ある日、食堂のB定食のデザートに杏仁豆腐がついてきた。もちろん、豆腐小僧と名高い俺はB定食を頼むはずだったのに、無惨にもB定食は俺の目の前で売り切れた。授業が長引いたせいだ。先生、恨みます。
仕方なくA定食を頼んで席に着くと、たまたま目の前に座っていた、ろ組の竹谷八左ヱ門が顔をひきつらせて俺を見た。
「うわぁ、兵助その顔どうした!?」
「B定食が目の前で売り切れたんだ……杏仁豆腐、食べたかった!!」
「……ああ、そういうことか」
苦笑いを浮かべる八左ヱ門の食べているのは俺と同じA定食。もしもB定食を食べていたら少し貰おうと思ったんだけどな。
更に落胆していると、誰かに肩を軽く叩かれた。
「久々知先輩、杏仁豆腐いりませんか?」
「えっ!?」
隣を見ると、最近火薬委員会を手伝ってくれるようになったくのたま四年生のが俺に杏仁豆腐を差し出してくれている。この子が豆腐の女神かと思った。
「いや、でもそれはのだろ。それが食べたいからB定食を頼んだんだろ?」
「あたしがB定食を頼んだのは卵焼きが食べたかったからですよ。そしてこの杏仁豆腐は言っています、あたしよりも久々知先輩に食べてもらった方が幸せだと」
そう言って俺のお膳にそっと杏仁豆腐を置いて食事を再開させる。
「あ、ありがとう!」
俺が頭を下げると、はにっこりと笑った。普段はもちろん、委員会でも仕事以外の話をあまりしたことのないに興味を持った瞬間だった。
※ ※ ※ ※ ※
それから俺は積極的にに話しかけるようになった。最初は話しかければ言葉を返してくれる程度だったのに、から俺に話しかけてくれるようになった時は嬉しくて八左ヱ門に報告しにいったくらいだ。
そしたら八左ヱ門に「兵助はあの杏仁豆腐の子が好きなのか」って聞かれたけど、否定した。どちらかというと彼女は妹のようなものかもしれないと思った。
しばらくして、に火薬委員以外の忍たまの友達ができた。四年ろ組の田村三木ヱ門。元々火縄銃が好きだったと意気投合したらしい。おかげでは以前程火薬委員会の手伝いに来なくなったし、手伝いに来ても田村の話か火器の話ばかり。田村に可愛い妹を取られたようで少し悔しかった。
そして、事態はさらに悪化した。
「兵助の可愛がってる杏仁豆腐の子、田村と付き合ってるらしいじゃないか」
八左ヱ門と談笑していたら、彼の口からそんな言葉が漏れた。いい加減の名前を覚えろよなんて突っ込む余裕がなくなる程、俺はショックを受けた。
「そう、なんだ?」
「兵助……?」
八左ヱ門が以前言ったことを思い出す。
――兵助はあの杏仁豆腐の子が好きなのか?
……そう、なのかもしれない。妹のような子だって思ってたけど、妹ならと田村が付き合っていると聞いただけでこんなにショックを受けるだろうか。
今日の委員会の仕事にが来たら、確かめてみようと決意した。
結局、は田村と付き合っていなかった。どうやら田村の激しい片思いらしい。ホッとした自分の気持ちに嘘はつけない。俺はが好きなのだ。田村には負けたくない。
だけど最近は会計委員会の手伝いもするようになった。今度の予算会議でハッキリさせたい。は火薬委員会の一員なのだと。
予算会議で俺は彼女をと呼ぶようになった。そして田村は気付いたようだ。俺が、彼女を好きだということに。
だけどは俺の気持ちに気付くどころか俺が「」と呼ぶようになったことすら気付かなかった。
気落ちしていたら、三郎次に相談があると言って呼び出された。
「久々知先輩、先輩が好きなんですよね」
「な、何でそう思う……?」
「そりゃあ、ずっと近くで二人を見ていればわかりますよ! ちなみに、伊助も気付いていますよ」
伊助にまでバレてたなんて……。下級生にバレバレだなんて、俺は忍者失格なのかもしれない。
「そんなに気落ちしないでください! 多分、先輩も久々知先輩を好きですし、俺たちは早く二人にくっついてもらいたいんです」
三郎次の言葉に、俺は目を丸くした。が、俺を好き……!?
「俺たちは、両想い、なのか?」
「はぁ、どう見ても両想いじゃないですか! でも、田村先輩と先輩も最近いい感じですし、早くしないと取られちゃいますよ!?」
「そ、それは……」
確かに最近田村とはよく一緒にいる。田村がを追い回している他にも、一緒に石火矢の散歩をしたりする姿を見かけた。
が本当に俺を好きなのかはわからないけれど、俺もうかうかしてられない事は確かだ。
「俺と伊助で作戦を立てました!」
三郎次がにこっと笑った。正直下級生に任せるのは上級生としてどうかと思ったが、ここは彼らに任せてみようと思った。
内容は俺の豆腐料理での胃袋を掴み、いい感じの雰囲気になったら告白、というもの。
こいつら本当に下級生か。どこでそんな知識を身に付けた。しかし、これ以上の作戦はないと思い、いざ決行した。
しかしそこで思わぬ邪魔が入った。
――タカ丸さんだ。
俺が告白しようとしたその瞬間、謀ったかのようなタイミングで食堂に入ってきたのだ。いや、謀ったかのようではない……謀ったのだ。
結局その日は想いを伝えられなかった。に「何て言おうとしたのか」と問われたけれど、言える雰囲気ではなかった。
もう少しだったのに、どうして俺の邪魔をしたのか、タカ丸さんに改めて聞いてみた。
「田村くんはもうずいぶん前からちゃんを好きだったんだよ。久々知くんがちゃんを好きになるずっと前から」
そう言ってタカ丸さんは困ったように笑った。恋愛に、遅い早いなんて関係ないだろ。俺だってが好きだ。田村に渡したくない。
告白の機会を伺っていると、一人練習場に佇むを見つけた。でも、元気のない顔をしていたから、また田村に追い回されて困ってるんだと思ったが…逆だった。
話を聞いているうちに、俺はわかってしまった。
――は田村が好きなんだ。
俺じゃなかった。正直死にたくなった。もっと早く自分の気持ちに気づいていたら結果は違ったのだろうか。
だけど、が泣きそうな顔をしているのだから、そのまま逃げるわけにはいかない。せめて、には幸せになってほしい。俺と同じ思いなんてさせたくない。先輩として、俺は可愛い後輩の背中を押した。
――頑張れよ、
田村に捨てられたら俺がお前を幸せにする。だから、安心して行ってこい。
そうして、俺は今日失恋した。
執筆:13年5月6日