8:ホームシック



 あれから私はベッドで横になっていたけれど、何故か眠れなかった。きっと、セレスティアに来たときに寝ちゃってたみたいだから目が冴えているのだろう。無理に眠らなくてはいけないというわけでもないので、起き上がり、クレーメルケイジを取り出し、ぎゅっと握った。
 今のうちに聞きたいことをレムに聞いておこう。

「レム……聞きたいことがあるんだけど」

 私がそう呟くと、クレーメルケイジが光り、レムが出てきてくれた。

「なんじゃ、わらわに添い寝を所望するのか?」

 レムがそっと私の頬に触れる。
 違うわい。誰が百合的展開に持っていくか。私は私のことが知りたい。そう、議題は『何で私をこの世界に連れてきたのか』だ。

「はぐらかさないで」

 一体私に何があるというのだろうか――知りたい。

「レム、私は何なの? 何でフィブリル持ってたりセレスティアの言葉を理解できたり話せるの? これもレムの力によるもの? 教えてよ。ねぇ、そもそも何で私を連れてきたの?」

 しかし、あろうことかレムは私の質問に何一つ答えることなく静かに首を横に振った。

「今は教えられる時ではないのじゃ。時が来たら、教えよう」

「そんな……どうせ後で知ることになるんなら今でもよくない?」

 拗ねる私の頭を撫で、レムは珍しく困ったような表情をした。

「……仕方が無いのじゃ。今のにはまだ荷が重過ぎるのじゃ」

 荷が重い――。
 結局理由はわからないままだけど、レムは私が傷つかないようにしてくれて、気を利かせてくれてるんだよね。
 世の中には知らない方が幸せって言う事もあるもんね。ありがとう、レム。
 私は無理やり笑顔を作り、レムに言った。

「そっか。じゃあ、そのときが来たら絶対教えてね? 待ってるから」

 私は不安を胸に抱いたまま、無言でレムをクレーメルケイジへと戻した。
 もやもやする。だけど、教えてもらえないなら仕方ない。

「――私が考えたって、どうせわからないよね」

 私は蹲り、頭から布団を被った。目を瞑ってればいつかは眠れるはず。目を瞑れば真っ暗で。真っ暗になると、やけに考えることがたくさんある。
 私は何でここにいるんだろう。どうしてレムは私をここに連れてきたの。世界を救うって、何? 私、この旅の途中で死んだらどうしよう。学校はどうしよう。家族は元気かな。捜索願い出されてたりして。ゲームやってリオンに会いたい。帰れるのかな――?
 いろんなことが頭の中でぐるぐる回る。



※ ※ ※ ※ ※



 目を瞑ってから、どれくらいの時間がたっただろうか。誰かが部屋に入ってくる音がした。
 ――ファラ?
 そう思った瞬間。私の被っていた布団が剥された。

?」

 リッドだった。いつの間に帰ってきたんだろう。キールとメルディも一緒なのかな。もしかして、もう出発?
 私は体を起こし、床に足を下ろした。

「お帰り。えーと、まさか寝込みを襲うつもりでこの部屋に入ってきたの?」

 うわー、と小さな悲鳴をあげながら、私は小さく笑った。

「ち、違ぇよ! なんか、キールとメルディはずっと図書館で本読んでるし、ファラはソファーで寝ちまってるし、はどうしてるかなって思っただけで……!」

「はいはい、冗談なんだからそんなに怒らないでよ」

 私はリッドの焦りっぷりに、いつの間にか笑っていた。笑っていたはずなのに、すぐにため息が出てしまう。

「……何かあったのか?」

「いーや、なんにも」

 私は手をひらひらとさせ、微笑んだ。
 そうだ。みんなに心配かけるわけにはいかない。不安になってホームシックになったなんて言えない。リッド達だって頑張って旅を続けてるのに、私一人「帰りたい」なんて言えるわけがない。
 するとリッドは、私の隣に腰をおろし、私の頭に軽く手を乗せた。

「ごめんな。なんか、オレ、寂しい思いさせちまったか? ずっと傍にいるって約束したのに」

 リッドは俯くと、そう呟いた。
 あ、ファロース山での約束の事……本気だったんだ、リッドってば可愛い。そっか、さっきメルディたちとアイメンを探検するよりもここに残ろうとしてたのは、約束を守ろうとしてくれてたのか。

「私、そこまで子供じゃないんだから。でも、こうして一緒にいてくれて、嬉しい。リッドにはホントに感謝してる」

 私はなんだか恥かしくなって、顔を隠した。すると、リッドがくしゃくしゃと私の頭を撫でる。

「オレもすっげー、に感謝してる。が傍にいると、なんとなく安心できる。なんでだろうな、こう、力が湧いてくるみてーな感じ」

「へぇ? 私の魅力はリッドにやる気を与えるのかぁ。私ってば無意識に仲間を奮い立たせちゃうなんて、罪な女!」

 むず痒いことを言われて、思わず茶化したものの、リッドはうっすらと笑ったままだ。

「ああ」

 リッドの手が私の手に触れる。こんな雰囲気だから、私は意識しまくりで、驚きのあまりリッドの手から自分の手を離した。しかし、リッドは私の手を捕まえ、軽くぎゅっと握る。

「え……リッド……?」

 リッドの意味深な行動に、私の頭は混乱する。リッドが、真っ直ぐ私を見つめていて、そしていきなり抱き寄せられて。あまりにも不意打ちすぎて、どうすればいいかもわからなくなる。

「あー、抱き心地いいなー。こう、腕に収まる感じが最高」

「私は抱き枕かな!?」

 雰囲気ぶち壊しな発言に、私はアッパーを決める。リッドは「冗談! もうやらない!」と言いながら殴り掛かる私の拳をガードする。
 なんだよう! 私のドキドキを返してくれ!!

「――ふん、だ。私、もう寝るから」

 リッドも早く寝ろ! と言って布団を被る。
 するとリッドが嬉しそうに言った。

「じゃあオレが子守唄歌ってやるよ!」

「え、いや、別にいいから」

 リッドは私の制止も聞かずに手を組み始めて、「コホン」と咳払いをした。

「ねぇぇぇぇぇむれぇぇぇえ~ねぇぇぇぇむれええぇぇぇぇぇえええ~」

 その歌声はまさに暴力のそれである。奇声に近いリッドの歌声に、私は思わず耳を塞いだ。
 こんなの聞いてたら昇天させられちゃう! ぐああああ……!
 そうだ、確かこの「エターニア」のゲームをやっていたとき。ミンツの岩山でキャンプしたときファラの歌にあわせてメルディが踊って、ファラに負けずとリッドが歌を歌っていたスキットがあった。
 その歌ときたらすごく音痴で聞いちゃいられないくらいの歌だったんだ……それを生で聴くことになるなんて。しかもスキットの比じゃない。まるで超音波で攻撃されているかのようだ。
 ――ああ。もっと早く思い出してれば息の根を止めてでも歌わせなかったのに。

「や……め……リッド……やめ……てッ!!」

 やばい、鼓膜が破れる。
 私の制止はもう届かないのか、リッドは気付かず自分の歌に酔いしれているようだ。どうか気付いてくれ。届け! 私の熱い叫び!

「ねぇぇぇぇぇむれぇぇぇえ~ねぇぇぇぇむれええぇぇぇぇぇえええ~」

「やめてって……言ってんだってーの!!」

 私は力の限り、リッドをぶん殴った。リッドはそのまま気絶して、ベッドに倒れこむ。

「……っ……はぁはぁ……この、音痴野郎め――」

 地獄のような歌は止んだが、気絶寸前だった私も力尽きてベッドに倒れ、視界がブラックアウトした。



※ ※ ※ ※ ※



「リッドーーーーーーーッ!!!!」

 目が覚めたのは、ファラの凄まじい怒声だった。眠たい目を擦って、何が起こっているかを把握する。ぼーっと、ファラに制裁されるリッドを見ていた。リッドは何が何だかわからぬ様子で、ファラをなだめようと必死であった。

「い、いきなり何だよファラ!」

「不潔だよ! 最低だよ!!」

 ファラは混乱しているのか、とにかくリッドを殴り、蹴り、暴れたい放題だ。

「は!? 何言ってんだよ!? 意味わかんねー!!」

 リッドは必死にファラの攻撃を避けている。しかし、ファラは泣きながらリッドへの攻撃をやめようとはしなかった。

「何って、あんたたちが不潔だからよ! そうじゃなかったら何で二人一緒のベッドで寝てたのよーっ! し、し、し、しかもシーツには血がついてるじゃない!! いやああああ! バカバカ!! 最低ーーーーーー!!!」

「……なんだって?」

 ファラの言葉に、私の頭はぱぁっと冴えた。しかし、それと同時にさぁっと頭から血が引いた感覚に陥った。
 何、私とリッドが一緒のベッドで寝てた? 血がついてた……それはつまり私の処女を――!?

「い、いやああああ!! リッドのバカあああああああ!!!!」

 ファラの攻撃に乗じて力いっぱいリッドにビンタを食らわせる。リッドは「えぇ!?」と驚きながら床に倒れこんだ。

「お……おい! オレは何もしてねぇよ! ただに子守唄を歌って……ん? 歌ってどうしたんだっけ?」

 子守唄、で思い出す。
 そっか、私、あまりにもリッドの歌に耐え切れなくてリッドを殴って気絶させたんだっけ!

「あ……あはは。そうでした。私がリッドの音痴すぎる歌に耐え切れなくて殴って気絶させたんだったわ」

「……えっ?」

 理由を話すと、ファラはリッドを放し、必死で「ゴメン!」と謝り始めた。

「――ったく、お前は無鉄砲すぎるんだよ。しかも今回は勘違いだったわけだし」

 リッドは乱れた服を調えると、溜息をついた。そして、ファラは顔を赤くしたまま俯く。

「あー、吃驚した。私の貞操無事でよかった」

 私がそう呟くと、リッドは困った顔をして「お前な……」と呆れ顔になった。



※ ※ ※ ※ ※



 結局一晩家に帰ってこなかったキールとメルディを図書館まで迎えに行き、私達はガレノスというルイシカという町にいるメルディのお師匠さんに会いに行くことにした。
 二人で朝帰り――これは怪しいとウキウキワクワクしたものの、キールは一晩中メルディに図書館の本を音読させていただけらしい。
 とりあえずメルディをベッドに休ませたが、メルディは数時間で起き、ガレノスのところへ行くことを勧めた。

「ガレノスのいるルイシカには晶霊鉄道を使っていくよー。晶霊鉄道に必要なトレインケイジ、もらってきたな!」

 メルディはトレインケイジを取り出すと、重たそうにし、そしてよろめいた。転びそうになったところを、私がメルディをおさえて、なんとかメルディは転ばずにすんだ。それと同時に、メルディと私の体から光が溢れ出した。フィブリルだけど、もう気にしない。

「ありがとな、

「うん、無事でよかったよ」

「――で、この重たそうなのは誰が持っていくの?」

 ファラが地に転がったトレインケイジを指差した。すると、ファラ、キール、メルディはリッドを見つめた。

「……はぁ。やっぱりオレかよ」

 リッドは不満そうにため息をつく。すると、ファラが楽しそうに言う。

「持ってくれたら、がご褒美にほっぺにちゅーしてくれるって! ね、

「うわー……それなら誰も持ちたくないわな。私だったらすげー嫌」

――っていうか、私がすんのかよ!? ちょっと待ってよ!! ファラのあんぽんたーん! 酷い冗談だよ!

「……僕が持っていく」

 ファラの冗談に反応したキールに、みんなが目を丸くした。

「えっと、キール!? 落ち着け!? どうした!」

 何でキールが反応してんの! あ……あぁ、そうか。キールは早くセレスティアの乗り物が動く瞬間を見たいんだ。だからあんなに頑張ってるんだね。そういうことだよね!? それなら仕方ない!!

「ぼ、僕はただ……早くセレスティアの乗り物が動く瞬間を見たいんだ! それだけだ!」

 私の予想とキールの答えが一致した。しかし、何故か釈然としない。

「うあああああああああああっ!!!!!」

 キールは赤い顔を誤魔化すようにトレインケイジを持ち上げると、雄叫びを上げながら勢いよく鉄道の方へと走っていった。
 キール、勇ましいを通り越して怖い。キャラが違うよ。
 呆然と立ち尽くしていたリッド、ファラ、メルディ、私は我に戻り、キールを追った。
 アイメン駅につき、キールとメルディが何やら機械を弄っている。やることのない私とファラとリッドはぼんやりと二人を見ていた。

「それにしても、キールの奴普段はなよなよしてるくせにあんな力があったのかよ……」

「愛の力ってすごいねぇ」

 ファラがうきうきしながら私を見つめる。

「ち、違うでしょ! キールは早くトレインが動くのを見たいのであって、私のほっぺにチューのためじゃないのよ!」

「そうかなぁ?」

 妙ににこにこするファラ。その奥には必死にトレインケイジを列車に取り付けるキールとメルディがいた。二人の頑張りのおかげで、列車はガタンと音と共に動き出した。

「やった! 動いたぞ!!」

 子供のように喜ぶキール。それを見て、ファラが肘で私をつついた。

「ほーら、キールはのために頑張ったんだからご褒美あげなきゃね?」

 ご褒美――私は顔に火がついたかのように頬が熱くなった。

「ええ!? 本当にやるの!?」

 本気ですか? いや、でもだってキールは私のためじゃなくてトレインのために頑張っただけじゃない。本人もそう言ってた。

「ほーらッ!」

 ファラに押され、私はキールに体当たりをしてしまった。すると、キールは「うわっ」と言いつつ、私を受け止めてくれた。

「キール! ご、ごめん……ありがとう。あとね、あの、その……」

「え……?」

 顔を真っ赤にしながらキールが目を瞬かせる。
 何だよこのラブコメはー! 恥ずかしいがもじもじしてる自分が極限に気持ち悪い! こんなの、さっさと終わらせてやる!
 私は意を決し、キールの頬に届くように背伸びをして軽く唇を当てた。

……ッ!!」

 キールはさっきよりも真っ赤になりながら私がキスしたところを手で抑えた。私は恥かしくて、キールの顔をまともに見ることができず、「お疲れ様でしたァァァ!」と言い捨ててその場を走り去った。
 客席のある部屋に入った途中、リッドとすれ違うと、リッドが私の腕を掴んで引き止めた。

「お、おい!待てよ。走ると危ねぇって!」

「ちょ、やだ! はーなーしーてー!!」

 顔が赤いところをどうしても見られたくなくて、リッドから離れようと必死に努めた。しかし、リッドはなかなか手を放してくれない。
 ついには、両手首を掴まれ、背中を壁に押し付けられた。全然身動きが取れない。

「危ねぇって……言ってんだよ」

 リッドが顔を近づけながら、呟いた。よく見ると、怒っている――?
 いつもと違うリッドに、少しだけ恐怖を感じる。

「えっと、ごめんなさい。とりあえず落ち着きます」

 走ったくらいで、何で怒るの? いつもならもっと……こう、砕けた感じで言うのに。

「も、もう走らないから、放してもらっていいかな?」

「……」

「リッドさーん、おーい?」

 私はリッドの顔を覗き込んだ。次の瞬間、列車が大きく揺れてリッドの顔がものすごく大きく見えた。
 ――唇に柔らかい感触。
 え……うわああああ! まって、キス、しちゃってる!? 私、リッドとキスしちゃってる!?
 しばらく、私は驚いていて動けなかったけど、我に返って慌ててリッドから離れた。

「……どうしようっ! キスしちゃったね!?」

「あ、ああ」

 事故とは言え、こんなことになってしまうなんて。
 は、恥ずかしい……キールの時とはまた別の恥ずかしさだ。
 ふとした瞬間、ポケットの中のクレーメルケイジが光って、レムが出てきた。レムは私とリッドを見て、青筋を浮かべた。

「リッドォォォォオオオオオオ!! 貴様、よくも……よくもわらわのの可愛い唇をッ!!」

「なっ……!? ちょ……レム!?」

 レムは大変ご立腹のご様子で。殆ど無抵抗なリッドをたこ殴りにし、投げ倒すと、私の両手を握り、目をキラキラさせながら言った。
 リッドは気絶して床に放置されている。

「わらわが来たからにはもう大丈夫じゃぞ!」

「あ……うん……そだね」

 悲惨なほど傷だらけのリッドを横目に、私は苦笑いを浮かべながら頷いた。



執筆:03年9月13日
修正:17年1月10日