「そんなこと言われたのか。まったく、藤内のやつ予習のことになると人が変わるよな予習の鬼め!」
「はい……」
三年生長屋の富松くんのお部屋の前の縁側で私と富松くんは話をしていた。今までなら考えられないこの事態だけど、私は妙に落ち着いていた。泣いて、落ち着いて、富松くんに話を聞いてもらってたらだいぶ気持ちが楽になった気がする。
やっぱり富松くんは私が困っているといつも助けてくれる。富松くんには感謝してもしきれない。
「気にしすんなよ、それはのこと嫌ったわけじゃねぇから。あいつは予習を邪魔すると機嫌が悪くなるんだ。大体、は学園を破壊しようとした藤内を止めてくれようとしたんだろ? 俺にとってはすごくありがてぇ!」
富松くんが私の頭を荒々しく撫でた。頭巾と髪がぐしゃぐしゃになってしまったけれど、富松くんだからいい!むしろご利益があるかもしれない。ありがたやありがたや。
「そ、そうですよね! よく考えたら私の考えすぎみたいでした。いつも優しい浦風くんに冷たくされて、吃驚しちゃいました」
そう、浦風くんとは仲がいいかもしれないと自負していたから、あんな態度取られるなんて思わなかったのだ。浦風くんにはあとできちんと謝ろう。それで今後は予習している浦風くんには近づかないでおこう、まじで。
「ところで、さ――」
「え……」
富松くんが鼻の頭を掻きながら私からふいっと目をそむけた。
「って、藤内のこと好きだろ?」
そして衝撃の一言を私にお見舞いする。
「な……、何言ってるんですか富松くん!」
だって、私はさっきまであなたのことを好きになろうとしていたのに! さっきまで私は富松くんとお話をしたかった。富松くんの話を聞きたかったのだ。だけど、浦風くんに嫌われてしまった今、それどころじゃなくなってしまって、それで……。
「最近よく一緒にいるし、は藤内に嫌われたくないんだろ? 冷たくされたのが泣くほど怖かったんだろ?」
確かに、浦風くんには嫌われたくない。でもそれって友達として嫌われたくないだけじゃないのだろうか。富松くんを好きだって勘違いしてたみたく、また浦風くんを好きだなんて勘違いしたら――怖い。
「……よく、わかんないです。でも、富松くんの言葉には何故かすごく納得できる気がします」
「そっか」
富松くんは私の返事を聞いて、苦笑いを浮かべた。
私は、浦風くんのことが好き、なのだろうか?
とりあえず、今日はもう日が暮れてしまうし、夜に会うのは迷惑だろうから、明日朝一番で浦風くんに会いに行こう。そして、謝るんだ。彼がやったことはあまり感心できることではないけれど、邪魔をしてしまったのは悪いことだから。
※ ※ ※ ※ ※
富松くんがくのたま長屋まで送ってくれて、別れようとした時だった。
最初に気づいたのは富松くんで、富松くんは「あ」と短い言葉を発した。富松くんの視線の先を見ると、浦風くんがくのたま長屋の前でぼんやりと立っていたのだ。
どうしてこんなところに浦風くんが!? もしかして、私に会いに来てくれたの!? 嬉しさがこみ上げてきて、そして早まっていく私の心の蔵。
――きゅん。
前に、浦風くんが言っていたこの擬態語の意味がようやくわかった気がした。
「あのさ、富松くん。もしかしたら富松くんの言うとおり、私は浦風くんのことが好きなのかもしれないです」
よくよく考えてみると。
私は富松くんのお姿を拝見できるだけで本当に幸せなのだ。それ以上は望んでいない。むしろ、アホな私はそうなればいいなって思って無理やりきっかけを作ろうとしていた。憧れの富松くんを好きになろうとしようとしていたのだ。
だけど、浦風くんに関してはどうだろう。浦風くんと一緒にいるとすごく楽しくて、ずっと一緒にいたいし、できることならもっと仲良くなりたい。浦風くんのこと、もっと知りたい。浦風くんのことを考えると胸がきゅんってなる。嫌われたくなんてない。これは、富松くんへの感情とは全く違った別の感情だ。
ああそうか、これが好きになるっていうことなんだ。何を怖がる必要があったのだろう。私はただ、恋を知らなかった無知なクソヤローだっただけなのだ。
「恋って難しいよな。俺も……色々とつらい思いをしたぜ」
富松くんの言葉に、私は目を丸くした。
私と富松くんは足を止めて、お互いの顔を見つめる。
「富松くんがですか?」
「な……何だよ、悪いかよ」
「……ううん」
そっか、富松くんにはしっかりと好きな子いたんだ。最初から私は富松くんを好きになっても無意味だったんだなぁ。
富松くんは私を見てニッと笑った。ああその笑顔めっちゃ眩しいです富松くん。
「……俺が好きになった子、実はとある奴の女装だったんだ。女装の授業の予習とか言ってさ。今思い出しても腹が立つ。本当に破壊神だよなあいつは!俺の初恋を返せよな!!」
そしてすぐに鬼の形相になる富松くん。
お、おう。今の話は聞かなかったことにいておいた方が富松くんのため、なのだろうか。
「とりあえず、藤内のところに行こうぜ」
富松くんが浦風くんのいる方へと歩き出した。
ちょっと、ちょっとちょっと! 私、たった今浦風くんを好きだって自覚したんですけど! 心の準備とか必要じゃないですか!?
「……ところで富松くん、私はちょっと急用を思い出して裏山に行かなくてはならないのd」
「藤内ー!」
しかし、富松くんが私の手をがっちりと握って浦風くんの名前を呼びながら走り出した。
ちょ、おまっ、何してくれてるんですか富松くううううううううううん!!!???
「作兵衛と……さん」
浦風くんが私たちに気づき、悲しげな顔になった。
えっ、何でそんな顔するの浦風くん。結構傷つくんですけど。もしかして、私に会いに来てくれたからここにいたんじゃなくて、別のくのたまと待ち合わせだったり?もうやだ、だから私は逃げたかったのに。富松くん、私は初めてあなたを恨みます。
「に藤内のこと相談されてたんだ。まったく、おめーら二人は手がかかるよな」
富松くんに背中を押されて、よろけた私は浦風くんの胸へと飛び込む形になってしまった。
「ひぎゃっ」
「さ、作兵衛!」
「あとは二人で話し合えよ。俺は先に部屋に戻ってるからさ」
富松くんはニカっと笑うと、踵を返して行ってしまった。
執筆:15年012月8日
修正:16年05月11日