを訪ねてナイスなタイミングで人がいなくなったところでなんとなくいい雰囲気になったから顔を近付けてみたら、なんということでしょう! 不破くんは顔を真っ赤にしてソッポ向いてしまったのだ!
デュフフッ!! 超可愛いじゃないか私の彼氏! 愛い奴よ!
しかしそれが複数回あれば流石の私も痺れを切らすわけで……ああ、不破くんの唇を奪いたい。ムラムラする。ちなみにもう両手じゃ数えられないくらいの失敗。恥ずかしがる不破くんに萌える気持ちと口吸いできなくて悔しい気持ちが織り交ざる。
「ご……ごめんね、ちゃん。口吸い、したくないわけじゃないんだけど、いざ顔を近付けると恥ずかしくなっちゃって」
申し訳なさそうに顔を真っ赤にしながら頭を下げる不破くん。
はああああ、不破くんめ、可愛すぎだろ! くそっ、そんなところも可愛い、好きだ! こんな可愛い子に嫌な思いさせちゃって。がっついた私死ね! ファック!
「だ、だ、大丈夫だよ不破くん! 私、不破くんが恥ずかしくなくなるの待ってるから!」
不破くんなら仕方ない。
「……ちゃん」
そうだ、私ががっつきすぎなのかもしれない。不破くんはまだ私と手を繋ぐだけでも恥ずかしがるくらいなのに、口吸いなんてレベルが高すぎるんだよね、きっと。不破くんのペースに合わせよう。恐らく口吸いが失敗する度に不破くんを追い詰めてしまっているはずだ。そんなことなら私は不破くんと口吸いできなくていい。
「ゆっくり、少しずつ慣れていこう?」
「うん……」
不破くんの髪をくしゃりと撫でると、不破くんは安心したように微笑んだ。
※ ※ ※ ※ ※
しかし正直なところやっぱり不破くんと口吸いがしたくてしたくてたまらない私は、久々知くんと尾浜くんに愚痴を聞いてもらった。不破くん、欲にまみれた私をどうかお許しください。
「やだ、男前すぎて惚れそう……」
「雷蔵も優しい彼氏ができて幸せだな!」
でも、二人の感想が私が男前で優しい彼氏とはこれいかに。
「君達、私は女の子なのですが?」
「いや、のその心意気は立派な男だ」
「尾浜殺す」
「ちょ、冗談だって! なぁ、兵助!」
私が拳を構えると、尾浜くんが悲鳴をあげながら久々知くんの後ろに隠れた。
まったく、実に失礼な男だな! しかしながら、尾浜くんは腹の中に何を隠しているかわからないから本当に戦ったとしても勝てる気がしない。
「しかし……普通は逆じゃないのか? 女の子の方が恥ずかしがって、触れたくても口吸いしたくても耐えるのはいつも男の方だと思ってた」
そう言って久々知くんが苦笑いを浮かべた。
「私もそれは少し思ってたの! でも私の女子力より不破くんの女子力の方が格段に上だからどうしようもないの!!」
「まぁ、雷蔵は控えめで自分から行くイメージではないしな……」
久々知くんの言葉に尾浜くんがうんうんと頷く。
「本当言うとね、不破くんにお預け食らってばっかで私は爆発寸前なの! 更に正直言うと次に恥ずかしがられても強引にしてしまいそうで怖い! でもそんなことして嫌われたくない!」
不破くんの気持ちと安全が第一だ! 私の性欲なんて二の次だ!! 私の中の優先順位は不破くんが常に一位なのだ!!
「――なぁ、勘右衛門。俺になら抱かれてもいいと思えてきた」
「奇遇だな、兵助。俺ものような優しい彼氏ならいてもいいと思ってたとこだ」
ほんのりと頬を赤く染める二人に殺意を抱いた。
「二人とも殺す」
「だから冗談だって」
久々知くんと尾浜くんは笑いながら私を宥める。本当に失礼だなこいつら。
「まぁ、真面目な話。恥ずかしいというのもあるんだろうけれど、雷蔵のことだから初めての口吸いで迷いぐせを発動してるんじゃないのか? 鼻がぶつかったらどうしよう、こっちに顔を傾けるべきか、いやあっちか……とか、口吸いしている間呼吸はどうするんだろうとか」
「ありえすぎて怖い」
尾浜くんの言葉に、久々知くんが苦笑いを浮かべた。私も尾浜くんの意見に同意だ。不破くんの迷いグセはいつ発動されともおかしくない。例えそれが口吸いの時だとしても……!
「こればっかりは予習好きの三年の浦風みたく予習するわけにもいかないしな」
予習好きの三年は組浦風藤内くん。彼は何でもかんでも予習をしないと気がすまないタイプらしく、先日私は見てしまった。彼がパパになった時の予習と言って一年は組のきり丸の子守のアルバイトを手伝っていたところを。いったい、恋人ができたときどうするんだ。
まぁ、そんなことはどうでもよくてだ。
「はぁ、そんなのは私に任せてくれたらいいのに」
私の言葉に、尾浜くんが驚愕の声を上げた。
「は口吸いしたことがあるの!?」
「ないよ! 私の初めては全て不破くんに捧げると誓ってるからね!」
「そうだろうとは思ってた。なんというか……確かにに全てを委ねていれば大丈夫そうな気もする」
久々知くん、私が不破くんを好きじゃなかったら抱いてあげたわ。
とりあえず……今はただ不破くんを待とう。不破くんがしたいと言ってくれるまで、私は待つのだ。
※ ※ ※ ※ ※
さぁて、午後の授業も終わったし不破くんに会いに行こう!
しかし不破くんに、ムラムラしてるのがバレないようにしなくては! ああーん、待っててね不破くん!! 、今貴方の元に参りまーす!!
「」
――折角気だるい授業が終わってマイハニー不破くんに会いに行くところだったのに、なぜか目の前に現れた鉢屋に声をかけられて気分はドン底だ。
確かにここは忍たま長屋。しかも五年生の。鉢屋がいたっておかしくはない。しかし何でよりによってこいつと出くわしてしまったのだと、己の不運を呪った。
「鉢屋……何か用?」
「頭にゴミが付いてるぞ。そんな姿で雷蔵に会うのか?」
「えっ」
私が頭に手を当てた瞬間、鉢屋が私の後頭部に手を回した。
うん? こいつ妙に優しい……?
そう思ったのも束の間、鉢屋の手がぐっと前に押された。それは私の肩に掛かり、私の体は壁に押し付けられる。いきなりの事すぎて私は抵抗できず、ただ呆然としてしまった。それがいけなかったのだ。
――ズキュゥゥゥウウウン!――
この効果音が一番合っているかもしれないと、思った。あろうことか、鉢屋と口吸いしてしまったのだから……!
「なん……で」
鉢屋の唇と私の唇が離れて、私はズルズルとその場にへたり込んだ。意味わかんない。どうして鉢屋が私と口吸いしたの。私は不破くんと口吸いしたかったのであって、不破くんの顔した鉢屋としたかったんじゃない。誰が鉢屋と口吸いしたいって言ったんだ。言ってねーよ。
「残念だったな、これでの初めての相手は私だ。雷蔵じゃない」
そんなことの為に鉢屋は私と口吸いしたのかよ。
そう言ってやりたかった。だけどこの妨害は私が思った以上に効果抜群だ。
――初めては全て不破くんに。
それはもうできなくなってしまったのだから。とりあえず泥水で唇を洗いたい。しかしこのところ晴天続きで水たまりはなかった。ふつふつと沸き上がる怒りと憎しみ。
「ぶっ殺す! 死ね鉢屋!」
鉢屋に苦無を投げつけるも、鉢屋は軽々とそれを避けた。ニヤッと私を嘲笑して天井裏へ逃げて行く。
追いかけて殺したい、でもあまりにもショックが大きくて足が動かなかった。
不破くん以外の男に唇を奪われるなんて、私は不破くんに合わせる顔がない――。
執筆:14年02月28日