23:閉ざされた世界の中で
ネレイドと私が友達になって数日が経った。まだゼクンドゥスが現れることはなく、帰る術がない私は日がな一日ネレイドとお喋りしたり昼寝をしたりと怠惰に過ごしていた。懐かしき、この感覚。まるで夏休みのようだ。
ネレイドの神の力はこの隔離された場所では力が制御されてしまい、使えないのだそう。リバヴィウス鉱という石が原因と説明されたけれど、正直何のことかさっぱりわからなかった。
この数日でネレイドの人となりがわかった。博学で、優しくて、大人しくて、寂しい人。
ネレイドは今まで一人ぼっちで生きてきた。誰とも会うことなく、誰とも話すことなく、一人で。自分以外の人間と話したのだって、もう十数年ぶりだと言っていた。
私には、想像できない。一人で閉じ込められて、誰も自分に会いに来てくれないどころか、恐れられるなんて。
ネレイドは、色々なことを話してくれた。神の力である、闇の極光のこと。その力の暴走のせいで両親を殺してしまったこと。自分が捕まった時に、妹が庇ってくれた事。それ故に、悪魔の使いだと言われて妹が殺されてしまったということも。
今まで一人で生きてきたネレイドが「友達ができて嬉しい」と言った。やはり、一人は寂しかったのだ。
「!」
ネレイドが大声を上げて私を呼んだ。私は何事かと思い、目を丸くする。ネレイドが大声を出すなんてことは滅多になかったのだ。
「どしたの? 珍しいね、大声出すなんて」
当のネレイドは顔を真っ青にしながら私を見ている。そして息を飲み、私の肩を掴んだ。
「落ち着いて聞いてください。今、外の人間がこちらに向かってきています」
「どういう、こと?」
「彼らがの存在に気づいたのです。私に関わったものは……皆殺されます」
「……そう、なんだ」
「しかし、絶対に守り抜きます。、私を友と呼んでくれたあなたを」
ネレイドの真剣な眼差し。また、「守る」か。私はどれだけみんなに守られればいいの? リッドもネレイドもどうして守ろうとするの? 私だって、リッドを、この時代のネレイドを、守りたい。
「私のこの力は、大切な人を守るために使いたいと思っています。その為の力だと、思うのです」
「ネレイド……」
彼の今の言葉、元の時代に戻ってネレイドに聞かせてやりたいと思った。どうして、こんなに優しい人があんな風になってしまったのだろう。
私はネレイドを見つめる。するとネレイドは「心配しないで下さい」と微笑んだ。
私とネレイドは家から飛び出し、身を潜めていた。武装した人々が家の中に入っていくのが見える。部屋が荒らされる音に加えて、銃声も聞こえた。
私達がいないことに気づいたのか、家から出てくる。あたりをきょろきょろと見回した後、八方に散り散りになって走っていった。私達を探し始めたのだろう。見つかったら、確実に殺されてしまう。
「見つかるのも時間の問題です。はそこでじっとしていて下さい」
ネレイドが静かに立ち上がった。
「ネレイドは?」
「彼の者達を追い払ってきます。念のために、これを……」
ネレイドから、一本の剣を渡される。
「護身用です。もしもの時は、使って下さい」
淡々とそう告げると、咄嗟に駆け出した。
「待って! なんとかっていう鉱石のせいで力が使えないのでしょ!? 今出て行って見つかったら、ネレイドまで殺されちゃう!」
私がネレイドを制止すると、彼は優しく微笑んだ。
「私のような危険な存在は、本来ならすぐに殺されているはずですよね? しかし私は今もこうして生きている。つまり、彼らは私を殺すことができない」
そう言ってネレイドは走っていってしまった。
取り残された私は、息を潜めてネレイドの無事を祈るしかできなかった。
※ ※ ※ ※ ※
夜が明けようとしていた。半日経ってもネレイドは帰ってこない。
ネレイドは「彼らは私を殺すことができない」と言ったけれど……もしかして、何かあったのではないだろうか? 守られているだけではダメだ。私もネレイドを守らなくちゃ。
持ってきた武器を片手に、私は駆け出す。
――その時だった。
「いたぞ! 捕まえろ!!」
飛び出た瞬間に見つかってしまうなんて。
ここは戦うしかない。私は剣を構える。剣を振り回したことなんて皆無に等しい。リッドに剣を借りてお遊びで文字通り振り回したくらいだ。そして、相手は複数。続々と武装した人たちが集まってくる。一気に囲まれてしまった私は絶体絶命の状況になっていた。
「愚かだな、自分から出てくるとは」
「ね、ネレイドはどこ!」
私は相手を睨みつける。しかし、相手は怯む事無くあくまで強気な姿勢で訊ねる。
「さぁな? 恐らく逃げたのだろう」
武装した奴らの一人が答える。
逃げたんじゃない。逃げるわけない。向こうも知らないみたいだし、まだネレイドは掴まっていないということが窺えた。
「殺せ」
武装した奴らが私に飛び掛ってくる。避けるのに必死で、攻撃する余裕が無い。体に刺さる痛みに耐えながら、私は必死に避けた。息が上がってくる。痛いし、ツラいし、しんどい。
もうダメなのかと思ったその時――
「から離れろ」
禍々しい気配とともに現れた、ネレイド。本当に、ネレイドなのだろうかと疑ってしまう程の変わり様だった。黒い霧のようなものを身に纏いながら、ネレイドは一歩一歩こちらに向かって歩いてくる。
「お前……何故!? お、おい! リバヴィウス鉱はどうした!」
「リバヴィウス鉱は全て取り除いた。そう、この力を使うには邪魔だったのでな」
ネレイドはニヤリと笑うと、手を振りかざす。
「アブソリュート」
その瞬間、先程まで私を襲っていた人たちが一瞬で肉の塊になっていく。悲鳴と共に、断末魔の叫びがあたりに木霊した。それはあまりにも恐ろしい光景で、私は膝をついてただ呆然とその光景を見ていることしかできなかった。
そして、その場には私とネレイドだけが残り、ネレイドが私を見て微笑んだ。
「……」
その時、私達を巻き込んで爆発が起こった。一瞬のことで、何が起こったのかもわからなかった。
※ ※ ※ ※ ※
もうダメだと思って目を閉じたが、私は生きていた。ピクリと瞼が動く――動く。
目を開ければ、そこにはゼクンドゥスがいて。
「ゼクンドゥス!」
「まさかあの時代にいたとは思わなかった。迎えに来るのが遅くなってしまってすまなかった」
いや、ナイスタイミングだよ、ゼクンドゥス! 本当に死ぬかと思ったもの。
だけど、ネレイドはどうなったのだろう。一緒に爆発に巻き込まれたはずだ。
「ちょっと待って! ネレイドはどうなったの……!?」
ばっと飛び起きて、私は辺りを見回した。しかし、ここは数日前にいた場所――ネレイドの居城だ。だけど私がいた牢屋ではなく、どこかの通路のようだ。
ああ、私、一番ダメなタイミングで戻ってきちゃったんだ。
何もできなかった。友達だと言ってくれた、私を守ろうとしてくれたネレイドに、結局何もしてあげられなかった。
「過去で何があったかは知らぬが……お前以外の人間たちが、この城に入ってきたそうだ」
ゼクンドゥスはフッと微笑む。
私以外の人間たちが、この城に? それってもしかして――
「ありがとう、ゼクンドゥス!」
私は手にしていた剣を持ち、立ち上がった。ネレイドの剣を、ぐっと握りしめた。
執筆:03年9月13日
修正:17年06月25日