もうすぐ1限目が始まるというのに、全く帰ってくる気配の無いリオン君を捜しに学校中を走る。
 学校の案内もまだだということを忘れていた私は自分でもバカだと思う。きっとリオン君は学校で迷子になって寂しい思いしてるんだろうな……って彼はそういう可愛らしい人種じゃねぇや。
 結局どこにも見当たらなくて、屋上のドアの前に差し掛かる。いるわけはないと思うけれど、でも、どこにもいないし。もしかしたら入れ違いになったのかなぁと思い、屋上のドアから離れようとしたときだった。
 微かに誰かの会話が聞こえる。リオン君の声が聞こえた。どうやら、屋上にいたみたい。
 それにしても、屋上で何やってんだ。まさか初日から授業サボる気なのだろうか。ていうか、リオン君は誰と話してるんだろう。ここからじゃ、よく見えないし、よく聞こえない。
 時間も無いし、とっととリオン君を教室に連れ戻さなきゃ。

「リオン君! お前初日から授業サボる気――」

 私がドアを開けた瞬間だった。

「マリアン……君は今どうしているんだい?」

 ドアを開けたらいきなり聞こえたリオン君の声。
 マリアンて誰?
 そんなことを考えていると、リオン君がこちらを見て、私に気づいた。

か」

「えっと、マリアンさん?」

「!!」

 リオン君は私の言葉を聞いて、私を睨みつけてきた。
 一体マリアンって誰なんだろう。名前からして、女の人だよね。

「リオン君、マリアンって誰? もしかして恋人? ていうか、今誰と話してたの? 一人じゃなかったよね?」

「……!」

 私が訊ねるとリオン君は下を向いてしまった。ああ、やっぱり恋人なんだ。だよね、だってリオン君はこんなにも美少年なんだもの。世の女性が彼を放っておくわけがない。
 とりあえず授業が終わったら問い詰めよう。とにかく今は1秒でも早く教室に戻らなきゃ。

「まぁ、そんなことはあとでいいよ。リオン君、早く教室に戻らなきゃ。じゃないと1限目は古典だから廊下に立たされて水6リットル入のバケツを持たされるよ!」

 あの古典の先生、時間にうるさいからなぁ。
 そう思いながら、リオン君の手首を掴んで教室に連れて行こうとした。
 うん、もしも遅れたらリオン君のせいにしちゃえ。リオン君がお手洗いに行ったんですけどなかなか帰ってこなくて心配になって捜しにいったんですけどなかなか見つからなくて遅れましたって。よーしよーし、それでいこう。
 でも、きっと6リットルのバケツは免れないだろうな。あれ、重そうだよねぇ。あんなのを一時間も持ってろなんて無理よ。
 私が言い訳を考えていると、リオン君がいきなり私を引っ張った。

「待て!」

 ガンッ!!
 そして校舎の壁に顔面激突。

「痛ッ! いきなり何!?」

 今日は殴られたり、ぶつけられたりと暴力が絶えないな。神様、私はいつからいじめられっこになったんですか?!私が何をしたって言うんですか!

「お前…僕が誰かと話していると言ったな」

 焦ったように私に尋ねるリオン君。何をそんなに焦っているかはわからないけれど、今はとにかく授業なんだ!

「言ったかもしれない!そんなことよりも早く授業に行かなきゃ!」

 その時だった。チャイムが鳴ったのは。その音を聴いた瞬間、血の気が引いていくように感じた。
 間に合わなかった。ああ、これで6リットルのバケツの刑だな。そう思ったらリオン君がとても憎らしく思えた。

「もう! リオン君のせいだからね!?」

「僕のせいだと?」

 もう、仕方が無いので授業をサボろう。

「ええ。私が教室を出たのはリオン君のこと捜しに来たからだから、リオン君のせい。こうなったらリオン君とマリアンさんとやらの関係を教えてくれるまで許さない」

 マリアンさんの名前を出した途端、リオン君は固まった。
 ははん、やっぱり恋人だったんだなって思う。

「昨日の夜、寝言で言ってたのって、『マリリン』じゃなくて『マリアン』だったんだね。マリアンさんって誰? お姉さん? お母さん? やっぱり恋人?リオン君は――」

「お前には関係ない」

 言葉が途中で遮られる。リオン君は明らかに怒っていた。一瞬、風が私たちの間を吹き抜ける。その風が妙に冷たくて、私の冷や汗がまるで氷のようだと錯覚する。だけど、私は怯まない。

「図星?」

「黙れ」

 突然リオン君が私の腕を強く掴み、私を壁に押し付けた。リオン君の目は真剣そのもので、何だか目が離せない。

「あの……離してよ」

「離して欲しいなら、マリアンのことはもう訊くな」

 私が身をよじるとリオン君はさらに掴む力を強めた。
 でも、それはマネージャーとして……っていうか好奇心旺盛な私には無理なのだ。世の中にはどうにもできないこととできることってもんがある。

「へー。それじゃあ、ずっとこのままでもいいや。でも、この体勢、疲れない?」

 どうせ授業をサボるのだから支障はない。だったら、根競べをしよう。そう思った。
 だけど、リオン君はそこまで甘くは無かった。突然、リオン君の綺麗な顔が近くなる。

「ぎゃあああ何!? 離して!」

 驚いた私はリオン君の頬に一発ビンタを食らわせた。
 ……ハッ!美少年の顔に傷が!!つか、私の手形が残ってるぅぅぅ!!!
 リオン君は驚いて目を見開いている。

「ご、ごめん……わ、私ってば」

 なんて事。綺麗な顔に手形をつけてしまった。ああ、でも不可抗力だよね。
 リオン君は自らの頬に手を当てると静かに口を開いた。

「恋人なんかじゃないんだ。そんな資格は、ない」

 悲しそうな、リオン君の表情。その表情に私はドキっとした。
 その瞬間、リオン君は片思いをしていたんだと気づいた。悪いことを訊いたと思う。だけど、「そんな資格」っていうの妙に引っかかった。

「――あのさ、恋愛に資格とかって、あるのかな?」

 私が呟くと、リオン君は私から手を離し、きょとんとした目で私を見つめた。

「――何?」

「だって、好きになっちゃうのはしょうがないじゃん。どんな人だって人を好きになるのは当たり前。だから、資格なんてないんじゃない?」

 私は必死に言葉を捜しながらリオン君を諭す。

「それに、マリアンさんはリオン君を拒むことなんてないと思うんだ。だって、リオン君はマリアンさんのことをこんなに想ってるんだもん。いつか、きっと気持ちが伝わってマリアンさんもリオン君のこと好きになってくれる」

「……まるでシャルと同じことを言うんだな」

「え?」

「いや、なんでもない」

「……リオン君?」

 リオン君は隠し持っていた剣、シャルティエを取り出し、微かに微笑んだ。
 わぁ、リオン君が笑った。ていうか学校にそんな物騒なもん持って来るなよ。そして、さっき、「シャルと同じことを言う」って言わなかったかな。剣が話すわけないのに、何言ってるんだろう。

「……どんな人間も、人を好きになるのは当たり前、か」

 リオン君は空を仰ぎ、その場に腰を下ろした。私もつられてその隣に腰を下ろす。

には好きなヤツがいるのか?」

 突然リオン君がそんなことを訊ねてきた。私は慌てたけれど、すぐに冷静になる。

「好きっていうか、大切な人ならいる」

「誰だ?」

「――リオン君だよ。私も、今はリオン君が一番大切な人。リオン君がうちに来てくれなかったらずっと寂しいままだったから」

「そうか」

 横を向けば、リオン君が満足そうに微笑んでいて。私はそのまま空を仰ぐ。
 空が青々としていてとても気持ちがよかった。ぽかぽかとしていて、とても眠くなってくる。あまりの気持ちよさについうとうととしてしまう。
 もう限界。上瞼さんと下瞼さんがこんにちは――。
 そして、いつのまにか私は眠ってしまった。

「……ありがとう、

『坊ちゃんも人が悪い。ちゃんと起きているときに言ってあげればよかったのに』

 ――眠っている私の横で、リオン君と誰かがそう呟いたのは夢だったのかもしれない。




執筆:03年3月8日
修正:16年5月05日