ごめんなさい。逃げたいです。今すぐ、ここから。いきなり浦風くんと二人きりにされて、私の心臓は破裂寸前だ。人を好きになるって、こんなに大変なことだったなんて知らなかった。

「……さっきのこと、謝りたかったんだ。怒ったりして、ごめん」

 先に口を開いたのは浦風くんだった。

「い、いいよ。富松くんから浦風くんは予習を邪魔されると機嫌が悪くなるって聞いたし、私も予習の邪魔しちゃったのは悪いし。しかし学園を破壊するのはちょっと辞めた方がよいのではと……あ、いや、何でもありませんごめんなさい」

 これ以上余計なことを言って浦風くんに嫌われたくないのに、私ったらおしゃべり!
 しかし浦風くんは苦笑いを浮かべるだけだった。

「あはは、そうだね。作兵衛にはいつもそれで怒られてるよ」

「……そ、そっかぁ」

 浦風くん予習復習は欠かさないのに学習はしないんだなと、思った。それは絶対に口に出して言えないので、胸の中に秘めておくとしよう。

「ところでさ……作兵衛に、告白したの?」

「はい!? 何で!」

 浦風くんが突拍子もないことを言うものだから、私は目を丸くした。
 「だって」と浦風くんは続ける。

「その為に作兵衛を探してたんじゃないの? それに、さっき作兵衛と手を繋いでたから……さんは本当に作兵衛のことが好きで、告白して恋仲になったのかなって」

 私が富松くんに手を引かれてたところ、浦風くんにしっかりと見られていたらしい。
 しかしそれは富松くんが逃げようとした私を引っ張るためであり、手を繋いでいたように見えて実はそういう甘いものではないのだ。

「ち、違うよ! 富松くんのことは違う……そういう好きじゃないって、わかったから」

 そして私が好きなのは浦風くんなんだよ!! 今だってもうドキドキが止まらなくて、息が苦しい。口の中ですごく唾が溜まるけど、飲み込むタイミングがわからない。意味わからん。
 言ってしまっていいのだろうか?浦風くんを好きだということについさっき気づいたこの私が、つい先刻まで富松くんを好きになるとかほざいていたこの私が、言ってしまっていいのだろうか。

「じゃあさ、まだおれにもチャンスあるって思っていいかな?」

 浦風くんが、じっと私の目を見つめる。

「チャンスって――」

 浦風くんの言葉の意味を理解する前に、浦風くんは私の手を取った。

「おれは、さんのことが好きです」

「……浦風くん!」

 顔が紅潮し、目も潤んでいる浦風くん。本気なんだなっていうのが、よく伝わって来た。同時にジワジワと体中が熱くなるのを感じた。浦風くんが私を好き、つまりそれって両想い……!!

「好きだって自覚した時は落胆したよ。作兵衛が羨ましかった。立花委員長に諦め方を相談したら、逆にさんとくっつけようとしてくるしあの時は泣くかと思った」

 私が綾部先輩に捕まって作法委員たちの前に引きずり出された時、浦風くんは否定してたけれど私のことを好きだったんだ……。
 私だって、その時にはもう浦風くんのことを気になってた。もしかしたらあの時から両思いだったのかもしれない。立花先輩の言ったとおり、私が自分と向き合っていれば。
 立花先輩は私の気持ちを最初から見抜いていたのかもしれない。あの人、やっぱすごい人だったんだ。ただのドSじゃなかった。

「あのね、浦風くん。わた――」
「ごめんね、さん! いきなりこんなこと言われても困るよね! 本当は言うつもりは無かった、ただ謝りたかっただけなんだ!」

だから、と浦風くんは続けた。

「おれはさんのこと、大好きだから。それだけだから!」

 もの凄い剣幕でそう言われ、私はただこくこくと頷くことしかできなかった。
 浦風くんは顔を真っ赤にしながら「それじゃ!!」と言って走り去っていく。

「ちょ、浦風くん!?」

 完全に浦風くんのペースに乗せられてしまった。
 私も、浦風くんのことが好き。
 そう伝えたかったのに、完全にタイミングを逃してしまった。



※ ※ ※ ※ ※



「アホか」

 しばらく、茫然とその場に立ち尽くしていた私に上から暴言が降ってきた。声のした、木の上の方を見るとそこには立花先輩が髪を靡かせながら立っていた。

「いや、アホなのはうちの藤内もだな。まったく、お前たちはいつまでそうやって空回るんだ」

「そうですね、恐らく全て私がアホなせいです」

 音もなく立花先輩が私の前に降りてきて、私の頭を殴った。パシンっとイイ音がした。

「そう思う暇があるなら追いかけるなりすればいいだろうに、何を躊躇っている」

「……あの剣幕に負けたというのもありますが、私は今まで富松くん富松くん言ってたし、こんな手のひらを返したように浦風くんが好きだなんて言っても本当に彼に伝わるのだろうかと思いました」

 そう考えたら、浦風くんを追いかける資格なんて、浦風くんに好きって伝える資格なんてないんじゃないかと。

「それはお前の都合だろう。あの予習好きの藤内が、予習もせずにお前に気持ちを伝えたのだぞ。そのくらい、お前のことを好いている藤内の気持ちをお前は無碍にするのか。お前が気持ちを伝えないということは、そういう事だと、理解しているか?」

 そうだ。あの予習好きの浦風くんが、予習もなしに突然私に告白してくれたんだ。きっと、すごく不安だったろうし、怖かったんだと思う。私は想像することしかできないから、浦風くんの気持ちは正直のところわからない。
 私が富松くんを慕っていたのは事実だ。でもそれは恋じゃないって、ちゃんと気づいたんだって、浦風くんならわかってくれるはずだ。だって、それに気づかせてくれたのは浦風くんなんだから。

「立花先輩……私……」

 私はぐっと唇を噛みしめた。

「浦風くんのところに行ってきます」

 浦風くんに伝えよう。今度は、私の番だ。

「ああ、行って来い。私の可愛い後輩を泣かせたら承知せんぞ」

「はい!」

 ――もう、逃げない。




執筆:13年05月22日
修正:16年05月11日