リオンが情報屋にお金を出して、少し前に神殿関係者のが大きな荷物を下ろしてこの国の首都カルビオラに向かったとの情報を得た。
早速カルビオラに向かうも、真昼間から神殿に乗り込む事はできない。なのでフィリアさんが巡礼者を装って神殿に潜り込み、夜に私たちを侵入させるという作戦をとることになった。夜まで宿屋で休むことになったけれど、リオンと私は街の様子を見て回ることにした。恐らく、リオンはスタン達と一緒に長時間待機するのが苦痛なのだろう。
カルビオラの街が一望できる高い場所で、リオンは景色を見ながらほうっと息をついた。私は隣で後ろ手を組んでいる。
「この国の住人ははすごいと思わないか? 砂漠という過酷な環境の中であろうとこの場所で生きている……僕には到底できない」
『きっとみんなで協力して助け合って生きているんですね』
助け合ってというシャルの言葉にリオンは眉間に皺を寄せる。
「僕はシャルとは少し違う考えなんだ。彼らは足手まといを見捨てて生きてきたんじゃないか? 強くなければこんな過酷な環境では生きられないんじゃないか……?」
確かに、この中にはそんな人達もいるのだろう。でも、きっとそんな人ばかりではないというのが私の考えだ。
「シャルの言うように助け合って生きている人もいれば、リオンの言うように弱者を見捨てて生きてきた人もいて、そこは人によるんだろうね。こんなにも沢山の人がいるんだもん」
私とリオンが違うように、リオンとスタンが違うように、人間にはそれぞれの考えがある。
ふとリオンの顔を見ると、少し不安そうな顔をしていた。
『でも、どうしてそんな話を?』
「助け合うか、足手まといは見捨てるか……僕も、いつかそんな決断を迫られる気がするんだ。その決断を間違えたらと思うと、怖いんだ」
シャルの問いかけに弱々しく答えるリオンの姿。きっと、この任務の事や今後の事で色々思うところがあるのだろう。
「大丈夫、リオンは間違えないよ。間違えたとしたも、私もシャルもいる。きっとマリアンだって、しっかりしなさいエミリオ! って叱咤してくれるよ」
『そうですよ。だから坊ちゃんは坊ちゃんが正しいと思った決断をして下さい。間違えた時の後悔はら僕と半分ずつにしましょう』
「半分ずつか……それは助かるな。ありがとう、、シャル」
私たちの言葉で安心したのか、リオンの顔つきがいつも通りに戻っていく。特にシャルの言葉が効いたのだろう。私でもきゅんとした。リオンはたまにシャルが剣だということを忘れている時があるし、マリアンがいなかったら、シャルが人間だったら、リオンはシャルに一番ベタ惚れになっているのではないだろうか。シャル……恐ろしい子ッ。
「ねぇ、リオン。もう少し肩の力を抜いたらいいんじゃないかな。色んな人に頼ってみようよ。スタンやルーティは根はいい人だと思うよ。リオンといい関係を築けると思うんだ」
「僕にはがいればそれでいい」
即答だった。正直、嬉しいこと言ってくれるなぁとは思うけれど、このまま人を頼ることができずに孤立してしまうような事になって欲しくない。私だって四六時中リオンと一緒にいられるわけじゃない。離れている時に何かあった時、誰かと協力できるような人になってほしい。
「私にできることなんて限られてる。もちろん、リオンのためなら全力を尽くすけれど、それでも助けてあげられない時はあるよ」
「お前に助けてもらう気などない。傍にいてくれるだけでいい。僕一人で全て成し遂げて見せるさ。あいつらにも頼らない」
「……リオン」
どうして、全部一人で抱え込もうとするのかな。焦っているのがわかるから見ているこっちがハラハラしてしまう。大人なら一人で何でもできるっ、何でも一人でやらなければいけないってわけじゃないのに。
「とにかく、この任務を成し遂げればヒューゴの息子ではないリオン・マグナスという一人の男になれるはずなんだ。そしたら、きっと……」
リオンは私をじっと見つめた。察しろってことか。わかっている。リオンはマリアンに子供としてではなく一人の男として見てほしいのだ。そしたらようやく二人の関係は前進できるのだから。そういうことでしょ。
「……マリアンに、会いたい?」
「何でそこでマリアンの話になるんだ」
リオンのことなら何でもわかっているつもりだった私は目を見開いた。まさか、違ったというのか。
「この任務が上手くいったらついにマリアンに告白するつもりなのかなって思ってたんだけど、違うの?」
「馬鹿かお前は! 大体、僕は――!」
「……僕、は?」
「なんでもない。お前は僕が一人の男になる時まで首を洗って待っていろ」
急にそっぽ向いて腕を組むリオン。たまに出てくるその態度って何なの。照れ隠しなの? 本当は図星だったけど適当に誤魔化してるだけなのでは!?
「えっ、なんで私が首を洗うの? 男になったらマリアンと結婚するから邪魔な私を捨てるつもりとか!? シスコンだと思ってたのに! ひどいよぉ! 私はリオンのこと大好きなのにぃ!」
「そ、そうじゃない! もうこの話は終わりだ!」
「そんなぁ! 意味がわからない!」
いつか、そうなるんじゃないかと思っていた不安。マリアンと上手くいったらきっと私は邪魔になる。冗談を言うように口にしたけれど、やっぱりつらかった。二人がくっつく前に、手に職をつけてどこでも生活できるように準備しておかなければなるまい。
『はぁ……もどかしくて聞いてられないよ』
※ ※ ※ ※ ※
夜になり、カルビオラの北にある神殿の裏口へと向かった。
「皆さん、お待ちしておりました」
裏口の鍵を開けてくれたフィリアさんが迎えてくれる。潜入成功だ。あとは神殿のどこかにある神の眼を探し出さなくてはならない。
『何かわかったことはあるか』
「グレバムやその一味を見かけることはありませんでした。ですが、セインガルドの神殿と同じでここにも大聖堂があります。そこまではまだ調べられていませんのでわからないのですが、もしかしたら奥に神の眼があるかもしれません」
「よし、調べるぞ」
先頭をリオンにして、巡回に気を付けながら大聖堂を目指して進んでいく。広くて迷子になりそうだったけれど、時折フィリアさんが道案内をしてくれたので難なく辿り着くことができた。たまに神官が巡回していたけれど、隠れてやり過ごした時は泥棒になった気分だった。ちょっとスリルがあって楽しいと思ってしまった。
セインガルドの神殿と同様に秘密の通路があり、用心しながら進むとその先の部屋には眩い光を放っている巨大なレンズと法衣を纏った初老の男の姿。
「グレバムですわ!」
「フィリアか! どこから入ってきた」
「もはやお前に逃げ場はない、おとなしく神の眼を返してもらおう」
グレバムは私達を見回し、リオンを見て目を見開く。
「そのソーディアン、まさかお前はリオン・マグナスか。貴様が私を追ってくるとは……そういうことか」
ごちゃごちゃと独り言を言うグレバムにリオンが眉間に皺を寄せながらシャルを抜く。続いてリオンの隣でスタンがディムロスを抜いた。
「世界中をモンスターだらけになんかさせない!」
するとグレバムは呆気に取られたような顔をした後、大きな口をあけて笑い出す。
「それも悪くないな。そうだ、何も恐れる必要はない。神の眼を持っているのは私なのだからな。私こそが無限の力を有しているのだ! 出でよ、バジリスク!」
『気をつけろ! モンスターを召喚する気だぞ!』
ディムロスの警告の直後に神の眼が発光し、周りに次々とモンスターが現れてくる。私達は一斉に武器を構えた。
「あのモンスター……! 私を石に変えたのはあいつです! 気を付けてください!」
ストレイライズ神殿でフィリアさんが石化していたのはこいつのせいだったのか。
「こうなったら好きにやらせてもらう。まずは貴様たちから血祭りにあげてやろう!」
グレバムが号令すると、モンスター達が襲いかかってくる。何とか石化攻撃を避けて倒していくも、次々に襲いかかってこられて厄介だ。
「くっ! グレバムが逃げるぞ!」
遠目でグレバムと神官たちが神の眼を運び出すのが見えた。しかし、今はそれどころではなくモンスター達の相手をしなければ全員やられてしまう。
「リオン、危ない!」
スタンの叫び声が聞こえて振り返ると、モンスターがリオンに向けて石化攻撃を仕掛けていた。そこにスタンが割って入り、リオンを庇う。
「スタン!!」
徐々に石化していくスタンの姿が見えてすぐにでも助けに行かなきゃと思うも、私もルーティたちも目の前のモンスターで手一杯で助けに行く事ができない。
「スタン、お前……」
「行って、くれ、リオン! 早く、グレバムを……追いかけないと!」
そう言った後、スタンは完全に石化してしまった。戦力が減り、苦戦が強いられる。
「……っ。、お前は僕と一緒に来い!」
そんな中でリオンは私を連れて行こうとする。でも、ここで更にリオンと私が抜けて戦力が減ったらみんなはどうなる……?
「あんた、助けられたくせにスタンを放っておく気!?」
「ルーティ、フィリア! また新手だ! 手伝ってくれ!」
私はリオンとは行かない――それが私の決断だ。
「私、ここに残るよ! 行って、リオン!」
「……!」
ここで悩んでいてはグレバムを取り逃してしまう。リオンは判断したのかグレバムの後を追って部屋を出て行った。前衛二人が抜けるとかなり厳しい。
「あーもう! これじゃパナシーアボトルを使う暇もないじゃない!」
「私とマリーで斬りこむよ。フィリアさんは下がって術で一掃、ルーティは援護をお願い!」
「わかりましたわ!」
陣形を整えて何とか持ち堪えている。けれど、いつまで待つかわからない。石化攻撃を受けないようにしながら倒していくのは相当集中力がいる。やばい、しんどい。
「! 後ろ!」
「ひっ……」
マリーの声で振り返るとまさに石化攻撃しようとしているモンスター。気付くのが遅れた。くらってしまう。ここは物理よりも術で動きを止めるべき、か!?
「で、デルタレイ!」
「ストーンウォール!」
間一髪のところでふたつの術がモンスターを即死させた。
この術は、この声は――
「リオン! ありがとう!」
「まったく、世話のかかる奴らだ。畳みかけるぞ」
リオンの号令の後なんとかモンスターたちを倒し切る事ができた。
剣を振ってモンスターの血を落としてから鞘に収める。そして石になってしまったスタンに向いた。
「やっと終わったね。さ、スタンにパナシーアボトル使おうか」
ルーティがパナシーアボトルをスタンに振りかけるとみるみるうちに石化が解けていき、スタンはそのまま床に倒れる――のかと思いきや。まさかのリオンがスタンの体を支えた。
「おい、スタン、しっかりしろ!」
「すかー……」
「寝てるわね」
呆れるリオンとルーティ。その顔が何だかそっくりだと感じたのは私の気のせいだろうか。元々どことなく似ているとは思っていたけれど……。
それよりも、今は任務に専念しなくては。
「リオン、グレバムは?」
「逃がした」
この場にグレバムがいない時点でわかりきっていた事だった。きっとリオンは内心相当悔しく思っているはずだ。私達がもっと強くて、リオンに信頼されていれば、今頃リオン一人でもグレバムを追っていただろう。
「ごめん、それって助けに来てくれたからだよね」
「仕方ないだろう。助けに戻らなければ任務に支障が出る。お前たちだけでは心配だったからな」
その言葉に私は目を丸くした。リオンは何か心境の変化があったのだ。でなければこんな事を言わない。
「本当はだけが心配で戻ってきたんじゃないのかしら」
ルーティの言う通りそれもあるかもしれない。けれど、絶対にそれだけではない。
きっとリオンは、悩んで、悩んで、正しい決断をしてくれたんだなと思い、表情が緩んでしまう。
「なんだかんだ言ってリオンはみんなのこと認めてるんだよね。そう顔に書いてある」
「うるさいぞ、!」
任務に支障が出るという言葉。きっとみんなの事を認めていなければそんな言葉は出てこない。だって、最初は私と二人で任務をこなそうと躍起になっていたんだもん。でも今はみんなで協力して任務を遂行しようという考えになってくれている。
口では否定していても、眠るスタンをしっかり抱きかかえているリオンの姿を見たら誰でもわかるだろう。
ルーティたちと顔を見合わせてニヤニヤと笑った。
恐らくリオンを変えたきっかけはスタンの行動なんだろうな。リオンに支えられながら眠るスタンは安心しきっている表情だった。
執筆:23年9月8日