25:変われる強さ
レムに異世界から連れてこられた。最初は気になる程度だったのに、いつの間にか好きになっていた。がネレイドに連れ去られてからは我武者羅だった。一心不乱に、を助け出すことだけを考えてここまできた。ようやく会えたは敵に回ることもなく無事でいてくれた。だから、この世界を守り切りたい。
が元の世界に帰る前に伝えたいこの気持ち。「好きだ」って伝えたら、はどんな顔をするだろう。困った顔をするのだろうか、それとも、喜んでくれるのだろうか。
そして、あの日のティンシアのホテルでの約束。このまま果たせないなんてこと、ないよな? オレに伝えたかったこと、あるんだよな? きちんと、の口から全部聞きたいんだ。
だから、絶対になんとかしてやる! みんなで一緒に、帰ろうぜ。
もしも、仮に……がこの世界に残ることができたのなら……一緒にまた、星を眺めよう。今度は二人で旅をして、落ち着いたら旅をどこか静かな所でひっそり暮らしたい。結婚して、子供ができて、二人でじーさんばーさんになって……そうだな、には悪いけど、最期はに看取られて死にてぇな。
だから、こんなところで死ぬわけにはいかねぇ。可能性のあるある未来のためにも、オレは……ぜってー諦めない。
※ ※ ※ ※ ※
「リッド! !」
私達を追って階段を駆け上ってくるキールたちの姿が見えた。
みんな、無事だったんだね! よかった……誰一人欠けることなく無事で。
「無事だったか!」
リッドは真っ先に駆けてきたキールに喜びの表情を見せる。キールはコクリと頷き、そして私を見て微笑んでくれた。
「ああ。戦いの様子は下から見てた。よくやったな」
キールの後ろから、ファラとメルディが続いてくる。
「! 遅くなってごめんね!」
「ワイール! ~!」
「みんな……え? 何でレイスがここに?」
そして何故か敵であるはずのレイスまでもが駆け寄ってきた。私がいない間に一体何があったのか。
「ファロース山以来だな、」
「あれ、あれ? 敵であるはずのレイスがどうしてここにいるの?」
「それは追々説明しよう。それよりも今は、このグランドフォールを止めなくては。このままではエターニアは滅びてしまう!」
レイスがこの場にいる状況に頭の中で整理が追いつかなくなるが、今はそれどころではない。
さっきよりも揺れが激しくなっている。事は一刻を争うのだ。
「いや、この揺れは恐らくグランドフォールによるもの……きっと臨界点を超えたんだ。残念だが……もう、誰にも止められない」
「そんな……!」
キールの言葉に、誰もが言葉を失った。
エターニアを救える可能性はゼロなの? 私たちにできることは何も無いの?
私はそっと、隣にいるリッドに視線を移した。リッドもまた、私を見ていた。リッドは苦笑いを浮かべて、私を抱きしめた。それはまるで、別れを惜しむかのように。しかし、その予感は当たっていた。リッドはこの状況の中冷静に様子を見ていたレムに叫ぶ。
「レム、を頼む。せめてだけでも……助けてくれ」
「リッド……?」
私の意思を無視して、リッドがレムに懇願する。
「せめて……だけは生きてほしい。もともとはこの世界の人間じゃねぇんだ。連れてくることができたなら、帰すこともできるんだろ?」
「それは……そうじゃが――」
リッドもレムも何言ってるの? 私一人だけ助かるなんて絶対嫌なんだからっ!
「リッドのバカッ! ふざけんな! 私一人だけ助かったって嬉しくないし、迷惑なんだよ!」
私は必死にリッドに抱きつく。リッドは困った顔をして私の名前を呟いた。
リッドの気持ちはわかる。私も立場が逆だったらリッドを逃がしてた。だけど、嫌だ。みんなを残して一人だけ生きるなんて、できっこないもん。
「死ぬときは、みんなと……リッドと一緒がいい。私、このまま元の世界には帰らないよ。ううん、助かったって本当は帰りたくないの。家族と会えなくなるのは寂しいけどリッドたちと会えなくなる方がもっとつらいの!」
「……」
私はリッドの胸に顔を押し付け、力いっぱい抱きしめる。リッドもそれに応えてくれて、何があっても離れないってくらい抱きしめてくれた。
次の瞬間、私たちの体が発光し、部屋が消え、外に出た。そこは何かの遺跡みたいで、私たちの目の前には大きな黒い球体がある。
「ここは……?」
ファラとメルディが首を傾げる。
「バテンカイトスから抜け出たみたいだな。あの黒い球体はセイファートリングの核だろう」
「その通りです。このエターニアを支えるセイファートの創造物。あれを破壊すればあるいは助かるかもしれません。可能性は限りなくゼロに近いですが……」
ネレイドの言葉に、キールが目を細めた。
「それは、上手くいったとしてもインフェリアとセレスティアは空間的に無関係になるんじゃないのか? 完全に分断されるんじゃないのか? それに、上手くいかなかったら一瞬で消滅するだろう」
「それこそグランドフォールよりタチが悪い」とキール。
「しかし、このまま死ぬのならやってみる価値はありませんか?」
ネレイドの提案に、ファラが拳を握った。
「ねぇ、やってみよう! 可能性はゼロではないんでしょ? ネレイドの言う通りだよ。何もしないでこのまま死んじゃうなんて、絶対にダメ!」
「やるなら強力なものの方がいい。リッド、極光術はまだ使えるな?」
「ああ」
リッドがレイスの言葉に頷いた。
どうやら満場一致でセイファートリングの核を壊すことに賛成のようだ。
「極光術フリンジするよ」
メルディが右手を上げて、核の前で構える。
「そうか……真と闇、二つの極光術をフリンジすれば凄まじい破壊力になるな。でもメルディ、お前の体が持たないだろう!」
キールは額に冷や汗をかきつつ、怒鳴った。しかしメルディは怯むことなく、話した。
「わかってる。それでもいいの。メルディ、決めてた。必要なとききたらこのチカラ使うって。メルディ、みんながこと大好きだから」
二人の会話からして、メルディは闇の極光の素質があるのだとわかる。闇の極光術を使っても、もうネレイドに意識を乗っ取られる心配はないとはいえ、いきなりぶっつけ本番で闇の極光術を使うのだろう。メルディの身体の負担が気になる。
「私も闇の極光術、使うよ!」
「いえ、私が彼女に直接力を与えます」
ネレイドがメルディを見て微笑む。
ネレイドの力が加わるなら心強い。でも、そうなったら今度は真の極光の方が火力不足ではないだろうか? 先程の戦闘で消耗しているリッドだけではきっと足りないのでは……。
「なら、私は真の極光術を使えばいいのかな?」
相変わらず、使い方はわからないままだけど――私はとにかく何か役に立ちたいのだ。でなければ、この世界に来た意味がわからない。ただ、ネレイドに捕まっただけで終わりなんてことできない。
「ダメだ。は試練を受けてねぇんだ。試練を受けないまま真の極光を使えば死んじまうんだよ」
そうだ。真の極光術は闇の極光術とは違って試練を受けなければ使えないんだ。私はまだ、ここで死ねない。
「そ、そっか……。でも、ネレイドとメルディの闇の極光術に対してリッド一人の真の極光術って力負けしない?」
「そこは大丈夫だ。これでも私も真の極光術の使い手でね」
私の不安はレイスが得意げに笑って一蹴してくれた。
なるほど、だからレイスも一緒に戦ってくれてたんだね。まさか、一回裏切ったのにまた戻ってきてくれるなんて思いもしなかった。彼も、あの場所で死なずに戻ってきてくれたらよかったのに……。
結局私にできることは何もないんだなって肩を落としていたら、リッドが私の背中を軽く叩いた。
「にはやってもらうことがあるぜ。オレの体、しっかり支えててくんねーか?」
何か役に立ちたい私の気持ちを汲んでくれたリッドが、手を差し伸べてくれた。私はその手を取り、微笑む。
「リッド……任せて!」
「そんじゃ、頼むぜ!」
レイスはファラに、メルディはキールに、そしてリッドは私に支えられながら、核の前で構えた。
※ ※ ※ ※ ※
リッドの腰に触れれば、微かに震えているのが分かった。これから起こることを思えば、きっと誰だってそうなるだろう。かくいう私も、震えが止まらずにいる。ダメだなぁ、リッドのことを支えなきゃいけないのに。こんなに震えてて、しっかりと支えられるのだろうか。
「あはは、リッド……震えてるね」
「だって震えてるじゃねーか」
「う、うん。だって、上手くいかなかったら私たちは――」
「帰ったら、またの手料理が食いてぇな」
リッドが私の言葉を遮る。唐突に話を変えられて、私は目を丸くした。
どうして、いきなり料理の話……?
「あの、何て言ったっけ? 肉じゃがか? あれは美味かった」
肉じゃがは、旅の途中で作った料理のひとつ。
丁度材料が揃ったから、日本の味を思い出したくて作ったものだった。リッドがすごく感動して何度もおかわりしてくれたのを思い出す。あの時の、何でもない旅の一コマが、今ではとても懐かしく愛おしい。
「え? ……う、うん! たくさん作るよ!!」
「絶対だぜ? 約束、しろよな」
歯を見せて笑ったリッドの身体はもう震えていなかった。腕を回してやる気を見せてくれている。
だというのに、私は未だに震えが止まらない。失敗すれば死んでしまうし、成功しても元の世界に戻るのかもしれない。そのタイミングはわからないけど、伝えるのは今しかないと思った。
「約束、といえばさ」
「ん?」
「ティンシアのホテルで伝えたかったこと――言っちゃっていいかな?」
「ああ」
唇を噛んで、唾を飲みこむ。
私の初めての、愛の告白の相手は――リッドだ。
「私ね、リッドのことが好き。大好き」
「――――」
こんなこと伝えてしまったところで、私とリッドは別の世界の人間。リッドだってそれがわかってるはずだから、黙ってしまったのだ。
「ご、ごめん! 迷惑だよね! これが最後かもしれないと思ったら、言わずにはいられなくて。この気持ちだけ、伝えておきたいと思ったの。ごめんね! ごめんね!」
何度も謝りながら、それでもリッドの腰に手を回す。すると、リッドの手が私の手に重なった。恐る恐る上を見上げると、リッドが振り返りながら真っ赤になった顔で微笑んでくれていた。
「バーカ。迷惑なわけねーだろ。オレも同じ気持ちだ。が好きだ。好きで好きでどうしようもないんだ。オレ、今すごく嬉しいぜ。が違う世界の人間で……元の世界に帰っちまったとしても、オレはこれからものことが好きだし、会いに行く方法を探す。もし一緒にいることができたら……また、キスしていいか?」
「も、もちろんだよ! これは、絶対に成功させなきゃ、だね!」
ようやく私の身体の震えが治まった。その代わりに、リッドと想いが繋がった嬉しさで涙が溢れだす。
正直、こんなにも想っていてくれてたなんて知らなかった。
「私、リッドと出会えてよかった。リッドに会ってなかったら私は今こんなに幸せになれてなかった」
「オレも。こんなに人を愛することなんてできなかったと思う。世界を守るって決めたのも、がいたから……を守りたかったからだ」
お互いの指を絡めて、ぐっと握りあう。
「じゃあ、頑張って守ってね。世界と私を! 私は、リッドを支える。倒れそうになったら、全力で支えるから!」
「ああ、頼りにしてるぜ!」
もう、何も怖くない。絶対にリッドが守ってくれる。
エターニアを救えたら、レムに訴えてみよう。
――私は帰らない、と。
※ ※ ※ ※ ※
「準備はいいか?」
レイスの呼びかけに、みんなが応える。
「ああ、いいぜ!」
「はいな! こっちもオッケーだよ!」
リッドは声高らかに叫んだ。
「いくぜ! みんなっ!!」
そして、リッドが、レイスが、メルディがが極光術を核に向けて放つ。リッドの体を支えている私は、ものすごい反動を感じた。極光術とは、これほどまでに凄いんだ。三人とも、とても辛そう、すごく苦しそう。
だけど、リッドはそっと振り向いて、私に微笑んでくれた。まるで「心配すんな」とでも言っているかのように。
――頑張れみんな。頑張れリッド。
向こう側で、メルディが倒れかけてキールが支えたのが見えた。メルディは闇の極光術の力の大きさに耐えられなかったのだろうか……そう思った瞬間、メルディ達の後ろから人影が見えた。
メルディに代わり、闇の極光術を使うあの人は――
「はぁぁぁああああああ!!」
リッドたちの極光の力が増幅された次の瞬間、もの凄い音を立ててセイファートリングの核は音を立てて壊れた。そして、私たちの立っていた場所が地割れを起こす。
「!!」
リッドと繋いだ手が、何度も離れそうになる。
「リッド!」
なんとか持ちこたえ、リッドは私の体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。
「オレに掴まってろよ!」
「うん!」
その時、立っていた場所が崩れ、私たちは空に放り出された。必死でリッドにしがみつく私。離れないようにと、一生懸命私を抱きしめてくれるリッド。
落ちる速度が速すぎてろくに呼吸もできない。
そこで、私たちは気を失った。
執筆:04年5月24日
修正:17年6月28日