登校中、いつものようにリオンの隣を歩いていた。しかし、今私はとても不機嫌だった。むすーっと頬を膨らませる。
「あー、超鬱だよ。学校なんて行きたくないー。ずっと家でリオンとにゃんにゃんしてたーい」
「あんなことがあれば気持ちもわからなくは無いが……」
「クソッ! 名も名乗ることなくコソコソと腹が立つっ! 私達に不満があるんだったら正々堂々と言えっての!」
私は半ば叫びに近い声をあげながら鞄を振り回す。リオンはそれに当たらないように軽やかに避けてながら私の隣を歩いている。
「公衆が迷惑しているだろう」
「……ごめんなさい」
私は道行きながら迷惑そうにこちらを睨んでいた人々に頭を下げた。
※ ※ ※ ※ ※
「やっぱり、今日も……か」
私は教室のドアを開けると同時に、ため息をついた。教室に入り、黒板を見たリオンも思わずこれには絶句。高校生がいつまでもこういうことするなんて信じられないけれど。これが現実だから本当に泣けてくる。あんたたちは本当に高校生か?小学生でも今頃こんなことやってないんじゃない?
黒板には相合傘が描かれていて、そこには私とリオンの名前が書いてある。その周りには割れたハートや私たちの似ていない似顔絵、そして大きな見出しが。『死ね、別れろ!!』こんなことがもう何日も続いている。
初日にコレを見たときは泣きそうになったけど、今はだいぶ慣れてきた。そして、どう反応したらいいかイマイチわからないでいる。ふと、隣を見ればリオンも呆れ顔で目を伏せている。誰が書いたかわからない心無いこの落書き。それを消そうともしないクラスメイトたち。一番悪いのは書いたヤツだけれど。それでも、見てみぬフリをするっていうのも酷いんじゃないかな。
「マグナス夫妻、おはようございますー!」
「二人とも、腰は大丈夫? 昨晩は激しかったんじゃねぇの?」
クラスの騒がしい系の2人の男子が、私たちに向かって言ってきた。ケタケタと笑った後、言いたいことを言ってスタスタと去っていってしまった。
「…ぶっ殺す」
「やめろ、」
私が二人に殴りかかろうとしたところ、リオンがそれを制した。
「な、何で止めるのよ!」
「こういうのは無視するのが一番なんだ。それに、お前は女だろう」
リオンは私を放し、自分の席へと行ってしまった。じゃあ、リオンが代わりに殴ってくれてもいいじゃんか、と思った。でも、そうなったら先生たちにバレて停学とかになっちゃうかな。ああそうか、リオンもそれを考えて私を止めてくれたのか。
取り残された私は、黒板消しで粗雑に黒板を消し、席へと足を進めた。途中、クスクスと私を見て笑う人がいるのがわかる。しかもこれが少数ではなく大勢だからムカつく。
でも、まぁ確かにリオンの言うとおりに無視した方がいいかもしれない。下手に批判しても、相手側は私たちの反応を見て面白がるだけだ。
味方である咲たちはまだ来ていない。最近咲はいつも遅めに来るからな。休み時間もたまにいなくなっちゃうし。とりあえず、今はいつもどおりにしてれば良いんだ。
「いつもどおりにしてれば、いいんだよね」
「そういうことだ」
私はリオンに微笑みかけて、自分の席に座った。
「それではいつもどおり……早弁を始めるとしますか」
私は鞄の中から弁当を取り出す。すると、リオンが私の頭をべしっと叩いた。
「どこがいつもどおりだ。いつもはやっていないだろう! 大体、女が早弁などするな。みっともない」
リオンは私を見下ろしながらため息をつく。私はリオンを見上げて、抗議した。
「痛いなー! いつもはリオンがいないところでコッソリやってんの! いいじゃん、別に! お腹すいたんだもん! 私のお腹、可愛そうに。ほら、聞いてよ。リオンがダメっていうからグーグーって泣いてるわ!」
「その生きているよう表現と勘違いされるような言動はやめろ。いいか? 僕はお前の保護者じゃないんだぞ。彼氏なんだ。それを勘違いするんじゃない」
リオンは眉を顰め、そして頬を赤く染めながら言う。確かに私はだらしがなくて、リオンに保護者のような態度を取らせてたかも。そうだよね。私、リオンの彼女なんだからしっかりしなきゃね。
「ありがと、リオン。確かにリオンは私の彼氏で、私はリオンの彼女だよ。でも、どうしてもリオンが私の保護者っぽく見えてしまうのだよ。」
だから、この空になってしまったお腹に愛の手を。
「それは僕が老けていると言いたいのか?」
「いやいやいや、滅相もない!」
今にもブチキレそうなリオン君を宥める。リオンはジト目で私を見た。ああ、お食事どころではなくなってしまったなぁ。
「ごめん! だって、リオンってばよく私の世話を焼いてくれるんだもん! 彼氏以前に保護者ってカンジで感謝してるんだよ?」
「なっ……」
「ありがとう、リオン。でも、今は無理だけどいつか私もシャキっとして、リオンに相応できるような彼女になるから、ね!」
私はニッと笑う。そう、いつか絶対にリオンに相応しい彼女になってみせるんだ。リオンの隣にいても恥ずかしくないような、人からも認めてもらえる彼女に。
「……」
リオンは目を潤ませた後、微かに微笑み、小さく笑った。
「、リオン君、おはよー」
後ろから咲の声がした。ようやく来てくれたかマイフレンド。
「おはよー、咲……と、え?」
咲の隣にいたのは、彼氏である片岡じゃなく、剣道部マネージャーの皆瀬さん。何で皆瀬さんがここに?
「何故皆瀬が一緒なんだ?」
リオンが皆瀬さんに問えば、皆瀬さんは黙ったまま俯いてしまった。その隣で咲が皆瀬さんを指差す。
「こいつ。最近毎朝黒板に落書きしてた犯人」
「ええっ!?」
驚きのあまり、思わずリオンの背中を殴ってしまった。リオンは仕返しにと私の足を踏みつける。
「片岡と私が犯人探ししてたら、この子が黒板に書いてるのを見たって子がいたの」
呆れながら咲がため息を吐く。犯人探ししてくれてたなんて、知らなかった。やっぱり咲はすごい。しかし、相変わらず俯いたままの皆瀬さんを見ていたら、徐々に怒りが込みあがってきた。
「……っ」
私が怒鳴ってやろうとしたその前に、皆瀬さんは私たちに頭を下げた。
「ごめんなさい! あたし、悔しくて……あたしはリオンに告白してもフラれたのに、どうして大して可愛くもない先輩が同居はできるし彼女にもなれるのって思ったら何もせずにはいられなかったんです! あたしだって、リオンが好きでいっぱい頑張ったし努力だってしたのにっ!」
皆瀬さんは、ポロポロと涙を流しながら深々と私に頭を下げた。まさか、こんな風に謝られるなんて全然思ってなかったから、どう接したらいいかわからない。
「え、あ、あの……いいよ、べつにさ? ね? リオン」
「僕は問題ない。が傷つかなければそれでいい」
相変わらずリオンは恥ずかしいことをさらりと言ってしまう。私はほんのりと頬に熱が篭るのを感じながら続けた。
「そんなわけだからさ、頭上げてよ? 私も、好きな人が他の女に取られたら君と同じことしちゃうかもしれないもん」
私は泣き続ける皆瀬さんにそっとハンカチを差し出した。すると、皆瀬さんは目を潤ませながら私を凝視する。 ――そして
「お姉様っ」
「「え?」」
いきなりのお姉様発言に、私と咲は思わず数歩引いてしまった。リオンは顔を引き攣らせている。しかし、皆瀬さんは気にする様子もなく続けた。
「あ、あの……ありがとうございます! こんな罪深い私を許してくださるなんて。あたし、恥ずかしながらその、お姉様の事勘違いしてました」
ぎゅっと私の腕を掴んだ皆瀬さん。な、何だこの180度変わった態度!
「お姉様」
皆瀬さんに抱きつかれた私は身動きが取れなくなってしまった。
「えーーーっと」
「そういうことだから……リオン。お姉さまと別れて。今すぐ」
皆瀬さんは私から離れると、腰に手を当ててリオンを鋭く睨みつけた。おいおい待て。ちょっと落ち着け。同性愛ですか、あんた。だいたい、君はリオンのことが好きで私とリオンを別れさせたかったんじゃないの!?
「皆瀬さん、落ち着いて」
「はい、お姉様っ」
皆瀬さんは私に抱きつくと、幸せそうに笑った。リオンは呆然としながら見ているだけだった。
「うわあああああああっ!!リオン助けてーーーーッ!!!」
どうやら、優しくされるとすぐに惚れてしまうらしい皆瀬さん。話を聞けば、以前リオンにも優しくされたらしい。彼女が他の人に優しくされない限り、私たちの苦難は続く、らしい。
執筆:04年7月27日
修正:11年1月8日