リオンと付き合い始めてひと月くらい経った頃、私は考えた。ひと月経つのに、日常的にキスをすることはない。たまーに良い雰囲気になった時にするくらいだ。リビングでくつろいでいる時に抱きついたりとか、手を繋ぐ事すらない。キスすることを除けば、それは付き合う前とほぼ変わりない生活だった。
そして、最近はそれ以上にやばい状況にあるのではないかと思った。お互いに学校が終わるとすぐにバイトか部活。そのため、顔をあわせるのは学校でと朝と夜にちょこっとだけ。学校ではみんなから冷やかされるのがウザイからいちゃつけないし、夜はバイトもしくは部活で疲れてすぐに寝ちゃう。まぁ、私は萌えを求めてパソコンもやってることもあるけれどさ。
だから、発展なんて全然ないし、以前ほど口も利かなくなってきた。これ以上こんな状況が続くと一緒に暮らしているとはいえ、本当に危ないかもしれないのではないか。
「折角、両想いなのに……と悩んでいたところになんという好機!」
幸い今日はリオンも私もバイトと部活がない。ちなみに明日は休日で、さらに部活もバイトもない。ということは、久々にゆっくりと一緒にいられるということで。かなり嬉しい。
うきうき気分でちょっくらスキップなんかしてみる。周りの目なんてもうこの際全然気にならない。
「あーっはっはっはっは!!」
ついでに高笑いなんかもしてみる。怪しさ200%なこの不思議女子高生はもう誰にも止められない。発狂しつつ家の前までスキップを続ける。
いつものようにポストを空けてみると、一通の手紙が届いていた。請求書? いや、違う。普通の手紙だ。誰からだろうと思って送り主を確認した……ら――
なんということでしょう、父上と母上からの手紙だったです。
珍しい事があるなぁ、離婚でもすんのか?と苦笑しながら封を切って手紙を読んでみる。すると、それよりも性質の悪い、かもしれない内容がずらり。
「か、帰ってくる……だと?」
ついに
「父上と母上が」
このときが
「父上と母上が帰ってくる!」
きた。
『へ。元気にしていますか? 寂しくないですか? お父様もお母様も同時期に長い休暇がもらえたので近いうちに帰ります。おみやげもちゃんとあるので期待していてください。リオンちゃんに会えるのも楽しみにしています。あなたの最愛のお母様より』
どうにかしなくては。父上と母上に、リオンを紹介しなくてはならない。けど、こんな同居しながら交際してるなんてバレたら、絶対何か言われるに決まってる。反対されはしないだろうけれど、からかわれたりはするだろう。
「ただいま。何をしているんだ、そんなところで」
丁度そこにリオンが帰ってきた。リオンはきょとんとしながら立ち尽くす私を不思議そうな目で見る。私は一目散にリオンに飛びついた。
「どどどっどどどど、どうしよう! パパンとママンがアメリカから帰ってくる! あああああああああ、地球の滅亡だわ!みんな死んじまうだよ! は、は、早く火星に避難しなきゃ! い、いや……やっぱナメック星? ああもうそんなことはどうでもいいから何か……そう! 早く肉じゃがが食べたい!」
「とりあえず落ち着いておけ。何を言っているのかさっぱり理解ができない」
混乱した私はリオンに一発頭を鈍器のような物でぶん殴られ、気絶させられた。
※ ※ ※ ※ ※
意識がだんだんとはっきりしてくる。
――そうだ、手紙!
私はぼやける視界を鬱陶しく思いながら起き上がった。どうやらリオンは私を気絶させた後、ちゃんと部屋に運んでくれたみたいだ。私の後頭部には激しく痛みが残っている。かろうじて血は出ていないけれど、タンコブになっている。
「起きたか」
「ええ、運んでくれてありがとう。でも、殴られたことには腸煮え返りそうにムカつくんだけど」
握り拳をプルプルと震わせ、そしてリオンを殴りたいと思いを必死で抑える。
「両親からの手紙、読ませてもらった。何故そこまで慌てる必要がある」
リオンは私の心情とは裏腹に、無敵に微笑んでいらっしゃる。
「は!? 何言ってるの! 私の親だよ!? マイペアレンツよ!?」
「だからどうした。そうだな……いい機会だし、挨拶しておくか」
お前を妻にするのだからな、とリオンが言う。私は赤くなりながらも首を横に振った。
「あのね、そういう問題じゃない! きっとリオンは私の父上と母上にからかわれるんだから! いや、もしかしたら交際に反対してリオンに暴力を――!?」
『いや、坊ちゃんならきっと返り討ちにしちゃうんじゃないかな? それどころかを連れてかけおち、とか? うわ、僕想像したらドキドキしてきたよ!』
ウフフフと不気味に笑うシャル。でも、ありえそうだからツッコめない。リオンもそんなシャルを横目に、話を続けた。
「とにかく、なるようになるんじゃないか?」
「うーん、だがしかし」
「そんなに両親と会うのが嫌なのか? 僕はもう会いたくても会えないんだ。だから、お前には僕の分も喜んで欲しいのだがな」
リオンは苦笑しながら私の肩をぽんと軽く叩いた。ああ、そっか。リオンはこの世界の人間じゃないんだよね。
両親はもちろん、仲の良かった人にすら会えないんだ。今まで、寂しそうなそぶりを見せてくれなかったから忘れてた。リオンだって、きっと心のどこかで寂しいって感じていたのかもしれない。だけど、いつかリオンだって元の世界に戻れるかもしれない。そう考えたら――
「で、でも! もしもリオンが元の世界に戻れたら会えるんだよね? いつか私もリオンのいた世界に行ってみたいなー!」
そして、リオンのご両親に挨拶をするんだ。マリアンさんにも会って、挨拶するのさ。いつか、リオンの生きていた世界を見てみたい。
「元の世界に戻っても、会えないんだ」
リオンは静かに呟いた。私はリオンが言った意味がすぐにわからず、考える。そして、辿りついた答えは、両親の死。私、なんてこと言ってしまったんだ……!
「ごめん、リオン! 私ってば……」
「気にするな。別に会いたいなんて全く思ってもいないし、僕は今の生活に満足している。お前が僕の傍にいれば、それでいい」
「リオン……」
ごめんなさい。こんな時だと言うのに、今リオンのちょっぴり悲しげな表情とキュン死ねるような甘いセリフに悶えてしまいそうで、必死に我慢しております。あー悶えたい! 転がりたい! 叫びたい!何か叩きたい! そんな思いをぐっとこらえ、拳を握るもプルプル震えてしまう。
「……っ、ハァハァッハァハァッ!」
「何をそんな苦しそうな顔をしているんだ。まさか、またおかしなことでも考えていたんじゃないだろうな?」
「う……げふっ、ごふぉっ!」
流石はリオン。私のちょっとした表情で何を考えているのかわかるらしい。ああ、どうせバレるなら我慢せずに悶えればよかったと少し後悔した。
「ふん」
そういうのがなければもっと可愛いのだが、とリオンが言う。私は咽ながらリオンに「煩いわい!」と怒鳴ってリオンに肘鉄を食らわせた。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝、私とリオンはいつものように朝9時頃に起床する。私はアニメを見る、リオンは剣の稽古、とそれぞれの目的のために。リビングでリオンと会い、互いに「おはよう」と挨拶を交わす。
「今日はバイトも部活もないから羽を伸ばせるねーっ!」
「ああ、そうだな」
リオンにニッコリと微笑みかけると、後ろから別の声がした。
「あら、おはよう。とリオン君」
「おはよう、。大きくなったな。この子がリオン君か?」
「おはよう、父さん、母さん。うん、この子がリオン……んひぃぃいいいいいぃぃぃいい!?」
幻聴かと思って目を凝らして目の前をよく見てみれば、そこには私そっくりだけどややふっくらとした母上と、
前よりちょっとスマートになったけれど頭がちょっと白くなった父上が悠々とお茶を啜っていた。思わずもう一度「ぎゃああああああ」と叫んでしまう。
「初めまして。僕がリオン・マグナスです」
慌てふためいたリオンが緊張気味に挨拶をする。
「おお、君がか。賢そうな顔をしているな。わたしがの父親だ。よろしく頼むよ、リオン君」
「あらら、なかなか可愛いじゃない。私がの母親よ。電話で何回か話したことがあったわね。よろしくね、リオン君」
ごく普通に挨拶を交わす私の両親と彼氏。リオン、ちょっとは「何故こやつ等が今こんなところにいるのか」とツッコもうよ!よく見ると、リオンは緊張のあまり硬くなってしまっている。仕方がないので私がツッコむことにした。
「何でここにいるの! 昨日手紙きたのよ!? 早すぎ! メールで連絡くらいしてよ!」
「あら、近いうちって手紙に書いておいたでしょう」
「いくらなんでも手紙が届いた日の翌朝に、しかも合鍵使って気づかれないように帰ってこなくてもいいでしょうに!」
「そんなに騒がなくても。ちょっとたちをビックリさせたかったんだよ。それにしてもはずいぶんと逞しくなったもんだね」
「そりゃあ、あなたたちがいない間いろいろとありましたから」
「なんか、が冷たい……反抗期かしら?」
「違うわーーーーーーッッッ!!!!」
両親によるダブルボケに、私はツッコミを入れまくる。いつから私はツッコミ役にまわったのかと少しだけ悲しくなってきた。
※ ※ ※ ※ ※
「で、あなたたちは何処までいったの? 付き合ってるんでしょ?」
「は?」
母上の突然の質問に、私とリオンは目を丸くした。
「ひとつ屋根の下で男女二人が何もないわけないだろう。A,B,C,Z、どこまでいったんだと聞いているんだよ」
楽しそうに語尾に音符マークをつけて説明しちゃう父上。つか、Cまでは分かるけどZって何だよZって!!!!
「A,B,C,Z?」
リオンが不思議そうに首を傾げていた。どうやらリオン君は何を聞かれているのか理解していないようだ。
「ふふふ、Aから順にキス、ディープキス、セックスのことよ。ちなみにZは私の口では言えないわね」
母上が余計なことをリオンに吹き込む。父上はあっはっはと豪快に笑っている。リオンは私の隣で顔を真っ赤にする。そして私は口から飲んでいたお茶を吹き出した。
「そんなことサラリと言うなぁぁぁ!!」
「で、何処までいったんだ? ん? ん?」
しつこくも聞いてくる父上と母上。私は眉間に皺を寄せて、黙りこくってやった。
「Aまで、です」
「素直に言うなあああぁぁぁあああああーーーーーーーっ!!!!」
何の躊躇いもなく言ってしまったリオンを激しくど突く。リオンは痛そうに私にど突かれた場所を擦りながら私を睨んだ。
「ははは、素直でいいね。これからも娘を頼むよ、リオン君」
父上が、リオンの肩をぽんぽんと叩く。母上も、微笑みながら父上の隣で呟いた。
「早く孫の顔を見せてね?の顔はちょっと残念だから、リオン君に似てくれたらいいわねー」
母上、本人しかも自分の子供の前でなんということを。リオンは終始緊張した面持ちで両親と雑談していた。私はご飯を用意しながら現実逃避をしていた。
※ ※ ※ ※ ※
数日後、父上と母上は再びアメリカに戻ってしまった。リオンと私(+シャル)の2人+1本の生活が再び始まる。
「孫の顔を早く見せてくれ、か」
リオンはゲンナリした顔で呟く。私の両親が飛行機に乗る直前に言い残した言葉がこれだ。交際を反対されるよりはよかったけれど、こんな風に期待されるのも嫌な感じだ。
「ま、その問題はまたいつかということで」
私は苦笑いを浮かべながら、お茶を注いだ。リオンはため息をついて、微笑む。
「そうだな」
子供の前に、まずはセックスだろう。と考えながらチラリとリオンを見た。リオンは今何を思っているのかな。でも、いつかきっと、見せてあげたいな。孫の顔。
執筆:04年10月30日
修正:11年3月31日