ストレイライズ神殿にやってきた私たちはすぐに異変に気づく。いつも参拝客でそこそこ賑わっているはずだけど静か過ぎる。まるで誰もいないかのよう。
 ふと、鼻腔を掠めたこれは――

「血のにおいだ」

 マリーの言葉に全員が眉間に皺を寄せ、辺りを警戒し始めた。ここで何かが起きていることは確かだ。

「……向こうから声がするぞ! 助けを呼ぶ声だ!」

「ちょっと、スタン! 危ないわよ!」

 スタンが神殿の中へと入っていく。続いてルーティとマリーがその後を追った。まるで警戒心がないのか、無鉄砲すぎにも程がある。これから先が思いやられるなぁと思っていると、同感だったのかリオンが舌打ちをした。

「お前達! ……まったく」

「私達がしっかりしないとだねぇ」

 リオンと私も急いで後を追う。
 ここに来るまで何度かモンスターと戦ったが、3人は予想以上に強い。火力だけならスタンとマリーはリオンと私を超えているし、ルーティの補助にはとても助けられた。これは案外楽勝なんじゃないかと思っていたけれど、油断はできない。
 神殿内には血だらけの神官が倒れていた。スタンが駆け寄り、身体を起こす。

「う……うぅ……」

「大丈夫ですか!?」

 スタンが声をかけると傷を負った神官がゆっくりと上を見上げた。それは見知った顔で――

「アイルツ司教!」

「お……おぉ……。リオン様と様……」

 とても話を聞ける状態ではないので、ルーティに頼んですぐにファーストエイドをかけてもらう。するとたちまちアイルツ司教の傷が癒えていく。完治とまではいかないものの、呼吸は落ち着き一安心といったところか。

「何があったんですか? 誰がこんな……」

 するとアイルツ司教は両手で顔を覆いながらも状況を説明し始めてくれる。

「私にも何が何だか。突然大司祭グレバムがモンスターどもを連れて……私たちに成す術もありませんでした」

「大司祭の造反といったところか」

 リオンが腕を組みながらため息をつく。
 大司祭グレバム――顔を見たことはないけれど名前だけは聞いたことがある。しかし、大司祭がモンスターを操れるだなんて、にわかには信じがたい話だ。

「その大司祭はどこへ!?」

 スタンの問いにアイルツ司教は下の階に続いていると思われる階段を指差した。

「あの地下通路の中へ。あの中には神の眼が保管されているのです!」

「何だと!?」

 リオンが神の眼、と聞いて顔を引きつらせる。更にスタンとルーティの腰元からも驚愕の声が聞こえた。スタンのソーディアン・ディムロスとルーティのソーディアン・アトワイトだ。マリーとアイルツ司教以外の全員がその声に反応する。

『神の眼だと!? どういうことだ!』

『あれは人の手に委ねるべきものではないわ!』

「神の眼?」

 スタンがディムロスに手を添えて訊ねるとディムロスは焦った声で答えた。

『ああ、あれは天地戦争に使われたものだ。まさかこんなところにあったとはな……! 神の眼があれば世界を一瞬にして破壊させることも可能なのだ!』

「世界を破壊だって!?」

 スタンが大声を上げた。ディムロスの言葉に声が聞こえている全員の表情が強張る。そんなものがこの世界に、この神殿にあっただなんて、まったく知らなかった。国家機密にもなるわけだ。

「それじゃあ早く神の眼が無事か確認にいかなきゃ! なぁ、リオン!」

「わかってる!」

 リオンがマントを翻し、先陣を切る。私達は急いで地下通路への階段を降りだした。



※ ※ ※ ※ ※



 地下にあった一番奥の大きな部屋に辿り着くと、そこには無残に崩された壁と女性の石像があるだけだった。
 あれ、この石像の女性見たことがあるような。うん、知り合いに似ている気がする。もしかして、石像を彫られるくらい彼女は立派になったのだろうか。

「この石像、よくできてるなぁ」

 スタンが石像の肩をぽんぽんと叩き、リオンは石像を凝視する。

「いや、これは人だ!」

 人を石にしてしまう……それはバジリスクというモンスターなら可能だ。グレバムはモンスターを連れていたとアイルツ司教は言っていた。つまり、この石像はリオンの言う通り生きた人間なのだろう。

「この石像が人!? 冗談でしょ?」

 ルーティの言う通り冗談だったらよかったのに。石像が人だと知り、私は血の気が引いていく。これが石像じゃないのだとしたら、人間なのだとしたら。

「うそ……フィリアさんなの?」

の知り合いか?」

「ここに来た時によくお話してるの! 何で、こんなことに……!」

 以前、リオンに嫌気がさしてヒューゴ邸を抜け出してこのストレイライズ神殿で懺悔していた時に出会った神官――それがフィリアさんだ。物静かでおっとりした可愛らしい人である。時々会いに来ては一緒にお菓子を食べる仲だったが、ここ最近は忙しくて会えていなかった。リオンも一度会ったことあるはずなんだけど覚えてないのか。そうなのか。

、パナシーアボトルを貸せ」

「う、うん――」

 私はリオンにパナシーアボトルを手渡した。リオンは手早くそれを石像にかけると、みるみるうちに人の姿に変わっていく。スタンたちは驚きながら様子を見つめていた。やがて、完全に人になると、フィリアさんは勢いよく前へ飛び出した。

「グレバム様、おやめください! そんな……いけませんわ!」

 フィリアさんが取り乱しているのを見て、私は驚かさないように声をかけた。

「フィリアさん! 落ち着いて、ゆっくりでいいから、何があったか話して欲しいの!」

「まさか……グレバム様にかぎってそんなこと……あぁ! でも!」

 しかし、フィリアさんは落ち着くことなくただ一人でオロオロとしていた。埒が明かない。それを見ていてルーティさんはフィリアさんの前に飛び出すとパンッと頬を叩いた。

「あんた、いい加減にしなさいよ!」

 頬を殴られたフィリアさんはようやく我に返ったらしく、叩かれた頬をゆっくりと手で押さえながら私たちを凝視する。

「わぁ、痛そう」

 スタンは自分が殴られたわけでもないのだが、自分の頬を抑えた。

「おい、ここで何があったんだ?」

 リオンが冷静に訊ねると、フィリアさんは目を伏せる。その体は小さく震えていた。きっと、怖かったんだろうな。心中お察しするけれど、今は話してもらわないと困ってしまう。

「フィリアさん、お願いだから話して。私たちは神の眼の無事を確かめるためにここへ来たの」

さん……わ、わかりました」
 
 フィリアさんは一息ついてゆっくり口を開いた。

「私は……フィリア・フィリスと申します。この神殿で司祭をしている者です。あの、この部屋の封印を解くように大司祭であるグレバム様に申しつけられ、封印を解いたところ、グレバム様が神の眼を持ち出していたのを見て……止めようとした瞬間意識が遠くなってしまって、気づいたら皆さんがいらっしゃいました」

「何だと!? なら、神の眼は既にグレバムに持ち去られたという事か!」

「それってかなりヤバイんじゃ――」

 リオンは踵を返し、後ろにいた私に言った。

「まずは王にこのことを報告する。、こいつも連れて行くぞ」

「りょ、了解」

 事情を知っているフィリアさんを連れて、私たちは一旦ダリルシェイドへ戻ることになった。



執筆:05年8月14日
修正:20年11月23日