20:極光の力
以前のオレは幼馴染のファラの事しか考えていなかった。
オレとファラとキールが小さかった頃に、立ち入り禁止だったレグルスの丘に入って星のかけらを取ってきたことで、ラシュアン村は魔物に襲われて多くの死者が出た。その中にはオレの父さんも含まれた。
あの日以来、同じ痛みと罪悪感を唯一共有できたのはファラとキールだけだ。キールがミンツに行ってからは、ファラしかいなくなってしまった。
他人に干渉されるのが嫌いだった。村人は表面上は取り繕ってくれるが、裏ではオレたちを恨んでいるからだ。だったら、関わらずにいる方がお互いに幸せだったんだ。
だんだん女らしくなっていくファラを意識することもあったけど、今思えばオレはただ彼女に依存していただけなのかもしれない。
この旅だって、と出会うまではどうしてオレが世界を救わなきゃいけないんだとか、他の誰かがやればいいと思っていた。けど、初めて守りたい存在ができて、その為に世界を救わなきゃなんねぇと思った。
最初はろくに戦えなかったくせにどんどん強くなっていく姿とか、美味いメシを作ってくれる姿とか、オレに笑いかけてくれる姿とか……を目で追う事が多くなって、これが恋だと気づいた時、世界に色が付いたんだ。
何よりも大切で守りたいと思ったのに――
「……」
オレは守れなかった。を守れなかった。守ってやるって誓ったのに。
オレはとシゼルが消えていくのをただ見てることしかできなかった。
はシゼルを「ネレイド」と呼んでいた。それに、は敵としてオレたちの前に現れたら、そう言っていた。
あいつは何を知っているんだ? どうしてオレたちに何も伝えないまま行ってしまった? 本当は、最初からオレたちの敵だったのか?
――いや、それは絶対にねえ。あいつは間違いなくオレたちの味方だった。
……オレがもっと強ければ、こんなことにはならなかったんだ。結局、に守られちまったんだ。
が連れて行かれたあのあと、城は崩れはじめた。動けなくなったオレたちは成す術なく死を覚悟していたが、そこへモンスターを蹴散らしてくれていたフォッグ率いるシルエシカ軍が来てくれた。シルエシカ軍はオレたちを担いで城から脱出し、間一髪のところで城は原形をとどめないくらいに崩壊した。あの時フォッグ達がが来てくれていなかったらと考えるとゾッとする。
「ありがとう、フォッグ」
「いいや。オレ達だけのおかげじゃない。アレだ。アレ」
フォッグはとある方向に首を向けて見せる。そこにはいるはずのない人物がいた。
――レイスだ。
どうして、あいつがここに! まさかオレたちを追って……? いや、だけどセレスティアに来るにはレムの光の橋が必要だ。レムが、レイスに光の橋を渡らせたというのか?
「やぁ、リッド。久しぶりだな」
レイスはコツコツと足音を立てながらオレに歩み寄り、薄く笑う。
「どうやら私は来るのが遅かったようだ。やはり……あの娘は連れ去られてしまったか」
レイスの口ぶりは、の事を何か知っている様子だった。だけど、今のオレはそのことさえどうでもよく感じてしまう。
「はオレたちを守るために自分からシゼルに向かっていって、連れ去られたんだ。オレは何もできなかったんだ。守るって言ったのに! 守られたのはオレなんだ!」
「リッド……」
オレが行き詰ったり落ち込んだりした時はがいてくれた。何故だかわからないけど、オレがラシュアンの村を出る少し前からその気配を感じていた。ずっと、見守ってくれていた気がするんだ。だから、ここまで来れたと思う。
けど、そのはいない。気配だって感じない。オレがを守ってやれなかったからだ。
レイスはオレが落ち着くまで、責めることも慰めることもなく、オレの傍で瓦礫の山となった城を見つめていた。
※ ※ ※ ※ ※
シルエシカのアジトに戻ってきたオレたちは休息を取っていた。
あれは夢だったんじゃないかって、目を覚ませばがまたオレに笑いかけてくれるって、そう思いながら目を開けても、やっぱりはいなかった。
オレは、どうすればいい……? 今のままの力じゃ当然シゼルに勝てるわけがない。も助けられない。
ふと、が行ってしまう直前に託されたクレーメルケイジをポーチから取り出し、握りしめる。レムなら、何か知っているかもしれない。そう思って、オレはレムを呼んだ。
「教えてくれ、レム! はどうしてシゼルをネレイドと呼んだ? どうして…がシゼルに連れていかれたんだ! は何を知っているんだ……っ!」
オレの呼びかけに応えてくれたのか、クレーメルケイジが光り、レムが姿を現す。その大きな羽をバサリと広げ、上からオレを見下した。いつものふざけた雰囲気は一切ない。
「の正体、話すときがきたようじゃな」
そう言ったレムの表情は、どこか寂しそうで。いつものレムは覇気があるけれど、今はそれを微塵も感じなかった。
の正体とは……本当はの口から聞くべきだったんだろうけど、今はそうも言ってられねぇ。
「ああ。教えてくれ」
レムはこくりと頷き、口を開いた。
「リッド。は、わらわが異世界から連れてきた者なのじゃ。この世界の者ではない」
「それは、確かも言っていたな――」
がこの世界の人間じゃない。
意識が朦朧としている時に聞いたの言葉は、幻聴ではなかったのか。
「はここより遥かに平和な世界に住んでおったのじゃ。しかし、何故だかは判らぬがは真と闇の極光を持っておってな。わらわは世界を救う事に繋がるやも知れぬと思い、をこの世界に連れてきたのじゃ」
「真と闇の極光――」
「しかし、それは仇となり結果の存在に気づいたネレイドがを狙ったのじゃ。あのシゼルという者はが言ったとおり、ネレイドに操られておる。ネレイドは闇の極光の素質がある者の意識を乗っ取ることができると聞く……シゼルの身体が限界がきているならば、を次の器にするのか、あるいは――」
「待てよ! それじゃ……がオレたちの敵になるかもしれないと言っていたのは!」
レムの言葉を遮り、声を荒げた。具体的にそんな話を聞いてしまって冷静でいられるわけがない。
「そうじゃ。ネレイドがの意識を乗っ取り、操る可能性がある。それともうひとつ……真の極光も持っているが両極光をフリンジすれば危険な存在になるのじゃ。いわば、爆弾のようなものなの――自爆などしようものなら、世界がどうなるかわからぬ」
「そんな危険な力があるのに、どうして連れてきたんだ! お前が連れてこなければ、は危ない目には合わなかったんだろ!?」
理不尽で無責任なことを言っている自覚はあった。しかし、平和な世界で生きていたをオレたちの世界の事情に付き合わせて危険な目に合せてしまっている事が悔しくて、ついレムに当たってしまう。レムがを連れてきてくれたからに出会う事が出来て、ここまで来れたんだ。
レムは目を伏せ、頭を下げる。
「すまない。しかし、わらわがの存在に気づけたのじゃ。わらわが連れてこずとも、遅かれ早かれネレイドがの存在に気づいた可能性もある」
「……」
オレは言葉が出なかった。まさか、が異世界の人間で極光を……しかも真と闇の二つを同時に持っているだなんて思ってもなかった。
がオレたちの敵になる? それを、オレが倒せというのか? 大切な人をこの手で殺めるというのか……?
そんなの、オレにはできねぇ。無理に決まっている!
「の極光は潜在的な力こそ大きいがまだ未熟なものじゃ。使えるようになるまでには恐らくまだ猶予があるはず……リッド、どうかわらわと共に……を助けて欲しい」
「言われなくても、そのつもりだ!」
を助け出す方法は何かあるはずだ。オレはその方法を探し出して、を救う。そして、ネレイドを倒してグランドフォールを止める。
だけど、その後だ。ネレイドを倒したら、異世界の人間であるはどうなるんだ? ずっとこの世界にいるのか、それとも――
「なぁ、レム。はこの戦いが終わったら……」
「元の世界に帰さなければならぬな」
「そっか」
やっぱり、そうなるよな。だからはあの時「約束は守れない」と言ったのか。帰っちまうって最初からわかってたんなら、約束なんて無意味じゃねぇかよ……。
がティンシアのホテルで何を伝えたかったんだろうと考える。やっぱ、自分が異世界から来たという事を伝えようとしたのかもしれない。それなら、納得がいく話だ。
が帰っちまったら、オレはどうなるのだろう。がいない世界で、旅に出る前のようにラシュアンの村で平穏に暮らしていくのだろうか。その日生きられる分の狩りをして、毎日同じことを繰り返して、ずっと一人で――。
と共に生きていくという未来が、欲しかった。
「リッド――」
レムが心配そうにオレを見つめる。いつもと違ってしおらしいレムを見ていると、違和感があった。
「オレは平気だぜ。あいつが幸せになれるなら、どこにいようが関係ねぇよ。それより……レムはどうしてレイスに光の橋を与えたんだ? あいつはオレたちの敵じゃねぇのか?」
これ以上はオレが虚しくなってくる。だからわざと話題をすり替えた。
「それについては、わらわではなくレイスに話を聞くべきじゃ」
※ ※ ※ ※ ※
全員が落ち着いたところで、フォッグの部屋を借りてレイスとの話の擦り合せを始めることになった。
「一体何故レイスがここにいるんだ? 僕たちを捕まえる気はなさそうだが、王の命令はどうなった?」
助けてもらったものの、キールは警戒心を露わにしながらレイスを鋭く睨みつけた。
元々オレたちはセレスティアに味方する罪人としてインフェリア国から追われていた。インフェリアの元老騎士という身分であるレイスがオレたちを捕らえて殺すのはわかるが、助けてもらう理由などあるのだろうか。
オレたちの敵ならレムが光の橋を与えないはずで、セレスティアには来れないはずだ。レムがレイスをセレスティアに連れてきた意図は何だ……?
「このセイファートキーはインフェリア王国の国宝なのだが……セイファートキーがここを示した。だから私はここに来たのさ。私はこのセレスティアに渡り、セイファートキーに導かれてガレノスを訪ねた。そこで、事情が変わったのだよ」
レイスはセイファートキーと呼ばれたそれを取り出し、切なげにそれを見つめた。セイファートキーがキラリと光る。
「ガレノスに会ったのか!」
キールの言葉に、レイスが頷いた。
「ああ。そこで、私はバリルの存在と極光の存在を知った。 私には真の極光の素質があり、バリル……いや、シゼルに対抗できうる力があることも――」
レイスが、シゼルに対抗できる真の極光の力を持っているだと!? それなら、こいつが協力してくれれば、を救えるかもしれねぇってことか!
「レイス! 頼む! オレたちに協力してくれ! オレはどうしてもを助け出したいんだ!!」
「落ち着けリッド。私は君たちに協力するために今ここにいる。それよりも攫われたについての話と彼女をどう救出するか策を練る必要がある。リッド、の力のことは知っているか?」
レイスはオレを宥めると大きく息をついた。のことについては、キールたちにも話しておく必要があったし、丁度いい。
オレは先程のレムとの会話を思い出した。
「ああ、さっきレムから聞いた。 は真と闇の両方の極光の素質がある。シゼルを操っているネレイドという破壊神がのその力を利用する気らしい。シゼルに替わっての身体を乗っ取る気なのか、真と闇の極光をフリンジさせて爆発を起こしてエターニアを滅ぼすつもりなのかはわからねぇこと。けど、の力はまだ未熟だから少しの猶予はあるらしいってな」
が異世界から来た人間だという事は伏せておいた。これはまだ言うべきじゃない。皆に余計な心配をかけたくなかったからだ。
「そうか……やはりシゼルは操られていたのか。そうでなかったら、グランドフォールを起こすことは普通の人間にはできない。それにしても、ネレイド――ただの言い伝えではなかったのか」
キールの呟きに、メルディが眉を顰めた。
「……シゼルは、メルディが小さい頃バリルが殺されて……それからおかしくなったよ。きっと、シゼルが闇の極光があったからネレイドが操れたんだと思う」
も、万が一闇の極光術を使えばシゼルのように――そんなこと、させねぇ。させてたまるか!
「それはわかった。しかし、メルディはシゼルとは一体何の関係があるんだ? 何でそこまで詳しく知っている?」
「し、シゼルは……シゼルはメルディがおカーサン。バリルはメルディがおトーサン。ゴメンな。メルディ、今まで言えなかったよ」
「メルディ、今まで辛かったでしょう? お母さんが敵なんだもん。言えなくて当然だよ」
ファラは肩を震わせながら今にも泣き出してしまいそうなメルディをそっと抱きしめた。
ティンシアのホテルの屋上で、メルディと思い出の話をしたことを思い出したオレは胸が締め付けられるような思いだった。
「リッド、真の極光を使うんだ。ネレイドの闇の極光術に対抗するために。大切な人を守るために極光術はある。を守りたいのだろう?」
レイスは静かに微笑み、オレはレイスの言葉に首を傾げた。
「オレが、真の極光を……? 何言ってんだ?」
待ってくれよ。どうしてオレが真の極光を使えることになってんだよ。極光というのは、素質がないと使えないはずだ。オレにはそんな素質があるわけない。
「ガレノスから聞いたんだ。実は私と君には同じフィブリル、真の極光があるらしい。逆に、メルディには闇の極光がある。ガレノスはそう言っていた。真の極光を極めるために、共にセイファート試練を受けないか?」
オレに真の極光、メルディに闇の極光の素質がある……そうか、だから不意にメルディに触れられると光が迸ったのか。レムの話からすると、あれは極光同士が反応してフリンジを起こしかけていたという事か。
真の極光術が使えれば、ネレイドに対抗できる。つまり、レイスに頼らずオレが、この手でを助けることができるんだ。
「いいぜ、試練だろうがなんだろうがやってやる。オレは強くなって必ずを助け出す!」
オレがそう答えるとレイス、ファラ、キール、メルディは力強く頷いてくれた。
たとえどんな試練だろうと、を助けることができるなら乗り越えてやる。
「時が来ればセイファートキーが試練の場所を示してくれる」
レイスの手の中にあるセイファートキーは静かに光り輝いていた。
執筆:03年9月13日
修正:17年6月24日