14:頬の痛み



「ありがとうございます! 皆さんはこの町の恩人です!」

 吹雪が止んで、氷も融け、活気が戻ったペイルティでは私たちを迎えるための宴の準備が行われていた。まず、お礼を言われると、私たちは準備が整うまで宿で休んでいてほしいとのことなので、お言葉に甘えて休むことにした。
 宿に向かい、疲れを癒そうとそれぞれの部屋に入る。力なくベッドに倒れこみ、そしてため息をつく。
 ――リッドとの仲直り、まだだったなぁ。顔も合わせずらい。
 私はベッドの上で寝返りを打つ。この先、私はどうやってリッドと接していけばいいんだろう。
 リッドのことを好きだと自覚してしまった。でも、エターニアのヒロインはファラもリッドのことが好き。それなら、私が身を引くべきじゃないか。だって、私はエターニアのヒロインではないのだから。
 だけど、リッドに酷い態度を取ってしまったことはしっかりと謝りたい。謝らなきゃいけないと思う。

「……しっかりしろ! 私!」

 勢いをつけて起き上がり、自分の頬を両手で思い切り叩いて気合いを注入。バチンとイイ音がした。ものすごく痛い。

「――――っ!」

 両頬がチリチリと熱を持つ。涙目になりながら力を入れすぎたことに後悔するも時既に遅し。
 きちんとリッドに会って、リッドに謝るんだ。そう決意した時、突然クレーメルケイジが光り、レムが姿を現した。

「痛々しくて……見ていられぬぞ」

「あらレムさん、盗み見ていただなんて良い趣味をお持ちのようで」

 レムは強く叩きすぎたのかほんのり赤く膨らんだ私の頬を見て、目を伏せた。

「リッドのこと……後悔しているのじゃな?」

 レムの言葉に、私はそっと頷く。するとレムは困ったような顔をして、私の頭を優しく撫でた。私はそのままレムに体を預ける。レムはまるでお姉さんのように、優しくしてくれた。いつもはドン引きするようなことばかりしてくるレムだけど、今はとても頼れるように感じる。

「すごく、後悔してる。どうしてあの時あんなに酷いこと言っちゃったんだろうね。まぁ、その理由はわかってるんだけどさ、納得できないの。というか……したく、ないんだよね」

 レムに頭を撫でられながら、目を伏せる。それと同時に、私の目からはほろりと涙が流れた。

「リッドには、ファラがいるって……わかってるのに……! 私、最悪だよ、ね。 わかってるくせにリッドのこと、好きなんだもん……っ! リッドにも、ファラにも、申し訳なくて……もう。これから私、どうしよ……って……!!」

 リッドだって本当はファラとずっと一緒にいたいはずだろうに、お荷物な、こんな私をいつも気遣ってくれて。私はそんなリッドに優しくされて、勝手に勘違いして、いつのまにかこんなに好きになってしまった。
 自分の気持ちを話せば話すほど切なくなって、とめどなく涙があふれる。レムは私の言葉ひとつひとつに頷いて、私の言葉を受け止めてくれた。

「好きになってしまったのならば、仕方がないじゃろう。人が恋をするのは当たり前のことなのじゃ。わらわは――がリッドのことを好いているならばそれでいいと思うのじゃが」

「だけど、ファラはどうなるの? ファラだって、リッドのこと……」

もファラもリッドを好いていようが、選ぶのはリッドじゃ。そうであろう?」


 レムは泣き喚く私をぎゅっと抱きしめてくれた。私は込み上げてくる悲しみと悔しさに、なかなか泣き止めずにいた。
 いつもこんなに真面目なら、本当に心の底から頼れるんだけどなぁと思った。



※ ※ ※ ※ ※



 一人で部屋に篭ってしばらく経った。今はレムもクレーメルケイジの中に戻っていて、私はなんとか泣き止んだものの、目が赤い。多分、今日はリッドに会えない。こんな顔、見られたくはないから。鏡を見て、ため息をつく。

、ちょっといいか?」

 そんな時、扉の向こうからリッドの声がした。私が返事をする間もなく、リッドは部屋に入ってきたので、私は目を見開く。何でこのタイミングで来ちゃうかなぁ。
 リッドに見られた――。
 リッドも私の顔を見て驚いたように眉をピクリと動かした。

「わりぃ……泣いてたのか?」

「はー、リッドは最低だね。乙女の泣いて赤くなった目をバッチリ見てくれちゃってさー」

 顔を引きつらせながら、必死に笑う。私、きっと上手く笑えてない。リッドはそれを察したのだろうか、「そうだな」と呟いて頭を掻いた。それから、私の隣に腰掛けて「ごめん」と言った。
 私が、言おうとしたのに、先に言われてしまった。それがなんとなく悔しい。

「何でリッドが謝るの? リッドに酷いこと言ったのは私だよ?」

「いや……だから、あの時、ファロース山で約束しただろ。オレがお前を守るって言ったのにさ。最後までお前を守るのは、他の誰でもなくオレだ。例えが嫌だって言っても、オレはを守りてぇんだ。キールじゃなくて、オレが、さ」

 リッドが真剣な眼差しで私を見つめる。
 そっか。約束、してくれたもんね。ちゃんと、最後まで約束を守ってくれるんだね。こんな、私なんかとの約束なのにね。

「……私、守られてるだけじゃ、絶対に嫌。私だってリッドを守る。私は、リッドが大切なの」

……」

「持ちつ持たれつの関係ってことで、手を打ってもらえるかな?」

 リッドに向かって微笑んだ。するとリッドは照れくさそうに笑ってくれた。
 どうしてリッドがそこまでして私を守ってくれようとしているのか……晶霊鉄道でのキスのこともある。リッドは本当に私の事を好きで、今回もキールとのことで嫉妬してくれたのかもしれない。そんな考えがよぎる。しかし、私は別の世界の人間で、エターニアのヒロインじゃない。ヒロインは、ファラだ。
 リッドは、私が別の世界から来た人間だと知ったらどんな反応をするのだろう。いつか、離れ離れになってしまうのだとしても、私を選んでくれるのだろうか。

「さーて。とも仲直りできたし、ひと眠りすっかなー」

「雪山に登って疲れちゃったもんね。リッド、ゆっくり休んでね」

 部屋の扉に向かって歩き出したリッドが、扉の前で動きをを止める。そして振り返っていたずらっぽい笑みを浮かべた。

「なぁ、添い寝してもいいか?」

「お断りします」

 恋人同士でもないのに流石にそれはないと思い、笑顔でリッドを追い出した。
 リッドと仲直りができて安心したのか、眠気が襲ってくる。宴の準備が終わるまで眠ろう――。



※ ※ ※ ※ ※



 ひと眠りした後、外の騒がしさで目を覚ました私は、そっと窓の外を見た。外には「歓迎・勇敢な勇者様たちご一行様」と書かれた大きな見出しと、幾多のテーブルに乗せられた食べ物の数々があった。それを人々が囲い、楽しそうに歌ったり踊ったりしている。
 ――そっか、宴があるんだっけ。

ー! メルディが一緒にご飯食べに行こー!」

 突然、私の部屋の扉を突き破ってメルディが現れた。街の陽気な雰囲気に感化されているのか、メルディも元気いっぱいだ。しかし、扉がミシミシいってるのは私の気のせいだろうか。

「うん、行きたい!」

「ペイルティの名物、カキ氷がオススメよー!」

 メルディが笑顔で私の手を取った。
 雪国で食べるカキ氷ってどうなんだろうと思いつつ、部屋を出る。

「……、昨日元気なかったな。メルディと一緒にいっぱい楽しんで、元気になるといいな」

「メルディ……!」

 メルディが突然宴に誘ってくれたのは、どうやら私を元気づけたかったかららしい。それを知った私は、咄嗟にメルディを抱きしめた。
 私の事を見ていて、心配してくれる人がいるというだけでこんなに嬉しいなんて。

「わ! 、どうしたか!?」

「ううん、ありがとね、メルディ! メルディのおかげですっごく元気出たよ!」

 リッドとはもう仲直りできたけれど、メルディの気遣いは本当に嬉しい。

「お前たち、こんなところで何しているんだ……」

 メルディと戯れていると、廊下でキールと擦れ違った。キールは怪訝そうに私たちを見ている。

「キール!」

「あ、キール! おはよ!」

 メルディと私が声をかけると、キールは優しく微笑んだ。

「おはよう、。リッドと……仲直りはできたのか?」

「う……うん、なんとか」

「そっか。よかったな。表情が明るくなってたから、仲直りしたのかと思ってさ」

 そう言ってキールが苦笑いする。
 キールは私の気持ちに気づいている。それが恥ずかしくてまともにキールの顔が見れない。

「心配かけてゴメンネ」

「いや、元気になったのなら、それに越したことはないさ。はやかましいくらいが丁度いい」

「な、なによぉ……!」

 キールと目が合う。なんだかおかしくて、二人で吹き出してしまった。メルディはそれを不思議そうに見ていたけれど、一緒に笑ってくれる。

「キールもメルディたちと一緒にウタゲに行くか?」

「いや、僕はこれから少し用事があるから後で行く。リッドはもう部屋を出てるはずだ。もうご馳走をたらふく食い荒らしてるんじゃないか?」

「食い荒らしてるって……」

 リッドが両手に肉を持ちながらかぶりついているのが容易に想像できるから怖い。
 その場でキールと別れた私とメルディは宴の会場である外へと向かった



※ ※ ※ ※ ※



 思う存分宴を楽しみ、私とメルディは宿に戻った。エントランスのソファーにはキールとファラ、そして満腹になり先に戻っていたリッドが腰掛けていた。その対面にはガストンさんがいる。

「お、とメルディが戻ってきた」

 リッドが遅かったな、と笑う。美味しいものをお腹いっぱい食べられたのかその表情は満足そうで、思わず笑ってしまう。

「ただいまー。ガストンさんも一緒とは…何かあったの?」

「うん、実はガストンさんがね、バリルの情報を知ってるって!」

 ファラがリッドの隣で嬉しそうに拳を上げた。何となく気まずくて、私はすぐにガストンさんに視線を向ける。ガストンさんと目が合い、軽く会釈をした。

「何故ガストンさんがバリルの情報を?」

「なんとね! ガストンさんはバリルを倒すために戦っている自由軍・シルエシカのメンバーで、私たちにシルエシカのリーダーに会ってほしいんだって!」

 私の疑問に、ファラが早口で説明してくれた。ファラに説明してもらったものの、私はファラに視線を向けることができなかった。

「そうなんだ」

「ガストンさんがこれから行く当てが無いなら早速シルエシカの拠点であるティンシアという街に向かってほしいと言うのだが――」

 キールが私とメルディを見る。
 もうこのペイルティも大丈夫だし、セルシウスとも契約できたし、異論はない。メルディも同意見なのか、私を見てにこりと笑う。

「いいと思うよ。私は」

「メルディもサンセイ!」

「ありがとう、君たち」

 ガストンさんはお礼を言った後、ポケットから何かのバッジを取り出し、それをリッドに手渡した。

「これを持って行ってくれ。シルエシカではこれが必要になる」

「わかった」

 リッドが受け取るのを確認して、ガストンさんが敬礼した。

「ミアキスを胸に!」



※ ※ ※ ※ ※



 バンエルティア号に乗り、ティンシアに向かう私たち。

「へぇ。それで氷の大晶霊と契約したんですか」

「うん、そーなの」

 これまでのことをチャットに話しながら、チャットの淹れてくれたお茶を啜る。私に懐いてくれているチャットは楽しそうに私の話を聞いてくれていた。可愛い妹ができたみたいで思わずニヤついてしまう。

「――レムって神々しいと思ってましたが黒いんですね」

「うん。黒いのよ」

 レムの奇行を話せば、チャットは苦笑いを浮かべる。仮にも光の大晶霊なのに、言動と行動がおかしい時があるからもはやありがたみのない存在になりかけていた。クレーメルケイジからはレムの抗議の声が聞こえてきた気がしたけど、シカトだ。

 私たちが談笑していると、突然甲板の方から悲鳴が聞こえた。何事かと思い、チャットと二人で甲板に向かうと、そこには取り乱した様子のメルディと、それを宥めるリッドの姿があった。

「アイメンのみんな、すごく怖がってる! エラーラにみんなの悲鳴が届いたよ……メルディ、行かなきゃ……!」

「んなこと言ったって…」

「どうしたの?」

 私とチャットはリッドとメルディに駆け寄った。
 メルディは目に涙を溜めながら私たちを見つめた。リッドは困り果てた顔をしている。

「……アイメンで何かあったってことでしょ? アイメンに行こう。私、ファラとキールにも伝えてくる!」

「ティンシアに向かうのではないのですか?」

「メルディが困っているんだもの、放っておけない。アイメンに進路変更はできる?」

「アイアイサー! 任せて下さい!」

 私がそう言うと、チャットは急いで機関室に向かった。リッドはメルディの頭をそっと撫でて落ち着かせる。メルディは涙を拭い、私たちにに「ありがとな」と言って海の向こうを見つめる。
 私はファラとキールに伝えるために走り出した。



執筆:03年9月13日
修正:17年6月08日