先輩って、久々知先輩のことが好きですよね」

 火薬委員会のお手伝い中、伊助くんに小さな声で耳打ちをされてあたしは目を見開いた。

「いっ、伊助くん! どうしてそんなことを聞くのかな!?」

 あたしが久々知先輩に憧れているということはトップシークレットのはずだ。誰にも言っていないし、そういう素振りはあまりしてこなかった……はず。なのに何故。どこから漏れた、その情報。

「どう見ても二人は両想いなのに、どうしてどちらも告白しないのかなぁと思いまして」

 まさかの、伊助くんの観察力であった。一年生なのに恐るべし。成績の悪い子たちの集まりである一年は組ではあるけれどこの子将来化けるぞ!
 でも引っかかるのは、あたしと久々知先輩が両想いということ。あたしは久々知先輩に憧れているけれど、久々知先輩はどう考えてもあたしのことを好いているとは思えない。その一番の理由は彼には色白で四角くて柔らかな恋人がいるからだ。いや、あたしのことなんて後輩の一人としてしか見ていないと思うからだ。

「両想いなわけないよ。まず、久々知先輩があたしを好きとかありえないし、あたしは久々知先輩のことは好きだけど、そういう好きじゃないから…」

「そうですかね? でも、久々知先輩最近先輩のことを名前で呼んでますし、絶対好きなんだと思います!」

 あたしが反論しても、伊助くんは引き下がらない。

「……うん、まぁ……それはあたしも不思議なんだけど。それってあたしも火薬委員の一員として認められたからじゃないのかなぁって……思ったり、思わなかったり」

 予算会議の一件以来、久々知先輩はあたしのことを名前で呼んでくれている。だけどそれはきっと火薬委員会で仕事をするうえで必要だからじゃないのかとあたしは考える。久々知先輩はあたし以外の火薬委員であるタカ丸さん、三郎次くん、伊助くんのことは名前で呼んでいるのにあたしだけ名字で呼んでいたし……。
 そう、あたしは父上の一件で学んだのだ。名前の呼び方の大切さを……な! それを田村くんから教わったというのがちょっと、なんだか悔しいところではあるけれど。

「僕たちが協力します!」

「はい!?」

 伊助くんがにっこりと笑った。協力って、一体何を! それに僕たちとは? 他に誰がいるんだ。

「実は三郎次先輩と話してたんです。二人がくっついたらお似合いなのにって」

三郎次くん……君もなのか。

「いや、お似合いじゃないでしょ」

「いやいや、絶対お似合いです! というか、くっつきそうでなかなかくっつかない久々知先輩と先輩を近くで見ているのがもどかしいんです! それに、久々知先輩とくっつけばあのうざったい田村先輩も先輩のことを諦めますよ、きっと!」

「……伊助くんがエキサイトしておる」

 くっつきそうでなかなかくっつかないって言われても……久々知先輩は面倒見のいい人だから後輩に優しくしてくれてるだけだと思う。そしてあたしが唯一の女子だからそう見えるだけなんじゃないのかなぁ。
 それよりあたしは伊助くんが田村くんのことを「うざったい」って言ったことが気になった。田村くんハンパねぇ、下級生たちにうざがられてるよ!

「伊助! こっちは準備できたぞ!」

 久々知先輩と仕事していたはずの三郎次くんがやってきた。三郎次くんはあたしを見てにやっと笑う。
 ええええ、なんだこの「悪巧みしてます」って顔は! とても怪しいんですけどぉぉぉぉ!

「三郎次先輩、ありがとうございます!」

「えっ、準備って何」

先輩、ちょっと来てください」

 あたしが尋ねるも、二人は答えることなくあたしの手を取った。



※ ※ ※ ※ ※



 連れてこられた場所は食堂だった。しかし、いつもの食堂とは様子が違った。壁一面に飾り付けられたバラを基調とした花。テーブルには貴族が使っていそうな高そうでお洒落なテーブルクロスが掛けられている。その上には数々の豆腐料理。これどこから持ってきたし。
 まさか火薬委員会のよさ……いや、これ以上は考えないようにしよう。そしてそのテーブルに着席しているのが、久々知先輩だった。

「……あ、。いらっしゃい」

「久々知先輩……これ、どういうことなんでしょうか?」

 おずおずと問い掛けると、久々知先輩が目を丸くした。

「え? が豆腐パーティーしたいって言ってたと聞いたから用意したんだけど」

 言ってません。

「……えーっと、ちなみにそれは誰が言ってたんですか?」

「三郎次だよ。でも、三郎次たちは別の用事があって来れないんだって。こんなに素晴らしい飾りつけしてくれたのは彼らなのに……なんだか申し訳ないな」

 これはどういうことなのか尋問しようと隣を見るも、三郎次くんも伊助くんも既にいなかった。何故、あたしだけ……タカ丸さんも土井先生もいないみたいだし、久々知先輩と二人きりじゃないか!
 ――はっ! もしかして。
 さっきの伊助くんの言動、そしてこの二人きりで豆腐パーティーというシチュエーション……これは伊助くんと三郎次くんによるあたしと久々知先輩をくっつけるための作戦か! あの二人め。

「そうなんですね、後でお礼参りに行かなくちゃ!」

「それって、いい意味で、だよね……?」

 お礼参りと聞いて久々知先輩が苦笑した。

「ナイショです。それにしても、この豆腐料理の数々……全部久々知先輩が用意したんですか?」

「うん……が豆腐に関心を持ってくれたのが嬉しくていっぱい作ったんだ」

 美味しいと評判の久々知先輩の手作り豆腐料理の品々を食べられる日が来るなんて! 伊助くんと三郎次くんめ余計なことしやがってと思ったけど、水に流してあげようかな。

「ありがとうございます、先輩! 頂いてもいいですか?」

「もちろん! さぁ食べて!」

 せっかくだし、豆腐パーティーを楽しまないと損だよね。席について、久々知先輩お手製の湯豆腐を頂く。
 ……うわぁ、いつも食べてる豆腐とは一味違う。
 食べられるものなら割と何でもよくて素材の良し悪しがあまりわからないあたしでもわかる、この美味しさ! 彼こそが、豆腐のプリンスさま…!

「すごく美味しいです!」

「そう? よかった!」

 久々知先輩は満足そうに微笑んでくれた。うん、どんどん箸が進む。こんな美味しいものが食べられるなら、デブってもいいかもしれない。

「久々知先輩、将来いいお父さんになりますね」

「えっ、そうかな……?」

「こんな美味しいお豆腐料理が食べれるなら、久々知先輩の奥さんになられる方はさぞ幸せでしょうね! 羨ましい!」

 いいなぁ、久々知先輩の奥さんになる人! ふと、久々知先輩を見ると、何故か顔を赤くしながらじっとあたしを見ていた。
 あ、あれ……?この雰囲気もしかして――

「あのさ、。もしよかったら俺と……」

 ――告白?

「わぁ、美味しそうー!」

 しかし、それは突如現れたタカ丸さんによって阻止されたのだった。

「タカ丸さん!?」

 久々知先輩が声を上げると、タカ丸さんはいつものようにへにょりと笑った。
 うっそん! タカ丸さん、なんつータイミング! 絶妙なタイミングでしたよね!?

「久々知くんとちゃんがいないから捜しにきたんだよー。あと、三木ヱ門くんもちゃんを捜してたよ?」

「……あー、今は取り込み中なので放置しておきます」

 どうせ田村くんの用事はあたしに抱きつくことだろう。そもそも、彼には昨日一緒にユリコの散歩をしている時に「明日は火薬委員会を手伝う」と言ったはず!

「……タカ丸さんは、田村の味方なんですか?」

 久々知先輩がタカ丸さんを怪訝そうに見つめながらため息をついた。

「うーん、そうだねぇ、僕はずっと前から三木ヱ門くんの相談に乗ってたから」

 味方? 相談? ……げっ、田村くんはタカ丸さんにあたしの相談でもしているのか!? つまり、久々知先輩の言うとおりタカ丸さんは田村くんの味方で田村くんとあたしをくっつけようとしている、のか? ちょっと、ややこしくなってきた。

「えっと、お二人が何を話しているのかちょっと分かりかねるのですが」

「三木ヱ門くんがちゃんを大好きっていう話だよー」

 なにやらタカ丸さんにはぐらかされた感があるのは気のせいだろうか。
 その時、突然背中に重みを感じて危うく麻婆豆腐のお皿に顔面ダイブしそうになった。

!! こんなところにいたのか! しかも久々知先輩の豆腐料理食べてるし! 私だってに手料理食べさせたい!!」

「うわあああああああ!?」

 うるさいのが来た! 田村くんのせいで危うく麻婆豆腐まみれになるところだったし!
 しかし田村くんは口を尖らせて久々知先輩を睨んだままだ。久々知先輩はあははと苦笑する。

「えっと……よかったら田村もどうかな? 豆腐パーティー」

「あ、いいんですか? それでは遠慮なく!」

 ちゃっかりあたしの隣に座り、豆腐ステーキを頬張る田村くん。さっきまで久々知先輩に対抗心メラメラだったのに単純すぎだよこの子。そして久々知先輩の大人な対応といったら……。
 タカ丸さんも久々知先輩の隣に座り、賑やかな豆腐パーティーが始まった。



※ ※ ※ ※ ※



 豆腐パーティーが終わり、あたしは久々知先輩の片付けを手伝う。タカ丸さんと田村くんが離れている隙に、さっきのことを聞いてみることにした。

「あのー、久々知先輩は先ほど何を言いかけていたんですか?」

 まさか、久々知先輩は伊助くんと三郎次くんの言うとおり本当にあたしのことを好きなのだとしたらどうしよう……!? 聞いてから気付いた、本当に告白だったらあたしはどうしたらいいのか。
 しかし、久々知先輩は満面の笑みで答えて下さった。

「俺と一緒にまた豆腐パーティーをしてほしいって言いたかったんだけど……どうかな?」

「……あ、はい! ぜひ!」

 ですよね。



執筆:13年5月4日