大蒼海石が不調のせいで街の気温が上昇している。
そんな中あたしは書類に目を通しながらひたすらサインをしていた。
こんな暑い中での単純作業は発狂しそうである。
寒い国であるフェンデルと、このストラタの気温が合体すれば良いのに、なんてありえないことを考えた。
窓の外から照り付けてくる容赦ない日差しで肌がヒリヒリしてくる。
休憩でもしようかと思い、ペンを置く。
デスクの傍らに置いていた冷えたお茶を啜り、ため息をついた。
ぼんやりと、昨日の出来事を思い出してみる。
お父様との口論。
ストラタ国大統領となったお父様と仕事で会うことが増えた。
昨日も現場で鉢合わせになり、そして任務の帰りに呼び出されたのだ。
「お前の評判は聞いている。よくやっていると、誰もが口を揃えて言ってくれる。
だが、そろそろいいだろう。お前は救護部隊でありながら中尉という地位までこれたんだ。
家に戻り、大統領の娘として、貴族の娘として社交の場に出て欲しいのだ。」
そう、言われた。
もちろん、あたしは軍を辞める気はなかった。
お父様としては、今まで思う存分やってきたんだから帰って来いってことなんだろうけれど。
あたしとしては、まだ中尉止まりなのだ。これからももっと上を目指していきたいと思ってる。
確かに大統領の娘ではあるから、そちらの方面のことも考えなきゃいけないとは思う。
でも、あたしは…。
扉がノックされ、あたしは我に返った。
「ウォーフ中尉、失礼しますよー?」
あたしの上司であるスティール大尉だ。
「はーい。」
あたしが軍に入った頃からずっとお世話になっている救護部隊の先輩。
スティール大尉は書類の山を見て苦笑すると、あたしに向き直った。
「さーさー、任務です。準備をお願いしますよー?」
「え、今あたし休憩中なんですけどー…。」
あたしがニコっと笑うとスティール大尉も笑って、そしてあたしを小突いた。
「救護部隊で戦闘センスが一番冴えてる中尉にご指名入ったのよね、残念。
ラントからオズウェル少佐の親書を持ってきたという人たちの案内と護衛だって。
彼らの仲間の一人が大蒼海石を直せるかもしれないから、大蒼海石のところまで連れて行けだってさ。」
「オズウェル少佐の…。」
懐かしい名前が出たと思った。
ヒューバート・オズウェル。若干17歳にして軍の少佐という地位まで上り詰めた天才。
今はウィンドル国内の領地、ラントに遠征していると聞いていた。
オズウェル少佐…ヒューバートは2年前まであたしの親友だった。
彼がどんどん昇進していくにつれ、あたし達は会話はもちろん、挨拶する暇さえなくなった。
もしかしたら任務で一緒になる事もあるかもしれないと淡く期待したこともあったけれど、それもなかった。
あたしはあたしで自分の任務を頑張ってきたから、寂しいと感じていなかったけれど、
ヒューバートとの夢の事は1日も忘れた事がなかった。
「ウォーフ中尉って確か…少佐と付き合ってたんだよね?
少佐が任務で忙しくなったから自然消滅したんだっけ?懐かしいねー。」
スティール大尉がニヤニヤ笑いを浮かべた。
もちろん、彼女はあたしとヒューバートが仲良くしていた事を知っていた。
「何言ってるんです。最初から付き合ってませんから。」
あたしは乱暴に書類を束ねると、スティール大尉を睨む。
スティール大尉は目を瞬かせ、きょとんとした。
「へー、付き合ってなかったんだ。良い感じだったのに。
少佐、モテるからツバつけとけばよかったんじゃないの?」
そんなスティール大尉の発言に笑顔で威嚇するあたし。
スティール大尉はそれに気づくと、あははと苦笑した。
絶対、ヒューバートに告白された事は言わないぞ…と思った。
「…まぁ、昔はいつも一緒にいましたからね。今じゃ考えられないですけどー…。」
まともに顔を見なくなって2年。
きっと、ヒューバートはあたしとの夢の事など忘れているだろう。
それでも、それはあたしにとって大切な夢であり、目標だった。
「はじめまして、・ウォーフです。今回皆様の案内と護衛をさせて頂く事になりました。」
オズウェル少佐の使いの方たちと対面し、どの人も個性があるなぁと思いつつ自己紹介をする。
赤髪の青年がぺこりと会釈した。
あたしより少し年上くらいかな…と思った。
「アスベル・ラントです。よろしく。」
彼の名を聞き、あたしは首を傾げた。
「ラント…?」
ラントとは、今オズウェル少佐が遠征に行っている場所の名前だ。
アスベルさんは、もしかしてラント縁の人なのだろうか?
それに、少佐の親書を持ってきたということは、彼の関係者であることは間違いない。
自分の部下ではなく、アスベルさんに親書を託したという点も気になる。
「あの、アスベルさんはオズウェル少佐とはどういったご関係なのですか?」
あたしの問いかけに、アスベルさんは一瞬目を見開いた。
少しの沈黙のあと、答えづらそうにしながら口を開いた。
「…俺は、ヒューバートの兄なんだ。」
「ヒューバートの、お兄さん…?」
昔、ヒューバートが話していたことを思い出した。
お兄さんがいたこと、そのお兄さんが大好きだったということ。
それじゃ、ヒューバートの故郷はラントなの?
任務とはいえ、故郷に帰れて、お兄さんにも会えたんだ。
今はここにいない彼に「おめでとう」と心の中で呟いた。
だけど、ヒューバートは何を感じてラントへ向かったんだろう。
きっと、複雑だっただろうな…。
「そういうは、弟君とどういった関係なのさー?」
白と赤の入り混じった綺麗な髪の女性がニヤニヤしながら問いかけてきた。
ふと周りを見れば、みんな期待に満ち溢れたような表情をしていた。
ヒューバートと仲良くしていた頃、散々周りにヒューバートとの関係を聞かれた時の事を思い出した。
「そうよね、今“オズウェル少佐”じゃなくて“ヒューバート”って呼んだわよね。」
リボンが似合う可愛いミニスカートの女性が楽しそうに言う。
久々の色恋的雰囲気に戸惑ってしまう。
あたしは慌てて首を横に振り、両手で制しながら答える。
「あ、あたしは…ヒューバートの親友だっただけなんですよっ!」
「だった、ということは…今は違うのか?」
ダンディなおじ様が残念そうに眉間に皺を寄せる。
うわぁ、こういう雰囲気はもうたくさんだよ!
「は…はい!彼は忙しい人ですから、なかなか話す機会もなくなってしまいましたので。」
こんな話はいいから早く出発しようよ、と思いながら必死に弁解していると、
ツインテールの女の子がじーっとあたしを凝視しているのに気づく。
「ヒューバートとは、もう友達じゃないの?」
女の子の言葉にハッとした。
「もう友達じゃない」?
そんな風にちゃんと考えた事なかったけれど…ヒューバートはどう思ってるのかな。
「そうですね…。あたしは、今でも友達のつもりなんだけどな。」
ふと、こんな考えが頭を過ぎった。
ヒューバートと疎遠になったのは、あの日の告白がきっかけだったのかもしれない。
当時、あたしはあまり気にも留めていなかったけれど、
ヒューバートはあの告白で気まずくなってしまったのではないだろうか。
あたしが、もっとヒューバートの気持ちを理解して積極的に接していれば…。
11:親友失格
(ヒューバートと仲直りしなきゃダメだよ!)
(ソフィ、ヒューバートとは喧嘩したってわけじゃないと思うぞ。)
(いえ、今度会ったら謝りたいと思います!)
執筆:11年2月28日