その日はあたしとヒューバート、そしてマーレンが休みが重なった日だった。
軍に入ってから任務の忙しさで家に帰る事がなかなかできなかったから、たまには帰ろうかと考えていた。
荷物をまとめていると、ヒューバートがあたしの部屋を訪ねてきた。
「は今日はパラディ家に行くのですか?」
あたしの荷物を見て、ヒューバートが問いかける。
あまり触れて欲しくない話だなぁと思いながらあたしは頷いた。
「ええ。こうして軍人になった今でも、たまには顔を見せに来なさいとダヴィド様や奥様に言われているの。」
「確か、ダヴィド様のご息女はぼくたちと同年代で今はウィンドルに留学しているのですよね。
きっと、ご夫妻も寂しいのでしょう。だからは娘のように思われているのですね。」
ヒューバートが同情の目をあたしに向けた。
ああ、そんな設定だったかと思いながらあたしは苦笑する。
その設定はお父様が考えてくれたものだった。
最初は軍人になる事を反対していたお父様も今ではなんだかんだあたしに協力してくれる心強い味方だ。
「ストラタとウィンドルの関係はあまり良好とは言えないのに留学だなんて、お嬢様は勇気のある方ね。」
怪しまれないように適当に話を合わせるも、内心バレやしないかとドキドキしている。
ヒューバートは「そうですね」と言って眉間に皺を寄せた。
その時、部屋の扉をノックされてあたしとヒューバートはそちらに視線を向けた。
「、ちょっといいかな。」
マーレンが控え気味に顔を覗かせていた。
「はは、今日は千客万来だね。どうしたの、マーレン。」
マーレンはあたしの部屋に入り、一瞬ヒューバートを見た。
ヒューバートは気まずさを感じているのか、マーレンと目も合わせようとしない。
「、私ね…夢を見つけたんだ。」
そう言ったマーレンの表情は硬かった。
それを不思議に思いながらも、マーレンが夢を見つけたことを喜んだ。
「そっか!見つかったんだね、マーレンの夢!それで、どんな夢なの?」
「宝石の練磨職人よ。私、昔から宝石が好きだったし磨くのも得意だったから、それを仕事にしたいと思って。」
「特技を仕事にするのって素敵。頑張ってね。」
あたしはマーレンの手を握り、それを振る。
しかし、表情がだんだん曇っていった。
次第に目尻に溜まっていく涙に気づき、あたしはマーレンの手を離した。
「ええ。でも…軍を辞めて将来お店を持つために修行したいって父に相談したら反対されちゃった。」
涙がマーレンの頬を伝って床に零れ落ちる。
「そんな…。」
「やっぱり、私はこのまま軍にいて国の為に尽くせって…。」
マーレンは手の甲で涙を拭う。
それでも追いつかないくらいに涙は止まらない様子だった。
ああ、あたしもそんな感じのことがあったなって思い出す。
確か、軍学校に通ってた時だった。ヒューバートと友達になった時だった。
お父様に軍人になる事を反対されて、泣いた。
ヒューバートがそれを勇気付けてくれたんだ。
あたしはあの時ヒューバートがいてくれたから、応援してくれたからお父様を説得する事ができたんだと思う。
今、マーレンの夢を応援してあげられるのはあたしじゃないだろうか。
今度は、あたしの番なのではないかって思った。
「折角夢を見つけたのに、もったいないよ。」
マーレンだって、きっと諦めたくはないんだと思う。
あたしもあの時そうだったから、わかる気がした。
「でも、父に反対されてるのよ?私は夢を諦めるしかないんだわ…。」
「諦めたらダメだよ!あたしも、昔お父様に軍人になる事を反対されたの。
でも、あたしは諦めなかったから今こうしてここにいるの。更なる夢に向かって頑張れてるの。
だから、マーレンも、諦めないで…頑張ろうよ。」
確かに、障害に立ち向かっていくのは怖い。
だけど、それを乗り越えなきゃ、叶えられないんだ。
お願いだから、頑張ろうマーレン。そう思いながらあたしはマーレンを見つめる。
しかし、マーレンは首を横に振った。
「私はとは違うのよ。父は頑固だから絶対に許してくれない。
それに、今の私じゃきちんとした練磨道具だって買えないわ。無理なのよ…!」
興奮したマーレンは声を荒げた。
そんなことない、大丈夫だよって伝えたい。
だけど、何故だか声にする事ができなかった。
本当に、大丈夫なの?
そんな疑問が自分の中にあったからかもしれない。
「それなら、どうして貴女はに自分の夢が見つかった事を話したんですか。おかしいですよ。
夢を諦めたくないから彼女に相談したかったのでしょう?それなのに何故諦める方向で話しているのですか?」
今まで黙ってマーレンの話を聞いていたヒューバートが口を開いた。
その眼光は鋭くマーレンを睨みつける。
マーレンもまた、涙でぐちゃぐちゃになった顔でヒューバートを睨みつけた。
「私ただ、夢が見つかったことをにも言っておきたかっただけ!
叶えることはできないけれど…夢を持つのっていいことだねって、伝えたかっただけよ…!」
しかし、ヒューバートは怯むことなく抗議を続ける。
あたしは黙って二人のやり取りを聞いている事しかできなかった。
「いいえ。貴女は父親を理由にして逃げているだけです。
夢を叶えるにはそれなりに代償もつきますからね。結局貴女はそれが怖いんですよ。」
「…そんなことっ!」
「そんなこと無いと言い切れますか?ぼくはが軍人になることを父親に反対された時のことを知っています。
少なくとも今の貴女のように努力もしないで最初から諦めることはしませんでした。」
ヒューバートがあたしを見て、不敵に笑う。
まるで、「そうですよね?」ってあたしに問いかけるように。
もしかしたら、ヒューバートならマーレンを説得できるかもしれない。
あたしじゃ無理だった。自分の無力さが悔しかった。
「私には無理なのよ!説得なんてできるわけないし、
だからといって父に逆らって一人で夢を叶えられる自信なんて無いわ!」
マーレンはヒューバートの身体をドンっと押し退けて部屋を飛び出していった。
あたしはヒューバートに「大丈夫?」と声を掛ける。
「悲劇のヒロイン気取りですか。勘違いも甚だしい。」
ずれたメガネをかけ直し、ヒューバートはあたしの手を取った。
「ヒューバート…?」
何をするんだろうと首を傾げる。
何か策でもあるのだろうか。
「すみません、少しだけ付き合ってもらえませんか?」
ユ・リベルテ中を捜し回って、マーレンを見つけた頃にはもう日が沈みかけていた。
「マーレン!」
あたしの声に反応したマーレンがビクリと肩を揺らした。
「…、ヒューバート。」
あたしたちの顔を見て、マーレンは逃げ腰になってしまう。
逃げられて、また捜すのはこりごりだから早々に用件を伝えよう。
「あのね、ヒューバートがあなたに渡したいものがあるんだって。」
不器用なヒューバートは自分から切り出す事ができないから、あたしはそっと彼の背中を押した。
お父様とお母様に会うのはまた今度にしようと考えながら、ヒューバートとマーレンを見守る。
「………。」
ヒューバートが黙ったままマーレンに練磨道具を差し出せば、
マーレンはヒューバートを見つめたまま固まってしまった。
練磨道具はヒューバートがマーレンにあげるために買ったものだ。
彼もマーレンの夢を応援しているんだって伝えるのにはこの方法が最適だと、あたしも思った。
「ヒューバート…これ、練磨道具?」
「……ええ。」
ヒューバートは半ば強引に練磨道具をマーレンに押し付けた。
マーレンはそれを躊躇いながら受け取ると、泣きそうな顔になった。
「そっか、もヒューバートも私の夢を応援してくれるんだね。ありがとう。」
マーレンの身体は震えていた。
泣く事を必死に堪えているのがよくわかる。
「勘違いしないで下さい。ぼくは先日あなたに酷いことを言ってしまったから、それを謝りたかっただけです。」
「え…?」
「確かに貴女は兵士に向いていないと思います。人には向き不向きがありますからね。
貴方は宝石を磨いている方が向いていると思いますよ。頑張ってください。」
そう言ってヒューバートは優しく微笑んだ。
しばらくして、マーレンは堪えきれずに泣き出してしまった。
ヒューバートに「ありがとう」って言いながらしばらく泣き続けた。
09:君の世界が広がった
(…ヒューバートって、かっこいいよね。ごめん、。)
(え?何で謝るの、マーレン。)
(ううん、気にしないで。でも私、負けないからね。)
執筆:11年2月5日