私は悩んでいた。ここ数日、私は浦風くんを除く立花先輩率いる作法委員の面々の玩具と化しているこの状況に!
 一昨日は食堂に行ったら兵太夫くんにからくりで捕獲され、そして浦風くんの部屋に押し込まれた。これに関しては浦風くんが申し訳なさそうな顔をしながらくのたま長屋まで送ってくれたからいい。
 昨日は伝七くんが背後から生首フィギュアで私を殴って気絶させてきて、浦風くんを呼んできたらしい。気づいたら私は保健室にいた。隣で浦風くんが何度も私に謝ってきた。浦風くんは悪くないのに。
 そして今、綾部先輩に脅されて裏裏山に呼び出され、綾部先輩の落とし穴に落ちたのだった。しかしそこには先客がいて、その先客はもちろん、浦風くんだった。
 綾部先輩は口笛を吹いてどこかへ行ってしまった。あ、綾部先輩め……!
 私が落ちた時、浦風くんは私の下敷きになってしまった。私はそのおかげで無傷だけども、浦風くんは私を受け止めた時に手首を捻ってしまったらしい。明日からダイエットしようと、私は今まさに心に誓ったのだ。

「おれは大丈夫だから、さんはダイエットしようとかそういうこと考えなくていいからね?」

 そう言って浦風くんが苦笑した。

「な、何で考えてることわかったの!? 浦風くん、読心術が使えるの!?」

「そりゃあわかるよ。お腹のお肉摘んでるんだもん」

「うっ……」

 前も思ったけど、私ってやっぱりわかりやすい奴なのかもしれない。思ってることが表情や行動に出やすいというか……まってこれって私忍者としてダメなんじゃね? だからなのかな、作法委員改めS法委員たちにいいように遊ばれているのは。
 ああもう、とにかく作法委員怖い! 本当に怖い! そんなに浦風くんと私をくっつけたいのか! まったく!
 というか、今現在物理的にくっついてて恥ずかし死にしそうである。落とし穴の中はとても狭くて、お互いの体が密着してしまっていてあまり身動きが取れない。なので、私は今浦風くんの胸に身を寄せている形になっている。
 うおおおおお、浦風くんも恥ずかしいんだろうな、心臓の鼓動が早い。私だけじゃなくてよかった。

「ほんとに、ごめんね」

 なんかもう、色々申し訳なくなって浦風くんから目をそむけた。
 そしたら浦風くんは私の頭を優しくなでてくれる。

「どうしてさんが謝るの? 元々、こうなったのはおれのせいだよ。先輩たちはおれがさんを好きと勘違いして面白がってこんなことをしてるんだし。散々違うとは言ってるんだけど……全然おれの話聞いてくれないんだよね」

 苦笑する浦風くんに、私は唇を噛んだ。
 そうだよ、浦風くんだって迷惑してるんだよ。浦風くんも私と同じ被害者なんだ。私のこと可愛いって言ってくれはしたけど……好きってわけではない。
 浦風くんは他の作法委員たちと違って優しいから、いじられる対象になっちゃってるんだろうな。いじられるというか、もはやこれはいじめだよ。後輩いじめとか酷すぎるでしょう立花先輩! 見損ないました!

「――さて、ここから出ないとだね」

 後輩をいじめる立花先輩に悶々としていると、浦風くんは私のすぐ隣で「よいしょ」と言って体を動かした。

さん、おれが台になるから、上がって」

 確かに、浦風くんは今手を負傷しているから簡単には上がれない。だけど、その負傷の原因は私なのだ。それなのに私だけが助かるなんて、できない。

「……え、でもそれじゃあ私だけ助かるけど、浦風くんが」

「大丈夫だよ」

「だ、大丈夫じゃない! 私、浦風くんを一人残して助かりたくない!」

「あのね、さん聞いて――」

「い、嫌だ!」

 助かるのは絶対に二人がいい。いつまでもこうしているわけにはいかないけれど、私は浦風くんを見捨てることなんてできない。
 困った表情で私を説得しようとする浦風くんの言葉を遮り、小さな子供が駄々を捏ねるように浦風くんの制服をぎゅっと握った。

「……さん」

 浦風くんが、優しく微笑みながら私の頭をそっと撫でた、その時だった。

「そこに誰かいるのか?」

 突然、上から声がした。
 やった、これで私たち二人助かっ……!?

「藤内と!? おめぇら、こんなところで何してんだよ!」

 その声の主が顔を出す。
 それはまさかのまさかのまさかのまさかのまさかのまさかのまさかのまさかのまさかの富松くんだった!! こ、こんなところで富松くんにお会いできるなんて、俺は僕は私は……ッ!!!!!!!

「作兵衛、ごめん。手を捻っちゃって……よかったら助けて欲しいんだけど」

「ったく、しょうがねぇな」

 富松くんが常備している縄を片側だけ落とし穴に降ろしてくれた。浦風くんが縄に捕まるように促してくれたけれど、富松くんを目の前にした私はパニックを起こしていた。
 だ、だ、だって先に上に上がったら私は富松くんが至近距離!! 無理、無理、本当に無理!!
 浦風くんは苦笑いを浮かべて、富松くんの縄に掴まって先に上がる。私は縄に掴まった後、先に上がった浦風くんの負傷していない方の手を借りて落とし穴から脱出した。
 だけど問題は、富松くんだ。
 こんな至近距離で、今ここには私と浦風くんと富松くんしかいない! 富松くんがこんなに近くにいるというだけで死にそうなのに、今三人きりだ! 浦風くんがいなかったら私は今頃昇天していただろう。

「と、富松くん!! あ、ありがとうございました! お陰で助かりました!!」

 まるで、あの時みたい。
 富松くんは覚えているだろうか……いや、覚えてるわけないよね。それでも、私にとって彼はヒーローなのだ。私が困った時、助けてくれる。富松くん、大好きです。

「べつに、左門と三之助を探してたら偶然通りかかっただけだ……というか、二人は何してたんだ?」

 富松くんの怪訝そうな表情。浦風くんと私の関係についてお疑いなのだろうか!いいえ違うんです、決して恋仲のような関係ではないのです!!

「綾部先輩にはめられて」

「ああ……綾部先輩か」

 浦風くんの言葉に、富松くんは苦笑いを浮かべた。

「ということは、も巻き込まれたのか。散々だったな」

 ひぃぃぃやああああああ!!!! 富松くんが私を気遣ってくださった!
 今の言葉を脳内メモリーに深く刻み込み、いつでも脳内再生可能になるようにしておこう。授業中とかしんどい時に再生したら絶対元気が出るだろう。

「い、いえ! 大したことはありません! 富松くんに気に掛けていただけて光栄です!」

「……あ、あぁ」

「ねぇ、前から思ってたけど、どうしてさんは作兵衛に対して敬語なの?」

 私と富松くんのやりとりを見ていた浦風くんが首を傾げた。

「俺も前に敬語じゃなくていいって言ったんだけどよ」

「いいえ! 富松くんは私にとって特別というか、恩人なので! こうしてこんなに近くでそのお姿を見れるだけで私は幸せです!!」

 私に言葉に、富松くんと浦風くんが顔を見合わせた。その後富松くんは少し顔を赤くして、浦風くんはなんだか難しそうな表情をした。というか、今は私の事情とかはどうでもよくて、富松くんの用事の方が大切だ。

「あの、それよりも富松くんは神崎くんと次屋くんを捜していたんですよね?」

「あ! そうだった! 俺、あいつらを捜しにきたんだった!!」

 富松くんは「まったく、あいつらは」と言っておろおろし始める。
 そんな貴方も素敵です! そして、神崎くんと次屋くんがほんの少しだけ羨ましい。

「あの、よかったらお手伝いしましょうか……」

「そいつは助かる……が、は藤内を保健室に連れて行ってやってくれ」

 私の申し出に、富松くんはビシっと答えた。

「わかりました! では浦風くんを保健室へ」

 私が浦風くんの腕を掴むと、浦風くんは富松くんの名前を呼んだ。

「待ってよ作兵衛、保健室へならおれ一人で行ける」

「ばかやろう、お前のことだから嘘ついて左門と三之助捜しに行くだろうが! は藤内の見張り役だ!」

「はい! 任せてください!」

 、頼んだぞと言って富松くんは駆け出した。
 うおおおおおおお! 富松くんから任された! この大任、必ず成し遂げてみせる!! 富松くんが早く神崎くんと次屋くんを見つけられますように。

「ほら、保健室に行こう浦風くん!」

「どうして? さんは作兵衛と一緒にいたいんじゃないの? 作兵衛のこと、好きなんでしょ?」

「何言ってるの? 浦風くんは私のせいで怪我したんだし、富松くんは浦風くんを保健室に連れて行くようにと私に命じられたのよ?」

 それならば、私がやることはただひとつ。迅速に浦風くんを保健室へ連れて行くことだ。
 なのにどうして浦風くんは納得がいかないという表情で私を睨みつけているのだろう。



※ ※ ※ ※ ※



 浦風くんが怖い。あれから黙ったまま私の隣を歩いている。この沈黙は一体なんなのだ。
 なんとなく、浦風くんの雰囲気が怖くて私も黙ったまま忍術学園に向かって歩いていた。

「ねぇ、さん」

「な、なに?」

 もうすぐ忍術学園に着くというところで、突然浦風くんが口を開いた。今まで何も話さなかったのに、一体何だ。

さんって、作兵衛が近くにいると、ドキドキしたり、きゅんきゅんすることってある?」

 と、富松くんの話題!?
 そりゃあ私の得意分野である。なので、私は嬉々としながら答えた。

「そりゃあもちろん! 富松くんを前にすると緊張でドキドキする! だって、富松くんは優しいし男前だし素敵なんだもの! あー……でもきゅんきゅん? それはよくわかんない」

 私の言葉を聞いた浦風くんが、私から視線をそらした。

「……やっぱり。あのさ、すごく言いづらいんだけど」

「なぁに?」

「それって、さんは作兵衛のこと好きじゃないんじゃないかな」

「――なん、だと」

こいつ何言ってんだ、と思った。


執筆:14年3月1日
修正:16年05月11日