18:決戦前夜



 雷晶霊の神殿に向かった私たちは、無事にヴォルトと契約を交わすことができた。

「やったなメルディ!」

 キールが満面の笑顔をメルディに向ける。メルディは嬉しそうに「はいな!」と喜ぶ。
ヴォルトがメルディのクレーメルケイジの中に入っていくのを見て、私達はほっと胸を撫で下ろした。

「これでインフェリアとセレスティアが根源晶霊が集まったよ!」

 メルディの言葉の後、私たちのクレーメルケイジが光りだす。キールのクレーメルケイジから、シルフ、イフリート、セルシウスが。メルディのクレーメルケイジから、ウンディーネ、ヴォルトが。そして、私のクレーメルケイジから、レムとノームが姿を現し七人の大晶霊が集合――ん? 違う、大晶霊が八人いる。一人多い。
 見たことのない、黒ずくめの仮面の騎士みたいな人が混じっているではないか。

「我が名はシャドウ。セレスティアの統括晶霊だ」

 統括、と聞いて私は目を丸くする。
 レムもインフェリアの統括晶霊であるが、なんていうか……威厳が違う。違いすぎる。
 シャドウを見つめてみる。するとシャドウは全く動じることも無く、堂々としている。次にジト目でレムを見ていると、レムはそれに気づいて「何じゃ、。そんなにわらわのことが気になるのか?」と頬を赤く染めて照れ始めた。
 何だ、この差は。レム……本当に統括晶霊ですかあなたは。

「レム、随分と入れ込んでいるようだがその者は――」

「わらわの妻じゃ」

「違うわ」

 シャドウはレムの答えを聞き微かに口元がヒクついた。そして私は間髪入れずに否定する。

「ある場所で見つけた、わらわと最も波長の合う人間じゃ。彼の者に対抗出来うる力を持っている」

「……ほう」

 レムの口からそんな言葉が出てきて、私は目を丸くした。彼の者、というのは恐らくバリルのことを指しているのだとして。

「そんなの……初耳なんですけど」

「わらわと波長が合う――即ち、わらわが最大限に力を発揮できるということじゃ。普段滅多に姿を現せないわらわではあるが、の力をこっそり利用することでこのように具現化しても疲れないし長く留まれる」

「ハァ?」

 ドヤ顔で説明するレムに一発キメたくなった。つまり、レムが出ている間は私の魔力だか何だかを勝手に使っているということ。今まで全然気づかなかったけれど、それを知ってしまったら心穏やかではいられなかった。

「波長が合う――なるほど、はレムとの相性が最高だからこそあの火力の高い光晶霊術を出せるわけか。逆に、地属性との相性は僕たちと変わらないから地晶霊術の威力も普通……しかし、大晶霊が具現化できるのは人間の力を使っての事だとは初めて聞いた」

「その力も微弱なものじゃ。おぬしらに気づかれない程のな。それを敢えて伝える必要もないじゃろう」

 キールの見解に補足しながら、しれっとする光の大晶霊レム。
 私達がレムに呆れている間に、いつの間にか他の大晶霊達は消えていた。



※ ※ ※ ※ ※



 ヴォルトとの契約という目的を果たすことができた私たちは、バンエルティア号でティンシアに向かっていた。
 チャットとフォッグさんはあまり気が合わないらしい(というかチャットが一方的に嫌がっている)。気分を損ねてしまったチャットはずっと機関室に閉じこもったまま出てこない。メルディとファラは「甲板で潮風に当たってくる」と言っていたし、キールは読書に夢中だ。リッドは今、眠っている。神殿の仕掛けのおかげで何度も黒焦げになったから疲れてるんだろうな。
 特にすることもなく暇になった私は、だらだらとベッドに転がっていた。ティンシアまでまだ結構かかるらしいし、何をしよう。

「暇だ……」

 そう呟いた瞬間、クレーメルケイジが光り、レムが出てきた。私は体を起こしてニッと笑う。

「あら、レムさん。お話し相手になってくれるの?」

 とは言ったものの、レムが深刻そうな顔をしているのに気づき、私は姿勢を正す。

「何か、さっきのふざけた雰囲気とは打って変わった感じだけど何かあったの?」

 私が訊ねると、レムは「いや」と首を横に振った。

「そろそろ、話してもいいかもしれぬと思ったのじゃ」

 真剣な眼差しで私を見つめる。

「わらわがの存在に気づいたのは、グランドフォールが起きてからじゃ。は異世界の者でありながら、わらわとの波長が合い、力を持っておる。がエターニアを望んだあの時、接触することができた」

 あの時っていうのは、私が学校で昼寝してたときのことだろう。エターニアを望んだ……あれはただ、早く家に帰ってエターニアやりたいって思ってただけで。まあ、確かにこの場合望んでたって言うけど。

「前から思ってた、私にある力って……何なの?」

 私の疑問に、レムが眉間に皺を寄せて俯く。
 あ、なんか重々しい空気。いつものレムの態度がアレだから、すごく重々しく感じる。

「それなのじゃが……どういうわけかはセイファートの力による「真の極光」、ネレイドの力による「闇の極光」、その両者とも持ち合わせているのじゃ」

「セイファートと、ネレイド……? それって、シルエシカでキールが言ってたね。二人とも、神様なのよね? 私にはその素質があるっていうの?」

「そういうことじゃ。「真の極光」と「闇の極光」そのふたつの極光のを同時に持つのは、ただ一人じゃ。普通は素質があってもどちらかの極光術しか使えぬ。そんなだからこそ、その力を使い、エターニアが救えると思ったのじゃ」

 どうして異世界の人間である私が両方の極光を持っているのかはわからない。生まれつきなのか、自然と身についてしまったものなのか。今まで元の世界でごく普通の家庭に生まれてごく普通に生きてきた間に何があったのか。

「真の極光術は試練を乗り越えねば使えはせぬが、闇の極光術は習得は容易な代わりに破壊神ネレイドに意識を乗っ取られる危険性がある。そこで、にはまず試練を受けてもらい真の極光術を駆使し、エターニアを救ってほしいのじゃ。もちろん、わらわも今まで通り協力を惜しまぬ……どうか、頼む」

「や、やだレム、何を今更! 当然、私はエターニアを救うつもり。極光をどうやって使うかわからないけれど……私に可能性があるなら、私はやるよ」

 力を引き出せるかもわからないけれど、この世界を救うために連れてこられたのならやるしかない。

……すまぬ! 本来ならわらわと二人でこっそりと暮らし幸せに生きてゆきたかったのじゃが、闇の極光を使う者がそれを邪魔するのじゃ!」

 そう言ってレムは私に抱きついて頬擦りをしてくる。あーいつものレムだ。でも、真面目すぎるレムより、こっちの砕けた感じのレムの方が私には親しみやすいからいいのかな。

「ところで、私が使うのは真の極光だけでいいの? 闇の極光は――」

「闇の極光術は諸刃の剣……最後の手段としたい」

 レムの表情が曇った。
 闇の極光術を使えば、破壊神ネレイドに意識を乗っ取られる、か。使い方なんてちんぷんかんぷんだけど、うっかり使わないように注意しなきゃな。




※ ※ ※ ※ ※



 ティンシアに戻ってきた私たちは、早速アイラさんに報告を済ませた。アイラさんの方もキールの設計図で作り上げた晶霊砲を見せてくれた。それは船に積み込めるくらいの程よい大きさで、事は順調に進んでいる。
 アイラさんはお礼にと、ティンシアのホテル……しかもスイートルームを予約してくれていた。代金の方もアイラさんの方から出してくれたとのことで、とてもありがたい。

「おっ、眺めいいな。流石スイートルームだぜ」

「そうだね!」

 リッドが私の横で微笑みながらティンシアの景色を眺めていた。私も思わず笑みがこぼれる。

「なぁ、あれはチャットの小屋じゃないか?」

リッドが私の肩を突付いて、あるところを指差した。リッドの指差した先を見ると海の向こう側に見覚えのある小さな小屋がポツリと見える。まさか、あんなに遠くのものが見えるほどだなんて……思わず窓に手をつきながら凝視してしまう。

「リッド、! 私たち、道具の買出しに行ってくるよ!」

「えっ、それなら私も――」

「ううん、キールとメルディもいるからそんなに人数要らないかな。折角のスイートルームだし、二人は休んでてよ!」

 ファラはウインクをして、キールとメルディを連れて部屋を出て行った。

「本当に、私達だけ休んでていいのかな。ファラのウインク可愛かったけど」

 もしかして、ファラは私に気を使っているのではないだろうか。でも、どうしてだろう? ファラはリッドのことが好きなんじゃないの? 私とリッドを二人きりにしていいの?

「ファラがいいって言ってくれてるんだ。ゆっくり休ませてもらおうぜ」

 私の、考えすぎなのだろうか。

「最近、オレたち……やたらと二人のときが多いよな」

「そ、そうだね……」

ぎこちない空気の中で、何か話す話題はないものかと考えていると、リッドがボフっという音をたててベッドに座り込んだ。リッドがそんなことを言うから更に気まずく感じてしまう。
 何を話したらいいのだろうと話題を探していると、リッドは私に隣に来るよう手招きをする。

「いよいよ明日だな」

「うん。絶対、勝たなきゃね」

 私は静かにリッドの隣に腰を下ろす。ベッドのスプリングが少し軋んだ音を立てた。

「怖いだろ、

「確かに…怖くないって言っちゃえば嘘になるよ。だけど、私、リッドがいるから平気」

「そっか……」

 リッドが、守ってくれる。私が、リッドを守る。そうやってお互いに助け合えば、大丈夫な気がした。
 バリルの夢のことを話してからというもの、その夢も見なくなった。頻度の問題なのかもしれないけれど、リッドが守ってくれてるのかな、なんて思っちゃう。やっぱり私にとって、リッドはかけがえのない存在なんだ。
 リッドが 「が必要」って言ってくれた。それに、ヒアデスに連れて行かれそうになったときも「は渡さない!」って命を懸けて私を守ってくれた。

 ――リッドの事が、好き。

 初めて会った頃は、ぶっちゃけちょっと頼りなかったけど、今ではとても頼もしいんだ。ゲームを始めた頃、私はエターニアの中ではリッドが一番好きかなーってくらいだった。その時はリッドよりも、リオンのことが好きだったし。でも、リッドと一緒に旅をしてるうちにだんだんリッドのことが、それはキャラクターとしてじゃなく一人の男の人として、好きになってしまった。
 私はエターニアのヒロインじゃないし、きっといつか私は元の世界に帰らなきゃいけない時が来る。なのに、こんなにもリッドの傍にいたくて、離れたくなくて。
 私がこの世界にいても、ヒロインを差し置いて主人公と幸せになっても許されるのなら、リッドと一緒になりたい。

「――レムに感謝するぜ」

 リッドの手が私の手に重なる。

「リッド?」

「おかげで、と出会えたんだ」

 優し気なリッドの微笑み。重なった手の温かさ。
 頬に熱がこもるのを感じながら俯く。

 今、すごく「好き」って伝えたい――

「リッド、私ね――」

「ん?」

 リッドが首を傾げる。
 やっぱり、やめておこう。だって、バリルを倒したことで世界が救われて、私が元の世界に帰ってしまったら? 一緒になれないのだとしたら?
 何よりも、これからが大変なのに浮かれていられない。それに、リッドにはファラがいるんだから。私がリッドに告白したら、迷惑だ。

「やっぱ何でもない」

「何だよ。言えよ」

 リッドが頬を膨らませながら私を睨んだ。

「じゃあ、明日みんなで帰ってこれたら言うよ。……ね?」

「本当だな?」

「うん」

「嘘つくなよ?」

「しつこいなー。嘘つかないよ」

 私が膨れると、リッドは小指を出して「指きり」と短く言った。私も小指を出し、リッドの小指と絡ませる。

 ――ごめんね、リッド。きっと約束は果たせないと思う。

 私をこの世界に導いたレムに「この世界に留まりたい」と願えば、叶えてくれるかもしれないけど、拒否されたらと思うと言えない。だから、バリルを倒せるまで言わないつもりだ。
 異世界召喚モノのアニメやゲームだと、大抵元の世界に帰ってしまう事が多い。私も帰ることになってしまったら、リッドに「好き」って、言えない。

 突然、クレーメルケイジが光りだす。レムが黒いオーラを出しながら姿を現した。

「れ、レム!?」

 レムはふぅ、とため息をつくと、手を腰に当て、眉間に皺を寄せる。

「おぬし……二人きりだからといって、よもやわらわのに厭らしい事をしようとしておるまいな?」

 い、厭らしいことって。

「ちょ! 何言ってんのレム!」

「しっ、しねぇよ! そんなこと!」

 私とリッドは慌てて重ねた手を離し、首を横に振った。しかし、レムは疑わしげに私たちを凝視する。

「よいか、。男は狼なのじゃ。常に気をつけていなければならぬ」

 ピンクなレディですか、あんたは。そう突っ込みをいれたかったが、きっとこの世界では通じないだろう。

「リッドは狼なんかじゃないよ! どっちかっていうと……そうね、イノシシだわ」

「何でイノシシなんだよ……」

「猪突猛進。食べ物のことになると周りが見えなくなって一直線」

 私の言葉に、リッドは「う……」と言葉を詰まらせた。反論ができないのだろう。

「要するに、ケダモノじゃな」

 レムがさらりと言ってのけた。
 リッドに対して優しい心遣いができないお前が一番ケダモノだって思った私は間違いでしょうか?



執筆:03年9月13日
修正:17年6月25日