26:変わらぬ思い



 頭が痛い。身体も重くて、胸も苦しい。
 私、どうしちゃったんだろう。こんなに苦しいの、初めてだ。

! いつまで寝てるんだ! いい加減に起きなさい!」

「う……」

 気づけば私は机に伏せながら寝ていた。目の前に広がるのは既に終わってしまったらしい授業で書かれた黒板の文字。隣にはにやにやと笑っている私の友人。

「おはよ、。もうとっくに授業は終わったよ? ……って、どうしたの、顔色悪いじゃん!」

 待って。どうして私、ここにいるの? 私、セイファートリングから落ちて、気を失って――リッドは? リッドはどこ?!

「ねぇ、リッドは? リッドはどこなの!?」

「え? リッドって、が今やってるテイルズの?」

「そう……!」

「ねぇ、大丈夫? 保健室行った方がいいんじゃないかな……」

 ダメだ、話が通じない。一体何がどうなってるの? 私は本当にさっきまでリッドたちと一緒にいたのに、私がエターニアに行く前の風景が広がっている。
 考えられる可能性は二つ。ひとつは私は夢を見ていた。そしてもうひとつ――元の世界に帰されてしまった。後者なのだとしたら、何て最低なタイミングなのだろうか。きっと、レムの仕業に違いない。私の意思をガン無視してくれるなんて……全くけしからん大晶霊め。

「レム……! そこらへんにいるなら返事して……」

 しかし、私がいくら呼んでもレムは来てくれなかった。呼吸は苦しいし、身体はやけに怠い。この体調不良は、異世界に行った影響なのだろうか。
 友人は心配そうに、なおかつ怪訝そうに私を見つめた。

……」

 そうだ。クレーメルケイジがない。リッドに渡したままだったんだっけ。それ以前に、私の今の服装――制服だ。学校の制服に戻ってる。武器もない。
 レムは、今近くにいない……? それとも、本当に夢を見ていただけだったのだろうか。
 リッドと、両想いになれたことも、夢だったというの……?

「――――」

 あきらめたく、ない。リッドにお別れも言えないまま戻ってきたなんて、納得いかない。

「ねぇ……、今終わったのって5限目だよね? 私、帰るね」

「え!? ちょっと待ってよ……6限目は――いや、まず保健室に行った方がいいって……!」

 エターニアのゲームをプレイしてみたら、何かわかるかもしれない。一秒でも早く戻りたい。エターニアの世界に。
 リッドと……新しく約束したんだもん。手料理、作ってあげるって。肉じゃが、作ってあげなきゃ。ちゃんと恋人同士のキスだってしたい。
 リッドと一緒に、いたい――



※ ※ ※ ※ ※



 家に帰るなり自分の部屋へ閉じこもる。いきなり家に帰ってきた娘に、久しぶりに会った母は酷く驚いていた。
「学校はどうしたの? いきなりゲームなの?」とリビングから声をかけられても私は答えを返す余裕がなかった。
しかし、それも構っていられない。
 時間が経つにつれて、どんどん息苦しさが増していく。手も痺れてきた。もう、身体が悲鳴を上げている。
ようやくの思いでエターニアのゲーム画面を開けば、いつも通りのOPが流れ始める。

 ――違う、私はゲームじゃないエターニアを望んでいるの!

 私は、テレビの画面に向かって必死に叫んだ。

「はぁ……はぁ……ふざ、けんなレム! どうして勝手に元の世界に帰したの!? 早く私をエターニアの世界に連れてけ! じゃないとレムのことなんてキライになってやるんだからぁ!」

 叫び終えた瞬間、目の前が急に白く光り、見覚えのあるシルエットが浮かんだ。――レムだ。
 途端に、さっきまでの身体の怠さと呼吸の苦しさが嘘のようになくなった。何だったのだろうと不思議に思う。とにかく、レムと接触できたのだ。
 目の前で困惑した表情のレムを睨み付けた。

「すまぬ、。本当はわらわもには残ってもらいたかった。しかし、元はと言えばわらわが勝手にを巻き込み、連れてきたことが始まりで――」

「ありがとう、レム。あなたが私を導いてくれたから、今の私があるんだよ。それは本当に感謝してる。だけど、勝手に元の世界に戻すなんて酷いと思う」

 私はレムの言葉を遮った。だって、私はこの世界に連れてきてもらって良かったと思っている。確かに最初は吃驚はしたけど、しっかりサポートだってしてくれた。本来なら戦えない私も戦えるように力を与えてくれた。不安な時だって支えてくれた。本当はしっかりしてるくせに、ふざけて私を安心させようとしてくれてるのだって実は知ってた。
 それでも、何の断りもなくいきなり元の世界に帰されたことだけは憤りを感じる。

「しかし、はこの世界の者であり、エターニアの世界の者ではない。この機を逃せば……もう、二度とこの世界には帰れぬ」

「二度と帰れないっていうのはどうして? レムがどっちの世界にも連れてってくれるんじゃないの? 現にこうやって移動させてくれてるんだし――」

 すると、レムは私から目を背けた。

「ネレイドが消えたら、わらわにもできなくなるのじゃ」

 ネレイドが、消えるというのはどういうことなの? 何で、そんなことになったの……?

「どうして……」

「わらわが異世界よりを導けたのはセイファートの御力によるものと、ネレイドの力の両極光の波動を利用して初めてできるものじゃ」

 レムがどのような原理で私を移動させているかはよくわからない。そして、今聞きたいのは異世界間の行き来の原理ではなくネレイドについてだ。

「そうじゃなくて……ネレイドが消えるって、どういうこと?」

「……ネレイドはリッドと戦い、真の極光に敗れた。具現化を保つのもやっとであったというのに、闇の極光を使い果たしたのじゃ。神という存在に死という概念はないが、長き眠りにつく。恐らく、が生きている間に目覚めることはない」

 ――ネレイドが、消える。
 そんな、せっかくまた友達になれたのに。改心したのなら、みんなで一緒に楽しくやっていけるんじゃないかって思ってたのに。

「どうにもならないの?」

「残念ではあるが、こればかりはどうにもならぬ。もう過ぎてしまったことじゃ」

「ネレイド……!」

 私には、何もできないの? 友達に、何もしてあげることができないの? 何が極光の力だ。私に極光があったところで何の役にも立たないじゃないか。結局、使えないのならただの宝の持ち腐れじゃないか……!



 不意に、ネレイドの声が聞こえた。

「ネレイドっ!」

 どこから聞こえるのかはわからない。直接頭に響いてくるだけで、その姿は見えない。

『最後にに話せてよかった』

「最後だなんて言わないでよ!」

『光の大晶霊から聞きましたね? しかしどうか、そんな悲しそうな顔をしないでください』

 私は、腕で涙を拭い、叫んだ。

「無理だよ! 大切な友達と会えなくなるのに、涙を止めることなんかできない!」

『――ありがとう、。あなたからは人の繋がりの大切さを学びました。とても感謝してます。どうか、あなたはあなたの大切な人と幸せになってください』

「ネレイド……!」

 その言葉を最後に、ネレイドの言葉は聞こえなくなってしまった。
 私、忘れない。ずっと、忘れないから。ネレイドという、不幸な中でい必死に生きてきた心優しい友達のことを。エターニアを破壊しようとしたけど、最後は自分の間違いに気づいて私たちに協力してくれたのだ。
 どうか、彼が再び目覚めた時は幸せな時間が訪れますように――。

「……本当に、元の世界に帰らなくてもよいのじゃな、

 レムが問いかけてくる。私の中ではもう、とっくに答えは決まっていた。

「帰れなくてもいい、私はリッドたちとエターニアの世界で生きるって決めたから。確かに、現実の世界の家族や友達に会えなくなるのは悲しいことだけど、私は私の一番大切な人と共に生きていきたい。私にはリッドが必要で、リッドも私を必要としてくれるんだもん」

 私の答えに納得してくれたのか、レムが頷く。

「ならば、わらわはこれからもを見守ろう。それが、この世界を救う協力をしてくれたへの礼じゃ」

 胸に手を当てながら私に頭を下げるレムが、一瞬別人のように見えてドキっとした。きっと、これが本来のレムなんじゃないかと、そう感じた。
 それでも、私は平常心を装いながらいつも通りに接する。

「わ、私は結局何もできてないんだけどなぁ……」

という存在が、世界を変えたのじゃ。特に、リッドが変われたのはのおかげでなはいか。あやつめ、最初はやる気がなく本当にわらわの大切なを託していいものかと悩んだものじゃ」

 さっきと打って変わって通常通りのレムの反応、そしてその言葉に安堵する。

「そ、そう……なんだ?」

「うむ。そうなのじゃ! ……これからもよろしく頼むぞ、

 レムに手を差し伸べられ、その手を取った瞬間、視界が真っ白になった。



※ ※ ※ ※ ※



の薄情者め……さよならも言わずに帰るなんて……!」

 レムの光の中で、リッドの悔しそうな表情が見えた。震えて掠れた声で、いなくなった私への不満を呟いている。そんなリッドの姿を見た私はと言えば、エターニアの世界に戻って来れた実感と嬉しさを噛みしめていた。
 リッドに、触れたい――そんな気持ちが逸る。

「実は、帰ってないんだなぁ」

 私の姿が見えないリッドが、一瞬肩を震わせた。そして、辺りを見回す。何もなかった場所が光だし、私はレムの光に包まれながらゆっくりと落ちていく。リッドの傍へ。
 私の姿を見つけたリッドは驚愕していた。しかし、その表情はすぐに微笑みへと変わる。

! お前……!」

 リッドは両手を広げて私を抱きとめてくれた。
 ああ、リッドに会えた、リッドが抱きしめてくれた。少し離れていただけなのに、この体温も匂いも厚い胸板も逞しい腕も、懐かしく感じる。ずっと焦がれていた、リッドの腕の中。

「ただいま、リッド」

「心配、かけやがって――もう二度と会えねぇかと思った」

 額を小突かれた。しかし、痛みはない。
 私はリッドの目を見ながら笑った。

「私の一番はリッドなの。家族よりも、世界よりも、リッドを選んだの。だから、これからはずっと一緒にいてほしいな」

「ありがとう、。もう離さねぇからな!」

 どちらともなく、唇と重ね合せる。甘い甘い、恋の味。リッドとの初めてのキスは唐突すぎて全然わからなかったけれど、キスってこんなに気持ちいいんだなって思った。
 優しい風が私達を撫でる。風があるということは、ここはインフェリアなのだろうか。そんな疑問が湧いて辺りを見回せば、見覚えのある森の見張り台。あれは物語の冒頭で見た――そうか、ここはラシュアンの村の近くか。
 私にとって2回目のインフェリア。知らないところがいっぱいの、私にとって未知の世界。

「私、インフェリア中を旅してみたいなー」

 ふと、そう思った。

「じゃあ、一緒に旅しようぜ。インフェリアを回り終えたらセレスティアにも行こう。と一緒なら、どこにだって行ってやる」

 リッドはニカっと笑う。私も思わず微笑んで「うんっ」と返事をした。
 今まで行った場所も、途中で戦線離脱してしまった私が行けなかった場所も、すべて見て回りたい。みんなが守ったこの世界を。



※ ※ ※ ※ ※



 あれから数ヶ月が経った。
 インフェリアとセレスティアが分断されて別々の世界になった今、世界は混乱していた。それでも、私たちは生活していかなければならない。

 ファラとレイスは、インフェリアの王都で無事を報せる手紙があった。王都は特にこれからのインフェリアについで決めていくことがたくさんあるから、レイスは特に忙しくしているらしい。ファラはそれを手伝っていて、とても大変だけど元気にやっているとのことだった。
 キールとメルディはセレスティアで暮らしているとのことだった。違う星になってしまったセレスティアからチャットと共にわざわざバンエルティア号で私たちに会いに来てくれたのだ。そのチャットは、やっぱり私に懐いてくれててとても可愛い。
 残念ながらフォッグは、シルエシカの人たちとセレスティアの復興に協力しているらしく、今回は会えなかった。
 レムは相変わらず私のクレーメルケイジで暮らしていて時たまリッドを揶揄っては楽しんでいる。
 
 そして、私とリッドはというと……私が改めてこの世界の常識や法律を勉強する為、ラシュアンのリッドの家にいた。しかし、それももう終わりだ。今日、私たちは旅立つ。今からとても楽しみで仕方がない。

「うわー、今日は天気がいいねー!」

 私は草むらに寝転がり、澄んだ空を見上げて微笑んだ。
 みんなが命がけで守った、エターニア。ネレイドと、この美しい世界を見れないのが残念だけど、ネレイドが目覚めた時も同じ空だったらいいな。

、ここにいたのか」

「あ、リッド」

 リッドは私の隣に腰掛けると、穏やかな表情で言った。

「旅支度、終わったぜ。いつでも出立できる」

「そっか。それじゃ……行きますかね!」

「ああ!」

 リッドは私を起こしてくれると、嬉しそうに笑った。私も、リッドに倣って笑う。

「もちろん、わらわもついて行くぞ」

 いつの間にクレーメルケイジから出てきたのか、私たちの上でレムが仁王立ちしていた。リッドは目を細め、あからさまに嫌そうな顔をしてみせる。

「げ、レム」

「げ、とは何じゃ。わらわはいつもと共にある! おぬしだけには任せられぬわ」

「粘着ストーカーめ。はオレが守るからついてこなくてもいいぜ」

「おぬしじゃ役不足だと申しておるのじゃ」

 あーあ、なんだか険悪な雰囲気だなぁ。しばらくリッドの家で暮らして、大体リッドとレムがいがみ合うパターンはもうお約束になっていた。まぁ、もう慣れたからいいんだけどさ。

「ストップストップ! 私は二人と一緒にいたいんだよね。喧嘩しないでとは言わないから……せめてもう少し仲良くしてくれない?」

 私が二人を諫めると、「がそう言うなら」と二人が声を合わせた。喧嘩するほど仲がいいとは本当のようだ。リッドとレム、めっちゃ息ピッタリだな。

「行こう、リッド!」

「ああ!」

 リッドは私の手をとると、にっこりと微笑んだ。握られた手が、とても暖かい。

 ――私たちの旅はまだ始まったばかり。






原作沿いを謳っておきながら、途中からだったりしたので、ゲームをやってない方には申し訳ありません。
正直、夢主の真と闇の両極光所持については設定ミスです。連載始めた当初は特に何も考えておらず「最後に核を破壊するときに加勢させちゃえ」と思って勢いて書いたら使いどころをなくしました。しかし、夢主をエターニアの世界に連れてくる「きっかけ」になったから良かったのかもしれませんね(投げやり)


執筆:04年6月17日
修正:17年6月29日