バルックさんに助力してもらい、グレバムらしき人物がノイシュタット方面へ向かったとの情報を得た。それだけでなく船の手配までしてくれたのだから、バルックさんには感謝しかない。今度会いに行く時は菓子折りを持って行こうと思う。
ノイシュタットに行くには再び船での移動になる。船室でみんなと話を整理した後、案の定リオンはすぐに甲板に向かった。酔ったのだ。
「リオンの奴、顔色が悪かったみたいだけど、大丈夫かな」
そんなリオンを心配するスタン。
「あいつの顔色なんていつもあんなもんでしょ」
ルーティはなかなかに手厳しい。とはいえ酔ったことを知られたくない、構われたくないリオンにとっては良いことなのだろうか。どちらにせよ次はルーティとも仲良くなってくれたらいいなと思う。
先の一件からリオンとスタンの距離がだいぶ近づいた。流石に私やマリアンのようには接していないものの、少しずつ信頼関係が築かれているように思える。道中の戦闘でも連携が見られるようになり、その成長が我が子の事のように嬉しい。子供なんて持ったことないけど。
「今回はリオンさんと一緒に甲板に行かないのですか?」
いつもの私ならリオンの後について介抱するところだけど、今回はここに残っている事に違和感を感じたらしいフィリアさん。
「フッフッフ。私がいつもリオンと一緒だと思ったら大違いだよ」
「喧嘩でもしたのか?」
マリーとフィリアさんが心配そうに私を見つめる。たまたま一緒にいないだけでそんなに心配されるとは思わなかったし、私ってそんなにずっとリオンと一緒だったっけ? と考えさせられてしまう。いや、ずっと一緒だったな。
「ううん。リオンがいない所でこっそりみんなにお礼が言いたくて。本人がいたら言えないからさ」
「お礼?」
ルーティが反応する。ごめんなんだけど、お金や贈答品などは出せないぞ。
「リオンのこと。いつも冷たい態度とるのに、離れずにいてくれてありがとう。特にスタンには感謝してるんだ。リオンが少し変われたのは、スタンのおかげだから」
スタンに頭を下げると、スタンは慌てだした。
「え? 俺は何もしてないと思うけど……」
「ううん。リオンも私もヒューゴさんの子供ってだけで取り入ろうとされたり利用されそうになる事が多かったんだ。特にリオンはそれが酷くて、人一倍警戒心も強いから友達がいた事なかったの。そのせいか人との距離感が上手く掴めないところがあってね」
今やオベロン社はセインガルド国になくてはならない大企業だ。そんな総帥の子供である私たちと繋がりを持とうとする邪な考えを持った人は今でも多い。社会を知らなかった私たちはそれはもう大変で、昔は何度か騙されたり裏切られたりの連続だった。リオンが偽名を名乗りだしたのもわかる気がする。
「そうだったのか」
「だから、リオンと仲良くしてくれてありがとうってちゃんと言いたくて! 普通なら嫌気がさしてリオンから離れていったりすると思うけれど、スタンは根気強くリオンに歩み寄ってくれたから、リオンも少し心を開いたんだと思う。これからも、リオンのことをよろしくお願いします!」
「俺こそ! リオンと一緒だと色々勉強になるんだ!」
スタンとがっしりと握手を交わすと、ルーティが半笑いを浮かべた。
「って、本当にリオンの妹? 姉の間違いじゃないの?」
「誕生日が私の方が遅いので、私が妹だよ」
「なるほどね。確かには友達も多そうだし、リオンはあんな感じだから姉とか妹とか関係なく心配になるわよね」
リオンに友達がいないことが心配。うん、それも、そうなんだけど――。
「あのぉ、リオンだけでなく実は私も友達は少ないんだぁ。きちんと友達と呼べるのは……フィリアさんくらいかな」
あまりの気まずさに思わずみんなから視線を外してしまう。すると、みんなが慌てて詰め寄ってくる。
「わ、私! さんに友人と思ってもらえてとても嬉しいですわ!」
「よし、今日からも俺と友達だ!」
「私もだ。これからもよろしくな、!」
「み、みんなぁ……」
みんなの優しさに涙が滲んだ。何、このメンバー……最高じゃないか。今まで一緒に任務してきた兵士たちとは全くこんな和やかな雰囲気にはならなかったのに。
感動していると、ふと後ろから肩を叩かれた。
「なんか……ごめん。あたしもと友達になるわ。良かったら色々出資して」
ニカッと笑うルーティに私は苦笑いを浮かべ、手だけ嬉しい素振りをしてみせる。
「わー、ルーティは私に取り入ってお金を毟り取り気満々なのを全く隠す気がなーい」
「あはは。やだ、もう。冗談に決まってるじゃない。最初は敵対したし、あんたの事も嫌な子だと思ってたけど、仲間になれば心強いし、素直でいい子なんだもの。普通に友達になりたいわよ。まったく、リオンもみたいに素直なら可愛げもあるのにね」
そう柔らかく笑うルーティにときめきを感じた。
「ルーティ……好き! で、いくら詰めばいい?」
「バカね、冗談だって言ったでしょ。友達からお金なんて取らないわよ」
私がルーティに飛びつくと、ルーティはよしよしとまるでお姉さんのように頭を撫でてくれる。一方、マリーは私を不思議そうに凝視していた。
「はこんなに社交的なのに友達が少ないなんて、意外だ」
「ほぼ、あのシスコンな兄のせいでしょうね」
マリーの疑問に即答するルーティ。
そういえば……私が同年代の子、しかも男女問わず仲良くしているとどこからともなくリオンが割り込んできてすぐに私の手や首根っこを掴んで引っ張って行ったっけ。あの時も、そういえばあの時も。その前にあったあの時も――。フィリアさんに関しては、私がこっそり会いに行ったりしていたから止められなかったのかもしれないけれど。
思い当たることが沢山ありすぎて、流石の私もリオンを擁護することができずに黙り込んで天を仰ぎ見ることしかできなかった。
※ ※ ※ ※ ※
船がノイシュタットの港に着き、私は嬉々として船を降りた。
「着いたー! ノイシュタットよ、私は帰ってきた!」
両腕を上げながらくるっと一回転。
私の始まりの地、ノイシュタット。ここでヒューゴさんに拾ってもらったんだよね。懐かしいなー、あれから何度か来た事があるけれど、その度にこの町は変わっていく。年々新しいお店や家が増えているのだ。ただ、それに比例して貧富の差が大きくなっているという社会問題があって孤児の数も増えているけれど……。それでもここに来ると懐かしくてほわっとした気持ちになるのだ。
「これからオベロン社フィッツガルド支部のイレーヌに会う」
イレーヌさんとは何度も顔を合わせたことがないけれど、とても優しい人だ。綺麗でいい匂いもするし、私もいつかあんな風になりたいと思っては現実を見て落胆するということを会うたびに繰り返している。
「イレーヌさん! 早く会いたい! また綺麗になってるんだろうなー」
私がそうはしゃぐとリオンはやれやれと呆れたように肩を落としたけれど、少しだけ微笑んでいた。きっとリオンもイレーヌさんに会うのが楽しみなのだろう。素直じゃないなぁ。
「はここに来てテンションが高いな」
「へへ。私の故郷みたいなものだからか、ちょっとテンション上がるんだよね」
そういうスタンも心なしか嬉しそうだ。
「そうなのか! 実は俺もフィッツガルドの出身なんだ! リーネの村っていう所なんだけど……」
なるほど。スタンもフィッツガルド出身者だったのか。だけど、リーネの村というのは今まで聞いたことが、あったのかな? 聞いたことがあっても忘れているだけ? 失礼ながら記憶になくてどんな反応をしたらいいのかがわからない。
「えっと……ご、ごめん。そんな村があったんだぁ……知らなかった……」
「……」
「リーネ村なんて聞いたことがないわ。どこの秘境よ」
「ス、スタンさん!」
私の反応に加えてルーティのとどめによってスタンのテンションはどん底に落ちてしまったようだった。フィリアさんが慌ててフォローしようとしているけれど、フィリアさんもリーネ村の存在を知らないのか上手くフォロー出来ずにその話は終わった。
私たちが話していると、いつのまにかマリーが買い食いをしているのに気づく。
「マリーさん、それは何ですか? おいしそうですね」
「アイスキャンディー。おいしかった」
「マリー……あんた、何一人で買い食いしてんのよ」
スタンとルーティとマリーのやり取りにほっこりしている最中に私は気が付いてしまった。リオンが興味津々にマリーのアイスキャンディーを見ていたことに。
執筆:23年9月9日