「私…実力が無くてさ、軍を辞めようと思うんだ。」

噴水から止め処なく延々と湧き出てくるを水を眺めながら、マーレンが呟いた。
ヒューバートとあたしの会話をマーレンが聞いてしまった。
だから彼女は傷ついてしまい、そんなことを言ったのだと思った。

「マーレン…!」

いつもマーレンの話を聞いていた。
彼女は「任務がつらくても頑張りたい」と語っていたのだ。
それをあたしとヒューバートが簡単にその決意を崩してしまったのかと思うと、胸が痛くなる。

「ほら、いつも怪我してのところに通ってたじゃない。あれ、本当は任務で作った傷。」

目尻に溜まった涙がマーレンの頬を伝う。
それでも、マーレンは笑おうと努めてくれた。
確かにあたしも毎日傷を作ってくるのは可笑しいと思ったいたけれど、
それは彼女なりに頑張っているからだとあまり気にしたことがなかった。
あたしはもっと早く気づくべきだったのだろうか。

「私、戦闘には向いてないみたいで…部隊一の足手まといになってるんだよね。」

ヒューバートの言っていたことを復唱され、あたしは拳を握った。

「違うよ、マーレン…ヒューバートの言ってた事なら気にしないで。あいつは言い過ぎなの。」

どうして他人に対して冷たく接してしまうのか。
あたしがヒューバートの友達になってから彼は少し変わったと思っていた。
けれど根本的なことは変わっていなかったのだ。
あたしは、もしかしたら親友…否、友達すら失格なのかもしれない。
もっと、気を配ればよかった?
ヒューバートのこともマーレンのことも、あたしは…。

「ううん、ヒューバートが言ってたからじゃなくて、前々から考えていたの。
だけど、軍を辞めて、その後私はどうしたらいいかわからないの。
元々父親に強制的に入れられたようなものだったから、夢なんて無かったし。」

軍に入るのはマーレンの意思ではなかった?
それなのに、今まで頑張っていたと言うの?
なんだか、あたしとは正反対だ。
だけど、マーレンにはマーレンの夢があるはずだ。今は見つからなくたって、いずれは…。

「今からでも遅くないよ。何か、夢を探してみたらどうかな?
あたしは、マーレンがしたいようにすればいいと思う。
このまま軍にいても、軍を辞めて夢を見つけても、応援するよ。」

「…私の夢を、見つける…。」

マーレンは胸に手を当てて、しばらく黙り込んだ。
きっと、迷っているのだ。
どちらを選択しようと、あたしはマーレンの味方でいたい。

「ありがとう、に話したらなんだか気持ちが軽くなった気がする。」

「そう?じゃあ、もういっこ、マーレンが元気になる薬。」

そう言ってあたしはマーレンに飴玉を手渡した。
嬉しそうに飴玉をポケットに詰め込んで、ニコっと笑うマーレン。

には、夢があるの?この間、目標に向かって頑張ってるから彼氏はいらないって言ってたわよね。」

そう訊ねられて、あたしは微笑む。

「うん…あたしはいつかヒューバートと同じ任務に就いて、彼と一緒に戦うのが夢…かな。」

あたしの答えを聞いたマーレンが一瞬目を見開いた。
信じられないといった表情で、あたしを見つめる。

は、そんな夢でいいの?だって、ヒューバートがどう思っているかわからないじゃない。
あんな心無い人が自分以外の人と、ましてや救護部隊のと一緒に戦いなんて思うはず無い。」

普通ならあのヒューバートが思うわけないよなーってあたしも思う。
それでも、ヒューバートは言ってくれたのだ。

「ううん、あたしのこの夢はヒューバートがくれた夢なんだよ。」

「何、それ…あのヒューバートが?」

「そう。あたし、元々救護部隊に配属されたのが納得いかなかったんだけど、
いつか同じ任務に就けたときにヒューバートが前線であたしがその援護で戦おうって約束をしたの。
それが、今のあたしの目標であり、夢でもあるから…。」

「そう、なんだ…。」

マーレンはそっと目を閉じた。










自分の部屋に戻ると、ヒューバートが神妙な顔つきでテーブルを睨みつけていた。
しばらくして、ようやくあたしに気づくと、すぐに駆け寄ってきた。
すぐにあたしに気づかないなんて、彼もマーレンのことが心配だったようだ。
安心した。ヒューバートもそこまで冷血な奴だったわけじゃないみたい。

「どう、でしたか…?」

弱弱しく訊ねてくるヒューバート。

「マーレンね、軍を辞めるって。」

それに淡々と答えれば、ヒューバートは力無く俯いた。

「そう、ですか。」

沈黙が続く。
なんとなく、気まずくなってあたしはヒューバートから視線を逸らした。
あたしが何気なく椅子に腰掛けると、ヒューバートも椅子に腰掛ける。
そして、重々しい空気の中の沈黙を破った。

「あれから考えたんです。確かにの言う通り…ぼくは他人を見下していました。
それじゃ、いけないんですよね。マーレンのことも、思いやりに欠けていました。反省、しています。」

謝罪だった。
空気がガラリと変わった気がした。

「うん。でも、ヒューバートがあたしとの夢の為に頑張ってくれてるっていうのはすごく嬉しかった。ありがとね。」

窓から心地良い風が吹き抜ける。

「マーレンはね、夢を見つけようとしてるんだよ。」

「…夢?」

今のヒューバートになら伝えても良いと思った。
伝えなきゃならないと思った。

「軍に入ったのは自分の意思じゃなかったんだって。
だから、これから自分の夢を探してそれを叶えるんだって張り切ってたの。それと、マーレンから伝言。」

あたしは伝言を託してくれた瞬間のマーレンの表情を思い返した。
とても優しく笑ってくれていた。

「形はどうであれ、あなたのおかげで一歩踏み出そうと思えた、ありがとう…だって。」



08:少しずつ成長していく



(…お礼なんて、言われる筋合いはありません。ぼくは酷い事を言ってしまったのですから。)
(それはあたしじゃなくて本人に言おうよ…。)





執筆:11年1月24日