「うそ……」

 リオン君が、私のことを好きだって?きっとこれも演技だ。だけど、それならどうして「シンデレラ」じゃなくて「」って言ったの? わからない。私、リオン君が何を考えてるのかわからない。それでも、このままじゃいけないってことだけはわかる。私たちはまだステージに立っている。演技をしなくちゃ…。

「ご、ごめんなさい王子様。私も本当はあなたのことが好き――」
「これは演技なんかじゃない。僕は……リオン・マグナスはのことが好きなんだ」

 演技じゃない、だって? 生徒たちがざわめき始め、祝福と戸惑いと罵りの混じった声が聞こえてくる。ステージの脇に視線を移せば、蓮が目を見開いてこちらを見ている。

「……」

 私は黙っていた。何て答えたらいいのか分からなかった。リオン君のことが好きなはずなのに、「私も好きです」って言えなかった。心に痞えがあるからだ。だって、リオン君はマリアンさんのことが好きなんだよね? 何で私が今リオン君に告られてるの?
 そうしているうちに、教師たちが強制的に幕を下ろし始めた。生徒たちによるブーイングの嵐が起こる。きっと、私が返事をしなかったからだ。

「何故、何も答えない? お前はもう、あいつを――蓮を選んでしまったのか?」

 リオン君は私の腕を掴む手に、力を入れた。



※ ※ ※ ※ ※



 結局、教師たちに引き剥がされた私とリオン君は告白の返事を保留のままに、みっちり小一時間叱られた。下校時間なんてとっくに過ぎていた。私とリオン君はぎこちない雰囲気の中、二人で下校することになってしまった。
 薄暗くなってきた道を黙々と歩く。だけど、このまま黙っていても、何も解決できない。私は意を決して沈黙を破る。

「こ、今回もまた……何で、あんなことしたの?」

 少しだけ、声が震えた。自分に情けなさを感じながら、リオン君の言葉を待つ。

「お前が蓮に取られてしまうのではないかと、思ったら怖かった」

 ほんの少しだけど、リオン君の声も震えてる。蓮に取られたくなかった? でも。それでも。あんな場所で、あんな告白の仕方はないのでは? 全校生徒が見ている前で、劇をめちゃくちゃにしてまですること? 蓮が見ている前ですることだったの? マリアンさんのことが好きなくせに、何で私のことを好きって言ったの?
 混乱してる。考えがまとまらない。私、リオン君のことがわからない、わからないよ。
 それでも、期待をしてもいいの? リオン君にとって私は、マリアンさんよりも、大切な存在?

「リオン君には、マリアンさんがいる」

「それは――」

 リオン君の曖昧な態度に、イラっとする。どうして、そこで即答しないの? お前の方が好きだからとか言えないの? ああ、そうか。ただ、蓮にとられたくなかっただけなんだ。私はリオン君にとって所有物としてしか見られていないという事だ。そこに恋愛感情なんて無い。結局、リオン君の一番はマリアンさんなんだ。好きって言ってくれたのも、蓮と引き離すための口実に過ぎない。そういうこと、か。

「私は、リオン君にとってなんなのかな?」

 そう吐き捨てて、私は走り出した。自分から問いかけたくせに、答えを聞くのが怖かった。答えはもう、私の中で出てしまっていたのだから。
 ――結局、私は『二番目』なんだ。



※ ※ ※ ※ ※



 部屋に引きこもる。ベッドに寝転がって、布団を頭から被る。枕に自分の顔を押し付けて、叫んだ。

「リオン君のアホーーーーー!!」

 枕が私の叫び声を吸収してくれる。それでも、私のこのもやもやを吸収してくれはしなかった。苦しい。心が苦しい。待ち望んでいた言葉を言ってくれたのに、それは彼の本心ではないのだ。ただの独占欲。きっとリオン君は自分の所有物を取られたくなかっただけで、好きとか言って私を繋ぎとめようとしたんだ。ふざけんな、乙女心を弄びやがって。

「アホ、か」

 リオン君の声が聞こえた。おいおい何でいるんだ。まさか、追いかけてきてくれたのか。気づかなかった。慌てて布団から顔を出せば、部屋の扉を閉めてリオン君がつかつかとこちらへと歩いてくる。私は頬を膨らませてリオン君を睨みつけた。

「何の用? 勝手に部屋に入らないでよ」

 でも、リオン君は怯むことなく堂々とした態度で私のベッドに腰掛ける。そして、深く息を吸い込んで、はーっと息を吐いた。その行動で、リオン君は少なからず緊張しているのではないかと感じた。

「さっき、僕にはマリアンがいると言ったな」

 帰り道での事を思い出す。言った。私はそれを言ってリオン君から逃げた。リオン君は、わざわざ私に答えを言いに来たのだろうか。リオン君にとって私はただの同居人であると。自分の所有物であると。本当に好きだったとしても二番目であると。自分が好きなのはマリアンだと、言いたいんでしょ?

「――言った。だって、リオン君この前言ってたよ? 私を好きになるなんてこと、ありえない話だって。マリアンさんを忘れられないんでしょ? 元の世界に帰れるって信じてるんでしょ?」

 それを聞いた時、私がどんなにショックだったかわかるだろうか? 思い出させないでよ。ツラいんだよ。苦しいんだよ。

「確かに、あの時はそう言った。――そう思っていたんだ」

 お願いだから、もう穿り返さないで。これ以上私を傷つけないで。
 そう思いながら、耳を塞げば、リオン君は「聞いてくれ」と言わんばかりに私の両腕を掴んだ。視線が合う。リオン君は切ない表情で、じっと私を見ていた。

「だが、その後、お前のことを考えていたんだ。ずっと、考えるのはお前の事ばかりで……自分の気持ちがはっきりしたのは、お前が蓮に告白されてからなんだ」

 目が離せない。それに、今リオン君は何て言った? この展開は一体何なの?

「気づくのが遅かった。後悔した」

 私は夢でも見ているのだろうか。

「だが、御園と片岡が言ってくれたんだ。まだ間に合うと。そのチャンスは今日だと思った。演劇部の部長も快く協力してくれた。何を利用してでも、僕はお前を手に入れたかったんだ。蓮だけでなく他の奴にも知らしめたかった、僕はが好きなのだと――」

 リオン君は、私の両腕を解放すると、今度は私の両肩を掴んだ。いつもよりも、どんなときよりも、見た事がないくらいな真剣な表情に、私は言葉を失っていた。ぐっと身体がリオン君に引き寄せられて、私はリオン君に抱きしめられる。ふわりと香る、リオン君の匂いにクラリとする。

「本当はずっと前から好きだったんだと思う……だけど、マリアンのことを忘れてしまったら彼女を裏切ってしまうんじゃないかって怖かっただけなんだ。、僕が好きなのはお前だ。例えお前が僕を嫌いだと言っても、僕のこの気持ちは変わらない」

 リオン君の腕に力が入る。ドクンドクンと波打つ鼓動が伝わってくる。少しだけ、震えてるリオン君の身体。
リオン君はきっと、決死の覚悟で私に想いを伝えてくれたんだ。いつもの彼からは考えられないこの行動に、思わず笑みがこぼれる。まさか、リオンが甘い言葉を吐いて、抱きしめてくれるなんて。

「ばか……。本当にリオン君はばかだよね」

「な、何?」

 少しムッとしたリオン君を抱きしめ返して、私は小さく笑う。

「嫌いなはずない。私だって、ずっとリオン君が好きだったんだよ。マリアンさんのことがあったから、諦めようとしてたけど――ホントに、諦めなくてよかった」

 諦めたかったけれど、諦め切れなかった。蓮に告白されて、蓮と付き合う事でリオン君のことを忘れられるかとも考えた。それでも、リオン君は今こうして私に好きだと言ってくれた、抱きしめてくれた。
 ――ああ、私は今とても幸せだ。

……ありがとう」

 触れるだけの、両想いだってわかってから初めてのキス。この行為がこんなに甘くてドキドキするなんて知らなかった。



※ ※ ※ ※ ※



「その節は大変お騒がせしました」

 咲と片岡に深々と頭を下げる私。二人は顔を見合わせてくすっと笑った。

「よかったじゃん、。リオン君との両思い!」

「蓮に告られたときはどうなるんだって焦ってたけど、二人がくっついてくれてよかった」

 咲が私の肩をぽんぽんと叩き、片岡は咲の隣で微笑んでくれている。私は二人の顔を交互に見て、また頭を下げた。

「本当に、ありがとう」

 この二人には、とても助けられたと思う。特に咲には色々と相談に乗ってもらったりして。咲がいなかったらきっとリオン君の彼女にはなれなかった。

「今まで焦らされた分、幸せにしてもらいなよ」

「うん!」

 最高の笑顔を向けてやれば、咲も最高の笑顔を返してくれた。続いて、今回の一件で一番迷惑をかけてしまったであろう人物に向く。その人物、蓮はぽりぽりと頭を掻いていた。

「――というわけで。ごめん、蓮。私、やっぱりリオン君と付き合う事になってしまったので、蓮とは……」

 心の底から申し訳ないと思いながら、斜め45度に頭を下げる。すると蓮はぷっと吹き出して「頭上げろよ」って言って私の頭を撫でた。

「気にすんな、オレはが幸せになってくれるならそれでいいからさ」

「蓮……」

 後光が射して見えるくらい、蓮が輝いていた。こんな私を許してくれた上に、しあわせになってくれればいいってどこの仏だ。私ならきっと許せないと思うし、顔も見たくなくなるだろうに。

「でも、リオンが嫌になったらいつでもオレのとこに来いよ」

 私の耳元でボソリと呟く蓮。

「ありがとう、蓮。絶対行かないよ」

 にっこりと笑って、蓮の足を蹴る。

「あ、そ」

 ぷぅっと頬を膨らました蓮。そんな私たちの様子を見ていた咲が「何してんだよあんたら」と呆れた。

、そろそろ行かないとリオンが待ってるんじゃね?」

 片岡が時計を見て、そう言った。この後、リオン君とデートの約束があって校門で待ち合わせしているのだ。

「そうだね、行かなきゃ!」

 鞄を引っ手繰り、急いで教室を出ようと走り出す。

!!」

「え?」

 蓮の呼び声に、立ち止まる。振り返れば、友人3人が笑顔で私を見ていて。その中でも、蓮は目尻に涙を溜めながら笑っていた。

「行って、らっしゃい」

「行ってきます」

 最高の友達を持てたことを誇りに思いながら、私は再び走り出した。



※ ※ ※ ※ ※



「リオン君、ごめん……おまたせ」

5分もオーバーしているぞ」

 校門まで全力で走ったのに、5分もオーバー。恋人同士になってから初めてのデートなのに遅刻した私は自己嫌悪する。

「ふーん。5分くらいいいじゃん、ケチ」

 それでも、いつもの調子で悪態をついてしまう私。言ってしまった後に、可愛くないって後悔する。

「僕は1秒でも多くと一緒にいたいんだ。他のヤツと会っているのも正直不愉快な気分だ」

「な……っ!」

 私の顔の熱が急上昇する。それを見ていたリオン君はふっと笑って、私の髪に触れた。

「それと、君はつけるなと、言っているじゃないか」

「そ、そうだね……でも、なんかまだ慣れてなくて」

 ああああ、なんだか私とてもリアルに充実してる。リア充だ。今なら爆発できる気がするの。落ち着け、落ち着こう、私。すー、はー、と深呼吸をしてリオンを見れば、可笑しそうに私を見つめていた。う、ぐ……そんなに見つめられてると照れるじゃないか。このままでは場が持たない。何か、話題は無いか!

「――ねぇ、リオン」

「なんだ?」

 ふと、気になってしまった。彼の元の世界の事と、マリアンさんという大きな存在。

「もし、リオンが元の世界に戻れたら――マリアンさんに会えたらどうする?」

 今も少し、彼女の存在が気になってしまう。確かに、リオンは私を好きだと言ってくれた。だけど、それは元の世界に戻れると信じられなくなったからじゃないかって不安なんだ。リオンが例え元の世界に戻ってしまったとしても、私を一番に思ってくれるのだろうか。
 ――怖い。あー、こんなこと聞かなきゃよかった、どうしてこんなこと聞いちゃったんだろ。リオンの答えをビクビクしながら待っていると、リオンは優しく微笑みながら私の頭を撫でた。

「そうだな、マリアンに、を紹介する」

「え?」

「大切な人ができた、彼女を……を幸せにしてあげたいんだと、伝える」

 ああ、神様。私は夢を見ているのでしょうか。上手く行き過ぎる展開でしょうこれ、いつかバチがあたるのではないでしょうか。

「私も、マリアンさんに会ってみたいな。リオンを幸せにしますって、伝えたい」

 いつか、二人でリオンのいた世界に行けたらいいなって思った。この世界でも、リオンの世界でも、リオンが一緒なら私はきっと幸せになれる。

 ――そう、信じようと思う。




執筆:04年3月23日
修正:11年1月4日