フィリアさんを連れてダリルシェイドに帰還し「港でやけに大きな荷物をカルバレイス行きの船に運んでいる者がいた」という情報が入った。恐らくグレバムと神の眼のことだ。陛下への報告はリオンに任せ、私たちは港で待機することになったのだが――
「さん、リオンさんとは相変わらずのようですね」
リオンがいなくなった後、フィリアさんが微笑んだ。私がストレイライズ神殿に遊びに行った際よくリオンの話を聞いてもらっていたから、私たちの関係は理解してくれている。リオンはフィリアさんのことを忘れていたようだけど。
「えへへ、相変わらず仲良しだよ!」
頭を掻きながらデレデレしていると、スタンたちも興味深そうに話に加わってきた。
「そういえば、リオンとって兄妹なのか? 全然似てないけれど」
「確かに似てないわよね」
「どちらかといえばルーティの方がリオンに似ている気がするな」
マリーの言う通り、ルーティはどことなくリオンに似ている気がする。雰囲気とか性格は全く違うのだけれど、顔のパーツとかよく見るとそっくりだ。姉弟ですって言われても違和感がない。
「げっ、やめてよマリー! あんな奴と姉弟だなんて考えただけでもゾッとするわ」
ルーティはとても嫌そうに首を横に振った。確かに、最初は私もリオンと兄妹になるのには苦労したけどね……でもそこまで否定されると悲しくなってくる。
これから一緒に旅をする仲間だもの。血の繋がりがないことは話しちゃっても大丈夫だよね。黙っていてもそのうち知られることになるだろうし。
「これはあまり公言していないのだけど、私はヒューゴさんに拾われたんだ。リオンはちゃんとヒューゴさんのご子息だけど」
「つまり、リオンと血は繋がっていないという事か。だからは親しみやすいのね」
「あ、あはは……」
ルーティってば本当にリオンのこと好きじゃないんだなぁと苦笑いをするしかない。確かに二人とも反発しあいそうな性格だもんな。今はダメでもいつかはわかってほしいな、リオンが本当はすごく良い人なんだってこと。
「けど、本当に仲がいいよな。俺も故郷に妹がいるんだけど、思い出しちゃったよ。普段優しいけど強いんだ」
「リオンも強いし、普段はあんな態度だけど実は優しいんだよ!」
「優しいねぇ……あいつのを見る目は妹を見る目じゃないわよね。血が繋がってないってことは、そういう可能性もあっちゃったりして!?」
「わたくしもそう思いますわ! リオンさんはその辺りとても不器用そうですし!」
「……そ、そうか?」
「恋愛に疎そうなあんたは黙ってなさい、スタン」
火が付いたルーティとフィリアさんのガールズトークはまだまだ続く。本人を置いてけぼりで盛り上がる彼女らを止められそうになく、私はため息をついた。
「は結構ニブいんだな」
マリーのこの一言に私はムッとする。鈍いなんてことはない。しっかりリオンの気持ちを把握できていると自負しているのだから。
「いやいやいや、リオンには想い人がちゃんといるからね」
「そうなの?」
ルーティの怪訝そうな顔に私は苦笑いを浮かべる。やれやれ、ようやくこの話も終わりらしい。リオンがこの場にいなくて本当によかったと思う。報告しに行っただけにしては時間がかかっているし、きっと想い人――マリアンに挨拶しに行ったんだろう。何せ今回の任務はいつ帰ってこられるかわからないのだから。
※ ※ ※ ※ ※
帰ってきたリオンはとても機嫌が悪そうだった。自分も戦いたいと申し出てくれたフィリアさんに対して冷たくあしらうし、スタンたちに対する態度もいつもの2割増しくらいで冷たい。一体報告しに行った時に何があったというのだろう。マリアンときちんと挨拶できたのかな、などと考えていると私はリオンに引きずられるように甲板に連れ出され――
「昨日は遅くまでどこへ行っていたんだ」
そして問い詰められた。どうやらリオンは昨夜私がスタンと庭で話をしていた時に私の部屋を訪れたらしく、留守にしていたことを不審に思っているらしい。
確かに私はリオンに何も告げずにこっそり外に出た。でもそれって別に悪いことではないと思うのに、何故怒っているの。
「えーと、あの。やっぱり眠くなくなって夜風にあたってたんだよ。そこにスタンが来て庭で談笑してだけなんだけど……?」
リオンの目がめたんこ怖い。目を泳がせながら答えると、リオンは舌打ちをした。
「そういうことか」
「え?」
リオンは静かに口を開いた。
「あの時そそくさと部屋を出たのは、スタンと一緒にいたかったからなのだろう?」
どうしてそうなった。まぁ、そう思えないこともない行動をしちゃってますけど。でも出会って一日目でそんな関係になるなんてありえなさすぎるでしょう。
「何言ってるのリオン。私がスタンのこと好きみたいな言い方だけど、それはおかしいよ。私は――」
リオンとマリアンの邪魔をしたらいけないから。そう言いたかったのに、リオンの顔が今まで見たことのないくらい怖い顔をしていて、私は言葉を失った。
「お前のパートナーは誰だ? 僕だろう?」
今度は肩を押されて船体に身体を押し付けられる。後ろを見れば、波打つ海面。一歩間違えば海に落ちる。
――リオンのことを思って邪魔者は退散したのに、何この仕打ち。勝手に勘違いまでするし、痛いし、もう怒った。
「私はリオンのパートナーだけど、私が誰といようと自由じゃない? それとも、リオンはそんなに私のことを束縛したいの? 過保護なの? お兄様だからって、そうやって理不尽にキレられても困るよ」
「――うぷっ」
「……うぷ?」
突然、リオンが口元を抑えて膝をついた。顔色が真っ青だ。そうだ、失念していたけれどリオンは乗り物に弱いんだった!
「うわぁ、リオンもしかして酔っちゃった!? ほら、そこのベンチで横になって……水、水は!?」
『あ、あの、お取込み中のところすみません……ディムロスたちが呼んでいるのですが』
居心地が悪かったであろうシャルが申し訳なさそうに言うと、リオンはよろよろと立ち上がった。
「お前たちだけ先に行ってくれ……」
「はい?」
『え』
私とシャルの声が重なった。どういうことなの、シャルを私に持っていけということなの? それともシャルが剣だということを忘れちゃうくらい気分が悪いのか。後者だとしたら放っておくわけにはいかない。
「……?」
「こんなリオンのこと放置なんてできないよ。リオンは私の一番大切な人なんだから」
「――」
「シャル、ごめん。ディムロスたちに少し時間を貰えるようお願いして」
『わかった』
リオンを海面が見えない所まで連れていき、その場に腰掛けさせた。
「」
「ん?」
「さっきは、すまなかった」
さっき……ああ、酔っちゃう前のやりとりのことか。よくよく考えれば、リオンは妬いただけなのだ。今まで私はリオン以外の異性と親しくしたことがほとんどない。だとすれば、リオンが勘違いしてしまうのも頷けてしまう。
「いいよ。嫉妬しちゃうくらい私が好きなんだというお兄様の気持ち、受け取っておくよ」
「――はぁ」
私がニヤリと笑えば、何故かリオンは大きなため息をついた。
執筆:20年11月25日