ネットサーフィンをしていると、机の上でブーブーと低く鳴り響く独特の音。携帯のバイブだ。鳴り止む早さからして、メールだな、とわかる。そういえば最近ずっとマナーモードにしたままだ。着うたとか、まるで意味を成していない気がするけど……気のせい。慣れた手つきでメールを開くと、そこにはリオン君のファンクラブのメンバーの一人からの欲望に満ちた内容が広がっていた。

『会長! リオン様のメアド教えてくださぃ!! まぢ切実です!』

 うん。要約するとこんな感じ。他にも色々  何か  書いてあるけれど、彼女の言いたいことはそれだ。しかし、困ったことに、リオン君はまだ携帯を持っていないのだ。そうだなぁ。今時携帯を持っていない高校生なんて、ねぇ。よし、今日は暇だしリオン君の携帯を買いに行こう。



※ ※ ※ ※ ※



「何? けーたいだと?」

「うん」

 最近放送時間が午後4時に変わってしまったので録画しておいた水戸●門を見ていたリオン君に携帯を買いに行こうと持ちかけると、やっぱりリオン君は渋る顔をした。

「そんなもの不要だ」

「でも、持ってると便利だよー?」

 私は自分の携帯をリオン君に見せつける。しかし、リオン君は視線を再び水戸黄●に移した。

「見ろ、●門様だって携帯なんぞ持っていなくとも立派にやっているじゃないか」

「時代が違うっつの。今の時代、携帯のメールとか電話が主流だし固定電話より使用率高いから」

 私のツッコミに、リオン君は不機嫌そうに私を睨みつけた。でも、私は気にしない。隣ではシャルがクスクスと笑っていた。

『坊ちゃん、買いに行ったらどうですか? 最近の高校生はみんな持ってますし』

「そうそう。持ってない方がおかしいし、持ってない子は普通欲しがるけど?」

 ……ってちょっと待て。何でシャルがそんなこと知ってるんだ?

、何で知ってるかって顔してる』

「うん、思った。何で?」

『テレビでやってました。特に女子高生は携帯依存症でお風呂に携帯を持って行ってまでメールしてるって……病気ですね』

 ああ、それは私も聞いたことがある。お風呂にまで持って行くなんて、よく壊れないなって思う。

「お前もそうなんじゃないのか?」

 怪訝そうに私の顔を覗き込むリオン君。

「違うって。確かに私も花の女子高生だけど、断じてそれはない。何故ならば私は自分からメールなんてしないし、メールが来たってロクに返信しないんだから。重要なメールにしか反応しないってコト、皆わかってるから誰からもなかなかメール来ないし」

 ふふん、と自慢するように腕を組んだ私に、リオン君は一言。

「さみしい女だな」

 あん? 今、さみしいって言った?

「っるっさい!! リオン君だって携帯持ったらきっとそうなるっての!」

「何故そうなると貴様が決めつける」

「そーゆー奴だから!」

「何!?」

『ま、まーまー。とりあえず坊ちゃんも携帯を持ったらどうですか? も坊ちゃんが携帯を持っていれば安心なんですよ』

 ね? ね? とシャルが私を宥めるように言う。そうだね、私が言いたいことは、リオン君のメール頻度の話じゃなくて携帯を持ってほしいということだ。

「そういうこと」

「……あまり気は進まないが、持ってやらなくもない」

 リオン君のまわりくどい言い回しに若干腹が立ったけれど、大人な私はそこらへんは無視した。

「じゃ、買いに行きますか」

 そんなわけで、リオン君は携帯を持つことになったのだった。



※ ※ ※ ※ ※



 翌日、登校した私は教室に入った途端、トイレに強制連行された。何が何だかわからない私は目を瞬かせた。

! マグナス君のアド知ってるんでしょ? 教えてって頼んで!!」

さんってマグナス様のケータイのアドレス知ってるよね? 教えてくれない?」

ちゃん! お願い! リオン君にアド教えてくれるよう頼んでくれないかな?」

 一体どこで情報を得たのか。ああ、登校中にリオン君が携帯いじってたからか。しかし、何故リオン君本人ではなく、私に言うかな。他力本願にもほどがある。自分で聞きやがれ。
 ――なぁんて言えるはずもなく、私はただただ

「うん」

と頷くしかなかった。
 だけど、リオン君に断りもなく教えるのも本人に失礼だろうなーと思う。

「とりあえずリオン君本人に了承を得てからでいい?」

 私の言葉に、女の子たちの表情と態度は一変して冷たいものになった。

「え? 別によくない?」

「はぁ? 了承得られないと嫌だからに言ってんじゃん」

 私の言葉に眉間に皺を寄せる女の子たち。

「でも、いきなりメールされてもリオン君が困るんじゃないかなって…」

「はっ、ていうかそれってがリオン君のアドレス教えたくないだけでしょ。結局リオン君を独り占めにしたいだけじゃないの?」

「うわ、マジで? 、最悪」

「もう、いーよ。あんたに聞いたのが間違いだったわ」

 私を取り残して、ぞろぞろとトイレから出ていく。ぽつんと一人その場に取り残された私は鏡を見て、ため息をついた。リオン君は本当にムカツク程に人気だなぁ。噂によれば校内一美少女からドブスまでリオン君を好いていると聞くし。私はリオン君を好きな子から見たらただの障害でしかないのかも。リオン君のファンクラブの子たちだって、本当はそう思ってるんだろうな。私、リオン君と同居してるし。とぼとぼと教室に戻り、席に着く。

「何、浮かない顔をしている。歪んでいる顔がさらに歪むぞ」

 隣の席から、リオン君の皮肉がとんできた。いつもならリオン君のその皮肉を真に受けるところだけど今の私にはそんな元気もなく、ただリオン君の顔を眺めるだけだった。

「……はぁ」

「ゆ・が・む・ぞ?」

 リオン君は皮肉を無視されたのが気に食わなかったのか、突然私の頬を引っ張り、伸ばしたりあっちにひっぱりこっちにひっぱりを繰り返した。

「φ※〒Ω□♯τ!?」

「ちゃんと日本語を話せ。言語障害者か? お前は」

 ていうか、リオン君が無理やり歪ませてるんじゃんか! 私はリオン君の引っ張っていた手を払いのけると、怒声を発した。

「あーーー! もう! 無視したくらいで拗ねるな! 落ち着けよ!」

「お前が落ち着け」

 引っ張られていた頬がじんじんと痛む。私は頬を抑えながら再び、しかし今度は盛大に溜息をつく。

「最近のお前は変だ……とシャルが心配していた」

「へぇ。シャルは優しいな。大好き。愛してる。で、リオン君は心配してくれないの?」

 シャルが、と聞いて、私は少しだけ期待をさせながらリオン君に訊ねた。

「し、心配するわけないだろう」

「じゃあ、いいや。今日はそんな愛しのシャルたんを掻っ攫いにいくから部屋のカギは空けておいてね」

「やめろ。というか、悩み事でもあるんじゃないのか? どうもお前は隠し事をする癖があるらしいからな」

 私がサムズアップして白い歯をキラリと光らせると、リオン君は私を何か汚物を見るような目で見てきた。

「うーん。リオン君のせいでいろいろとね。女子たちがリオン君のアドレス教えてほしいってさ。それをわざわざ本人に言えばいいのに私に言ってくるんだよ?あームカツク」

 私がリオン君を睨みつけてやると、リオン君は顔を引きつらせた。そして、すぐに顔を元のむっつりに戻すと、教卓に向かってすたすたと歩き出した。

「り、リオン君?!」

「話があるから全員聞け! 言っておくが僕は、僕が認めたヤツ以外アドレスを教えはしない! それと、僕のことでには迷惑をかけるな! 僕は影でコソコソするような奴とは関わらない!」

 リオン君はドス黒い顔で目を光らせながら皆の前でそう宣言すると、むっつり顔のままこちらに向かって歩いてきた。クラス中が呆然としている。特に、女子たちは悲しそうな顔をしている子が多い。中には私を見てこそこそと話し始める人もいたけど、気にならなかった。そんなことよりも、リオン君が私に気を使ってくれたことが嬉しかった。リオン君は私を目を合わせると、フン、そっぽ向いた。

「これでお前の悩み事は解決しただろう? だから、もう溜息なんかつくんじゃない」

「あ、ありがとう」

 私は恥かしくてつい俯いてしまった。



※ ※ ※ ※ ※



 バイト中。私はいつも通り書店で品出しをして漫画を棚に並べていた。すると、制服のポケットが突然動き出した。携帯のバイブだ。バイト中のため、こっそりと隠れてポケットから携帯を取り出す。一通のメールが届いていた。リオン君からだった。リオン君からの、初めてのメールにちょっとわくわく期待しながら本文を開く。
 しかし――

『今日の夕飯は肉じゃがだ』

 それだけだった。

「ハァ?! それだけでメールしてくんなや!」

 私はあまりの脱力感に、叫んでしまった。肉じゃがは嬉しいけど。リオン君の作る肉じゃがはとても美味い。女である私も顔負けしてしまうほどに。

! 仕事中に叫ぶな!!」

 店長はそう言うと、私目掛けてモップを投げつけてきた。私はそれを近くにあったモップで投げてきたモップを叩き落した。店長は私を睨む。そして私も店長を睨み返す。まさに一触即発な雰囲気とはこのことだ。しばらく睨み合うと、店長が素早く動き、胸ポケットにあった電卓を投げつけてきた。私はそれを素早くかわし、品物である漫画「O●E PIECE」を店長めがけて投げつけた。

「いけーーー! ルフ●ーーーッ!!!」

 すると見事にル●ィは店長の頭にクリーンヒット……と同時に、店長のカツラもズルリと取れて、見事なハゲ頭が姿を現した。反射して眩しい。輝くハゲに私は目を潰される。

「相変わらずやるな、

「店長も」

 私達は互いに見詰め合うと、がっしりと握手を交わした。

「減給だ。おめでとう」

「……うえー」

 あっさりスマイルで言う店長。私は苦笑いを浮かべる。とにかく、この時間にお客がいなくて本当に良かった。



※ ※ ※ ※ ※



 バイトも終わり、帰宅しようとしたときだった。バイト中なのでリオン君からメールが来ないようにと電源を切っておいた携帯を掴み、電源を入れたその時、早くも新着メールを受信した。しかも、おびただしい数のメールだ。
 20……40……60!! はぁ!? 一気に63件ものメールを受信した。一体誰が……と思い、私はメールの送信者を確認する。すると、送信者は63件全部リオン君からだった。内容は全部同じようなもので「早く帰って来い」「遅い」「まだか」「いい加減にしろ」「グレるぞ」「はやくしろってば」。私は呆れながらリオン君にメールを返信した。メール料金定額に設定しておいて、本当によかったと痛感した。

『リオン君、メール打ちすぎwwwてか、バイトなんだから仕方ないじゃん\(^o^)/』

 すると1分もしないうちにメールが返ってきた。やはり、リオン君からだ。
 おまっ、早打ちだなぁ!?携帯買って1日しか経ってないのに…。

『仕方なくなどない。折角僕が作った肉じゃがも冷めてしまったではないか。大体今何時だと思っているんだ。9時だぞ?! こんな時間一人で出歩いていたら……』

 そして説教が延々と続いた。しかも文字数がかなり多いらしく、途中で文が切れていた。そして私も真面目に読むのをためた。うわぁ、なんでこんな短時間にそこまで打てるのか、と不思議に思っていた時、新たにメールを受信した。やっぱりというか、当然というか、リオン君からだ。本文を見ると、やはり先程の説教の続きとなっていて、また延々と説教が続く。しかもまた途中で文字数が足りなくなったらしく、文が途中で切れていた。そんなことが4回も続き、私はメール受信を無視してリオン君に抗議のメールを送った。

『そんなに心配してくれるんだったら迎えにきてくれればいいよ』

 迎えにきて。その言葉を送るのが恥かしく、私は少し躊躇いながらも送信ボタンを押した。送信中……、書かれた画面を見つめて、私は胸を抑えた。ドキドキする。なんて返事をくれるのかな?すると、今度はリオン君は少し時間をおいてメールを送ってきた。たった一言。

『帰ってくるな』

 ……は? どういう、意味? 怒っちゃった? 私、迎えにきてって言っただけだよね? 何で?
 期待はずれなのと、悲しみが私を包んだ。メールでは顔が見えないからリオン君はどんな思いで「帰ってくるな」と言ったのかわからない。本当はリオン君って私のこと、嫌い? 私、嫌われるようなことした?なんだか、変に不安だった。

「……」

 私は携帯の電源を切って、荷物をまとめて店を出た。帰ってくるなと言われたけど、私の家はあそこしかない。夜道の帰路を歩く足取りが重い。今はあんまり家に帰りたくない。帰ったらリオン君がいる。リオン君は本当は私を煙たがってるのかもしれないなぁって思ったらなんだか……。ううん、帰ってリオン君に謝ろう。私、何をしたのかわからないけど。

!」

 誰かに呼ばれた気がした。私はあたりを見回すが、あたりは暗くてよく見えない。後ろから店長が私の事でも呼んだのかな?そう思って私は店の方を振り返った。

!」

 ――バコンッ!!

「痛ッ!!」

 急に後ろから何かで殴られた。頭が微妙にズキズキと痛んだ。反射的に振り返ると、そこにはシャルを携えたリオン君がいた。

「さっきから呼んでいたのに……気付け!」

 息を切らしながら、リオン君は言った。

「え、何で? 迎えにきてくれたの? 帰ってくるなって……」

 私は信じられなくて、リオン君に訊ねた。

『坊ちゃんってばすごいんですよ!に『迎えに来て』ってメールで言われてすごい勢いで家からここまで走って……ブッ!!』

「黙れ!」

 リオン君の代わりに説明してくれていたシャルを容赦なく捨て、踏みつけるリオン君。私は、それを見て笑いをこらえたけど、やっぱり笑ってしまった。

「何でこんな所を歩いている。帰ってくるなとメールを送っただろう。夜道は危険だから折角店まで迎えに来てやったのに」

「……え」

 それって、夜道は危険だから店まで迎えに来るから待っていろという意味だったわけ? 何それ!! 何それ何それ!!

「意味わかんない! 説教な無駄に長いくせに大切なことは色んな言葉を省きすぎなのよ!」

「な、何!?」

、坊ちゃんを責めないで下さい! 坊ちゃんは一秒でも早くを迎えに行こうとtベフゥッ!!』

 躊躇いなくシャルを踏みにじるリオン君。待ってよそれって……。

「と、とにかく、折角僕が迎えに来てやったんだ。帰るぞ。肉じゃがも待ってる」

「そだね、肉じゃが~! 待ってろよぉ!」

「こんな奴、迎えに来なければよかった」

「素直じゃないなぁ!」

 私がクスクスと笑うと、リオン君は突然私の手を握った。途端、私の顔に熱が篭るのを感じた。きっと今、すごい真っ赤だろうな。夜でよかった。暗くてよかった。私はそう思い、リオン君の手をぎゅっと握り返した。私、リオン君のこと疑ってた。ホントはすごく優しいんだって、知ってたのに。顔が見えなくても、リオン君の本性を知ってるから。バカだなぁ、私。
 その日の肉じゃがはなんだかとても美味しく感じた。




執筆:03年11月13日
修正:09年02月15日