12:結ばれている絆
暗闇の中で私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
『』
――またこの夢かぁ。
『』
何回も呼ばなくても聞こえてるよ。何であなたは私に話しかけてくるの?
『我に力を――』
私が何の力を持っているって言うのよ!
『我の傍に――』
お断りだ。
『我と来るのだ』
その瞬間、手が伸びてくるのを感じた。しかし、私は必死に腕を動かしてその手を払いのける。
わ、私はリッド達と旅してこの世界を救うって決めてんだから。バリルを倒して、グランドフォールを食い止める!あなたが何者かは知らないけど、私は絶対にそっちにいかない。
『我は諦めぬ。我はエターニアを滅ぼし、闇の極光術を完成させ、再びバテンカイトスを復活させる。そのためには、お前の力が必要。我の邪魔など決してさせぬ』
エターニアを滅ぼす……? まさか、あなたはバリルなの……?
そう思った瞬間、私は黒い霧に包まれる。
「うわああああっ!」
黒い霧に包まれたと思っていたけれど、やっぱり夢だった。なんつー夢だ。それに、夢にしては感触もしっかりしていた気がしたし、やけにリアルすぎではないだろうか? 今のは本当に夢? 私たちの敵であるバリルが何で私の夢の中に出てくるの?
ふと、窓の外を見れば真っ暗で。セレスティアは昼間も暗いけれど、夜になるとそれよりも暗くなる。これはセレスティアに光の晶霊がいないからだとキールが言っていた。光の大晶霊ならここにいるんだけどね。
「くっそー、目も頭も冴えた!」
まだ夜中だけど、どうしても眠れなくて。私はそのまま朝までベッドの中でぼんやりしていた。
※ ※ ※ ※ ※
氷晶霊の山は、町よりも寒かった。だけど、防寒服のおかげでなんとか大丈夫だ。寒さは大丈夫なんだけれど、眠い。夜中に目が覚めてしまってどこかに吹き飛んでしまった眠気が、今になってやってくる。恨めしや眠気……。
それに加えて、寒いところにいると眠くなるものだ。雪山なんかで凍死する人は眠くなるっていうし、私も死ぬのかなぁ。
――ああ、もうダメだ。
そう思った瞬間、一瞬目の前が真っ暗になって私の体は前へと倒れこんだ。
「!」
目を開くと目の前にはリッドの顔。私はリッドに抱きしめられていた。リッドが私の顔を覗き込んでいる。
「うぅ、リッド……」
「大丈夫か? 町に戻った方がいいんじゃねぇか?」
リッドが心配そうに私を見つめる。しかし、このまま一人で帰りたくはない。それに、町に帰って一人で寝て……あの夢を見るのが怖い。
「いや。心配かけてごめん。ちょっと寝不足なだけ。もう大丈夫だから」
私はリッドにお礼を言って立ち上がった。あの夢のことは、皆に言った方がいいのだろうか? だけど、どうせ夢なのだから、わざわざ言う必要はないかもしれない。
何か知っているかもしれないレムに訊きたいけれど、また「今はまだ教えられるときではない」とか言われるのがオチだろうし。
何でこんな夢のことでこんなに悩まなきゃならないの!
私は頭をぐしゃぐしゃと掻くと、メルディが心配そうに私を見つめた。
「、どこか痛いのか? メルディ、ヒールするか?」
「あ、ううん、大丈夫。ありがとね」
私はメルディに微笑みかけた後、リッドたちに向き直って拳を握った。すると今度はキールが心配そうに私を見つめる。
「本当に休んでなくて大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫だって。それに、早いところ氷の大晶霊見つけないと町が危ないし」
「無理はすんなよ」
「わかってる」
皆、私のことを心配してくれてるんだ。これ以上、皆に迷惑かけられない。自分の身は自分で守るんだ。
「よっしゃああ! やってやる!!」
バチン! と自分の両頬を叩いて気合を入れる。リッド達は目を丸くしながら私を凝視した。
「お……男らしいな、」
キールが苦笑交じりに呟いた。
※ ※ ※ ※
吹雪の中の登山は思っていたよりもはるかに厳しい。視界も悪いし足場も悪い。最悪。だけど、諦めちゃダメなんだ。町の人が待ってる。
「平気か、」
「だから平気だって。ありがとね、リッド」
先程私が倒れてから何回目か。リッドがまた私に訊ねてきた。私は寒さで強張った顔で一生懸命笑顔を作った。
「うわあああ!!」
突然下の方からキールの悲鳴が上がる。
ひゃああああ! キールが崖から落ちかけてる!
「キール!!」
すかさずメルディがキールの腕を掴んだ。しかし、小柄なメルディの力ではキールを引っ張ることができずにメルディも落ちそうになってしまった。
「うわああ! キール! メルディ!!」
私は慌ててメルディの腕を掴む。しかし、二人分の体重にはやはり勝てず、案の定私まで落ちかけた。そこへ、リッドが私の腕を掴んだがやはりリッドも結果的に落ちてしまった。まさに、大きな蕪状態で落ちていく私たち。
さらには「え!? おいていかないでよ!」とファラが自ら落ちてきたからどうしようも無い。そうして私たちは谷へと落ちていった。
もうダメなのか……そう思った時、キールが詠唱し始めた。
「ワイトゥーン イム シルフ!!」
キールの声に応えて、シルフがクレーメルケイジから姿を現した。
「んー? 何の用? 僕、今眠いんだケドって――どこいくんだよ!!」
シルフはやっと今の状況を理解したようで「あ!」という顔をし、目をこすっていた手を上にあげ、詠唱した。
「サイクロン!」
晶霊術(しかも高等なものときた)が私たちを包み込み、多少の痛みを感じさせながらゆっくりと地に下りていった。痛いけど。痛いけど、あのまま落ちてぺしゃんこになるよりかはマシだ。
「ありがとう、シルフ」
「まぁ、いいけどね。あと、セルシウスのこと……よろしくね」
シルフはそう言ってキールのクレーメルケイジの中へ入っていった。シルフが収まったのを確認したキールは私たちに向き直り、俯いた。
「すまない、僕のせいで」
「大丈夫、仕方ないって。視界も足場も悪かったんだし。キールのせいじゃない。少なくとも私はそう思う。多分皆もそう思ってると思うけど」
「……」
「まぁ、ここはとりあえず何があるかわからないから回復しておきましょ」
ファラの提案でダメージを受けた分、アップルグミで回復する私たち。正直、体の傷より、心の傷の方が痛むわ。またこの高さを上らねばならないという試練があるのだから。キールにああ言ってしまった手前、口には出さないけど。
私は上を見上げてため息をついた。
「どうした? 、ため息なんかついて」
リッドが不思議そうに私を見ていた。
「ほんとに高い山だなぁオイって思って」
「皆、あれを見て!」
突然ファラが声を上げ、指差す。ファラが示したところに、人影があった。あれは……女の子? いや、大晶霊だ!
「氷の大晶霊のセルシウス!」
メルディがそう言うと、キールのクレーメルケイジが光だし、今度はイフリートが出てきた。
「セルシウス!!」
イフリートはセルシウスと呼ばれた大晶霊に近づくと、セルシウスに触れようとした。しかし、それは叶わずセルシウスはイフリートを跳ね除けると、こちらにに向かって突っ込んできた。
――戦闘開始だ!
まず、セルシウスはリッド目掛けて獅子戦吼を放った。リッドは即座に剣を抜き、防御した。私は術で援護しようと詠唱を始めた。メルディも術で援護する気だ。すでに詠唱を始めている。
ファラもリッドの回復で治癒功を唱えていた。その隙を突かれて、セルシウスがファラを狙い、攻撃を仕掛ける。
「ファラーーーーー!!」
リッドがファラを抱き上げて、セルシウスの攻撃を避ける。
「リッド……!」
ファラがはにかんだ。その瞬間、セルシウスが二人の真上に飛び上がる。リッドは「来るぞ!」と言って、ファラと背中合わせに真上に向かって剣と拳を向ける。
息の合った、二人の攻撃にセルシウスは倒れる。
――リッドとファラって、すごい。お互いを信頼しあってなきゃ、あんなことはできないよね。二人は本当に信頼しあってるんだなって感心してしまう。
ファラがアイメンのメルディの家で私に訊いてきたことを、ふと思い出す――
"ねぇ、。はリッドのことをどう思ってる?"
そして、ファラのあの時の表情が脳裏を過ぎった。ああ……やっぱりファラはリッドのことが好きなんだな。あの時の質問は、やっぱり私が恋のライバルかそうでないか判断するための質問だったんだ。
それを確信したとき、私は鈍器で頭を殴られたかのようにショックを受けた。体が麻痺してしまう。ああ、こんな時に自覚してしまうなんて。
――なんで、私はリッドのことを好きになってしまったのだろう。
執筆:03年9月13日
修正:17年1月29日>