3:契約



「すごい! これがエアリアルボード! 海の上飛んでるー!」

 おはようございます。今日は朝早くから潮の香りを満喫中です。私たちはファロース神殿に向かっている。さらに、私はあのエアリアルボードに乗せてもらっているのだ。

「これは風の大晶霊シルフの力によるものだ」

 キールが面倒くさそうにしながらも教えてくれる。

「おお! それは知っている知識だわ! でも、コレが使えるのって風の晶霊がいるところだけらしいね」

 そう答えると、キールは気を悪くしたのか顔がむっつりとしてしまった。

「ふん、知ってたのか。じゃあはグランドフォールの原理はわかるか? わからないだろうな。まぁ、リッドもファラもメルディもいまいちわかってないみたいだから今一度よく聞いておけよ。そもそも――」

 説明を始めたキールはやたら楽しそうだ。自分自身気付いていないのか、かなり顔が緩んでいた。昨日の彼からは考えられない表情である。それくらい、彼にとっては頭を使ったり説明するのことが好きなのだろう。
 しかしリッドやファラは頭に「?」を浮かべている。キールの話など聞かずにボタンのつけ方の話題になっていた。

「――というわけだ」

 ゲームをプレイしていただけあってのことか、キールの言っている意味がなんとなーくわかる。リッド達がわからなそうにしていたから、とても難しい事を言っているのかと思ったが、実際そうではなかった。

「……そっか、セレスティアとインフェリアは引寄せられ合って終いには二つの地表がぶつかり、押しつぶされ合ってどちらもただでは済まなくなる、ということね。それに関係しているのはオルバース界面の黒体。あれが磁石みたいな役割をして、セレスティアとインフェリアを引寄せているの?」

「ああ、僕の理論が正しければそういうことになる」

 かれこれ1時間くらい語りあっただろうか。最初はグランドフォールについて、次に大晶霊とエターニアについて。最後に今話していた黒体について。

「おい、そろそろ頭の痛くなる話やめとけよ。神殿が見えてきたぜ」

 リッドが潮風に赤い髪を靡かせながら言った。キールが話を切られて不服そうな顔をした。私はこっそりと「またお話聞かせてね」と耳打ちをすると、キールは機嫌を直したのか、顔を緩ませる。リッドの向こうを見れば、神殿が見えた。

「うっわぁ! 大きい神殿ッ!!」

「ほんとだ! 大きいねぇ」

 私のあとにファラが続く。するとキールが前に出て言い放つ。

「光の橋はファロース山の頂上にある。しかしファロース山は崖崩れが多いと有名だ。出発は明日にして今日は体を充分に休めた方がいい」

「そだな! メルディ賛成!」

 メルディは両手を上げて喜んだ。リッドも無言で頷く。



※ ※ ※ ※ ※



 神殿の入口付近まで来ると、エアリアルボードから降りる。神殿も山も間近でみるととてつもなく大きい。この神殿ではセイファートが崇拝されている。とりあえず神殿の中に入り、寝床を貸してもらうことにした。部屋は一人ずつ使用していいとのことで、私たちは遠慮なく一人一部屋借りることにした。

「さっきも言ったように明日は登山だ。今日は充分体を休めておけよ」

「特にお前がな」

 キールが注意しているのにチャチャを入れるリッド。当然キールは怒り出し、リッドはケラケラと笑い出した。ファラとメルディもそれを見て「また始まった」という顔をし、結局ファラが二人を窘めて終わる。
体力に自信がないキールの気持ちがわかる私は、キールが不敏でどうにかフォローしたくて。

「キールは大丈夫だよ! ここに来る時だってモンスターから私を庇ってくれたし! キールは頼りになるんだから!」

ッ――」

 息巻く私に、キールは頬を真っ赤にしてしまった。するとすかさずリッドとファラがキールをからかい始める。火に油。私はトドメを刺したようなもんだ。
 ――おかしい、こんなはずじゃあなかった。

、キール好きか?」

 突然メルディがそんなことを言い出した。好きって「like」の方なのだろうか? それとも「love」の方なのだろうか? まぁ、まだ私たちは出会ったばかりだし、「like」に決まっているだろうと決めつけ――

「うん、好きだよ? メルディもファラも大好き!」

 その答えが「like」の意味で受け取ってもらえるように保険かけて答えると、メルディが首を傾げた。

「リッドがことは?」

「もちろん大好き!」

「ワイール! 、みんながこと好きか! メルディも大好きだよーぅ!」

 メルディが喜び、くるりと踊るように回る。天使か。自然と、私も微笑んでしまう。メルディは不思議だ。

「明日は登山だから早く寝なきゃね」

「はいな! 頑張ろーな!」

 メルディに手を振って、私は割り当てられた部屋へ入った。部屋の中は掃除が行き届いていて、とても綺麗であった。ベッドもとても柔らかそうでふかふかだ。私はベッドにダイブすると、ゴロンと大の字になった。

「リッド達、みんな面白いし優しいし……なんか居心地がいいな」

「んんー、んんー、ゴホンッ! あの、!」

 コンコンとドアをノックする音が聞こえる。この声はキールだ。何の用だろう?
 とりあえず私は中に入れることにして、私は重たい体を起こす。

「はーい、どうぞー?」

 すると、ドアが開かれて顔を赤くしたキールが入ってくる。

「えっと……どうしたの? 具合悪いの?」

 熱でもあるんじゃないか? 明日は登山なのに。こういうときは休んでなきゃダメじゃあないか。
 キールは私の手を取って大真面目な顔をしながら私を見つめた。

「あのさ、さっきは……ありがとう」

「え?」

「ほら、さっき、僕が頼りになるって言ってくれたじゃないか。……その、すごく嬉しかったから、さ」

 いや、結局私のせいでもっとからかわれたきっかけを作ったアレのことか。

「ううん。ホントキールは頼りになるから。だって、晶霊術もすごいけど、お勉強もできるでしょー。私なんか全然ダメダメ。戦闘も基本的にまだ石投げるくらいしかできないし、勉強もできないし。だから、キールが揶揄われてるのを黙って見てられなくてさ」

「そんなことない!」

 自嘲する私に、キールが否定の声を上げる。
 いや、でも私はウソなんか一つもついちゃいない。まだ、みんなの役に立てる程強くもないし、晶霊術だって簡単な術しか出せない。事実、石投げている方がダメージ大きいし。

「ここに来る途中グランドフォールの原理説を話しただろ。リッド達にも聞かせたけど内容を理解できたのはだけだった。少なくとも僕にとってははいてくれるだけで本当に――」

「キール?」

「何でもない! それより、はレムとどういう関係なんだ? ずっと、それが気になっていたんだ。今の所、フィブリル以外に特別な力があるようにも見えない、ただの女の子じゃないか」

 今までにも無いくらい真面目なキール。
 まぁ、隠す事でもないだろうしな。いつかは話すことだろうしね。しかし、その答えはキールの求める答えじゃない。

「レムには突然拉致されて連れてこられた――それが何故私だったのかは、それは私もレムに訊きたいわ」

 私がそう言うとキールはキョトンとしてしまう。

「――じゃあ、本当には普通の人間? なら、どうしてレムは……いや、これ以上考えてもわからないか」

 そう、レムに訊ければ話は早いんだけど、どうやったらレムを呼び出せるかわからないのが悩みどころなのよね。
 ――そういえば、キールもクレーメルケイジ持ってるんだよね。そうだよ。訊けばよかったよ。どうして今まで訊かなかったんだろう。私はなんて阿呆なんだ。

「私もキールに聞きたいことがあるの! この恥ずかしい形のクレーメルケイジなんだけど、昨日レムからもらったの。しかもこの中にレムがいるの。これはどのように使うの?」

 コンパクト型のクレーメルケイジをキールに差し出した。実のところ使い方が解らなくて一度も使っていない。宝の持ち腐れとはこのこと。するとキールは目を丸くして私からクレーメルケイジのようなコンパクトを受け取った。

「これは……形は斬新だけど、クレーメルケイジ……だな。、お前まさか、あの光の大晶霊レムと契約したのか!?」

 やはりレムはスゴイ大晶霊なんだね。なんかうさんくさかったけど。とにかくキールはクレーメルケイジ(仮)を舐めまわすように観察する。

「……そういえばレムが必要な時呼べって言ってたから呼べば出るかも」

「そうか! じゃあ呼んでくれないか?! 普通に名前を呼ぶだけでいいんだ!」

 テンション高めのキールは目を輝かせている。まるで新しい遊びを見つけた子供だ。

「おーい、レムー」

 するとクレーメルケイジ(笑)が輝き、その中から白い光を発光させながらレムが出てくる。嘘だろマジかよこんな呼び方でもいいのか。神聖さもクソもありゃしない。

「何かあったのか、?!」

「す、すごい……すごいよ!」

「いや、ある意味すごいのはレムだけどね!?」

 契約の方法が最悪だけど。まさか女同士でキスしたなんて口が裂けても言えない。例え相手が大晶霊だとしても。これは人生最大の汚点だ。

「ふ……はわらわが見初めたおなごじゃ。わらわにはを守る義務があるのじゃ。まずはそこの悪い虫を消すとするかのう」

 ――見初めた。
 いつどこで見初めたかは知らないけど、私が選ばれた理由は至極単純なものだったことにガッカリした。
 とりあえずキールに攻撃しようと構えるレムを制することにした。
 キールとレムの二人にクレーメルケイジの使い方を教わること30分。なんとか私は晶霊術がまともに使えるようになった。これで少しは戦闘がラクになるかもしれない。

「ありがとね、キール、レム」

「礼には及ばぬ。わらわはおぬしらに期待しておるぞ」

 そう言ってレムはクレーメルケイジに入っていった。

「それじゃあ、僕もそろそろ休むよ。……今日はありがとう」

「ううん、こっちこそありがとう! おやすみ!」

 キールも部屋を出て行く。今日はキールと仲良くできたな。昨日の態度からして考えられないかも知れない。
 明日は山登りだ。学校の林間学校以来だ。みんなに迷惑をかけないように頑張らなきゃ!



執筆:03年8月19日
修正:16年11月27日