11:束の間の休息
ペイルティに着いたのはあれから約5時間後で、今はちょうど真昼間だ。だけど外はクソが付くほど寒い。チャットのヤツが船から出ない、と言った理由はこれだったのか。
「ふおぉぉお……さぶいよ~!!」
「オレが暖めてやろうか? 」
「それ、鼻水たらしながら言えるセリフ? リッド」
「寒い」と言うに、オレは冗談で両手を上げてを抱きしめようと構えた。しかし容赦なくファラの毒舌がオレに襲い掛かった。さらに、キールが追い討ちをかけた。
「まったくだ。それにそんな筋肉だらけの体でに触るなよ。の骨が折れるだろう」
「なんだと? キール。お前がなよなよしすぎなんだろ。これが普通なんだよ」
オレは凍りかけている鼻水を振り回し、キールを威嚇した。キールは怯えながらも対抗しようと必死だ。
「リッド、キール、喧嘩よくない!」
メルディがオレとキールの間に入り、喧嘩を止めるよう言う。
「そーだよ、メルディの言う通り。そんでもって、そんなことどうでもいいから早くどこかで温まろうよ。寒くて凍え死ぬって。私はそれまでの間お言葉に甘えさせてもらってリッドにしがみついてよっと」
はそう言ってオレに抱きついてきた。突然そういうことをされたので、オレの体温は徐々に上昇していった。
「ん? おぉ~、なんだこれ、リッドあったか~い。人肌人肌!」
さらに抱きつく力を強める。下を向けばすぐそこにの顔。オレの手はを抱きしめようか抱きしめまいかと迷いながら震えていた。
「リッド……の体に触れて厭らしい想像してないだろうな?」
キールの言葉に、オレははっと我に帰った。ファラもムスっとしながらオレのことを睨んでいる。
「あ、あたり前だろっ! バカなこと言うなよ!」
「ねぇ、本当にどうでもいいので早く温かい場所に行きませんか」
の辛辣な声に下を向くと、が真顔でオレを睨んでいた。唇が青くなっている。
「!?」
「うおおぉぉぅ、限界。 寒すぎて……死にそう……」
の様子に顔を真っ青にしたオレはを抱きかかえ、急いで宿に向かった。
宿に入った瞬間、外の寒さが一変して暖かくなる。ぐったりしているを抱きかかえているオレを見て、宿にいた人たちはオレたちを凝視した。
「可哀想にねぇ、こんな街にきたばかりに」
体が温まったのか、の顔色がだいぶよくなってくる。はオレに「ありがとう」と言うと、オレの腕から抜け出した。
「君達、外からきたのかい?」
突然、胸に何かの動物のバッジをした男が近づきオレたちに話し掛けてきた。
「ああ、そうだけど……」
「そうか。今この町は北の山に住む氷晶霊の影響で吹雪がやまないんだ。まったく日も出なくて、この町は氷結していく一方。町の者が原因を調べようとして北の山に向かったが、それっきり帰らないんだ」
ストーブがごうごうと音を立てている中、男はこの町の状況を教えてくれた。その話を聞いたファラがグッと拳を握るのをオレは見逃さなかった。ゴクリと唾を飲み込む。
「それは大変! ねぇ、私達でなんとかしなくちゃ!」
「……そうだな。晶霊が関わっているのなら無視するわけにもいかないな」
珍しく、ファラの意見に賛成するキールに、ファラがニッと笑う。メルディは「はいな!」と言ってクィッキーの頭をフサフサと撫でた。
を見ると、微笑んだまま黙っていたので、賛成なのだろう。面倒だとは思ったものの、オレも断る理由がないので否定はしなかった。
「私たちが原因を探ってきます!」
ファラが男にそう言うと、男は吃驚した顔でオレたちを見た。
「北の山に行くのかい? だったら防寒具とか必要だろう。代金はオレが出しておく。あとで登山道具屋に行ってくれ」
男はそう言って宿屋から出て行ってしまった。残されたオレたちは顔を見合わせる。
「……どうする?」
キールが問い掛けた。するとファラが握り拳を作り、先程男が出て行ったドアを見つめた。
「そりゃ、行くしかないでしょ。折角あの人が代金払ってくれるって言ってたんだもん。厚意を踏みにじるようなことは絶対にしたくないもん。 さっ! 早く登山道具屋に行こうよ! 善は急げってね!」
イケるイケる! とファラがオレの腕を引っ張った。
「お…おい、引っ張るなよ」
うんざりしながら、ファラに引っ張られてくオレだった。
※ ※ ※ ※ ※
「ああ、あなた達ですね、北の山に向かうという方達は! ガストンさんからお代は頂いております。どうぞごゆっくりお選びください」
防寒服店に入ったオレ達は、レジの前に立っていた店員に声を掛けられた。辺りを見回すと、店内にはオレたちと店員しかいない。
「ガストンさん……? ああ、あの親切な人!」
突然ガストンという知らない名前を出されたが、代金を支払ってくれてあると聞いて納得した。
「あとでガストンさんに会ったらお礼言っとかなきゃね! それじゃあ、ガストンさんに感謝しつつ服を選ぼうか?」
ファラが嬉々としながら仕切る。オレ達はそのファラの声を合図に、服を選び始めた。オレはそこらへんにあったオレに合いそうなのを適当に選ぶと、試着室にって着替えを済ませる。
水色の帽子と黄色と緑がマッチしたジャンパーだ。
ちょうども決めたのか、明るめの赤いマフラー、紺の長めのコートに毛皮のフードがついた可愛らしい格好をして隣の試着室から出てきた。
「あ、リッド。似合ってるね」
「だって似合ってるぜ」
はにっこりと微笑むと、全身が映る鏡を見て、くるりと一回転してみせた。「何を隠そう私は着こなしの名人!」と誇らしげに笑う。
あまりにも可愛くて、照れくささを隠すように見なかったことにして、なかなか試着室から出てこないファラやキール達に早く決めるように急かした。
しかし、ファラとキールは項垂れると、口々に言った。
「僕は寒さに弱いんだ。だからといってごわごわして動きづらい服でも戦闘時に困る。こういった数々の難点も克服できる服を探すのには時間がかかるんだ」
「私、暖かくて可愛くておしゃれで動きやすい服探してるんだけど、これだ! っていうのがなかなかないんだもん。あーもう! リッド! 決まるまで話し掛けないでね!」
キールとファラが苦戦している中、メルディが試着室から出てきたが、ファラの手伝いを始めた。服も決まり、残されたオレとはぽつんと突っ立っていた。
「リッド。皆が決まるまで私たちだけでちょっと遊びに行こうよ?」
は悪戯っぽく笑ってそう言うと、オレの腕を掴んで外を指差した。ひょっとして、これはデートのお誘いってやつなんだろうか? とりあえずオレはに引っ張られながら外に出ると、突然がオレ突き飛ばした。
「いって!」
防寒着のおかげで先程までのような寒さはない。雪の上に転がったオレは、後ろで笑うを睨んだ。相変わらず笑っているに、お返しせんとばかりに雪球を作って投げつけた。すると雪球は見事にの顔面にクリーンヒット。一瞬の笑い声が止まった。
「わぷっ! ……やったな! コンチクショー!!」
再び笑いながら雪球を作って即座に雪球を投げつけてくる。オレはひょい、と軽やかにその雪球から避けると、が「あ!」と叫んだ。
「リッド、ずるい! 何で避けるの!?」
「自分からぶつかっていくバカがどこにいるんだよ。悔しかったら当ててみろよ」
「はー! 言ったね! 絶対当ててみせる!!」
ムキになるに笑いながら、オレも雪球を作る。しかし――
「レム! ノーム! 出てきて! そしてリッドを再起不能にしちゃえ!」
クレーメルケイジを取り出し、大晶霊を呼び出す。再起不能って何だ!?
怯える間もなく、出てきて早々オレを睨みつけるレム。
「わらわの可愛いの命令とあらば。容赦はせぬぞ! 筋肉男!」
レムは言葉の凶器をオレに突き刺すと、即座に手をかざし、晶霊術を放つ体勢をとった。
ちょっと待て! 既に雪合戦の領域飛び越えて殺し合いになってるじゃねぇか!?
「うわーーー! 待ってレム! 違うよ!! 雪合戦だよ!ホントに殺したらだめだよ! 雪球を作ってリッドに当てるの!」
それでもレムは殺る気満々で、目を輝かせながら雪球を大量に作り始めた。どさくさに紛れて雪球の中に石を入れていたのはオレの気のせいであってほしい。
一方ノームとは楽しそうに雪球をせっせと作っていた。オレも殺られぬよう、必死に雪球を作り始めた。
「よっしゃ、先手必勝ってな! くたばれ!」
が雪球を投げてきた。ふ、不意打ちだ!!オレは作っていた雪球を投げ捨て、避けた。しかし、雪球が足に当たってしまった。
「ちぇ、足だったよ。 こうなったら……レム!」
するとレムがとてつもない形相でオレを睨み、オレに向かって雪球を投げつけた。オレはそこから身を引く――と同時に、突然ドアが開き、ドアに当たって転んだ。
しかし、レムの投げた雪球(石入り)がドアを開けた主の顔面に激突。ドアを開けたのはキールだった。キールの顔面は雪まみれになり、額にはコブができた。
「……うぅ……」
キールが顔面を抑えながらその場に倒れてしまった。
「ひぃぃぃ! キール!!!」
とオレはキール駆け寄る。キールは目を回しながら気を失っていた。キールを気絶させた張本人はすでにクレーメルケイジの中に戻ってしまっている。
「……キールが回復するまで、宿で休まなきゃな」
眉間に皺を寄せるオレと困った顔をしているはお互いの顔を見合わせて苦笑する。
「ちょっとー、リッド達。何してるの? 出発するよー――ってキール!?」
そして、店から出てきたファラが悲鳴を上げる。事情を説明すると、オレとはこってりとファラにお説教を食らった。
執筆:03年9月13日
修正:17年1月29日