7:君は変わった



『――

 ん、誰かが私を呼んでる?



 誰だよお前、うるさいな。聞こえてるわよ。

『我に力を』

 何の力だっつーの。

『お前の全てを我に委ねよ』

 お断りだ。ていうか誰だよお前。

『我はこの世の全てを無に還す者。しかし、そのためにはお前の力が必要だ』

 やだ、この人デンパかな?だいたい無に還したら私もあんたもみんなも消えちゃうってことじゃん。だったら尚更力はあげられない。力なんてないけど。

『我に抵抗するのか――だが、力ずくでもお前を我のものに』

 は?! ちょ、それはあかんやつ。おまわりさーーーん!!

「――! !」

 この声は……リッド? どこにいるの?

『邪魔だてが入ったか……まぁ、よい。いずれは手に入れる』



※ ※ ※ ※ ※



「はっ……!」
「あだっ!」

 慌てて体を起こした瞬間、私の頭と何かがゴチンと派手な音を立てて接触した。ぶつけた箇所をさすると、隣ではリッドが目に涙を浮かべて頭を抱えていた。どうやら私はリッドの頭に激突したらしい。

「この石頭! いきなり起きるなよな……あいたたた……」

 リッドが不満そうに言った。石頭、というのは私のこと? いや、確実に私のことよね。ぶつかったのは、私しかないわけなのだから。

「む……何よ! 私の上にいたのがいけないんでしょう! この筋肉頭!」

 そう私が反論すると、ファラが私とリッドの間に入って両腕を広げた。

「こーら! 喧嘩しない!」

 リッドったら、とため息をつくファラ。その隣でメルディが「、大丈夫か?」と心配そうに見つめてくる。可愛い。
 私、いつの間にか寝ちゃってたんだっけ。そういえば、おかしな夢を見てたなぁ。この世界に来て、相当疲れが溜まってたんだろうな。ぐっすりだった、気がする。
 そして何故だろうか、さっきから違和感がある。
 そうだ、ここは――

「まったく風が吹かないね」

「ああ、セレスティアには風の晶霊はいないからな。そのせいで風がないのだろう」

 私の言葉に答えてくれたのはキールだった。やはり、賢いというか、博識というか、その辺のことに関しては一番頼りになる。

「え? ここはセレスティアなの?」

「そうらしい。僕も初めは疑ったよ。しかし、上を見てみればわかるさ」

 キールに言われ、私は空を仰ぎ見た。するとそこには今まで見てた空とは違う空――インフェリアによく似た地形が存在していた。ゲームのコントローラーを握ってエアリアルボードで飛び回った記憶が蘇ってくる。

「あれがファロース山。そしてあの砂漠が火晶霊の谷だ」

 キールが丁寧に指を指しながら教えてくれた。
 そっか、私達はレムによって出された光の橋を渡ってきたんだっけか。本当にあのセレスティアに来たんだ、私達。改めて、レムの力ってすごいなぁと感心したけれど、あえて口にはしなかった。

「とにかく、が起きたならいつまでもここにいるわけにはいかない。メルディ、この近くに街や村はないのか?」

 キールの問いに、メルディが笑顔で答える。

「ここから一番近いの、アイメンだよ!」

「アイメンって?」

 私が訊ねると、キールの横からメルディがぱっと答えてくれた。

「アイメン、メルディのコキョウよ! メルディ、アイメンに住んでた!」

「へぇ! メルディの故郷かぁ!」

 どんなところなんだろうと、今からワクワクする。インフェリアが西洋ファンタジー色の強いイメージだったから、セレスティアはアジア系とか、かな? メルディの肌も褐色だし。

「それじゃ、早速行こうか!」

 イケるイケる! と拳を高く上げながらファラが歩き出した。メルディとキールもそれに続いて歩き出す。私もおいていかれないよう、立ち上がろうとしたその時だった。

「いっ――っ!!」

 突然、右足に痛みが走った。あまりの痛さによろけたが、転ぶことはなく、リッドが私の体を支えてくれた。

「おいおい、大丈夫かよ。怪我してるぜ?」

「え?」

 リッドに言われて右足を見てみると、赤い血が流れていて――

「は!? いつの間に!! どこでやったんだろ……」

「今まで気づかなかったのかよ」

 リッドがため息をつきながら、腰に下げているポーチから包帯を出す。ファロース山を登って体力を消耗した私達はもうまともに回復術を施す余力もグミも残っていないのが悔やまれる。
 ファラ達がついてこない私たちに気づいたのか戻ってきて、「どうしたの?」と目をぱちくりさせていた。

「ちょっと、怪我してるじゃない!」

「ははは、そうみたい」

 そうしている間にリッドが包帯を巻き終えたみたいで。しかも巻き方がとても綺麗だ。私はリッドにお礼を言いつつ、意外と器用なんだなぁと思った。

「すまない、回復術さえかけられれば……その足じゃ歩くのツライだろう?」

 キールが心配そうに私の足を見つめる。なんとなく恥ずかしくなって、黙ったまま頷いた。何だよ何だよキール、めっちゃ優しいじゃないか。いつもつんけんしてるくせに、その優しさがつらいぜちくしょう。

「やっぱりリッドが背お――」
「仕方ねぇ。オレがを背負って歩くか」

 ファラとリッドの声が重なる。リッドの言葉が意外だったのか、ファラは目を丸くしながらリッドを見つめた。

「は……背負――おんぶ!?」

 私の顔は真っ赤になる。ちょ、あの……リッドが私をおんぶしてくれるの? え、やだ。私、重い!

「嫌そうな顔してるな。お姫様抱っこの方がいいか?」

 ニカっと笑いながらリッドが私に手を伸ばす。私は一生懸命首を横に振った。精一杯の否定。

「い、いいよ! ファラに肩を貸してもらうからいいよ!」

 そう叫んでファラのところに行こうとするも、リッドに腕を捕まれて阻止された。

「ほーら、黙ってオレの背中に乗っかれよ」

 私の前にしゃがむリッド。ああ、もう!こうなったらヤケだ。

「お、重くて潰れても知らないから! とうっ!」

 掛け声と共にリッドの背中に乗っかる。リッドは私の右足に負担が掛からないように立ち上がった。
 うおおおお恥ずかしくて死にそうですお母さんーーー!!

「しっかりオレにつかまってろよ」

「いーやー!! やっぱはずかしいから降りる降ろして助けてぇぇえええ!!」

「だー、もー!! 暴れるなって! 足、痛むだろ?」

 気遣いはとても嬉しいけど、恥かしさと申し訳なさがこみ上げてくる。
 ファラとキールは私達の様子に呆れた顔をしていたけど、メルディは楽しそうに笑っていた。



※ ※ ※ ※ ※



 アイメンの町の少し郊外にあるメルディの家。
 とりあえず私達は少し休ませてもらうことにした。アイメンに着いて、セレスティアンの人たちと初対面したときはかなり焦った。セレスティアンなのに、インフェリアと同じ言葉を話していたからだ。でも、それは違った。リッド達には理解できない言葉もあったらしい。中には全く解らないわからないメルニクス語で話していた人もいたらしいのだ。
 そういえば、私はオージェのピアスをしていなくても今までメルディと話をすることができていたし。私は一体どうなっているんだ。やっぱりこれもレムの力なのだろうか。

すごいな! メルニクス語でも喋れてたよぉ!」

「ああ、これには僕も驚きだよ。いつそんなの勉強したんだ?」

 メルディとキールがまるで何か珍しいものを見ているかのように私を見た。ソファーに座っている私は「う~~~~ん」と唸る。

「勉強なんかしたことないんだよね。わからないけど、普通に喋ったり聞いたりしてた感じだった。なんというか……メルニクス語とか、何の言語喋ってたかそういうのわかんなかった」

 私がそう言うと、キールとリッドが驚愕してしまった。

「じゃあどうやって!?」

 するとファラがパン、と手を叩き、「私わかった!」と叫んだ。

「きっとには何か特別な隠された力があるのよ!」

 確かに。今の私は自分でも自分の力がわからないでいる。レムは私の体に何をしたんだよ。何も教えてくれないから自分が怖い。

「フィブリルに卓越した語学力。はほんと謎だらけだな。やはりレムと何か関係が――」

 ふと気づくと、キールが獲物を狙うような目で私を見つめているではないか。そう、私を研究対象物として見ているかのような目だ。

「キールさーん、私を研究対象にするっていうのはナシね。痛いのもつらいのも勘弁だよー?」

 私はキールに向かって冷ややかに言った。

「ち、違うさ! 僕はを研究対象にする気なんて全く無いさ! ただ、ちょっと――」

「ただちょっと?」

 話に割り込み、ムっと顔を強張らせているファラ。それにキールは少しだけ後ずさる。

「な、なんでもない! とにかくメルディ、この街を案内してくれよ!」

「はいな!リッド達はどうするか?」

 するとリッドは「うーん」と唸る。しばらくして、答えを出したようだ。

「そうだな、オレはとここに残るぜ。の足はこの通りだし、一人で残しておくのもなんだろうしな」

 リッドが私を見て苦笑した。でも、リッドだって本当はアイメンのこと、セレスティアのことを知りたいはずだ。そんな私のために我慢しないで貰いたい。

「私のことは気にしないでいいから行ってきなよ。私なら心配しないでも平気だし」

 私は手をパタパタさせながらリッドに言った。すると、ファラが笑顔で言う。

「そうだよ、リッドはメルディ達と行ってきなよ。私、残るし。体力も戻ってきたから、治癒功かけてみるよ!」

「――じゃあ、オレも行ってくるわ」

 リッドが苦笑しつつ、メルディとキールと共に家を出た。
 ……リッド、なんか様子が変だった。ここに残りたい理由でもあったのかな? ファラと私の二人になった家は静まり返って、少しだけ空気が重く感じた。そういえばファラと二人っきりで話したこと、ほとんどなかったね。

「ねぇ、はリッドのことをどう思ってる?」

「は?」

 いきなりそう言われたので、私の思考は一瞬止まった。前にも、メルディに聞かれたことがあったかもしれない。心なしかファラの表情は暗くて、その質問の真意がわからない。

「どうって……とてもいい人だよねって思ってる、かな」

 私がそう言うと、ファラはふ、っと笑った。

「そっか。あのね、ここに来る時リッドが真っ先に「オレが背負ってく」って言ったじゃない」

「……うん、言ってたね」

 吃驚したけれど、やっぱリッドは優しいんだな。改めて実感した。

「リッドは変わった。前までのリッドだったら、誰かに言われるまで行動に移そうとしなかったもん。……食べる事に関する事以外は。けど、がきてからリッドは変わったよ」

 ファラは苦笑交じりで言った。気のせいかな? どこか、辛そうに思えた。

「――ファラ?」

「ごめんね。いきなりこんなこと言って。ただ、ビックリしちゃっただけなの。うん、リッドもちゃんと成長したんだね!」

 そうだよね。ファラにとってリッドはずっと一緒に育ってきた幼馴染同士だもんね。そんな幼馴染のいつもと違う行動……そりゃ驚いちゃうよね。悟られないようにしてるのかもしれないけど、それってファラは妬きもち――いや、やめておこう。これ以上考えたらもっと空気が重たくなりそうだ。今後の旅も楽しくいきたいし、余計なことを考えるのはやめよ。

「そういえば、って人間なのにどうしてレムと一緒にいたの? 何か巫女関係の仕事をしてたとか?!」

 私の正体をつきとめようと考え出すファラ。その一生懸命考えている姿に、ファラには悪いけど少し笑えた。

「ある時、普通に平穏な生活を送ってた私をレムが拉致してね、勝手に力を与えられたの。意味わからないんだけど。魔物と戦ったことだってなかったのよ? 何故私だったのかは、私もわからないけど……」

「そっかぁ。レムに気に入られちゃったんだね……」

 ファラさんや、哀れな目で私を見るのやめてください。
 そりゃあ、ここに来るまで私を溺愛するレムの態度を見てたらそんな目になるのはわかるけどね!? 本当に、何で私だったんだろう。だって、平和な日本で暮らす、ごく普通の学生だった。ゲームと漫画が好きなだけで、頭も特別良い訳じゃない。だからといって運動だってできる方じゃ決してなかった。
 何か、特別なものがあるのだとしても、全く思い当たらない。

「ファラは、すごく強いけど、何かしてたの?」

 いつまでもわからない問題を考える事より、今はガールズトークを楽しもう。まずは親交を深めるため、ファラのことをもっと知ろう。ゲームの序盤で大体の事はわかっていたけど、復習を兼ねて。

「私ね、小さい頃から道場に通ってたの!」

 そして、ガールズトークは思いの外盛り上がり、夜更けまで続いた――



執筆:03年9月13日
修正:17年1月10日