私はとても悩んでいた。
今まで私は富松くんを好きだと思っていたけれど、そうではないのかもしれない。それは浦風くんに指摘されて気づいたことだ。あの真面目な浦風くんのことだから、テキトーなことは言わない。
浦風くん曰く、確かに私は富松くんを好きだけどそれは恋愛感情ではないとのこと。よくよく考えてみたら、そうなのかもしれない。割と思い当たる節がある。でも、それが結構ショックだった。
初恋だと思ってたのに、これは恋じゃなかったんだなって思ったら自分が愚かしく見えた。だけど、これがこれから恋に変わるかもしれないじゃないか。そもそも富松くんとはあんまり話もしたことがない。多分それがいけないんだ。
とりあえず、先日のお礼も兼ねて富松くんに会いに行ってみよう……あの恐ろしい作法委員たちに見つかりませんようにと神様に願いながら。
「藤内なら射撃練習場にいるんじゃないか? 石火矢の予習をすると言っていた」
さっそく、運悪く立花先輩に見つかってしまった。
私は何も言っていないのに、いきなり浦風くんの居場所を言われても困るんだけど。
「いえ、私が捜しているのは浦風くんではなく、富松くんで――」
「ならば射撃練習場に向かってみればいい」
いやだから何で……。そこにいるのは浦風くんなんでしょう?
立花先輩はどうあっても私を浦風くんのところに向かわせたいのだろう。もういいや、富松くんは自分で捜そう。私は立花先輩に一応お礼を言い、踵を返した。はー、作法委員に関わりたくねぇー。
「、もう一度きちんと自分と向き合ってみろ」
「……はぁ」
どういう意味かはわからないけれど、そう言った立花先輩の顔がとても真剣だった。いつもの、私や浦風くんをからかって遊んでいる時みたく笑ってない。それが引っかかったけれど、考えても立花先輩の意図がわからないので私は再度富松くんを捜しに向かった。
※ ※ ※ ※ ※
結局富松くんを見つけることはできなくて、立花先輩の言うとおり射撃練習場に足を運んでしまった。
忍たま長屋は基本くのたまはめったに来ないから部屋もよくわからなければ富松くんが普段どこにいるのかも皆目見当もつかない。
うん、浦風くんに聞けばいいよ、そういうことだ。
「浦風くん」
「さん? どうしたの?」
「富松くんを捜してたんだけど、見つけられなくて――」
「作兵衛か……ごめん、居場所わからないや。でももしかしたら委員会活動中かも」
「そっか……」
浦風くんが申し訳なさそうに目を細める。富松くんも委員会活動中なら忙しいだろうし、捜すのはやめておこう。
「ううん、ありがとう。ところで、浦風くんは一人で石火矢の予習?」
「そうなんだ。明日授業で石火矢を使った実習があるから」
そう言って浦風くんは楽しそうに笑った。
授業の予習でここまでするなんて、浦風くんって偉いんだな。私なんて授業中はぼんやり聞いてるだけなのに。あ、だから成績悪いんだ。
それにしても、予習するなら一人じゃなくて誰かに付き合ってもらえばいいだろうに。たとえば、火器の扱いに長けていると噂の田村三木ヱ門先輩とか……あ、いや、あの人は性格に問題があるらしいからな。浦風くんもそんな人に教わっても集中できないか。
「見てていい?」
「いいけど、面白くないと思うよ?」
「いいのいいの、私も石火矢の扱いは下手だし、浦風くんを見て予習するよ」
一緒にやろうとは思わない。私は浦風くんのように真面目ではないから、見てるだけ、見てるだけ。
浦風くんはにっこり笑った後、石火矢に触れそして手際良く発射の準備を進めた。
なんかいいな、こういうの。少し前まで全く接点のなかった浦風くんとこうして一緒にいると楽しい。
作法委員の面々が面白がって私と浦風くんをくっつけようとしてるのは解せないけど、でもそのおかげで浦風くんと仲良くなれた。それは素直に感謝かな。
「よし、発射!」
浦風くんの真剣な声が聞こえた。
その後、石火矢から発射された弾は弧を描いて塀を直撃した。とても大きな音を立てて穴を開けた、無残な塀。ちなみに的は無傷である。
私は目を丸くした。開いた口が塞がらない。
「あれ? おかしいな」
浦風くんが眉間に皺を寄せながらもう一度発射準備に取り掛かった。
おいおいおいおいおいおいまってまって!?
「よしもう一回!」
そして浦風くんの放った弾が今度は長屋の屋根に当たった。
大きな音の直後に少し遠くで瓦がばらばら落ちる音と忍たまたちの悲鳴が聞こえてきた。
「まってまってまってまって落ち着いてよ浦風くん! もう止めよ!?」
「え? どうして? まだ予習始めたばかりじゃないか」
理解できないと言わんばかりに口を尖らせる浦風くん。今ここで彼を止めなければもっと悲惨なことになると思う忍術学園。そう、今ここで忍術学園を守れるのは私しかいない!
「だって今のは流石にマズいでしょ!?」
「そんなこと言われてもなぁ……これは予習だし。邪魔するなら帰ってよさん」
鋭く私を睨んでくる浦風くん。私はこんな浦風くん知らない。いつもの優しくて真面目な浦風くんじゃない。何で……。
浦風くんに冷たくされてすごくショックだった。えっと、私は浦風くんに嫌われちゃったのかな。嫌われた、その言葉が頭をよぎった瞬間、心臓がギリギリと締め付けられる感覚に陥った。心臓が、痛い。あの日手裏剣でつけられた傷なんかよりもずっと深くて痛い。
「藤内ぃぃぃいいいい!!!」
「あ、作兵衛」
大きな音を聞きつけたのか、富松くんが額に青筋を浮かべながらこちらに向かって走ってきて、石火矢発射の準備をしていた浦風くんが手を止めた。
「お前! また学園を壊す気か!! お前が武器を使って予習すると学園のどこかしらが壊れるだろ!」
「そうなの?」
自覚がないのか、浦風くんはきょとんとしている。富松くんがそんな浦風くんの両肩を掴んで声を荒げた。
「そうなんだよ! そしてそれを修理するのは俺たち用具委員の仕事なんだよ!」
「ご、ごめんって作兵衛」
「謝るくらいなら最初から壊すな!!」
富松くんが浦風くんをジロリと睨むと、浦風くんは苦笑いを浮かべた。
「わ、わかったから。それじゃ、おれは予習があるから……委員会活動頑張ってね」
「って、まだやるのかこの破壊神!!」
浦風くんは石火矢を引いてどこかへ行ってしまった。富松くんは涙目になり、膝から地面に崩れ落ちた。
富松くんも大変なんだな。神崎くんと次屋くんだけでなく、浦風くんにも振り回されているんだ。彼も大概苦労人気質だなぁ。
「富松くん、大丈夫ですか?」
がっくりと項垂れた富松くんに手を差し伸べると、富松くんは私の手をがっしりと掴んで立ち上がる。
「大丈夫じゃねえ。俺はもうヘトヘトだ。あいつが武器を使う予習をするといつもこうだ」
そういえば、私も浦風くんの手裏剣で怪我をしたっけ。あの時浦風くんは手裏剣の予習をしていたのだろうか。
「……私も、浦風くんが手裏剣の練習をしていた時に怪我しましたよ」
「なっ、何!? 大丈夫だったのか!?」
「あ、はい。大丈夫でした。頬のところを少し掠っただけでして」
「ここか……」
そう言って富松くんが私の頬に触れた。もう全然痛くもかゆくもない塞がりかけのうっすら残ってる、浦風くんがつけた傷。
あれ?何かおかしい。今、私、富松くんに触れられてるよね?それなのに緊張とか、ドキドキとか、きゅんとか、しなかった。
どうして私はこんなにも平然としていられるのだろうときょとんとしていたら、富松くん慌てて離れた。
「わ、悪ぃ! つい……」
「い、いえ! 大丈夫です! もう殆ど完治してて痛くないです」
「いや、そういうことじゃねぇんだけどな」
富松くんの顔がほんのりと赤く染まっていく。
ふと、保健室で浦風くんに可愛いって言われたときのことを思い出した。あの時は恥ずかしそうに顔を赤くしてくれたのに、さっきはすごく冷たかった。多分、浦風くんは純粋に予習したかっただけなんだろう。だから私に止められて不機嫌になった。それだけで私は今こんなにも悲しい。
浦風くんに嫌われたくない。目の奥が熱くなって、じわりと涙が滲んだ。
「おい、何で泣いてんだよ」
「あ、すみません。なんか、勝手に出てきました」
浦風くんは富松くんの言うとおり、本当に破壊神だ。
執筆:14年03月4日