突然、私のポケットでケータイが鳴り出した。んん、この着うたは男友達か。誰だ。
ケータイを開き、画面に映る文字を見ると、隣のクラスの男子、藤原蓮からだった。珍しいなぁ、蓮がかけてくるなんて。いつもはメールなのに。電話に出ると、蓮は挨拶もなく、マシンガンのように喋り始める。
『もしもし!? 悪ぃ、オレ今からお前ん家行くからよろしく! じゃ、オレ急いでっから切るよ! じゃあなっ!!』
私が話す時間も与えてくれず、蓮は一方的に切ってしまった。ていうか、待てよ。いきなりうちに来るってどういうことだよ。
「誰からだ?」
リオン君がじっと見つめてくる。うーんと唸った後、私は頭を掻きながら答えた。
「隣のクラスの蓮って友達だよ。今からうちに来るって」
一瞬、リオン君の表情が曇ったのを、私は見逃さなかった。この家に他人が上がるのが嫌なんだろうな。
『ずいぶん一方的なんだね。有無を言わさず電話を切るなんて』
シャルが不満そうにしていて、リオンはシャルの言葉に無言で頷いていた。私はというと、二人の態度に、苦笑するしかなかった。
「そうだね」
※ ※ ※ ※ ※
『ところで、その……蓮ちゃんとはどういう関係なの?』
シャルの言葉に、私は首を傾げた。
「え? 蓮ちゃん? 蓮は男だよ」
『「男!?」』
リオン君とシャルの声が重なる。おいおい、リオン君まで蓮のことを女だと思っていたのですかい。確かに、リオン君の知っている私の友達は女ばっかだ。学校ではリオン君としか話しないし、男友達はあんまり話さないからなぁ。男友達が家に来るのも、リオン君がうちに来てからは初めてだ。
『まさか、付き合って……!?』
シャルが声のトーンを低めた。
「それはないよ。ただの友達だもん。1年の時にクラスが一緒で、ゲームの話で盛り上がって仲良くなっただけだよ」
『なぁんだ』
シャルが安堵のため息をついた。ちらっと、僅かな期待を胸に、リオン君の顔色を窺ってみるけれど、特に変化はなかった。やっぱ、リオン君は私のこと、意識してないんだなー。完全に私の片思い。うん、寂しいな。
そんな時、ピンポーン、と家のチャイムが鳴る。まさかとは思ったけれど、玄関の外から蓮の大声が響いた。
「ーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
「早すぎ。家の前電話からかけたのかな」
私はリオン君と顔を見合わせたあと、「はいはーい」と返事をして玄関の扉を開けた。そこには「よっ!」と短く挨拶をする蓮がいて。その、蓮の持っている大荷物がとても気になるのですが。
「何しにきたの? つーか何? その大きな荷物は」
「突然だけど、今日からの家に泊めてもらうことにするから。部屋、空いてるだろ?」
確かに部屋は空いている。我が家の事情は、私の友達なら皆知っている。もちろん、蓮もその中の一人だ。
でも、ということは、どういうことだ?
「うちに泊まるわけ? 自分の家があるでしょ? それとも何? 蓮の家の会社が倒産して家族全員ホームレス生活を送るようになったとか?」
そう、蓮の家はかなりのお金持ちで。学校でも、結構モテてるみたいだし。おお、いきなりの転落人生か。可哀そうに。
「いつもながら逞しい妄想力だな。でも、今日は違う。親父と喧嘩して、家出てきただーけ。ついでに、がリオンに襲われないように守ってやりにきたんだぜ」
グっと親指を突き立ててウインクする蓮。そんな蓮の言動に、私は慌てた。
「な、な、な、何言ってるんよ!! そんなことあるわけないからッ!!」
正式にではないとはいえ、一度リオン君にフラれている私にとって、なんとなく恥ずかしい言葉。リオン君に聞かれていたら、きっと私は黙り込むだろう。
「今のは冗談として、とりあえずそういうことだから。泊めさせてな」
「ちょっと……!」
蓮は強引に家に上がると、リオン君のいるリビングへと向かった。そして、リオン君と蓮が鉢合わせてしまった。うわわ、リオン君、怒るんじゃないかな!?
「うぃっす。オレ、隣のクラスの藤原蓮。今日からこの家に世話になるよ。よろしく」
蓮がリオン君に会釈した。リオン君は突然の事にただ目を丸くしていた。
お、怒ってはいない、みたい。
※ ※ ※ ※ ※
「ーっ、オレ、喉が乾いたなー」
「はいはい」
「、リモコンはどこだ?」
「私が持ってる。今日はリオン君がビデオ撮る日でしょ。だから、チャンネル変えられないようにね」
「そうか」
高校生の男子2人(+1個)、女子1人の住む我が家。こんなことって、あっていいのか!? これって、一体どういう状況!?
「は将来いいお嫁さんになるぜ」
「そーですか」
蓮がアップルジュースを飲み、ニカッと笑いながら言った。私は、自分がこの家の主なのに、この家の使用人と化している事が気に入らなかった。リオン君も、蓮も、くつろいでばっかで動かないし。お前ら、将来牛になっちゃうんだからな。そう心で呟いた。
「いっそオレのところにお嫁に来ない?」
「冗談はその頭だけにしといてね」
私はもう「どうでもいいから話かけんじゃねェ」オーラを発しながらケータイのアプリに熱中し始めた。と、その時リオン君が私の顔をちら見してきた。
「な、何?」
リオン君と目が合い、胸をドキドキさせながら訊ねた。
「ふん、貰い手が見つかってよかったな」
リオン君は鼻で笑い、視線をテレビに移した。少しでも……期待した私がバカでした。あぁ、なんかすごい音を立てて私のハートにひびが入りましたよ?リオン君に片思いしてる私にとって、今の一言は物凄い破壊力なんだよ?わかってて言ってる?わかってないだろうね。というか、やっぱりわからないで下さい。
「ハァ……」
私は溜息をついた。
「お前は僕のものだ」「えっ、り、リオン君!」「お前は誰にも渡さないッ!」
そんな展開を期待してましたよ。馬鹿みたい。あーもう、アプリも集中してできやしないよ。リオン君は平然とテレビ見てるし。ずるいよ。私はリオン君のことが好きなのに。リオン君は私のことなんてこれっぽっちも考えてないんでしょうね。
「、さっきからリオンのこと考えてるでしょ?」
「うん。……ってそんなことあるわけないでしょ!! 何言ってんのこの子!! バーーーーーカ!! バーーーーーーーーーーカ!!!!!!!!」
私はボケーっとしていて、うっかりと蓮の質問にあっさり、素直に答えてしまった。目の前にはリオン君本人がいるのに。けれど、リオン君はやはりそういうことには興味がないのか、テレビに夢中だ。
――そこまで、私は眼中にないってことなの?
「あははっ。やっぱり図星か」
ケラケラ笑う蓮は、なんだか癇に障った。ムスっとしていると、蓮は私の顔をじっと見つめる。
「な、何?」
「あのさ、、ちょっとこっち来てくれない?」
蓮が私の腕を引っ張る。私はそっとリオン君を見た。今度こそ、嫉妬してくれてるかな?
けど、リオン君は相変わらずむっつりしながらテレビに夢中になっている。やっぱ、私が他の男の子といても何とも思ってないんだ。私は蓮に引っ張られながら廊下に出た。
「どうしたの? 今、私は最高に機嫌が悪いの。さっさと言わなきゃキンニクバ●ター食らわすよ?」
「やだなぁ、オレ、がそんなことできないことくらい知ってるよ」
面白い奴。そう言って蓮は苦笑した。
「用件はさ、って、リオンのこと好きなんだろ? って、そう訊きたかっただけ」
「え……えぇぇ!?」
「だから、は……リオンのこと好きなのか? どう思ってる?」
私は突然そんな事を言われ、どうしたらいいかわからなくなった。蓮に言ったところで、リオン君が振り向くわけでもないんだから。しかも、私がリオン君に片想いしてるだなんてバレたくはない。だって、リオン君は私のことを全く意識してなさそうなんだもん。
でも、もしかしたら蓮が私の恋をサポートしてくれるかな?――なんて思ってみる。
「私は――」
でも、蓮に話したことによって、私がリオン君を好きだということが広まって女子のみんなにボコられるのは勘弁だ。
「べつに、恋愛感情は無いけど好き、だよ?」
「マジ?」
「……マジ」
「ふーん、じゃあ、オレにもチャンスがあるってわけだね」
「え?」
蓮のセリフに、私の心が躍った。もとい、萌えた。
チャンスって、あんた……。つまり、蓮はリオン君を狙っていると?今日、わざわざこの家にきたのも、リオン君とのラブラブな日々を過ごす為? もしくは、私という邪魔者の恋の進展を邪魔するために?
ま、まさか蓮がリオン君のことが好きだっただなんて。美少年同士の同性愛。す、素敵だ! 輝かしい!
しかし、これはややこしいことになった。私だって、リオン君のことが好き。でも、リオン君と蓮のBLは見たい。
――どうする、私。
「蓮……」
「、オレ、お前が――」
「、今日――」
リビングからリオン君がひょっこりと現れ、蓮の言葉が遮られる。私達が会話中だったのに割り込んでしまったと気を使ってか、リオン君は「すまなかったな」と言ってリビングに戻っていってしまった。
「あ……いや、リオン! もう話は終わったから! 平気だぜ!」
蓮は慌ててリビングに戻っていってしまったリオン君の後を追った。やっぱり、蓮はリオン君のことを好きなんだな。必死に追いかけちゃって。ふふふ、鼻血が出てしまいそうだ。
私は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、リオン君は私に用があったのだということを思い出し、リビングに入った。
「ごめん、リオン君。で、何?」
リオン君と蓮がちゃっかり同じソファーに座っていて、同時にこちらを向いた。二人は会ってからまだ間もないのに、だいぶ打ち解けているように見える。恐るべし、蓮マジック。
でも、少し気に入らなかった。うん、複雑だな、私の気持ち。
「……今日の夕飯当番なんだが、今日はどっちだったかと訊きたかっただけだ」
「えっと、今日は私が食事当番だったよ」
「ああ。そうだったな」
私は椅子にかけてあったエプロンを掴み、即座に装着し、台所に立った。冷凍庫を開け、適当に品定めをする。そして、秋刀魚を取り出し、火にかけた。
後ろで、リオン君と蓮が談笑しているのが微かに聞こえる。……といっても、蓮が一方的に話してるだけだけど。
※ ※ ※ ※ ※
夕飯の後のことだった。
「なぁ、オレやっぱ帰るわ」
蓮の突拍子もない発言に、私とリオン君は唖然とした。
「え?」
「……」
すると、蓮は一息ついて、苦笑した。
「の作った飯が美味しすぎて、親父とケンカしたのがバカらしく思えてさ」
そう言って蓮は自分の荷物をまとめ始めた。その蓮の後姿が、なんだか寂しそうに見えた気がする。
「意味わからないよ」
私からリオン君を奪いに来たんじゃなかったのか?お前は、そのまま引き下がるというのか?
「本当は、最近、とあんまり学校で話してなかったから話したかっただけなんだ。明日からはオレとも話してくれよな?」
私は「ウソつけ、そんなのリオン君に会いにきた口実だろ」と腹の中で呟く。
「うん、ごめんね。明日からはもっと話そうね」
「ああ。リオンも、気軽に話しかけてくれよな」
そっちが本命だろうとツッコみたくなるのを我慢し、私は作り笑いを浮かべた。リオン君は不機嫌そうに黙ったままで返事どころか、頷きもしない。蓮は苦笑し、「それじゃ」と言って踵を返した。
「待って! そこまで送っていくよ!」
「ううん、平気。、料理、うまかったぜ」
蓮が私に微笑む。可愛らしい笑顔に、私は不意にときめいてしまった。
「う、うん。ありがとう」
次に、蓮はリオン君に笑顔を向ける。そして、リオン君に近づくと、リオン君の耳元で何かを呟いた。すると、リオン君は驚愕の表情を浮かべ、眉間に皺を寄せた。何て呟いたのかは、全く聞こえなかったけれど、予想はできる。きっと、「お前はオレのものだぜ、リオン」だ。リオン君はホモではないから、驚いて当然なんだ。なんてこった。
「じゃあな。お邪魔しました」
蓮が家を出るのを見送った後、リオン君は私の肩を掴んだ。
「……あいつには近づくな」
「それはこっちのセリフだから!!」
「――は?」
リオン君を、蓮に取られてたまるか。私は、リオン君を振り向かせて見せる。絶対に、負けない。リオン君は拳を握りながら月を見上げる私を怪訝そうに見た後、呆れたように家の中に入っていった。
執筆:03年11月13日
修正:16年8月14日