カルバレイスに向かう途中の海域ーーつまりこの近くにはソーディアンが眠る場所があるという。ディムロスたちはそのソーディアン『クレメンテ』を回収していくことを進言してくれた。戦力強化にもなるし、そして「売り払ったらお金になるかも」というのはルーティの言。流石にソーディアンを売り払う事はリオンが許さないだろう。
そのクレメンテは海底に沈められている『ラディスロウ』という戦艦に保管されているらしく、そこにはクレメンテが呼んでくれた海竜と呼ばれる使いのおかげで行くことができた。非戦闘員のフィリアさんにはラディスロウ入口で待っていてもらう事にしたけれど、モンスターも多いから心配だ。早くクレメンテを回収して戻らなきゃならない。
一番奥の部屋まで辿り着くと、声が聞こえてきた。人の良さそうなおじいさんの声だ。
『千年ぶりじゃのう』
『お久しぶりです、老』
ソーディアン達が情報共有し、神の眼がグレバムによって持ち出されたことを知ったクレメンテは快く協力してくれるらしい。それはありがたい。だけど問題は誰がクレメンテのマスターになるかということだ。今ここにいるソーディアンマスターではない者は私とマリー。そして、マリーはソーディアンの声は聞こえていなく、先程から物珍しそうに室内を見て回っている。
『クレメンテのマスターはということか?』
ディムロスが訊ねると、皆の視線が私に集まった。
『老骨に鞭打つからにはたっぶりサービスしてもらわんとのぅ、ムフフ』
クレメンテのその言葉に女性陣は引いた。おじいちゃんのお茶目なのだろう。アトワイトが呆れてため息をついていた。
『ええ……がクレメンテのマスターに? はどちらかというと物理戦の方が向いてるし、晶術で戦うことの多いクレメンテとの相性はあんまりよくないと思うなぁ』
「確かに、そうだな。は術も使えるが、すぐにバテるしな」
ひどい。晶術を使うとすぐ疲れるのは本当だけど、私の場合レイノルズさんの試作品レンズを使っているからで本物のソーディアンじゃない。現にシャルを借りて術を使えば、そこまで疲れない……気がする。戦闘でシャルを借りたことがないから何とも言えないけど。
それはそれとして、私には記憶をなくす前から持っていた剣があるんだよね。この剣以外はあまりしっくりこないんだよなぁ。
「私は――」
確かに私はソーディアンの声が聞こえる。マスターの素質はある。だけど、何かが違うという直感。それを伝える前にクレメンテが答えた。
『すまぬがワシのマスターはもう決まっておる。フィリアよ』
クレメンテの言葉に間を丸くしていると不意に扉が開かれ、フィリアさんが入ってきた。
「フィリア!」
「皆さん!」
フィリアさんに駆け寄り、怪我はないか無事を確かめる。
「よくここまで無事にこれたね……怪我はない?」
「はい、モンスターを一撃で倒せる薬を開発していたんです」
「い、一撃……それは無傷なわけね」
眼鏡を光らせながらくいっと上げるフィリアさんが少し不気味に見え、ルーティの顔が引きつるのを私は見逃さなかった。
『それにしても、まさかフィリアにもマスターの資質があったとはな』
ディムロスの言葉に、私はハッとした。
「なら、今までソーディアンたちの声も聞こえてたってこと? 言ってくれればよかったのに」
「すみません。こういうことはデリケートな問題かと思って、聞かない方がいいのかと思っていました」
流石よく色々な相談に乗ってくれるフィリアさんらしい気遣いだ。人には色々言えない事情というものがあるものね。私も何度フィリアさんに相談したことか。
「でも、どうしてフィリアなんだ? もマスターの資質はあるのに」
そんなスタンの疑問にクレメンテはうーむと唸る。
『でもよかったんじゃがの。ワシはやかましいおなごよりもおとなし目なおなごが好きなんじゃよ』
「えー、やば。このソーディアン海の藻屑にしていいかなー?」
『――まぁ、それは冗談として。フィリアの戦いたいというひたむきな心に応えたかったんじゃよ。はソーディアンがなくとも戦えているじゃろ』
「フィリアもフィリアでモンスターを一撃で倒せちゃうけどね……」
入口からここまでかなりのモンスターがいるというのに武器無しで一人で来れたフィリアさんも相当強いと思うけど。なんといっても、ソーディアンを手にしたフィリアさんという戦力が増すのは喜ばしいことだ。
「晶術がそんなに得意じゃない私よりフィリアさんがクレメンテのマスターになる方が絶対いいよ。私も、試作品ではあるけれどレイノルズさんが開発してくれたレンズをこの剣にセットすればみんなと同じように晶術も使えちゃうしね。ただ、お話できないのは残念ではあるけど」
今はまだ、何故か私の武器じゃないと晶術が使えないけれど……レイノルズさんならいつか他の色々な武器でも晶術を使えるように改良できると私は信じている。
『話したければ僕が話し相手になるから安心してよ、!』
「シャル優しい。好き。結婚しよ」
『そ、それは坊ちゃんに怒られるから無理だね』
リオンを見ると、めちゃくちゃ怖い顔で私を睨みつけていた。冗談だって。シャルを取られたら困ることくらい普通にわかってるし、リオンもシャルのこと大好きなのは知ってるって。嫉妬するお兄様怖い。
『では、フィリアよ』
「はい、クレメンテ」
フィリアさんはクレメンテを手にすると、それを静かに掲げる。瞬間、眩い光がクレメンテから発せられた。
※ ※ ※ ※ ※
「船酔い、大丈夫?」
「大丈夫……ではない」
船に戻り、暫くしてからまたリオンの船酔いが始まった。カルバレイスまできっとこの状態は続くのだろう。私はリオンに膝枕をしながらその真っ青な顔を見つめる。すごくつらそう。
「剣の修行だけじゃなく、三半規管も鍛えようね。ブランコ、乗ろう」
「ブランコなど、子供の遊具じゃないか。僕は乗らないぞ」
「昔もそう言って乗らなかったから三半規管が鍛えられなかったんだよ。バカにできないんだよ、子供の遊具とか遊びって。子供は遊びながら体の色んなところを鍛えていくんだからね。子供の頃から大人と同じような動きをしてたら鍛えられない所だって出てくるでしょうよ」
リオンは昔から子供っぽいことが嫌いだった。マリアンと対等になりたい、ヒューゴ様に頼らなくてもやっていけるように早く大人になりたい――そんな気持ちがあるのだと思う。でも、気持ちはわからなくもない。私もリオンのことしっかり守りたいから大人になりたいなぁとは常々思っているのだから。
ふぅ、と溜息を吐くとリオンは寝返りをうって顔を背けた。
「……なら、今度一緒に乗ってくれ」
まさかの発言に目を見開く。何、一緒にってどういうことだろう。一つのブランコに二人でってこと? 並んで座ったらキッツキツじゃない? 寧ろ入らないでしょ。私の膝の上にリオンを乗せるっとこと? それこそ子供っぽいというか幼児というか、もうそれ赤ちゃんだよね!? いや待って、リオンが座って私が立てばいいのでは? よし、これでいこう。
「い、いいけど。でも何で一緒になの」
「僕一人で乗るなんて恥ずかしすぎてできるわけがない」
う、うん。そうだよね。ある日リオン・マグナスが公園のブランコを一人で楽しんでいたらそれを見た人は驚愕しちゃうよね。つまり私が隠れ蓑になれば問題ない。それもどうなの。
そもそも、酔いの原因はもっと基本的なことかもしれない。
「あと、睡眠不足とストレスでも酔っちゃうみたいだよ。ちゃんと寝てる? ストレス、抱えてない?」
言った後、私は気づいてしまった。ヒューゴさんのこととかグレバムのこととかスタンたちのこととか、リオンにとってストレスなことばかりだ。
「ストレスしかないな」
「だよねぇ。知ってた」
多分、ストレスが一番の原因なのだろう。リオンは私と同じ年なのにとても大人びていてしっかりしている。それでも、まだ16歳なのだ。
思わずリオンの頭を撫でてしまう。子ども扱いするなと手を払われる、やばい! と思ったけれど――何も起きない。
「……この時間は悪くない」
顔は見えないけれど、耳が真っ赤になっている。なぁんだ、撫でててもいいのかと思った私はそのまま続けた。
「そっか、ならよかった」
そろそろ膝が痺れてきたことを申告できず、私は我慢しまくった。リオンがこっちを向いておらず顔を見られなくてよかったと思った瞬間だった。
※ ※ ※ ※ ※
『まるで恋人同士みたいだったじゃないですか~~~~~!! よかったですねぇ! よかったですねぇ坊ちゃん!』
「黙らないとへし折るぞ!!!」
執筆:23年9月6日