――それは突然の出来事だった。
 放課後の誰もいない教室で、明日当てられるであろう英語の宿題を友達からノートを借りて写していた私は知らないギャル系の女子4人に囲まれた。4人とも、パンツが見えそうなくらいにスカートが短い。つけまつげをしている。アイシャドウがすごい。ただ、その短いスカートから覗く太い足が……なんともチラリと不快感を煽ること。恥ずかしくないのかな、こいつらすげぇなと感心してしまう。

「何ですか?」

 私が訊ねると、4人は口を尖らせた。

「あんたさぁ、いつもリオン様と一緒にいる女だよね」

「は?」

「ちょっとさ、付き合ってくれない?」

 無理矢理腕を掴まれ、引っ張られる。

「ちょ!? 何なの! 私、宿題が……!」

「黙ってついてこいよ!」

 私は眉間に皺を寄せ、とりあえず彼女達について行く……というか、引っ張られていく。
 連れてこられたのは人気の無い体育館裏だった。この状況って、漫画とかでよく見るリンチってやつだろうか?ええ?なあに?私、リンチされるの?

「あんたさ、リオン様と同居してるからっていつもいちゃいちゃしやがって、ムカツクんだよ!」

 リーダー格の女が私の脛を蹴る。あまりの痛みに、私は蹲った。

「リオン様はテメェだけのじゃねぇんだよ! テメェばっかいつも隣にいやがって!!」

 続いてもう一人、二人と私に殴りかかる。
 ――こいつら、リオン君のファンの子たちだ。だけど、こんな暴力で私を排除できると思ったら大間違い。

「確かに私はリオン君と同居してるし、仲もいい。だから嫉妬するのはわかるけど、何で殴られたり蹴られたりしなきゃいけないの!」

 そして私は、ブチギレた。



※ ※ ※ ※ ※



「ただいま」

! 今までどこに行ってたんだ! 今日はお前が夕飯当ば……!?」

 リオン君が私の姿を見て、目を見開く。先程の一件のおかげで、私の顔は見事にアザや傷だらけ。顔だけではない。手、腕、足にもあアザと傷が複数ある。

「どうしたんだ、その傷とアザ」

「……戦じゃ」

「は?」

「わしは見事徳川の首を討ち取った! 長き戦いであった……わしは、死闘の末ついに勝利を治めたのじゃ!! これで天下は余のものじゃ! だーっはっはっは!!」

「いいからこっちにこい」

 リオン君は私のボケを流して私の腕を引っ張り、リビングのソファーに座らせてくれた。そして、薬箱の中から綿とガーゼと消毒液を取り出し、手際よく介抱してくれる。消毒液がしみる。叩くな。痛い。傷にバンソーコーを貼り、ふぅ、と溜息を洩らす。

「どうしてこんなことになったんだ」

 リオン君は私を睨んだ。

「だからー、戦だってばー」

「誰とやったんだ」

 怒気も混じってる。今日のリオン君マジで怖い。

「それは言わない。明日になれば解ると思う」

「どうせわかるのなら今言え」

「楽しみは後に取っておいた方がいいじゃん? そんじゃ、飯作るから――」

 すっとソファーを立つとぱしっと腕を掴まれる。

「なぁに?」

「何かあったのなら僕に言え。僕は何をしてでもお前を守る」

 そんな甘いセリフを吐いて、くそ真面目な表情のリオン君。

「え。あ……。ありがとう……」

 私は頬に熱が篭るのを感じて、逃げるように台所に向かった。うわ、どうしよ。頬が燃えるように熱い。あんな真面目な顔で、あんなことを言われたらドキッとしちゃうでしょ。その場面が脳裏に焼き付いて、思い出すだけで更に熱が上昇。さらに胸のドキドキが速い。
 ――ま、まさか、これは恋?
 や、違う。違うな。これは一時的な感情だよ、吊り橋効果みたいなものだよ、きっと。でも、万が一これが恋だったとしたらだ。モテモテなリオン君にも気になる子がいるはずだよね。リオン君につり合ってる、才色兼備の美少女が。私なんか、ただの平凡な女だ。リオン君が相手にしてくれるはずなんかないよ。
 ……うは、恋した瞬間に失恋決定とか、どんだけ悲しいの私。なんだか、今日戦った子たちの気持ちがすっごくわかる気がする。くそ!ムカツクわね、まだ見ぬ才色兼備の美少女め!
 だけど、私はリオン君とキスした仲だし。そして、さっきも「守る」って言ってくれたし。あっれー? これって結構イケる…!? 脈あり!? うーん……でも、もしかしたらリオン君は私の知らないところで他の子にもそんなことをしているとか? やっぱダメだ。やっぱり高嶺の花なのだよ。

「…、さっきから何百面相しているんだ」

 突然私の横からリオン君。

「ぎょ!?」

 吃驚した私は持っていた包丁とまな板を落とてしまった。包丁は私の人差し指を掠り、柄の部分は足の小指に直撃。ぎゃあああああ! 痛い! 地味に痛い!

「痛えええええええええ!!」

 私は痛さのあまり絶叫。リオン君は慌てて私の手を取ると、人差し指をリオン君自らの口に。何ともぬるい感触が……いや、人差し指よりも足の小指の方が痛いんだ。なんて冷静になっていたのは、ほんの一瞬のことで、私の頭はすぐにパニック状態に陥った。脳出血を起こす勢いだ。

「わわわ、リオン君ッ!?」

 リオン君は血を吐き捨てると、バンソーコーを持ってきて、私の傷に貼った。

「また一つ傷が増えたな。まったく、ドジなヤツだ」

「……うん。ごめん」

 私は俯きながら謝った。さっきのことでまだ顔が赤いと思う。こんな顔見られたくないから、とにかく下を見ていよう。

「いや、僕がいきなり声をかけたのも悪かった」

 驚かせてしまったなと、申し訳なさそうなリオン君。私は黙って首を横に振った。



※ ※ ※ ※ ※



 翌日。いつも通りリオン君と一緒に登校。だけど、いつもとは違うところがある。それは、私からリオン君に話し掛けない、ということだ。普段からあまり口数少ないリオン君だから今日はしーんとしている。空気が重いというのは、このことかもしれないと思いながら私は黙って歩いていた。



「はい?」

「今日は元気が無いな。どうかしたのか?」

 元気がないわけじゃない。ただ、どうもリオン君のことを意識してしまって話しかけづらいのだ。今まで、どうやって話しかけていたのか、すっぽり忘れてしまったみたい。

「いや? 全然元気だよ。いやー、鼻毛の伸び具合もいい感じですなー」

「そうか」

 どうやら突っ込んでくれない様子のリオン君。突然、リオン君は私の頭の上にぽん、と手を置いた。

「リオン君?」

が元気になるようにおまじないだ……なんて」

「り、リオン君が病気だ! おかしい! いや、おかしいのは前からか!」

「ぼ、僕のどこがおかしいんだ!」

「だって! ●戸黄門ファンだし!!」

「黄●様をバカにするとは……貴様よほど斬られたいらしいな」

「おぎゃああああああああああ!! 怖い~~~~~~~~!!!」

 私は笑いながら悲鳴をあげるとリオン君はふ、と笑った。

「ようやくいつもの元気で煩いに戻ったな」

「あ……」

 思い出した。こんな感じだったよな。
 ――そっか。普通でいいんだよね。何で意識しちゃってたんだろう。リオン君に心配までかけちゃって、ダメだなー、私。

「ていうか、煩いは余計だっつの」



※ ※ ※ ※ ※



「あ、会長!! おはようございます!」

「おはようございます! 今日はよいお天気ですね!」

「リオン様も、おはようございます!」

会長! 今日のミーティングはどうしますか?」

 昨日私にリンチを仕掛けた4人の登場だ。事情を知らないリオン君は首を傾げている。

「おはよう。みんな」

 私は笑顔で挨拶を返す。

会長、というのはどういうことだ?」

 リオン君が怪訝そうに私の顔を覗き込む。

「あ、いや……実はリオン君のファンクラブの会長なのよ。私」

すると、リオン君は「またくだらん事を……」と呟いた。

「何でお前が会長なんだ」

 リオン君が訊ねると、ファンクラブの子が説明を始める。

「はい、実は昨日、諸事情により、会長と一戦交えまして。でも、リオン様の情報を特別に教えて下さるとのことなので我がリオン様ファンクラブの会長になって頂きました」

「ほう……?」

「隠し撮りの写メも送って下さる約束ですよね!」

「おまっ! それはトップシークレット……」

 みるみるうちに、リオン君の表情が変わっていく。もちろん、悪い方向へと。

「誰の隠し撮りだと?」

「え? だ、誰だろーねー? あははーん……」

 その日、リオン様ファンクラブの会長の座を、リオン君本人によって剥奪された。


執筆:03年9月20日
修正:16年5月20日