5:思い出の歌
オレとははしばらく無言で歩いていた。モンスターも出る気配も無い。もそれを察したのか、何かの歌を歌い始めた。
「ふんふんふふふふふーふんふんふん」
が一通り歌い終えたところでオレはに訊ねた。
「おっ、それいい歌じゃん。何の歌なんだ?」
オレが訊くと、は笑顔で答えた。
「この前までやってたゲー……じゃなくて、私の思い出の歌なの」
思い出の歌、か。どんな思い出があるか気になる。こんなにいい歌なんだ。きっとの思い出も、いい思い出なんだろうな。
「で、どんな思い出があるんだ?」
「あのね――」
そのとき、が派手な音を立てながら転んだ。気が付けばあたりは暗く、道も見えなくなりそうだ。そうだ、夜の山道は危険だ。とりあえず休めそうなところを探してキャンプをしよう。
「い、痛い」
が不満そうに言った。オレは頭を掻きながら言う。
「悪ぃ。暗くなってきた事に気付かなくて。休めそうなとこ探して今日は休もうぜ」
あたりを見回すと、ちょうどテントも張れそうな広い場所が見えた。オレはを抱え、そこまで走った。
「やだ、リッド! そんなことしなくてもいいって!!」
「また転ぶの嫌だろ? それにこうした方が早いじゃねぇか」
目的の場所につき、オレはゆっくりとは降ろした。するとは顔を背けながらオレに言う。
「リッド、いつもありがとう」
オレはテントを張りながら「気にすんなよ」と言ってやった。するとは微笑みながらオレの顔を見た。
※ ※ ※ ※ ※
テントも張り終わり、と二人で焚き火を囲む。食事の支度をしながらは夜空を見上げていた。ふと、と目が合う。するとは優しく微笑みかけてくれた。
なんつーか……やっぱオレ、にどこかで会った事あるんじゃねーかな? まだ出逢ってから日が浅いのにこんなにもの笑顔で安心できる。
オレは今までは他人に干渉したりするのも苦手だった。幼馴染で、ずっと一緒に育ってきたファラだけを除いて――しかし、のことはもっと知りたいってそう、思ってしまう自分に戸惑う。意識したら、なんだか恥ずかしくなってきた。とりあえず何か話題を探さねーと。は今、何を思ってるんだろう。
「そういえばさっき言いかけてたよな? 何て言おうとしてたんだ? ほら、思い出がどーのって話なんだけどよ」
話題を見つけたオレがそう訊ねるとは指を組み、親指と親指を回転させる。そして下を向き、えへへ、と笑いかけた。
「ああ、その話かぁ。もう会えないかも知れない、すっごく会いたいなって思ってた人に会えた――そのときの思い出の歌、かな?」
すげー嬉しそうに笑う。会いたかったヤツって何だよ? そいつはの何なんだよ?
「そいつっての恋人なのか?」
「え?」
無意識に出た言葉。オレ、何訊いてんだよ。とそいつがどうだからって関係ねぇハズだ。けど、は吹き出し、笑いながら答える。
「あっ、ううん、違うの! 私が一方的にその人のこと、知ってるだけで、向こうは私のこと知らないの」
どこか、ホっとしている自分がいた。いやいや、何でこんなに安心してんだよ。さっきから変だ。もしかして、嫉妬? オレが、に?
「――それに、結局死んじゃったしね」
「は?」
両手をひらひらとさせ、料理を盛り付けてオレに手渡す。
会いたいと思ってたヤツが、結局死んだ? 何ではそうやって笑っていられるんだよ、オレには全くわからねぇ。
「そいつにもう会えないんだぞ? なんで、そんな笑えるんだよ」
オレはから盛り付けられた料理を口に運んだ。はスプーンを咥えたまま唸り始める。
「寂しいけど……下ばかり向いてられないじゃん。生きてる私は前を向いて歩いて行かないとね。それに今は私にはリッド達がいるから会えなくてもいいの――なんて」
前を向いて歩いて行かないといけない……。確かにその通りかもしれない。でも、今のは明らかに無理をして笑っていた。オレが、こんな話をしたせいだ。
「それならオレはずっとの傍にいてやる」
気付くとオレは真剣になっていた。マジな顔でこんなこと言って……でも、オレがの寂しさを少しでも癒す事ができるのなら、いくらでも傍にいてやりたいと思った。
「ありがと。リッドが傍にいてくれたら、もう寂しさなんて吹っ飛んじゃうね」
オレは絶対にを悲しませたりはしねぇ。の好きだった男のようにはならねぇ。ずっと傍にいてやる――そう決めた。
「明日は絶対にファラ達と落ち合おうな」
「そうだね! じゃあ今日は明日に備えてさっさと寝ちゃおうよ」
おやすみ、はそう言ってテントに入っていった。オレはパチパチと音を立てながら燃えている焚き木をしばらく見つめている。そう、絶対にの傍から離れない。を守るのは、オレだ。
執筆:03年8月23日
修正:16年11月27日