16:失意の日



 ヒアデスとの戦いで疲れたオレは、そのまま倒れ込む。

「リッドっ!」

 が倒れこんだオレに駆け寄ってくれる。そしてヒールを唱えてくれた。幾分体が楽になり、オレは「ふぅ」と息をつく。

「リッド、ありがとう。渡さないって言ってくれたとき、すごく嬉しかった……」

 が嬉しそうに笑う。微かに頬が赤く見えた。

「と、当然だろ。はオレたちと旅をしてるんだ。あんなヤツにを渡してたまるかよ」

 オレはニカッと笑って見せた。しかし、の顔は歪んだ。

「でもね、無理……しないでほしいな」

「む、無理なんてしてねぇよ!」

「嘘! 一歩間違えてたらリッド、死んでた! ずっとヒヤヒヤしながら見てたんだから……何で一人で戦ったの? 私のためなの? 何のための仲間なの? 私だってリッドを守りたいの、失いたくないの! やっぱり、私ってそんなに頼りない?」

 は目に涙を浮かべるとオレから視線を外した。
 確かに、はオレを守りたいって言ってた。だけど、オレはにいいところを見せたかったんだ。なのに、結果的に心配かけちまっただけなのか――。

「オレは無理してでもを守りたかっただけだ。それくらい、が大事だからよ……」

「――っ」

 は目を潤ませると「ありがとう」と言って顔を両手で覆った。

「……」

 ファラが無言で図書館から出て行く。それに気づいたキールもメルディとサグラに耳打ちをして連れ出す。オレたち以外誰もいなくなった図書館はシーンと静まり返っていて、の泣き声だけが響いていた。
 気を利かせてくれたのだろう。オレは心の中でキールたちに感謝しながらそっとを抱きしめる。

「……ほら、泣き止めよ」

「う……なっ、泣かせたのは誰よ……!」

 さらに声を上げて泣き出す。挙句の果てには「リッドのバカー」と言いながら泣く。オレは「はいはい」と言いながらの頭を撫でる。するとはオレの体に手を回してくる。
 ああ、やべぇ。オレの心臓、今かなりドキドキしてる。こんなにくっついてるからにわかっちまうよな。

「なぁ、。オレ……」

「え……?」

がいなきゃ…ダメだ」

 レムがどこからか連れてきただから、いつかどこかに行ってしまうんじゃないかという不安。そこは果たして、オレの手の届く場所なのだろうか。なるべく考えないようにしていたけれど、を好きになるにつれてその不安も大きくなる。だから、何としても守りたかった。誰にも渡したくなかった。

「……私だって。リッドがいなきゃダメだよ」

 は抱きつく力を少し強めた。それと同時にふわりといい匂いがした。

「リッドがいなかったら、きっと私は連れて行かれてた。人体実験でもされてたかもしれない」

「おいおい、おっかねぇ事言うなよ」

 悲しそうに言う
 が今までどこで、どうやって生きてきたのかもわからない。そもそも、本当に人間なのかすらわからないのだ。それでも、オレはが愛しくて仕方がなかった。この時がいつまでも続けばいい、そう思った。と一緒にいる、この時が。

「リッド、あのね……私、怖いんだ。ときどき怖い夢見るの。バリルがね、私を連れて行こうとする夢。夢なんだけどなんだか現実みたいで。いつか、本当に連れて行かれそうで、怖い」

「連れて行かれそうって……バリルが、か? そういえば、ヒアデスもお前を連れて行こうとしてたけど……まさか、あいつとバリルは繋がってるんじゃ……?」

「ご、ごめん! 何か変なこと言っちゃって。本当にただの夢かもしれないよ! でも、言っておかなきゃならないかと思って」

「いや。案外夢じゃないのかもしれない。こうしてヒアデスはお前を狙ってきた。ヒアデスが個人的にお前を狙う理由は……ないはずだ。それって、多分ヒアデスとバリルは何らかの繋がりがあるって可能性があるだろ」

 夢の中でも狙われている――は、一体何者なんだ。
 オレの顔を不安そうに覗き込むに、オレはハッとした。今は、を守ることだけ考えよう。機会を窺って、レムを問い詰めればいい。

「……話してくれて、ありがとな。今まで怖かっただろ?」

「うん」

 図星だったらしい。少し驚いたような顔でオレを見ている。

「そんじゃ、早いとこ真実を確かめるためにシルエシカのリーダーと会ってバリルのところに行ってやっつけてやろうぜ!」

「うん!」

 は笑顔で返事したものの、どこか元気がなかった。

「大丈夫だぜ! オレがバリルからを守る! ――必ずだ」

 オレがそう言うとは微笑んだ。

「ありがとう、リッド」

 今度は元気のある返事だった。絶対、は誰にも渡さねぇ。必ず守り通すんだ!



※ ※ ※ ※ ※



 あのあと、バンエルティア号に戻ったオレたちは無言のままだった。アイメンがあんなことになってしまったことと、バリルがを狙っているということ。どちらも最悪な事実だ。皆が沈んでしまうのは当然だ。そんな重たい雰囲気の中、ファラがオレを甲板に呼び出した。何の話だろうと思いながら、オレは甲板に向かう。甲板には既にファラがいて、じっと海の波を見つめていた。

「ファラ?」

 オレが声をかけると、ファラは何も言わないままつかつかとオレの前に歩み寄ってきた。そして、キッとオレを睨みつける。
 いきなり睨みつけられたオレは何が何だかわからなくて、眉間に皺を寄せた。

「……何だよ?」

「何だよ、じゃないわよ」

 ファラのスカートが風でバタバタとはためく。

「リッドって、のこと――好きなの?」

 少しだけ悲しそうな表情で訊いてくるファラの言葉に、オレは目を丸くした。どうして、ファラがそんなこと訊いてくるんだと不思議に思いながら、オレは答えた。

「好き……だったら、どうなんだよ」

「――――」

 ファラは黙ったままだった。
 しばらくして、ファラが「ふぅ」とため息をつく。

って、可愛いもんね。私みたいに無鉄砲じゃないし、優しいし、どことなく儚げな感じで守ってあげたくなっちゃうし」

 風で靡く髪を掻き揚げながら、ファラは俯く。
 もしかして、泣いてるのか? そう思い、焦りながらオレは声をかける。

「おい……ファラ?」

「リッド・ハーシェル!!」

 突然、ファラは大声でオレの名を呼んだ。オレは驚き、目を丸くする。

「惚れた女の子にはずっと笑顔でいてもらわなきゃダメだよ! またを泣かせるようなことしたら、私、絶対に許さないからね!」

 オレの胸に拳を突きつけ、ニッと笑う。目尻には涙が溜まっていた。

「……ああ。もう、泣かせねぇ」

 オレの返事を聞いて、ファラは満足げに微笑んだ。そして、踵を返して船内に入っていく。それを見送りながら呟いた。

「すまねぇ、ファラ」

 お前の気持ちは嬉しいけれど、オレはそれには応えられない。ファラはそれをわかってて、オレを励ましてくれた。

 心からありがとう、ファラ。お前はオレの一番の――親友だ。



執筆:03年9月13日
修正:17年6月8日