「明日は剣道部の練習試合に行ってくるから遅くなる」

 ぼけーっとピタゴラス●ッチを見ながらソファーで寝そべっていた私に、リオン君は言った。
 剣道部の練習試合。リオン君の部活する姿なんてあんまり見ない私にとって、それはとても興味のあるものだった。明日は特に用事もなく、「サイトの改装でもしようかしらー」なんて思っていたところ。サイトの改装なんかより、リオン君のカッコイイ姿を見に行く方がずっと有意義に決まってる。

「見に行っていい?」

 私は起き上がり、リオン君をじっと見つめた。リオン君は特に考え込む様子もなく、あっさりと

「好きにしろ」

 確かにそう言った。
 え、いいの? 私、見に行っていいの?

「その代わり、試合が終わったら僕に付き合え」

「何?どこかに行くの?」

 そう訊ねると、リオン君は黙り込んでしまう。私が首を傾げると、リオン君はぎゅっと強く拳を握った。

「が、学校の近くに、明日オープンの、さ、サーティー●ンだ。開店セール中だから……」

 頬を赤く染めながら必死に言葉を紡ぐリオン君。男の子が甘いもの好きなのはカッコ悪いと思っているらしい。

「そんな、リオン君が甘いもの好きなのは知ってるから。じゃあ、明日、試合が終わったら一緒に食べに行こうね」

「あ、ああ!」

 ほんの少し、リオン君の声のトーンが高くなった。本当に甘いものが好きなんだなぁ。



※ ※ ※ ※ ※



 休日の学校は、いつもよりずっと静かだった。
 演劇部は休日に部活をすることがほとんどない。だから、こんな光景は滅多にみることがなかったから、なんだか新鮮だ。

「なんだか、すごく静かだ。学校じゃないみたい」

「今日は剣道部以外の生徒はいないしね。でも、体育館の方は騒がしくない? リオン君ファンがキャーキャー言ってるんじゃない?」

 咲と一緒に、体育館に向かう。確かに、体育館に近づくにつれて女子たちの騒ぐ声が大きくなっていく。

「ごめん、付き合わせちゃって」

「何言ってるの、私だって片岡のカッコイイとこ見たいもの。片岡が剣道部じゃなかったら来なかったわ」

 この野郎、惚気やがって。とても幸せそうで良かったと思う反面、羨ましいを通り越して恨めしいと思う私。私も早くリオン君と両想いになって、惚気返してあげたいわ。
 そんなことを思っていると、突然何かに背中を突かれた。

「わっ!?」

 驚きながら、後ろを振り返ると、そこには剣道着を身に纏ったリオン君がそこに立っていた。

「遅かったな」

 手に持っている竹刀。ああ、これで突いたのかと納得する。

「うん、咲が着るものないってずっと悩んでたから。どうしてここに?」

「僕の試合まで、まだ時間があるからな。静かなところにいたかったんだ」

「じゃあ、あのキャーキャー言ってるのは、リオン君を捜し求めている声だったのね」

 モテモテ男め、とリオン君を小突く咲にリオン君は嘲笑した。

「いいのか? お前の彼氏は今、他の女にちやほやされているぞ?」

 その言葉に、カッと目を見開く咲。その目、怖いんですけど。

「早くも浮気!? 、悪いけど私は先に行く!!」

 服が乱れることも気にせずに、咲は体育館へと走っていった。おうおう、必死だな。片岡も何気にモテるのか。初耳だ。
 その場に取り残されたリオン君と私。剣道着姿もなかなかカッコイイ。いつもと雰囲気が違うせいか、ドキドキする。

「……なんか、カッコイイね」

 ボソッと呟く私の声が聞こえたのか、リオン君はふん、と照れ隠しに鼻を鳴らした。

「試合が終わったら、校門で待っていろ」

「わかった」

 試合が終わったら、一緒にアイスを食べに行く。試合も、アイスも楽しみで仕方がない。わくわくするなぁ。
 なんだか、青春ってカンジだよね!!

「こんなところにいたのね!?」

 私が青春をかみ締めていると、体育館の方から見慣れない女の子がこちらに駆け寄ってきた。スラっとした細い体に、腰まである漆黒の髪。女の私から見ても、美人だと素直に思えた。
 女の子は、何の躊躇いもなくリオン君の手を取ると、「早く!」と言って引っ張った。

「順番が前後して、リオンの番になったのよ」

 まったく、と頬を膨らませる女の子に、リオン君はため息をついた。そして、女の子の目と、私の目が合う。すると、女の子は私を睨みつけ、リオン君の前に立ちはだかった。

「ファンの方ですね? すいませんが、リオンはこれから試合なんです。お引取り下さい」

 ペコリと丁寧にお辞儀する女の子。
 ……は? 何だって? 私が、リオン君のファンだと?お引取り下さいだと? 保護者ヅラしやがって。何様のつもりだ! 美人さんだからって、その対応は何だ!

「へぇ。私ってリオン君にとって、ただのファンだったんだー?」

 あまりにもムカついたので、リオン君をおもいっきり睨みつける。リオン君は眉間に皺を寄せ、少し考えた後にふっと笑った。

「そうだな、お前は僕のファンではなく、僕の召使いだな」

「それはそれで酷いっ! リオン君にとって私はそれだけの存在だったんだね。よくわかった。今日はストライキしてやる! 夕飯当番代わってあげない!」

 やれやれと肩を落とし、リオン君は女の子に言った。

「……おい。こいつは僕のファンでも召使いでもない。僕の家族のようなものだ。邪険にする必要はないからな」

 リオン君の言葉に、女の子は目を丸くした。驚愕している様子だ。

「同居してるって噂の……?」

 ふふふん。驚いたか!! 私とそこらのファンを一緒にするなっての!

、行ってくる。しっかり見ていろ」

「うん、頑張ってね。応援してるから」

 手をひらひら振って、笑顔を向ける。リオン君は満足げに微笑むと、踵を返した。

「行くぞ、皆瀬」

 皆瀬。そう呼ばれた女の子は私を睨みつけて、リオン君に振り返った。

「……君付けで呼んでいるのね」

 ちらっと私を見て、リオン君に見えないように、私を嘲笑する皆瀬さん。
 な、なんなの、この人! もしかして、この人もリオン君のことが好きなの!? それにしても、君付けて呼んでて何が悪いってんだ。自分なんて、名字で呼ばれてるくせに。

 ……対抗して、私もリオンって呼ぼうかな。なんて思ったけど、いきなり呼び方を変えたら気味が悪いので却下した。



※ ※ ※ ※ ※



 試合は、もちろんリオン君の圧勝だった。本当にカッコよかったし、すごく興奮した。リオン君を見に来たファンの子たちも、盛大な声援を送ってた。人気者なんだなって、改めで認識した。

、リオン君のファンはすごいね」

「うん……。マジパネェ!」

 未だに興奮気味の私に、咲は苦笑した。
 しばらくして咲が「あのさ」と小さく声を上げる。

「さっきから気になってたんだけど、リオン君の隣にいる子って剣道部のマネージャーよね」

 咲が指差す方を見て、私の興奮は一気に冷めた。背筋に何か冷たいものが走ったような感覚。リオン君の隣で笑っているのは、さっきの女の子……皆瀬さんだ。

「あー、それっぽい」

 動揺を隠しながら、咲に相槌を打つ。ドクンドクンと、波打つ私の心臓。

「うわ、見た? タオル渡してる! 超笑顔じゃん、あの女! あれ、絶対リオン君にラブしちゃってるね」

「そだね」

 見ていて腹が立つ。リオン君も、すんなり受け取ってるし。
 ……イライラする。どうして、リオン君の隣にいるのは私じゃないんだって、理不尽なことを考えてしまう。
 私だけだと思ってた。いつも隣にいるのは、私だって。部活の時間のリオン君を、私は知らない。でも、皆瀬さんは私の知らないリオン君を知ってて、今だってこうして隣で笑ってる。
 ――見ていたくないって思った。
 こんなの見てたら、試合中のカッコよかったリオンを見てた興奮も一気に冷めちゃう。

さ、リオン君に恋してるでしょ?」

咲の口から発せられた言葉に、私は一瞬固まった。

「な、何で……?」

「今、すっごい動揺してんじゃん。多分、私にしかわかんないと思うけれど、バレバレ」

 流石、長いこと友達やってるだけあるなって、こんな時だけど、感動した。

「そーなの。リオン君に恋しちゃったの。だから、今最高に最悪な気分だわ」

 言葉にすれば、更に気分が悪くなる。咲は、私の頭を撫でて、うんうんと頷いた。

「気持ち、分かるわ。私も、彼女だって胸張りたいけどさ、どこか不安なんだ。いつか、誰かに取られちゃったらって思うと怖い」

 付き合って、彼女になって、それでお終いってわけでもないんだな。そうだよね、私はまだスタートラインにすら立っていないんだ。スタートラインに立つ為の予選ってところだろうか。

「そーなんだ」

「頑張りなよ、。あんたは同居してるんだから有利なはずだよ。一緒にいる時間だって、誰よりも長いんだから」

「ありがとう」

 咲の言葉が、私を勇気付けてくれる。
 そうだよ、私は今、誰よりもリオン君と近い存在なんだ。部活なんて、たかが数時間。でも、私とリオン君はクラスでも家でも一緒なんだから、チャンスなんていくらでもあるんだ。

「試合が終わったら、校門で待ち合わせなんだ」

 体育館内を見回せば、次の人の試合が始まろうとしている。リオン君もそろそろ校門に向かう頃だろう。咲は親指をピッと突きたて、ウインクをした。

「よし、行ってこい!ぶちかませ!」

 何をだ。
 そうツッコんで、私は微笑む。友達の存在って、こんなに大きいものだったんだな。
 心の中で、もう一度咲にお礼を言って、私は走り始めた。



※ ※ ※ ※ ※



 校門で待ち始めて、どれくらいの時間が経っただろう。全試合終了したらしく、帰宅する人が校門を通って行く。リオン君は、未だに姿を現すことはなかった。
 もしかして、約束、忘れてる?携帯でメールを送ってみたけれど、返信すら来ない。どういうことなのさ。

? どうしたの?」

 彼氏である片岡と一緒に歩いてきた咲。ふと、ある場所に視線が行った。繋がれた手。正直に、羨ましい。

「リオン君、まだ来ないの?」

 咲の言葉に驚いたのは、片岡だった。

「リオンを待ってるの? さっきマネージャーにアイス食べに行こうって誘われてたよ?」

 私と咲は目を丸くした。まさか、そんな、嘘。私との約束は、どうなったの? 何で、別の人と行くの? あまりにもショックで、立っていることさえ困難になり、膝をついた。そして、私は言葉を失った。心配してくれた咲が駆け寄ってくれる。

……」

 皆瀬さんと一緒にアイスを食べに行ったことにショックを受けたんじゃない。リオン君が、私との約束を破ったことにショックを受けたんだ。



執筆:09年05月14日
修正:16年5月25日