イレーヌさんの屋敷に伺うも、当のイレーヌさんは生憎の留守だった。そこで私たちはイレーヌさんが帰ってくるまで待つことにした。しかし、待っているだけ、というのは結構しんどかったりする。手持無沙汰になり髪を弄っていると、まずルーティが、続いてマリーとフィリアさんも加わり私の髪型アレンジでキャッキャと遊び始めた。私の髪は女性陣のおもちゃにされている。ポニーテールはスタンに、おだんごヘアはリオンに好評だった。それでも未だにイレーヌさんは帰ってこない。

「そういえばマリー、さっきアイスキャンディー食べてたじゃない。どこで売ってたの?」

 ルーティがマリーに尋ねると、ディムロスの思い出語りを聞いていたスタンが目を輝かせた。多分途中で飽きたのだと思う。

「アイスキャンディー俺も食べたいなぁ。イレーヌさんを待っている間に買ってこようよ」

 だけど、ボスのお許しが出なければいけないということをスタンはきちんとわかっていた。まるで子犬のような目でリオンに擦り寄るスタン・エルロン(19)。

「なぁ、リオン。いいだろ?」

「好きにしろ」

 リオンがそう答えると、スタンは嬉しそうに笑う。本当にアイスキャンディーが食べたかっただけなのか、ディムロスの長話から逃げたかったからなのかは彼のみぞ知る。そして私は知っている。リオンが何故すんなり許可をしたのかを。それはリオンもアイスキャンディーを食べたいからだ。

「マリーさんとルーティは行くだろ? リオン達はどうする?」

「私も行きますわ」

「僕はここに残っている」

 フィリアさんはスタンたちに同行、リオンはお留守番……となれば、リオン一人に留守番を任せるのも忍びないので私も残ることにした。

「お留守番でーす」

「じゃあ、二人の分も買ってくるな!」

 私の頭をわしゃっと撫でるスタン。わちゃわちゃと屋敷を出て行く買い物組を見送り、先程まで騒がしかった屋敷は静寂に包まれた。時折別室からメイドたちの談笑の声が微かに聞こえてくるものの、静かだ。

「スタンの奴、お前に気があるんじゃないのか? 前にも増して馴れ馴れしくなっていないか?」

 頭を撫でたことに関しては、メンバーの中で最年少の私を可愛がってくれたような印象を受けたのだけど、リオンの目にはそう映らなかったらしい。

「あー、それはないない。私たち、友達だからね!」

「友達だろうと気があることはあるだろう!」

 どや顔でサムズアップをキメると、イラっとしたリオンが語気を強める。お兄様ったらまた嫉妬か。ただ、今回ばかりはいつものようにリオンの嫉妬で折角できた友達を失うわけにはいかない。

「スタンの私に対する接し方はルーティたちと何ら変わらないよ。万が一リオンの言う通りだとしたらありがたく好意は受け取る。でも、私はスタンとどうにかなるわけじゃない。私の一番大切な人は、いつだってリオンだけだよ」

 ここまで言えば安心してもらえるでしょう、と。やりきった顔でリオンを見れば、リオンは耳まで顔を真っ赤にしていた。それに気づいた瞬間、私まで顔が熱くなる。私、今とんでもないこと言ったかもしれない。やば、絶対今顔赤い。

「その……すまない。僕も一番大切なのはお前だ。だから悪い虫がつかないかと心配なんだ」

 何をやっているんだろう、私達。いや、今のは兄妹としてであって、そういうのじゃない。リオンが真っ赤になったから何か変にこっちも意識しちゃっただけ! ビックリしちゃっただけなんだ! 一番大切って言ってくれたのだって、家族枠としてだ、そうだ。私だって、家族枠として――本当に、そうなのだろうか?

「えっと……な、なんか暑くなってきたね!」

「そう、だな……。イレーヌもあいつらもなかなか帰らないし、一体どこで何をしているんだ」

 あれからそんなに時間は経っていないけれど、マリーが買い食いしていた場所を考えるとものの数分で戻って来れるはずだ。早く戻ってきてほしい。この空気をなんとかしてほしいのに。

「スタンたちを待つより、自分達で買いに行った方が早い気がしてきた。暑いし早くアイスキャンディー食べたいし、自分達で買いに行かない?」

「しかし、イレーヌと入れ違いになったらどうする」

「そこはメイドさんに伝言を頼もう!」

 最初からこうしてみんなと一緒に買いに行けばよかったなぁと後悔した。



※ ※ ※ ※ ※



 アイスキャンディー屋は歩いてすぐの場所にあった。しかし、スタン達とすれ違わずここまで来た……という事はあの人たち何処かで道草食ってるんだな。確かに羽を伸ばしたい気持ちもわかるけれど。
 ご機嫌斜めのリオンを待たせて店員さんに声を掛けた。

「すいません、アイスキャンディーの……えーっとなんか色々種類あるなぁ。とりあえずお勧め2つくださーい!」

「あの、もしかして……さんですか?」

「え? はぁ、そうですけど」

 店員のお兄さんは私がという名前だとわかると表情がパァッと明るくなる。

「やっぱり! 俺、昔キミのこと好きだったんですよ。一回だけ話したことあるんだけど、覚えてないですか?」

「はぁ、ありがとうございます。すみません、全く覚えてないです」

 ナンパかな? やべぇ店員に絡まれてしまったなと思いながら早くこの話を終えて欲しくて正直に覚えていないと答えた。なのに店員のお兄さんは話を続ける。

「今日はお友達とお散歩ですか? そちらの彼女も可愛いですね」

 リオンに気付いた店員のお兄さん。そしてリオンもまたこちらに気付いていたようで私の隣に無表情で立つ。

「いや、この人は私の――」

 その時、リオンが私の腰をグッと抱き寄せた。何が起こったのか一瞬理解ができず、私の頭はパニックを起こす。

「悪いが、僕は男で……こいつの恋人だ。なので彼女を口説くのはやめてもらえないだろうか」

「ちょ、ええええ、り、リオン!?」

『ぼ、坊ちゃん!?』

 それはすぐに演技なのだと理解した。理解したものの、まさか恋人だと名乗るのは驚愕だ。確かに一番手っ取り早い対処の仕方ではある。それでも……。

「恋人……それは失礼しました。今は幸せなんですね。良かった。ある日突然ノイシュタットで見かけなくなってから心配してたんです」

 どうやら私の事を心配してくれていたらしい。それを聞いてほんの少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「お兄さん……」

「あ、これ、俺からの奢りってことで。彼氏さんに嫌な思いさせちゃいましたし、良かったら二人で食べて下さい」

「あ、ありがとうございます」

 嘘を信じた店員のお兄さんにアイスキャンディーをふたつ奢ってもらい、更に申し訳なくなってそれは罪悪感となる。バニラ味とソーダ味――アイスキャンディーをひとつリオンに選んで取ってもらうと、満足そうに口角を上げた。

「もうっ、何であんな嘘をついたの?」

 アイスキャンディー屋から少し離れたところでリオンを問い詰める。

「……女と間違われて腹立たしかっただけだ。深い意味は無い」

「あー、そういうことか」

 リオンはその容姿から女の子に間違われることがある。ひとりの男になることを目指しているリオンにとってはいい気持ちはしないだろう。

『でも、坊ちゃんとなかなかお似合いですよ! こうして並んで歩いていると本当に恋人同士にしか見えませんって!』

「あはは、ありがとうね、シャル」

 リオンと恋人、か。ヒューゴさんがマリアンをメイドに雇っていなかったら、リオンとはどうなっていたんだろう。リオンは別の女性を好きになっていた? それとも、私を選んでくれたのだろうか?
 いや、こんなことを考えても仕方がない。もうリオンはマリアンと出会ってしまって、マリアンのことが好きなんだから。

「嫌、だったか?」

 表情に出てしまっていたのか、リオンが私を見て不安そうにしている。

「勝手に恋人にされたこと? 全然。むしろ、嬉しかったかな。実はいきなり知らない人に好意を向けられてどうしていいかわからなかったし、ちょっと怖かったからすごく助かったよ」

「ふ……。なら、よかった」

 二人でアイスキャンディーを口に入れる。私はバニラ味。冷たくて甘くて……まるでリオンみたいだな、なんて思った。

「バニラ、美味しいよ。リオンも一口食べてみる?」

「頂こうか」

 リオンにアイスキャンディーを差し出せば、私の手を掴んでそれを何の躊躇いもなく口に入れる。

「……間接キスになるかなとか微塵も考えないの、すごいね」

「ッ!!」

 急に咳き込むリオンが面白くて、私はプッと吹き出してしまった。流石、甘いものに目がないリオンだ。

「あ、でも回し食いなんて昔からよくやってたし、今更か。ねぇ、リオンのも一口ちょーだいな」

 息を整えたリオンは私を睨みつけてそっぽを向いた。

「絶対にやらん」

「ええ……がめつい」

 ため息をついた後、仕方がないので自分のアイスキャンディーを口に入れる。隣を見るとリオンは機嫌を損ねたのかそっぽを向いたままだ。髪で顔が隠れていて、その表情はわからなかった。
 アイスキャンディーを食べ終えたので、イレーヌさんの屋敷に戻らなければならない。イレーヌさんもスタン達も、もう戻ってきているだろうか?

「買い食いデート楽しかった! 付き合ってくれてありがとね、リオン!」

「ああ」

 並んで歩いて、セインガルドにいた時を思い出した。よく一緒にダリルシェイドを歩いたな、と。あの時身長は変わらなかったのに、今では私よりも少し大きくなったリオン。筋肉だってしっかりとついている。大人の男性になっていくんだな。リオンの隣をこうやって歩けるのは、あとどれくらいなのだろう。いつまで、隣を歩けるのだろう。

「もうすぐイレーヌさんの屋敷につくね。そしたら恋人ごっこはおしまいだぁ」

 本当に短い間だったけれど、偽物だったけれど、リオンと恋人になれた時間は幸せだった。少し名残惜しく思う。

「――――」

 すると、突然リオンが私の手を握った。

「えと、どうしたの? いきなり……」

「今は恋人同士なのだから手を繋いでも構わないだろう?」

 熱っぽいリオンの視線に思わず目を逸らしてしまう。やばい、やばい、こんな近くて、心臓の音、聞こえてないよね?

「――あは、そうだね。でもさ、昔はよく手を繋いでなかったっけ?」

「そういえば、お前がダリルシェイドに来たばかりの時によく迷子になって手を引いてやっていたな」

「そうだった、そうだった。その節は大変お世話になりまして」

 昔の話をネタにして恥ずかしさを胡麻化そうと頑張るも、なかなか上手くいかない。昔と今では色々と違うのだから。

「でも、こうして指を絡めて手を繋ぐのは初めてだね」

「今は、恋人同士だからだ」

 そう言ってリオンは繋ぐ手の力を少し強める――と、同時に街の南の方から悲鳴が聞こえてきた。




執筆:23年9月10日