13:罪悪感
「!」
キールの叫び声に、はっと我に返る。私のすぐ目の前に、いつのまに立ち上がったのか、セルシウスが構えていた。
――やられる!!
そう覚悟しながらもなんとか攻撃を避けようとした。しかし、体が動かなかった。私は目を閉じた。だけど、しばらくしても、何も無い。
……やられ、ない?
恐る恐ると、私はそっと目を開けた。すると、私の目の前には私を庇っているキール。
「嘘でしょ……キール!!」
背中から血飛沫を上げるキールが、私の前で倒れた。キールは、私を庇ったせいで大怪我を負ってしまった。セルシウスはニヤリと笑うと、今度は天に向かって手をかざした。
「フリーズランサー!」
セルシウスが高らかに叫ぶ。
「あああああっ!」
私とキールの体中に氷の刃が突き刺さる。大怪我をしているキールを抱きしめて、なるべくキールに当たらないように努めた。
「! キール!!」
リッドの声が聞こえる。リッドが私を庇おうとしてこちらに向かってくる。
ダメだよ。今こっちに来たら、リッドまでやられてしまう。
私は攻撃を受けながら精神を集中させ詠唱を続けた。セルシウスに向かってレイを唱えたあと、レムを呼び出す。
「レム!!」
レムが私のクレーメルケイジから出てきて、すぐさまシャイニングフレアを唱えた。それと同時にメルディも詠唱を終わらせ、術を発動させる。二人のタッグ技でようやくセルシウスはその場に倒れた。
それと同時に吹雪もだんだんと止んできた。
気づくと、レムは癒しの光で私たちを照らしてくれていた。みるみるうちに体力が回復してくる。
「う……」
私を庇ってくれたキールの傷も塞がり、意識も取り戻した。
「キールッ!!」
私は安心感からキールに抱きついた。
よかった、本当によかった!
「わっ、……っ!?」
「何で私なんか庇うの! キールのバカ!」
私は何だか悲しくなってきて涙が出てきた。下手したら、死んじゃったかもしれないのに。
すると、キールが優しく頭をなでてくれた。
「もしかして、心配してくれたのか?」
「当たり前でしょ! すっごい心配した!」
「ありがとう。だけど、この前の借りもあったし、それに……を守りたかったんだ」
普段あまり笑わないキールが、優しく微笑んでくれて私は思わず赤くなってしまう。何で、キールもリッドも私なんかを守ろうとしてくれるの? 私って、そんなに弱い? やっぱり私ってお荷物なの?
そう考えたら、泣きそうになってしまって、俯く。キールは心配そうにのぞき込むけど、私はソッポ向いた。
「……?」
「大丈夫か! ! キール!」
リッドが駆け寄ってきてくれる。だけど、私はリッドの顔を見ることができなかった。
「大丈夫だ、リッド。それよりもが……」
キールが私を抱き起こしてくれる。リッドが心配そうに私を見つめている。
「私は平気」
ぶっきらぼうに返事をしてしまう私にリッドは首を傾げて、私の顔を覗き込んだ。
私のことばかり気にしてたら、ファラは嫌な気持ちになるんじゃない? だって、ファラはリッドのことが好きなんだもの。リッドだって、きっとそうなんでしょう? 私の事なんかより、もっとファラに寄り添ってあげればいいのに。
「平気そうには見えないぜ? どこか痛むんじゃ――」
「いちいちうるさいな! リッドは私のことよりもファラのことを心配してあげて! 大体、どうしてリッドはいつも私に絡んでくるの? 私ってそんなに弱い? お荷物? リッドがいなくても私は全然平気なんだから!」
気づけば、リッドの言葉を遮って心無いことをペラペラと口にしている私がいた。言った後で、後悔する。どうして、こんなこと言ってるんだろう、私!
謝らなきゃと思って顔を上げれば、リッドの怒った顔。いや、怒っているというよりも……驚いている。
もう遅いと、本能的に悟った。
そして、リッドが目を細めながら静かに言う。
「そう、だよな。はオレが守らなくても……平気、だよな」
「――――!」
違う。さっきの言葉は嘘だ。本当は私のことを心配してくれて嬉しかった。だけど、ファラの気持ちを考えたら、これじゃいけないんだよ。だって、リッドはエターニアの主人公で、ファラはヒロインじゃないか。二人はきっと結ばれるはず。そこに私という異物が入ってしまったら、もしかしたらエターニアは救えなくなってしまうかもしれない可能性だってあるんじゃないだろうか。
だから何で、リッドを遠ざけたいはずなのに、こんなにも近くにいてほしいだなんて思ってしまうのだろう。
「今まで、オレが守るなんて言って悪かったな、。お前には……キールがいるんだよな」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
キールに抱きしめられている現状に、私はようやく理解する。私は慌ててキールから離れ、リッドの背中を見つめた。
「リッド……!」
言葉の続きが出ない。私、リッドに勘違いされたし、きっと嫌われた。そうだよね、いけないのは私だ。私がリッドを突き放した。だけど、それでいいはず。そうわかってるはずなのに、理解してるはずなのに、どうして私はこんなに悲しいの? 自分の気持ちがわからない。私は、何がしたいんだろう。
弱い上に、リッドのことも好きになっちゃって……皆に迷惑をかけてばっかり。
「、お前……リッドのことが――」
キールは、きっと私の想い人に気づいてしまったのだろう。私は口角を上げてニッと笑って見せる。
「私って、バカだよねぇ」
「ああ、バカだよ。大バカさ」
キールは私の顔を見て大きなため息をついた後、苦笑した。
「リッド!」
少し離れたところでファラがリッドに飛びついたのが見えた。リッドは「な、何だよ」とファラを凝視する。
「助かったよ! ありがとう! やっぱりリッドと一緒だと安心できるよ」
そう言ってファラはにっこり笑った。
きっと、これでいいんだ。本来リッドはファラと一緒にいるのが正しいんだ。今まで私はリッドに頼りすぎていたんだ。もっと、強くなろう。リッドに守ってもらわなくてもいいくらいに。
「リッド! ファラ! 後ろ!」
突然キールが私の隣で叫び、リッドとファラは後ろを振り向いた。先程レムとメルディによって気絶させられたはずのセルシウスが無表情で二人の背後に立っていたのだ。
「……お取り込み中のところいいかしら?」
セルシウスはそう言って二人の間を通り強引に通り、私に歩み寄る。
「へ?」
私たちはさっきとは全く雰囲気の違うセルシウスに戸惑いを隠せなかった。セルシウスはじっと私を凝視すると、ばっと私に抱きついた。
「あなた、可愛い顔してるじゃない!」
「はい!?」
「おぬしわらわのに何をしておるのじゃーーーーー!!!」
私達が驚く中レムはすごい形相でセルシウスに向かって叫んだ。さらにはプリズムソードまでかまそうと詠唱を始めている。セルシウスは額に汗を浮かべ、苦笑いしながら私を解放した。
「何故おぬしはいつも抱きつこうとするのじゃ! しかも今回はわらわのに……!」
「目を覚ましたら可愛い子の顔が見えたからよ」
「の可愛さゆえに抱き付きたくなる気持ちはわかる。しかしわらわに許可なくに触れるのはわらわが許さぬのじゃ」
セルシウスが淡々と答えると、今度はレムが私に抱き付いてくる。何なんだ。私は大晶霊を魅了するフェロモンでもあるのだろうか。
「ところで、さっきとは雰囲気ががらりと変わったな」
セルシウスの言動に呆れていたキールがようやく口を開いた。セルシウスは「あら!」と言ってすかさずキールに抱きついた。慌てるキールに私は慌てて引き離そうとするもレムが離さない。メルディとファラに手伝ってもらってようやふ二人の頭のおかしい大晶霊は離れてくれた。
そして、セルシウスは頬を膨らませながら答える。
「……あの黒球が現れてから空気が合わなくなったのよ。徐々に正気ではなくなっていったわ」
「だからセルシウスも凶暴になっていたのかな……」
「ああ、恐らくグランドフォールの影響だな」
ファラとキールの言葉に、セルシウスは目を伏せた。
セルシウスが意図的に町に影響を与えたわけではないけれど、それでも負い目を感じているのだろう。本当は優しい大晶霊なのだなと、考えを改めた。
その時、キールのクレーメルケイジが光ってイフリートが再び姿を現した。
「おぉ~~~!! 我が愛しのセルシウス~~~~!!」
イフリートは姿を現すなりセルシウスを抱きしめようとした――が、セルシウスは軽やかに避け、イフリートは壁に突っ込んだ。
「……あの、ここにいてもまたいつおかしくなるか不安だからあなたたちについていってもいいかしら?」
セルシウスが目を輝かせながら言った。……キールに向かって。どうやら彼女はキールに一目惚れしたらしい。一瞬レムが嫌そうな顔をしたが、私はあえて突っ込まなかった。
「もちろんさ!」
キールの答えにセルシウスは嬉しそうに微笑むと、「山のふもとまで送るわ」と言ってくれた。
ふと、視線を感じて振り向くと、リッドが私をじっと見つめていた。
執筆:03年9月13日
修正:17年1月29日