その日、私は帰宅するなり、部屋に篭った。ベッドでゴロゴロして、携帯サイトの夢小説を読みまくっている。かれこれ、もう3時間は読んでいる。窓の外に目をやれば、日が暮れ始めた。夕飯なんか作ってやらねぇ。どうせ、皆瀬さんと何か食べてくるんだろうよ。
 とにかく、私は不貞腐れていた。

『……恋ちゃんに、告白されたんですか』
『ああ。でも、断ったよ。オレには他に好きな子がいるから』
『そ、そうなんだ、誰なんですか?』
は内心ショックを受けていた。恋ちゃんでもないなら、林斗先生の好きな人って誰なの? 突然、林斗はを抱きしめて、耳元で囁く』
ちゃん、君だよ』
『り、林斗先生……っ!』

「林斗せんせーーーーーい!!!」

 が、携帯を片手に悶えていた。夢小説、なんて素敵なものなのだろう。現実逃避には持って来いだ。小説を書くのが上手い人は、本当にすごい。ただの文章なのに、なんだか本当にその世界にいるような感覚に陥ることができるんだから。
 ああ、私の恋もこれくらい上手くいけばいいのにな。というか、私もキュンとくる夢小説が書きたい。誰かに、感動してもらえるような、そんな小説が書ければ。



※ ※ ※ ※ ※



、帰ってたのか」

 夢小説を書こうと、パソコンを立ち上げたときだった。ドアの向こうから聞こえてきた、リオン君の声。うぉ、いつのまに帰ってきたんだ。

「入るぞ」

 やべぇ! 部屋の鍵、掛け忘れてた! 今、この部屋を見られるわけにはいかない。何故なら、八つ当たりしたおかげで部屋はものすごく散らかっているからだ。そして、今はリオン君に会いたくない。
 リオン君がドアの取手に手をかけ、ドアを開けようとする。しかし、私はそれを全力で阻止した。

「入ってくるなあ!!」

「何故だ」

 ぐいぐいと力を込めてドアを押してくるリオン君。

「い、今、着替え中なの! そんなに私の下着姿が見たいかこのやろおおおお!!」

「な、なら着替え終わったらリビングに来い。話がある」

 そう言って、リオン君はドアの取手から手を離した。内心ホッとしたものの、リオン君と顔を合わせなきゃいけなくなったので、気分が落ち込んだ。



※ ※ ※ ※ ※



 リビングに行くと、リオン君が立っていた。うん、なんという気まずい雰囲気。私は何も悪いことしてないのに、何でこんなことに。

「来たか」

「来たよ」

 リオン君がソファーを指差して「座れ」と言ったので、私はソファーに腰掛けた。リオン君はその場に立ったまま、私をじっと見つめていた。

「今日は……すまなかったな」

「いいえ、別に怒ってないから」

 私が怒っていないことがわかったからなのか、リオン君は私の隣に腰を下ろす。ふぅ、とため息をついた後、リオン君は険しい表情をした。

「お前とではなく、皆瀬と一緒に行ってきた。あいつが、どうしてもと言うからな」

 どうしてもと言えば、ホイホイと着いていってしまうの?私も、どうしてもと言えばよかったの? そんな疑問が頭を過ぎる。

「私との約束なんて、どうでもよかったんだね。アイスが食べられれば、誰と行ってもよかったんだね。私は、リオン君と一緒に行きたかったのに」

 リオン君は私の言葉に一瞬だけ目を丸くし、「そうか」と呟いて私から目を背けた。

「アイスを食べながら、皆瀬が言ったんだ。僕が好きだ、付き合って欲しいとな」

「皆瀬さんが……?」

 それじゃ、皆瀬さんはリオン君に告白をするために、リオン君を誘い出したんだ。リオン君も、きっとそれを悟っていたんだろうな。皆瀬さん、美人だから、付き合うことにしたんだろうな。

「断ったがな」

 ――断った?

「な、なんだ。ビックリした。断ったんだ」

 私の足が、震える。怖かった。リオン君が本当に「付き合うことにした」なんていったら、どうしようって思った。
 ――ん?ちょっと待って。この流れって、もしかして。私は、先程読んでいた夢小説を思い出した。

『ああ。でも、断ったよ。オレには他に好きな子がいるから。ちゃん、君だよ』

 もしかして、リオン君も……なんて期待をしてしまう。

「リオン君、他に好きな人がいるとか?」

 私の問いに、リオン君は目を瞬かせる。お、おっと、この展開、まさか。まさかの――

「ああ」

 リオン君の答えを聞いた私は、唇を噛んだ。しかしここでニヤけてはいけない。

「だ、誰?」

 私はリオン君を凝視した。リオン君は、私を見て眉間に皺を寄せる。

「それをお前に言ってどうする。念のために言っておくが、お前ではないからな。まぁ、お前を好きになるなんてこと、ありえない話だがな」

 ――あ、あれ。何、この展開。私、告白もしてないのにフラれちゃったの?
 なんか、あっさりしすぎてて涙も出ないし、妙に冷静でいられるのが不思議だ。ああ、こんなもんなんだなって、思った。フラれ方によるのかな、もっと悲しいものだと思ってた。

「あはは、私もリオン君みたいな性格捻じ曲がった人はお断りだし」

 思ってもいないことを、口に出してしまう。でも、こうでも言わないと、きっと私はまだリオン君を諦めきれない。拒まれることが怖くて、嘘をついてしまう自分に嫌気がする。素直になりたい。「それでも私はリオン君が好き」って言いたい。
 ああ、何を勘違いしていたんだろう。夢小説を読みすぎて、おかしくなっちゃったのかな。期待しちゃった分のダメージが思ったよりも大きい。そもそも、どうして私はリオン君に恋なんかしてしまったんだ。

「…………」

 リオン君の表情は曇っていた。何で、そんな顔するの。やめてよ。何もなかったかのように、笑ってよ。すごく惨めなんだけど。

「僕は、まだ信じているんだ。もしかしたら、元の世界に戻るときが来るのかもしれないと」

 切なそうに話すリオン君。

「元の世界……」

 私は、はっとした。いつか、学校の屋上で話していたこと。マリアンさんという存在。そっかぁ、リオン君はまだマリアンさんのことが好きなんだね。もう、会えないかもしれないのに、再び会えることを信じてるんだ。私が入り込む隙なんて、最初からなかったんだ。

「戻れたとしても、彼女に会えるかはわからないが、僕は……やはり彼女を忘れることなんてできない。
マリアンは、僕が幼い頃に孤独から救ってくれたんだ。僕は、彼女を守る為なら何だってする」

「リオン君は、強いんだね。こんな境遇でも、マリアンさんのことを好きでいるんだから」

 こんなにも愛されているマリアンさんが、羨ましい。

「私も、頑張ろう……」

 何を頑張ればいいんだろう。

「ああ、頑張れよ」

 新しい恋を見つけるのを頑張る?

「うん」

 頑張るって、どうやればいいんだろう。



※ ※ ※ ※ ※



『マリアン、ですか?』

「うん。どんな人だった? リオン君と、どんな関係だったの?」

 マリアンさんという人物がどういう人だったのかが気になった私は、こっそりとリオン君の部屋からシャルを拝借した。シャルなら、マリアンさんのことを教えてくれるかもしれない。知ったところで、何?って感じだけど。

『マリアンは坊ちゃんに仕えていたメイドなんです。坊ちゃんをよく気遣ってたし、綺麗な人ですよ。坊ちゃんはいつもマリアンを見てましたからね』

 シャルも、綺麗だって思ってたんだ。やっぱり、マリアンさんって人は、誰が見ても綺麗な人なんだろうな。私はどうだろう? どこにでもいそうな、平凡な女子高生。特別可愛いわけでもいないし、何かできるというわけでもない。私って……本当に平凡なんだ。

「へー。マリアンさんはリオン君のことをどう思ってたの?」

 マイナス思考を振り払うため、私は気を取り直して再びシャルに訊ねた。

『坊ちゃんには悪いですけど、多分、恋愛感情とかじゃなくて、弟にしか見えてなかったんじゃないかって思います。9つも歳が離れていますからね』

 9つ、というと、彼女は25歳か。お、大人で綺麗でって、リオン君の好みのタイプはすげぇな。男の子って年上の女性に甘えたいのか?

「リオン君は年上の女性が好きなんだね」

 もう、私はアウトオブ眼中ってことじゃん。どうしようもないじゃない!そう思い、私は落胆した。
 しかし、シャルは「うーん」と唸る。

『そうなんでしょうか……。僕は、思うんです。坊ちゃんはマリアンに恋をしているんじゃなくて、母親の面影があるマリアンを母親のように思ってるんじゃないかって。だから、坊ちゃんは今まで本当の恋をしたことがないんです』

 シャルの言葉に、私は目を見開いた。

「母親の面影のあるマリアンさんに、恋してると錯覚してるってこと?」

 そうだとしたら、私にもまだチャンスはあるの?まだ、リオン君に好きになってもらえる可能性があるの? だけど、私は否定されたんだよ。「ありえない」って。

『だから、。坊ちゃんに本当の恋というものを教えてあげて欲しいんです』

 真剣に懇願する、シャル。私は、しばらく黙り込み、部屋の窓辺に腰を下ろした。膝を抱えて、顔を伏せる。

「何で私なの」

 不機嫌な感情を剥き出しで吐いた言葉。シャルは動じることなく、淡々と答えた。

だったら、坊ちゃんとくっついても許せますからね。僕は、のことが好きですから』

 好き。その言葉に反応した私は顔を上げ、シャルを見た。

「あは。シャル、それって、告白?」

『ふふ。告白になっちゃってますね。でも、には僕なんかよりも坊ちゃんとの方がお似合いですよ』

 少しだけだけど、シャルの声は震えていた。本気で告白してくれたんだろうな。すごく気持ちが伝わった気がした。だけど、シャルのその告白は恋愛感情ではない。家族として、友達として。そんな感じの「好き」なんだ。

「ばーか。私もシャルのこと好きだよ」

 シャルは、私の気持ちに気づいてて、私を応援してくれたのかもしれない。でも、私はマリアンさんの存在の大きさを知ってしまった。
 私は迷っていた。彼女に勝てるわけがない。リオン君が、私を好きになることなんて、ない。頑張るよりも、潔く諦めればいいんじゃないかな。どうしたら、諦めることができるんだろう。諦め切れなかったら、私はどうしたらいいんだろう。



執筆:09年5月15日
修正:16年5月25日