9:気まずい二人
ちょっとしたアクシデントがあったものの、私達は無事にルイシカの町に着く事ができた。町というより――廃墟だ。魔物か何かに襲われたのだろうか。ともあれ、こんなところに本当に人が住んでいるのか、ガレノスさんがいるのか疑わしい。
それでもなお、私達は町の奥へと進んでいき、大きな屋敷の跡の前に立つ。他の家屋に比べて形がきちんと残っているにしても所々焦げ跡や崩れが目立っている。
天井が突然落ちてきたりしないかとビクつきながら屋敷の中に入る。メルディだけは気にしない様子で先頭を歩いていた。
「メルディ、こんなところに本当に人が住んでるの?」
初めに口を開いたのはファラだった。ファラは屋敷内をある程度見回し眉間に皺を寄せる。するとメルディは迷わずに数あるドアの一つの前に立ち、取っ手を掴みながら頷いた。
「はいな! ガレノス、この部屋が奥でバリルが倒し方研究してるな!」
メルディはスっとドアを開け、躊躇いもなく部屋へと入っていく。続いて私たちも部屋に入ったところでようやく人影を見つけた。
「ガレノス!」
「おぉ、メルディ、無事じゃったか」
メルディが今抱きついている老人その人こそガレノスだ。
――この人、確かエターニアを始めて一番最初のムービーでメルディが何かの乗り物に乗る時一緒にいたおじいさんだ。そうか、メルディはこの人に会いに戻ってきたんだ。
ガレノスが私達の存在に気付き、微笑みながら軽く会釈をする。
「これは、これは、インフェリアンの方々じゃな」
「はいな! えっとな、リッドとキールとファラとな! みんな、この人が、ガレノスな!」
メルディが私達の間に入り、簡単に紹介を済ませた。そして、メルディは私とリッドの片腕を引き寄せてぎゅっと抱きしめる。すると、私達の体から光が溢れた。
「これは、フィブリルか……?!」
ガレノスは目を見開き、私とリッドをじっと見つめる。私とリッドは顔を見合わせた後、同時に頷いた。
「ああ、なんだかわからねぇけど、オレとはメルディに抱き付かれるとこうなるんだ」
「そうか……。すまんがちぃとばかりお主らの体を調べさせてほしいのじゃが、よいかの?」
ガレノスがそう言うと、リッドは少し青ざめた顔をした。
「それって、痛いのか?」
「いいや、血を採らせてもらったりするだけじゃよ。痛いことは何も無い。その間、メルディ達は体を休めておきなさい」
ガレノスがそう言ったので、メルディはファラ達を連れて、部屋を出て行く。キールは部屋に残ったままじっと私を見つめている。
「キール? どうしたの?」
私が訊ねると、突然キールが私の頭の上に手を乗せてきた。
「これでが人間なのかそうじゃないのかわかるな。人間じゃなかったとしても、僕たちは今まで通りだから、心配しなくてもいいからな」
「まって、キールは今まで私の事人間じゃないと思ってたの?」
「突然光の中から現れて、その上レムを使役しているんだから少なくとも普通の人間ではないじゃないか!」
「普通の人間だし!!」
――まったく失礼な。
キールを部屋から追い出し、私は腕を組みながら頬を膨らませた。
「今のは、彼なりの冗談じゃろう。おぬしはここへ来てからずっと不安そうな顔をしておった。じゃが、今は少し余裕のある表情になっておる」
と、ガレノスさんが笑った。
私、不安そうだったの? ……そう、かもしれない。
フィブリルが何なのかわからないし、リッドとはあれから何となく気まずいから話せていないし。キールはそんな私を気遣ってくれたのか。あとでお礼を言わなきゃ。
「――――」
リッドが膨れっ面で私を見ている事に気づく。
「な、何……?」
「いや、別に」
ぶっきらぼうに言いながら、リッドは私に背を向けた。気まずくて避けてること、怒ってるのかな。謝らなきゃ――
「それじゃあ、調べさせてもらう事にしようかの」
タイミングの悪いところで、ガレノスさんが採血を始めてくれた。
※ ※ ※ ※ ※
今日はルイシカに泊まっていくことになり、採血の後やることのなくなった私は屋上でぼーっとしていた。考え事をするには野外がもってこいの場所だと思う。
――考えることは、リッドの事。
とにもかくにも、今のままじゃいけない。リッドと話をしなきゃならない。だけど、怖い。リッドに会って、何て言えばいい?
そもそもリッドは、何であんなに怒ったんだろう。私がキールの頬にキスしてから怒ったってことは……やっぱりそういうことなのかな? でも、リッドにはファラが好きなんじゃないの? だって二人は主人公とヒロインなわけで、熟年夫婦なんじゃないかって思う事さえある。それに比べて私とリッドはまだ出会ったばっかりだし、ありえないでしょ。そもそも私を好きになる要素が見当たらない。でも、そうなると何で怒ったし。意味がわからない。もしやリッドは女好きなのかな?
考えれば考えるほど複雑になっていって、答えが見つからない。私の中で勝手にリッドのイメージも崩れていってしまう。あーあ、ホントに何でこの世界に来ちゃったんだよ。今からでもデスティニーの世界に行きたい。リオンに――
「……会いたいなぁ」
そう、目を閉じれば思い出す、黒い髪の――
「ようやく見つけた」
リオンの顔を思い浮かべようとした瞬間、突然声をかけられてハッとする。振り向けば、そこにはリッドが怒った顔で立っていた。
なんとなく怒っているような気がして、私はそれが怖くて再びリッドに背を向けた。
「……えっと、何か用かな?」
問いかけたと同時に、後ろから抱きしめられる。
「ゴメン」
耳元でそう呟かれて、その一言を聞いただけで涙が出そうになった。抱きしめられて動揺して、怒ってるかと思えば優しくされて、涙腺がおかしくなってしまったみたい。
こ、堪えるんだ私! ここで泣いたら負けだよ!
「な、何を突然」
「ごめん。本当はあの時のキスは……わざとだった」
あの時っていうのは晶霊鉄道でのことだ。いや、でも、わざとって……え? それじゃまるで、そういうこと? いや、落ち着こう私。自意識過剰はダメだ。今ここでリッドに「お前私のこと好きだろ」って言って「違う」って言われたら恥ずかしさのあまり死ねるわ。
私は一番訊きたかった言葉を飲み込み、リッドの腕にそっと手を添える。すると、リッドは私を抱きしめる力を少し強めた。
「あの時、何で怒ってたの? 考えたんだけど、私がキールのほっぺにキスしてからだよね? もしかして、リッドが私にキスしたのもそれが関係したりする?」
自惚れかも知れない。だけど、それしか理由が思いつかない。リッドは小さく笑い出すと、私から離れた。ようやく見る事の出来たリッドの顔は少し顔が赤いけれどいつもの優しいリッドの顔だった。
「オレ、キールに嫉妬しちまってた。オレに一番懐いてたと思ってたが頬とはいえキールにキスしちまうからさ。オレだってしてもらったことないのによ」
そう言ってニカっと歯を見せて笑う。
……それは、リッドは私の事を少なからず良く思ってくれているということ、でいいんだよね。嫉妬してくれるくらいに。それが何だか可愛いと思えて、私は思わずにやけてしまった。
きっと、リッドにとって私は妹みたいな感じなのかもしれない。そしたら、なんとなく納得できる。
「意外とリッドは独占欲が強いんだねぇ」
「食欲ほどじゃねぇ――」
リッドが言い終わらないうちに、私はリッドの頬にそっと口付けた。所謂、不意打ちってやつだ。
「よ……」
すると、リッドは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あははは! リッドの顔、真っ赤!!」
リッドの真っ赤な顔をからかって大笑いする私を見て、リッドが頬を膨らます。
「こ、このキス魔!!」
「はぁ? それはリッドでしょ、何言ってんの? きっと他の女の子にもしてるんだよねー?」
楽しくなってきちゃって、私はなおもリッドをからかい続ける。すると、リッドはそのまま私を抱きしめた。
「ばーか。オレのファーストキスの相手はお前だよ」
「そ、そう、なんだ……」
何故か嬉しいと感じてしまう自分に戸惑ってしまう。
ちなみに私のファーストキスはレムに奪われました、だなんて口が裂けても言えなくて。クレーメルケイジの中でレムが勝ち誇ったように笑っている画が容易に浮かんだ。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝、ガレノスさんを加えてグランドフォールのこと、これからのことを話し合った。
グランドフォールはセレスティアの領主、バリルが引き起こしているのだそうだ。バリルって、たしか光の橋を渡ってインフェリアからセレスティアに来た人だったはず。どうしてその人がそんな大変なことをするのかはわからない。
でも、そのバリルって人を止めなきゃ、エターニアを救えない。
「で、どこに行くんだよ」
リッドの問いかけに答えたのはガレノスさんだった。ガレノスさんはリッドにセレスティアの地図を手渡す。
「まずは革命軍に協力してもらうといい。革命軍は人の集まる港町、ペイルティにいるじゃろう」
キールとファラが地図を覗き込む。二人は難しい顔をして地図を睨んでいた。
「……読めない」
地図はメルニクス語で書かれていたので、メルディが地図に書いてある地名を声に出して読み上げてくれた。キールが地図を睨めっこをし、腕を組む。
「ペイルティに向かう前に、まずはここから一番近い地晶霊の炭坑へ行こう。晶霊と契約しておくことに越したことはない」
※ ※ ※ ※ ※
キールの言うとおり、地晶霊の炭坑に向かった私たちは、イライラしていた。炭鉱は地崩れ、が酷く、まるで迷路だ。なかなか出口が見つからなくて、皆焦っている。
「本当にこっちでいいのかよキール!」
「僕が知るもんか! セレスティアの地図には炭鉱内まで載ってないんだぞ!」
「落ち着いてよ二人とも!!」
リッドとキールの言い合いに、ファラが仲裁に入る。メルディは疲れているのかぐったりしていた。ちなみに私もすでにぐったりしていて、メルディと二人で手を繋ぎながら歩いている。ただただ休みを欲していて、思考もうまく回らない。
「……ここを延々と彷徨ってのたれ死んだらシャレになんないよね」
と、私がネガティブ発言をしてしまと、みんなが黙り込んでしまった。
私、何みんなのテンション下がるようなこと言ってんだろう。最高にバカだ。
「――ゴメン、頭冷やしてくる」
「お、おい! どこに行くんだ!?」
キールの制止を聞かず、私はフラフラと皆の進行方向とは別の道へと歩き出す。すると、何かにつまずき、私は派手に転んだ。
「痛い……もう無理! 歩けないーーー!!」
「あ~、人間ら~」
喚く私の下から聞き覚えの無い声がした。恐る恐る下を見ると、何とも愛くるしい生物が。
なんだこの鼻のデカくてめっちゃ可愛い生物は!!
疲れが一気に吹き飛んだ気がした私は体を起こし、その愛くるしい生物を抱き上げ、ぎゅと抱きしめた。
「か、か~わ~い~ッ! 何この子! ねぇ、お母さん、この子うちで飼っていいよね?」
「誰がお母さんだ。これは……ノーム、だな」
駆けつけたキールが苦笑しながらそう言った。へぇ、この子、ノームっていうんだ。
「にょー、苦しいよぉ~」
「あ、ごめんごめん」
腕の中にいるノームがじたばたと暴れだしたので、そっと解放した。その瞬間、奥からわらわらとノーム達がわいてでてきた。
「なんだなんだ~?」
「うわぁ~、人間だぁ~」
「人間だぁ~」
ノーム達はなにやら楽しそうに私達を囲み始めた。
「お、おい、何なんだこいつら! 身動き取れねぇ!」
リッドがノーム達に囲まれている姿がすごく微笑ましい。ノーム達と戯れている皆を眺めていると、先程ノーム達が来た道とは別の道から何かが聞こえてきた。
「――――」
小さな悲鳴、だったような気がする。リッド達は他のノーム達に囲まれていて気付いていない。咄嗟に私は悲鳴のした方へと走った。
すると、小さなノームが魔物に襲われていた。私は杖で魔物を物理的に攻撃し、激闘の末勝利した。しかし、モンスターは断末魔の叫びを轟かせながら、最後の力をふりしぼり、私の腕にその鋭い爪を立てた。
「――痛いってーのっ!」
私は足でそのモンスターを蹴り飛ばした。魔物が完全に絶命したのを確認し、小さなノームに話しかける。
「大丈夫だった? 怪我は無い?」
「助けてくれてありがとう~。でも~……」
小さなノームは私の腕に目をやる。私は「平気!」と言うと、小さなノームを抱き上げて皆のところへと戻った。ファラかメルディに治癒功かファーストエイドかけて貰おう。
「!? どこに行ってたの――って、どうしたのその腕!」
ファラが私の腕を見るなり、驚愕の声を上げた。するとリッド達も私の腕を見て、目を丸くした。
「悲鳴が聞こえて、何だろーって思ったらこの子が襲われてて、一戦交えてきたら情けないことに」
苦笑すると、ファラが「もう!」と頬を膨らませながら治癒功をかけてくれる。傷が塞がっていって、痛みもなくなった。
「バカッ! なんでオレに声をかけないで一人で行ったんだよ!」
リッドが怒っている。
そりゃあ、心配かけちゃったのは私が悪い。でも、私だって、もう一人である程度の魔物くらい倒せるよ。いざとなればレムだっている。
「私だって――」
「リッド。ちょっと過保護すぎるんじゃないのか?」
キールが私の心情を察したのか抗議してくれた。しかしリッドは怒りを鎮めることなくキールに怒鳴る。
「何が過保護だよ! 実際怪我したんだぞ! は、オレが守るんだ!」
リッドが声を荒げたことに、キールもファラもメルディも驚いて目を点にしちゃってる。私だってビックリだ。
確かに私は皆と比べて戦力にならないし、はっきり言って弱い。だけど、私はリッドに守られなきゃいけない存在?
「何で、リッドはそこまで私を守ってくれようとするの……?」
私は小さなノームを抱えながらリッドに問いかける。リッドは苦虫を噛み潰したように「怒鳴っちまって悪かった」と答えるだけだった。
「チビちゃ~~~ん」
重たい空気を吹き飛ばすように、異様にでかいノームがこちらに向かって走ってきた。
「お、大きい!」
驚いたファラが一歩後ろに引いた。
チビちゃんとは、もしかしてこの子のことだろうか?
「おとうさ~ん」
私は大きなノームに、抱いていた「チビちゃん」と呼ばれた小さいノームを手渡した。
「魔物に襲われたんだって~? 大丈夫だった~? 怪我はない~?」
「うん~、この人間が助けてくれた~」
チビちゃんを頬擦りするでかいノームは私を見て目を瞬かせる。
「このノーム、もしかして地の大晶霊か!?」
キールが声を上げると、大きなノームは「そうだよ~ん」と言って手をばたばたと上下に動かす。
「あのな、メルディ達に協力してほしいよ! クレーメルケイジ入ってほしいよ!」
メルディがノームにそう言うと、ノームはう~んと考え始め、しばらくしてノームはいいよ~ん、と返事をしてくれた。
「その人間、僕のチビちゃんと助けてくれたから、協力するよ~ん!」
ノームは私を見て微笑むと、私のクレーメルケイジの中へと入っていった。その様子を見て、キールは微かに笑う。
「今回は、のおかげだな」
「お疲れ様! !」
ファラも満面の笑みで私の肩を叩いた。
リッドは一人、むすっとしていた。
「あの、リッド。ありがとう。守るって言ってくれて、嬉しかったよ! だけど、私もちゃんと戦えるんだから、少しは認めてほしいな」
私がリッドに微笑みかけると、リッドは照れくさそうに「ああ」と呟いた。
執筆:03年9月13日
修正:17年1月21日