翌日、ヒューバートと顔を合わせるのがなんとなく嫌で、仕事の話をする時以外ずっと避けるようにしていた。
なのに、今あたしはヒューバートに呼ばれて彼の部屋にいる。
やっぱり彼は不機嫌な顔をして、あたしのことを怪訝そうな目で見てきた。超絶気まずい。
「どうして避けるんですか」
「避けてなどおりません」
「敬語もやめていただきたい、いつもみたく話してください」
「オズウェル少佐はあたしの上司です、敬語を使うのは当たり前のことでしょう」
「ぼくが何をしたと言うのですか!」
問答の末、ついにヒューバートが爆発した。
組んでいた腕を崩して、あたしを壁際まで追い詰めてくる。
ヒューバートの顔が近くて心臓が飛び出してしまいそう…。
「や、やめてくださいオズウェル少佐…」
「ヒューバート、そう呼ぶまでやめません」
どんどん顔に熱が篭っていくのを感じる。
これ以上至近距離にあるヒューバートの顔を見ている事ができなくて、あたしはぎゅっと目を瞑った。
「…やめて、ヒューバート」
声を震わせながら喋ると、ヒューバートはため息をつきながらあたしから離れていく。
あたしはへなへなとその場に座り込んでしまった。
何でこんなに強引なのかな、絶対寿命が縮んだよね。
「…もしかして、も誰かにあの話を聞いてしまったのですか?」
「あの話って…?」
ヒューバートは大きなため息をついて、あたしから視線を逸らした。
「ぼくが、大統領閣下のご息女とお見合いをするという話ですよ。
今朝、何人かの兵達が噂しているのを耳にしましたから」
その言葉を聞き、あたしの顔は引き攣った。
やっぱりヒューバートにも伝わっていたのかその話…!
当たり前だよね…あたしとヒューバートの問題だもの、オズウェルさんが本人に伝えないわけがない。
ヒューバートは、この話をどう思っているのかな…。
あたしは立ち上がり、ヒューバートをじっと見つめる。
「お嬢様とお見合い…ヒューバートはその話を受けるの?」
縁談を受けたいと言われても、受けるつもりはないと言われてもあたしにとっては複雑だった。
縁談を受けるということは、見ず知らずの女性と結婚する意志があるということ…。
そして受けないということは、やっぱりヒューバートはパスカルさんを選ぶということ…。
「…正直戸惑っていますよ。父や閣下にお見合いの話をされる度に何とか話を濁して逃げている状態です」
「あはは、ヒューバートも大変なんだね」
まだ、決めていないのか…。
そうだよね、これは一応政略結婚ということになるのだから、断りたくてもそう簡単にはいかない話だ。
このまま、あたしは流れに身を任せてヒューバートと縁談を進めてしまえば…ヒューバートと結婚できる。
だけど、それだとヒューバートの意思を踏みにじってしまうことになるんだ。そんなの嫌だ。
「聞けば、閣下のご息女は会ったこともないぼくを気に入ってくれてるそうです」
「へぇ…お嬢様がね。写真を見て外見だけでも気に入られたんじゃない?ヒューバートかっこいいし」
お父様め、一体オズウェルさんに何を言ったのだ。
あたしがヒューバートのことを気に入っているのは確かだけど、
それ以上おかしなことを言っていないことを願う。
「ぼくがそう思って欲しいのは、一人だけでいいんですけどね」
パスカルさんのことだ、そう思った。
あたしだったら、どんなによかったことか…。
そしたら今告白できたかもしれないのになぁ。
「あたしもヒューバートのことが好き」、「今まで黙っていたけれど、あたしが大統領の娘なの」。
そんな妄想をしたところで、現実のヒューバートはパスカルさんを好きなのだからどうしようもない。
「そうなんだ。じゃあ、お見合いの話は受けるつもりはないんだね」
「そうですね、あまり気が進みません。閣下のご息女でなければはっきりと断れるのですが…」
「そっか…」
ヒューバートはあたしの手を取って、指を絡ませた。
その行為に、あたしの胸がきゅんと痛む。
「だから、先程までのようにぼくのことを避けたりしないで下さい。結構傷つきます…」
「…うん、ごめんね?もう避けたりしないよ」
あたしが、軍に入らないでずっとパラディ家の娘として生きてきていたら結果は違ったのだろうか。
…いや、それだとあたしはヒューバートとは親友になることなんてなかっただろうし、
それにヒューバートはどのみちパスカルさんを好きになっていたんだろうな。
…結果は、きっと変わらない。
「ウィンドルで暴星魔物の巣を発見したとの報告が入った」
大統領に呼ばれ、あたしとヒューバートとリチャード陛下は大統領の執務室に集まった。
ウィンドルで魔物の巣を…ということはこれからウィンドルに向かう事になるのだろうか。
リチャード陛下はあたしとヒューバートを見て、口を開く。
「僕はこれからウィンドルに戻り、アスベルたちに協力要請して巣を叩きに行くよ。
マリクとパスカルさんに書状を届けさせなくては…君たちにも是非手伝って欲しいんだ」
「はい、もちろんです!」
ヒューバートが凛とした声で答える。
だけど、あたしは迷っていた。
リチャード陛下と目が合うと、陛下はあたしに優しく微笑んでくれて…
あたしは告白されたことを思い出してしまった。
「も、手伝ってくれるかい?」
優しく諭すような声で問いかけてくるリチャード陛下。
あたしは赤く染まっていく顔を隠すように俯きながら答えた。
「す…すみません、あたしはストラタに留まりこの国を守ります」
「な、何故ですか!?」
意外だったのか、ヒューバートの驚いた声が部屋に木霊する。
「あ、あたしがここを抜けてしまったら一体誰が暴星魔物第三対策本部の執務をこなすんですか。
報告書だって溜まっているんですよ?他の方にお任せするわけにもいかないような仕事です!」
片想いのまま、ヒューバートを見守るって言ったのに。
ヒューバートとパスカルさんを見るのがつらくて。
リチャード陛下の告白を断ってしまったのに一緒にいるのがつらくて。
それに…あたしはもう…今は頭がごちゃごちゃしちゃって何も考えたくないんだ。
「そうですね…確かに、ぼくたち二人一気にここを空けてしまうのはまずいです」
納得してくれたのか、ヒューバートもリチャード陛下も頷いてくれた。
「が来れないのは残念だね…。それじゃ、僕は一足先にウインドルに戻って準備を進めておこう」
「はい、ぼくも準備が整い次第ウィンドルへ向かいます」
「頼んだぞ、ヒューバート」
「…お二人とも、御武運を」
話がまとまり、あたしたちはそれぞれのやるべきことをするために執務室を後にした。
そして、ヒューバートがウィンドルへと向かったその日、あたしは軍に退職届を提出した。
21:もう、終わりにしよう
執筆:12年5月20日