「?」
2階から降りてきたリオン君は私の顔を見て、目を丸くした。私は、制服のスカートをギュっと握り、笑顔を作った。
「お、おはよ」
今日、私はいつもより1時間早く起きた。できればリオン君と顔を合わせることなく家を出たかった。
「こんな早くにどうした。何かあるのか?」
「あ、朝練」
咄嗟の嘘に、私は後悔した。もっとマシな嘘をつけばよかった。
「演劇部のか?」
「う、うーん……まぁね」
演劇部に朝練なんていうものはない。きっと、学校に行ったら嘘だったってバレてしまう。うーん、登校中に何かマシな言い訳でも考えるか。
「聞いていなかったが」
言うわけないでしょ。リオン君と会いたくなかっただけなんだから。
「や、ごめん。言い忘れてた。それじゃ」
これ以上話していたら、どんどんボロが出てしまう気がしたから、「いってきます」すら言わずに、急ぐフリをして、家を出た。なんだかちょっぴり罪悪感。
――この日から私はリオン君を避けるようになった。
※ ※ ※ ※ ※
リオン君とあんなことがあったから気まずくて、最近は一人で登校している。学校でも家でも、あまりリオン君と話すことがなくなった。それでも、リオン君はいつもどおりに私に接してくれる。だけど、私はリオン君のように、いつもと同じように接することができなかった。何かが変わった。そして、きっと変わったのは、私だけだ。
「僕を避けているだろう」
机に伏せて寝ている私の横で話しかけてくるリオン君。いつもは気にならなかったことだけど、席が隣というのは、時には嫌なものだ。
「……うん」
私の答えに、リオン君はため息をつく。
「僕が約束を破ったことなら、謝っただろう」
違う。私はそんなことで避けてるわけじゃない。それに、避けたくて避けてるわけでもない。自分でも、もうどうしたらいいかわからないんだ。
「今日の放課後、校門で待ってるから、来い」
待っていろ、ではなくて、待ってるから、なんだね。それは、「今度は待たせないから」って、リオン君なりに気を使ってるんだな。
このままじゃいけないことはわかっていた。この先ずっとリオン君を避け続けることなんて無理だ。だから、何かきっかけがあればって思った。だけど、今はとにかくリオン君の顔も見たくはない。
今じゃなくていい。そう、いつか……時間が解決してくれるんじゃないかな。
授業開始のチャイムとともに、私はのそりと起き上がった。教科書とルーズリーフとシャープペンを取り出して、教壇を見る。先生はまだ来ていなかったし、教室内は未だにざわついていた。
あえて、隣は見ないようにしていた。
※ ※ ※ ※ ※
放課後になる。担任の話が終わり、挨拶をした後は皆が教室を出る準備をする。リオン君は鞄の中に荷物を手早く入れて、教室を出て行った。
今日は部活じゃないのだろうか。本当に、私のこと、待つのだろうか。
「、部活は?」
咲が鞄を持って、私の前の席に腰掛けた。
「今日はない」
咲はふぅんと言いながら、リオン君の席を見つめた。
「……最近、リオン君と一緒じゃないんだね。やっぱり、あの時のアレが原因?」
咲が言っているあの時のアレというのは、リオン君が約束を破ったことだろう。リオン君に好きな人がいるという事は、まだ誰にも言っていなかった。教室内には、いつのまにか私と咲しか残っていなかった。廊下から聞こえてくる、小さなざわめき。
「――私さ、フラれちゃったんだよね」
私の言葉を聞いた咲は、一瞬、動きを止めた。そして、何回か目を瞬かせた後、「嘘でしょ」と呟いた。
「告ったの?」
咲の言葉に、私は首を横に振る。
「告白すらさせてくれなかった。他に好きな人がいるんだって」
しばらく、沈黙が続く。咲も、何て声をかけたらいいか考えている様子だ。
私は窓の外を見た。空は真っ青で、雲ひとつない。
「でもさ、まだリオン君はそいつと付き合ってないんでしょ?」
咲は頬杖をついて、じっと私を見ていた。
「うん……」
「だったら、まだにだってチャンスはあるじゃん」
付き合っているとか、いないとか……そんなの、関係ない。ただ、リオン君に好きな人がいて、その人に再び会える事を信じてるんだもん。チャンスなんて、もう、ない。
「私なんかじゃ敵わない。リオン君、小さい頃からその人のことをずっと好きだったらしいし」
マリアンさんがどんなに綺麗だったか知らないし、どんな人だったのかも知らない。知らないからこそ、その存在が大きくて、超えられないと感じてしまうんだ。
「……もしかしてさ、最近ずっとリオン君と一緒にいないのって、がリオン君を避けてるから?」
私は咲の問いに、静かに頷く。すると、咲は眉間に皺を寄せた。
「何でよ……」
何で、と言われても、適当な答えは自分の中でも見つからない。そんなの、私が教えて欲しいくらいだ。
「自分でもよくわからないけれど、気まずいからだと思う。私、どうしよう。今だって、リオン君が校門で待ってるかもしれないのに、怖くて行きたくないの」
咲が、席を立ち、私の頬を叩いた。パンっという、鈍い音が教室内に響く。頬がジンジンと痛む。私は頬を押さえ、咲を見上げた。
「あんた、バカじゃない!? それって、逃げてるだけじゃん!!」
「……咲」
「好きな人がいるから何? どうしてそこで諦めるの? 何でリオン君から逃げるの!?」
咲の言葉が、グサリと刺さる。確かに、私は逃げてただけだ。思い通りにならない現実を見ないように、目を背けて。
「好きになってもらえるように努力しろ! 軟弱者め!」
ああ。私は、努力しようとしてなかったんだ。人の心を変えるのなんて、簡単なことじゃない。シャルにも、リオン君を任されたのに、私はリオン君から逃げることしかしていなかった。このままの状況でいいだなんて考えて……なんて浅はかだったんだろう。
「……咲、お前今マジでカッコイイわ。咲が男だったらホレてたかも」
「私が男だったらあんたみたいな女願い下げだけどね」
咲がニッと笑う。へっ、本当は私のこと放っておけないくせに。私は席を立ち、鞄を肩に提げた。
「私、行ってくる。リオン君がまだ待っててくれてるかわからないけど」
「行って来い。リオン君、きっとまだ待ってるんじゃない?は、あの時の気持ちをリオン君にも味わせたいの?」
「……あれはだいぶ惨めだからね。早く行かなきゃ」
頑張れよ! という咲の声援を背中で受けながら、私は走り出した。
※ ※ ※ ※ ※
校門に、ポツンと一人で立っている人影が見えた。遠いから、まだよく顔が見えない。でも、きっとリオン君だって思ったら、自然と走る速度が上がった。
「……?!」
やっぱり、リオン君だった。リオン君は、私に気づくと、驚いた表情になった。
「ごめん、遅くなって……」
息を切らしながら、リオン君に駆け寄る。怒ってるだろうなぁと、怒鳴られる覚悟をした私。しかし、リオン君が怒っている様子は全くなかった。
「――来ないだろうと思っていた」
「は? 何で来ないと思ったの? 意味わかんないから」
バッカねーと茶化しながら、笑ってみせる。しかし、リオン君は笑顔ひとつ見せずに、ずっと真剣な表情のままだった。
「ここでお前を待っているとき、とても不安だった。大勢の者たちが僕とすれ違っていて、孤独だった。僕がお前にこんな思いをさせたのだから、お前が来なくて当たり前だと思ったんだ」
唇を噛んで、俯くリオン君。
「嫌われて当然だと、思っていた」
今までに見たことがないくらい、すごく切なそうな表情。私は、リオン君を追いつめていたんだ。
「リオン君。避けてごめん。バカだよね、私」
リオン君に向かって、手を差し伸べた。リオン君は、少し躊躇ったあと、そっと私の手を取った。
「あはは、やっぱり、リオン君がいないとつまんないや」
「僕も、お前との生活に慣れてしまったらしい」
がっちりと握り合う、仲直りの握手。リオン君にとって、私ってどんな存在なんだろう。この世界で初めて出会った友達?それとも、新しい家族?今は、それでもいい。リオン君と一緒にいられれば、どんなポジションでもよかった。
執筆:09年5月14日
修正:16年5月25日