10:ライバル



「こんなの、ありえねぇだろ!」

「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ私は起きている夢を見てるんだ私は起きている夢を見てるんだ……」

 突如オレ達の目の前に現れた巨大なロボット。そのロボットは出てくるなり、オレ達に攻撃を仕掛けてきたのだ。
 攻撃を避けながら叫んだオレの後ろでがもう半分諦めたような表情でブツブツ呟いていた。正直怖い。

 ことの始まりは、このへんぴな小屋に来てからだった。
 大量のノーム達が地晶霊の炭坑に大穴を開けて、オレたちを地上に出してくれた後、オレたちはとりあずこのあたりに船がありそうな場所を探した。が、このあたりにはこの小屋以外の建物が見つからず、とりあえずこの小屋で情報を得る事にした。
 情報を得ようと、小屋の前まで来たのはよかった。しかし、小屋のドアを叩き、人がいないか確認したところ、返事が無かったのでオレ達は去ろうとした。そこに、オレ達の後ろから、しかも地面からこの巨大ロボットが出現したのである。
 そして今に至る。

「あれは機械でできている……メルディ! 水属性の晶術で攻めるんだ!」

「はいな!」

 キールの指示に従い、メルディは快く返事をした後即座に詠唱を始めた。オレはメルディの詠唱が途切れぬよう、巨大ロボットの気を反らせようと邁進する。

「こっちだ! このヘッポコ機械!」

 オレの思惑通り、巨大ロボットはオレ目掛けて攻撃を仕掛けてくる。オレは軽々とその攻撃を避けると、巨大ロボットが攻撃で伸ばした腕目掛けた。

「雷神剣!」

 巨大ロボットに剣を突き立て、雷を落とす。巨大ロボットは腕がショートしたらしく、プスプスと黒い煙があがる。その腕をだらりと提げながら今度はキールに向かって突進していく。キールはそれに気付き、退こうとしたが、足元がぐらつき、しりもちをついた。

「「キールッ!!!」」

 オレとファラが同時に叫ぶと同時に巨大ロボットの影にキールが消えていく。衝突音が聞こえた。そして、砂煙があたりを舞う。
 ――キール、直撃しちまったのか!?

「ゲッホ。ケホケホ……」

 煙の中から誰かの咳が聞こえた。オレが目を凝らしてそれを見る。煙で姿が良く見えないが、人影が浮かんだ。その人影はゆっくりとこちらに近づいてくると、どさっと音を立てて座り込んだ。
 オレはじれったくなって、砂煙を払いながら影に近寄る。するとだんだん、うっすらと姿が露になっていく。見慣れたあの服、あの髪型、あの表情。

「ゴフゥッ、砂が口に入った気持ち悪っ。お、リッド! 助けて! 重たいんだよ~!」

 地べたに座っているの後ろには気を失っているキールが。そうか、がキールを間一髪のところで助けたのか。
 オレは即座にキールを抱え、の体を開放した。するとが苦笑いを浮かべ「助かったぁ」と無邪気に笑い始めた。の笑顔を見てると、自然と微笑むことができる自分がいる。

、よくやったな!」

「えっ! やった、リッドに褒められた!」

 よほどオレに褒められたのが嬉しかったのか、はガッツポーズを作り、喜んだ。オレはキールを担ぎ上げ、安全な場所に寝かせた。その時、メルディの声が響いた。

「スプレッド! ワイトゥーンイム――ウンディーネ!!」

 詠唱を終え、スプレッドを唱えたあと、水の大晶霊ウンディーネまでを召喚するメルディ。するとウンディーネが現れ、オレたちの体力を回復し、巨大ロボットに一撃食らわす。そして、巨大ロボットは微動だにしなくなった。

「う……ん」

 ウンディーネの力で目を覚ますキール。オレはキールに手を貸し、立たせると同時に呟いた。

「お前、に助けてもらわなかったら今ごろぺちゃんこになって内臓も飛び出てたぜ」

 するとキールは顔を真っ青にした……と、すぐにを見て顔を赤くした。も、キールの視線を感じたのかキールに振り向き、微笑む。キールはさらに顔を真っ赤にさせた。

「よかった、目覚ましたんだね」

「ああ、あ、ありがとう、

 身長の都合もあって、キールを上目遣いで見つめる。上目遣いでに見つめられて顔を真っ赤にしながらそっぽ向くキール。

「キール、大丈夫か?」

 メルディがぱたぱたとこちらに向かって走ってくる。後ろからファラも駆けつけた。キールは簡潔に「ああ、大丈夫だ」と言うと、ちらりとを見た。
 この反応の違いにオレはむっとする。やっぱりキールはのことが好きなんだなと改めて感じた。オレだって、のことが好きだ。列車でキスしたのだって、キールに嫉妬してのことだった。
 オレは、がオレ以外のヤツに靡くのは嫌だ。にはオレがいればいいんだ。オレだけが――

「リッド、どうしたの? 難しい顔しちゃって」

 ファラがオレの顔を覗きこむ。オレは「なんでもねぇよ」と言うと、苦笑いを浮かべた。



※ ※ ※ ※ ※



「お見事です、みなさん」

 突然、小屋の方から声が聞こえた。その声の主を見るとそこには子供がぽつんと一人で立っていたからだ。その子供はパチパチと拍手をしながらこちらを見て微笑んでいる。

「坊主……お前何者だ?」

「ボクの名前はチャット。この小屋の主にしてあの伝説の大海賊アイフリードの子孫です。ちなみに、ボクの性別を考えると、坊主はふさわしい表現ではありませんね」

 チャットの笑顔が歪み、オレを鋭く睨み付けた。

「海賊の子孫ってことは……もしかしてチャットは船を持ってるの?」

「もちろんです。船に乗りたいんですか? えーっと……」

「私は。ここに船があるんならできれば乗せてもらいたいんだけれど、どうかな?」

 の言葉にチャットは「うーん」と唸ると、しばらくして口を開いた。

「いいですよ。しかし条件があります」

「条件?」

 オレ達は首を傾げた。

「はい、この船はアイフリードのものです。ですから、あなた方にはボクの子分となってもらいます」

「子分!?」

 当然、オレ達はチャットの出した条件に不満の声を上げた。こんな小さなガキの子分に、オレ達が? 冗談じゃねぇ。

「不満ですか?」

 チャットが不敵な笑みを浮かべながらオレ達の顔を順番に覗き見る。
 もちろん子分になるなんて納得いかねぇ。だけどこいつの言うとおりにしねぇと船には乗れねぇだろうし……。

「いいよ! 私、なるよ!」

 が嬉々として右手を上げる。な、何言ってるんだよ、は!

「要は海賊ごっこをするんでしょ? 楽しそうじゃん! それに、私達はこのまま足止め喰らってるわけにはいかないわけだし」

「あの……ごっこ、ではなく本物の海賊なのですが――」

 チャットがため息をつきながらを見る。しかしはニコニコと笑ったままだった。そんなに触発されて、オレは口の端を上げる。

「仕方ない。なってやるよ、子分に」

 オレも意を決しての意見に賛成した。するとキール、ファラ、メルディも同意する。

「まぁ、いいでしょう。それでは、みなさんをボクの子分として迎えます。ついてきてください!」

 チャットが嬉しそうに笑い、踵を返して小屋の中へと入っていく。

「はーい!」

 が返事をすると、チャットは立ち止まり、を睨んだ。

「……返事は「はい」ではなく「アイアイサー」です」

「古臭ぇな」

「伝統的、と言って下さい」

 チャットは鋭くオレを睨み、前へと進む。チャットの後に続き、オレ達も足を進めた。

「よかったな、クィッキー!」

「クィッキー!」

 メルディが自分の肩に乗っているクィッキーの頭をもふもふと撫でた。すると、クィッキーがメルディの肩から飛び降りて、前を歩いているチャットの肩に飛び乗る。

「ギャアアアアア!!! フサフサーーーー!!!!!」

 その瞬間、チャットが大声を上げて泣き出した。何事かと、オレたちはチャットに視線を向ける。

「いやあああああ!! 取って!! 取ってください! フサフサは大嫌いなんですぅーっ!」

 チャットの混乱っぷりを楽しみながら、オレたちは互いの顔を見合わせる。メルディに至っては困惑しているようだ。

「へー、チャットってフサフサしたのが嫌いなんだ?」

 そう言ってチャットの肩からクィッキーを離したのはだった。クィッキーは少し残念そうに「クィッキー……」と一鳴き。
 はクィッキーをメルディに預けると、「よしよし」と言ってチャットの頭を撫でた。

「まぁ、誰にだって苦手なものはあるもんね」

「……へ?」

 ぽかーんとしながらチャットがを凝視する。すると、チャットは目を潤ませてに飛びついて大声で泣き出してしまった。

「わーーーーんっ!!」

 の胸でしくしくと泣いているチャットが少し羨ましく思えた。そんなことを思っている自分に呆れて、オレは一人ため息をつく。そんなオレの横でキールもため息をついた。

「……おいおい、こんなのがキャプテンで大丈夫なのか?」

「……さぁな」



※ ※ ※ ※ ※



 アイフリードの船「バンエルティア号」に乗り込み、オレ達はチャットに船内を案内してもらった。そして、最後に操舵室に案内してもらう。

「とりあえず、この船は達の用が終わるまで自由に使っていいですよ」

 チャットはそう言うと、にっこりと微笑んだ。

「お! ありがとう、チャット!」

 がチャットに抱きつくと、チャットは「に喜んでもらえてボクも嬉しいです!」と言った。あーあー。あんなに仲良くなって。何にせよ、チャットが男じゃなくて本当によかった、と思う自分がいる。そしてキールが羨ましそうに二人のやり取りを見ているのは見なかったことにしよう。

「それじゃ、早速ペイルティに向かおっか!」

 ファラが「しゅっぱーつ!」と声を上げる。しかし、それだけでは船は動かなかった。顔を真っ赤に染めたファラが誰が舵をとるかと議題を出し、「ここは一番力のあるリッドがやるべきじゃない?」と提案した。
 ……何勝手な事言ってやがる。

「ほら、リッド! 頑張ろうよ! ねっ!」

 ファラがオレの腕を掴み、ウインクをする。
 何でオレがそんな面倒なことを――

「そういうのは、キャプテンがやればいいんじゃねぇの?」

「か弱い少女にやらせようって言うの?」

 ファラがぷぅっと頬を膨らませてオレを睨み付けた。オレはやれやれとため息をついて、舵を取る。どうやって操作するかなんてオレにはさっぱりだった。オレの隣で、ファラが「リッド、カッコイイ!」とはしゃいでいる。

「何やってんの? リッド」

 そう言って首を傾げたのはだった。

「何って……船を動かそうと――」
「やだなぁ。舵ひとつで船が動くわけないでしょー。エンジン動いてないし! 今チャットが機関室に行って難しそうな計器を操作してるから、そのうちエンジンが動くんじゃないかな」

 可笑しそうに笑う。オレは隣にいたファラを睨むと、ファラは居心地が悪そうにオレから目を逸らした。そうこうしているうちに、エンジンが動いて、船が動き出す。チャットが機関室から出てきて、オレにこう言った。

「あ、その舵はただの飾りですから。この船、行き先を入力すれば自動で向かってくれるんですよ!」

 誇らしげなチャットの言葉に、はヒーヒー言いながら大笑いしている。に大笑いされたオレはヘコんでいた。



執筆:03年9月13日
修正:17年1月29日