17:同盟



「……今度はティンシアに向かうんですね?」

 オレたちが次に向かう先はシルエシカのいるティンシアだ。チャットが怪訝そうにオレとファラの顔を交互に覗き込んで目を細める。

「うん! よろしくね、チャット!」

 ファラが笑顔で答える。するとチャットは「わかりました」とため息をついた後、オレに耳打ちする。

「あんまりを不安にさせるようなことはしないでくださいよ」

 そう言い残して、機関室に向かった。
 恐らく、ファラと二人で甲板にいたことを言っているのだろう。オレとファラが話していた内容を知る由もないチャットの言葉にドキっとした。がオレのことをどう思っているかはわからない。しかしチャットが助言してきたという事は、もオレのことを少しは意識してくれているのだろうか――そう思ったら不意に口元が緩んだ。

は……まだ眠ってる、か」

 ソファーで昏々と眠っている。バンエルティア号に戻ってきてからずっと眠っている。ファラたちにもの見る夢のことは話したが、今のオレたちには為す術がない。レムに訊いても解決まで至らなかった。
 今の所魘されている様子もなく静かな寝息を立てていた。

には、どんな力が隠されてるんだろうね」

 ファラが眠っているを見て呟く。

「バリルとヒアデス。いったいと何の関係が――」

 オレが呟いた瞬間、が苦しそうに唸りだした。

「う……」

 またバリルが夢に出てきたのか!?
 しかし、このまま無理矢理起こしてしまっても平気なのだろうかと思うと下手に触れることができず、躊躇う。それはファラも同じだったのか、「リッド、どうしよう!」と慌て始めた。

!」

 もどかしくなり、オレはの手を握り、名前を叫んだ。瞬間、は何かを呟き、オレとファラは呼吸をする事も忘れての言葉に耳を傾ける。

「お菓子とらないで~……のわぁっ! お菓子!!」

 が突然目を覚まして起き上がり、目を瞬かせながら呆然とするオレたちを見る。丁度機関室から戻ってきたチャットなんか目を丸くして驚いていた。

「ご、ごめん! 大声出して……ああ、夢でよかった」

 は安心したようにため息をついた。



※ ※ ※ ※ ※



 バンエルティア号がティンシアについたのは昼過ぎのことだった。アイメンからは案外近く、時間も掛からなかったがそろそろ腹が減ってきた。

「ティンシアすごいね! 機械がい~っぱい!」

 ファラは船を降りたとたん嬉しそうにはしゃぎだした。ちなみにチャットはいつもどおり船の中で待っている。

「ティンシア、セレスティアがイチバン技術の発達してるよー!」

「セレスティアはやはりインフェリアよりも技術が上回っているのか……」

「おー、あの高い建物はホテルかな」

 その中でセレスティア人のメルディと何故かがあまり驚かないでいた。なんとなくその反応が引っかかり、オレもの見ていたホテルらしき建物を見上げる。

は見たことあるのか? こういうの」

 ここの他にも機械技術が発達しているところがあるのか? もしかして、はセレスティアに住んでいたのか? に関する疑問は尽きることがない。

「あ、うん。まぁね……」

「――それより、腹減らねぇか?」

 は気のない返事をした。あまり聞かない方がいいことだったのか、オレは慌てて別の話を振って誤魔化す。するとは小さく噴き出して「ご飯、まだだったね」と笑った。が笑ってくれたことに安心し、オレも笑う。

 そうこうしているうちに、オレたちはガストンに教えてもらった通りティンシアの一番奥の船の中に入った。ガストンの話だとここがシルエシカの基地らしい。

「あなたはもしかしてリッドさんですか?」

 突然、女性がオレに声をかけてきた。ミアキスを模ったバッジを胸元につけ、毅然とした態度の女性――明らかにシルエシカのメンバーだ。オレもガストンから受け取ったミアキスバッジを手にし、女性に見せる。

「あぁ。オレがリッドだ」

「ミアキスを胸に!」

 突然、女性が片手を胸に当て、もう片手を高く掲げたのでオレたちは目を丸くした。そういえばガストンもこんなことしていたかと思いだし、これはシルエシカの敬礼とか挨拶の類なのだろうと理解した。

「私はシルエシカの副官、アイラと申します。お話はガストンから聞いていますので、まずはボスに会ってください」

 アイラはそう言ってからオレたちについてくるように促す。入口は船であるのに、中はえらく広かった。

「シルエシカのボスってどんな人だろうね? やっぱり強そうで頭がよさそうで優しい人かな?」

 が楽しそうに話しかけてくる。

「そうだといいな」

 の好きそうな男じゃなきゃ何でもいいや、なんて思いながらオレは相槌を打った。



※ ※ ※ ※ ※



 最下層に辿り着き、その一番奥の部屋の中に通される。部屋の奥で、ミアキスの頭をガシガシと撫でながら振り向いた大男――こいつがボスだと確信する。

「ミアキスを胸に! ボス、リッドさんたちが来てくださいました」

「おぅ!」

 アイラの声のあとに低く野太い声が響いた。確かに強そうだが――。

「ボスであるフォッグはみなさんを歓迎します。では、本題に入りますが、みなさんはバリル討伐を目的としていますね? そこで、みなさんにはシルエシカに入って頂く……或いは私たちと同盟を組んでいただきたいのです」

「おぅ!」

 さっきからこのボス、フォッグは「おぅ!」しか言ってねぇと思いながらフォッグを見る。
「もしかしたらそれしか言えないんじゃねぇのか?」と考えたらバカそうに見えてきた。キールたちもどことなく不安そうな顔をしていたが、あえて口には出さないでいた。

「あの、バリルの居場所がどこだかはわかっているのですか?」

 ファラがアイラに訊ねる。多分、フォッグに直接聞かなかったのは不安があるからだろう。しかし、アイラは気にした様子を見せることなく地図を取り出し、オレたちに示して見せた。

「はい! バリルの居場所…つまりバリル城はこの位置にあります。船で行けば簡易なのですが問題があるのです。バリル城には特殊な力で守られた壁が施されており、普通の大砲では打ち砕くこともできないのです」

「特殊な力――恐らく極光術だな。極光術とは……かつてセイファートとネレイドの二人の神が生み出したもので、あらゆる晶霊の力を取り込んで発動させるいわば神の力のようなものだ。素質がある人間にしか使えなくて、普通の人間には使えないと聞いている」

「極光術……」

 キールの発言にアイラが首を傾げた。

「バリルが極光術だよ! 普通の晶霊術よりず~~~と強いな!」

 メルディが説明をしたが、やはりアイラは首を傾げたままだ。技術が発達しているといっても、そのあたりの知識はないらしい。

「みなさんは私たちの知らない知識をお持ちのようですね。私たちも晶霊術を用いた晶霊砲の実験を試みているのですが、世界最大のクレーメルケイジにあわせて作る本体となると船に乗らないほどの大きさになってしまって……。小型で強力なものを開発しようとしているのですが全くどうしたらいいかわからず手づまりなのです」

 アイラはため息をついた。フォグは相変わらずアイラの横で「おぅ!」と言っている。

「それなら……パラソルを使ったらどうだろう?」

「パラソル、ですか?」

 パラソルを知らないアイラは首を傾げると、キールがメルディに視線を送る。

「はいな! ガレノスが特製! 大晶霊をクレーメルケイジが保管できる装置だよ!」

 メルディはパラソルを取り出してアイラに手渡す。アイラはまじまじとパラソルを舐め回すように監査るすると、感嘆の息を漏らした。
 確かに、メルディとキールは大晶霊と契約する際にパラソルを使っていた。しかし、がパラソルを使っているところを見たことがない。
 オレの視線を感じたのか、が苦笑いを浮かべた。

「私のクレーメルケイジはパラソル無しでもレムたちを入れられるけどね。レムのお手製だから特別なのかな?」

 その時、脳内に直接声が響いた――レムだ。

のクレーメルケイジはわらわ特製じゃ。わらわの住処はわらわが用意する……わらわの用意した場所に自らが入れぬなど、可笑しな話じゃろう?』

 確かに、それならパラソルは不要なわけだ。
 レムの説明にオレとは顔を見合わせて小さく笑った。

「なんてすごい……! ボス!」

「おぅ! それがどうした!」

 一通りパラソルの観察を終えたアイラが興奮気味にフォッグに話を振る。
 フォッグが喋った――初めてまともな会話をしたことにオレは少し感動してしまうが、彼が話を理解していないことに気づいた。

「あの著名なガレノスの発明……さらにパラソルがあれば大晶霊を保管することができます。大晶霊が一体いれば晶霊一万体分の威力が出せるんです! クレーメルケイジも小さくていいのです!」

 アイラの懸命な説明にも関わらずフォッグは「おぅ! そうか!」と言っただけだった。
 ……わかってないんだろうな、と思った。

「大晶霊といえば……もう雷の大晶霊はもう契約しましたか?」

 アイラの問い掛けにキールが答える。

「いや、まだだ。どこにいるのかもわからない」

「それならオレあそこまでついていってやる」

 フォッグが立ち上がり、どん、と胸を叩いた。強そうには見えるけどやっぱりバカっぽく見えてしまう。だいたい「あそこ」ってどこだ。

「雷晶霊の遺跡、ですね」

「おぅ! それだ!!」

 アイラのフォローにフォッグは「ガハハハハハ」と豪快に笑って見せた。



執筆:03年9月13日
修正:17年6月11日